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悲しいでしょう?




「今日仕事が終わったら一杯行きませんか?」




 作業中にチヒロが話しかけてきた。サヤ以外とは最近飯を食っていなかった。オレは承諾した。なんとなく酒を呑みたくなったのだ。

 サヤとは酒を呑まない。元々サヤが酒を呑めないというのもあるが、今の状態でサヤの前で酔っ払うと何を口走ってしまうか自分でも分からないから。



「いいよ」

「やった! じゃ、楽しみにしてますね!」

 ニヒヒ、と子供のような無垢な笑顔をくれた。訊けば、アカザキは大学生で、学生の間にまとまった金が必要なので、半年休学して稼いでいるらしい。



 将来は海外で働きたいそうだ。だから学生の間に世界を回りたいらしい。オレには到底出来ない考え方だった。知識がなければ、いくら金を持っていても無駄遣いしてしまうということが改めて分かった。



 仕事を終えると、オレとチヒロは繁華街の人混みに消えた。

 学生の多い大衆居酒屋に入る。



「かんぱーい! お疲れ様っス!」

 彼女は生ジョッキを喉を鳴らしながら呑んだ。

「……? どうしたんスか?」

「いや、美味しそうに呑むなぁって思ってさ」

「そりゃ、仕事終わりに呑むビールほど美味いものはないっスから!」



 チヒロは運ばれてきた焼き鳥を頬張る。男のようにどんどん食べていく。サヤとはやはり正反対のようだ。サヤはきっと、もっと小さく食べていく。



「食べないんスか? ここのレバー絶品なんスよね。ほら、あーん」

「なっ、バカなことすんじゃねぇ」

「えへへ、冗談っスよ冗談」

「お前酔ってるだろ……」

「そんなすぐ酔う訳ないじゃないっスか! お兄さん生一つ追加で! マツモトさんが食べないなら私が全部食べちゃうっスよ? いいんスか?」

「いいよ別に」



 アカザキは残りの焼き鳥をひょいと取ると、そのままパクパクと食べていった。こんなときでも、頭の中ではサヤのことで一杯だった。思わずため息が漏れる。



「あー、ため息ついたらいけないんだー」

「そこは、幸せが逃げる……だろ?」

「ため息を吐かせるような幸せなら、逃せばいいんスよ」

「じゃあ、いけないことじゃないだろ?」

「あっ、そっスね」

 アカザキはオレの頭に手をやると、乱暴にグリグリと撫でた。



「……なに、してんだよ」

「なんか悩んでると思って。日に日に元気なくなってますよ。大丈夫っスか?」

 あんな職場で毎日働いていて、日に日に元気がなくならないお前が異常なんだ。と返してやろうと思ったが、そんな気力もなかった。



「辞めないで下さいね。マツモトさんいなくなったら同世代の人いなくなっちゃうんで寂しいんスよ」

 ……まさか、こいつ。オレのことを心配して呑みに誘ってくれたのか? 



 店員が生ビールを持ってきた。またアカザキは喉を鳴らしながら呑んだ。つまみの枝豆ももうほとんど残っていない。いつのまにかアカザキの頬は薄っすらと紅潮している。やっぱり酔っているようだ。

 そこから二時間くらい呑んで、いいくらいに出来上がったところで店を出た。

 最寄りの駅までアカザキを見送り、オレも家路に着いた。




 *




「おかえりなさい」

「ただいま、……先に寝といてもよかったのに」

「んー、だって、帰ってきたとき部屋が真っ暗だったら悲しいでしょう?」



 寝間着姿のサヤは、重たい瞼を擦っている。オレを見たら眠気が襲ってきたのか、大きな欠伸を繰り返していた。

「会社の人とご飯だったんでしょ? 楽しかった?」

「まぁ、普通に。この前から一緒に働いている同世代の奴」

 そいつが女だと伝えておくべきだろうかと、一瞬迷った。しかし、全く好みでもないし、やましいことも一切ないので隠さないことにした。



「そいつ、女なんだけど、おっさんみたいな奴でさ。あ、今度紹介するよ。サヤの話したら会ってみたいって言ってたから」

「じゃあ、今度家に連れてきてよ。私も会ってみたいな」



 ふぁあ、とまた大きな欠伸をした。

「とりあえず、今日はもう寝るね。おやすみなさい」

 くるりと体を翻し、サヤは布団の中に潜り込んだ。オレも今日はもう寝よう。服だけ着替えてそのまま眠りについた。


 

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