パラレルワールドなんてない。
男は静かにテレビを見ていた。
好きだった。テレビの仕事が。
惰性でやっていたときもあったが、辞めなかったのは好きだったからだ。
それでも、退かなければならないときは来て。
「俺だったら、もっと面白い番組、作るのに」
かすれた声でそういうと、隣にいた女は笑った。
「ありがとう、脩悟くん」
「尚美」
尚美は知っていた。
一位から降りていくときの辛さも、辞めなきゃいけない辛さも。
脩悟が今直面している病気の辛さは分からなくても、それならば分かってあげられる。
「尚美」
「なに?」
「今まで、ごめん」
脩悟は知っていた。
尚美がずっと我慢していたことも、そして、我慢していることを脩悟に悟られないようにしていたことも。
「俺のことなんて忘れてさ、子ども、作ってよ」
どうやったら、俺の気持ち、伝わるかな?
「俺、尚美の子ども、見たかった。
俺の仕事のせいで、ずっと避妊してたけど」
要領のいい後輩には隠し子がいるらしい。
できちゃった結婚をした仲間もいた。
今にして思うのは、避妊するんじゃなかったってこと。
「なに、いってんのよ?」
「現実的な話さ、
俺、もうすぐ死ぬじゃん。
でも、尚美に子どもを諦めてほしくないわけ。
俺の代わりの男とか、そんなこと考えたら、スッゲーむしゃくしゃするけど、
でも、やっぱり、諦めてほしく無いんだよね」
俺のこと、忘れないでほしい。
17年も一緒にいたんだから。
他のやつには渡したくないけど、そんなこと考えたら、腹のそこが煮えくり返りそうだけど。
でも、これからの人生を楽しんでほしい。
結婚、してあげれなかった。
子ども、諦めさせた。
「17年間も、宙ぶらりんな状態にしてごめん」
「今更でしょ?
なに、脩悟くん、私と別れたいの?」
そんなことないって尚美にも分かっている。
脩悟がこれからの尚美のことを心配しているのも分かっている。
でも、脩悟は何が言いたいの?
「違う!!
俺の勝手だけどさ、最後まで、一緒にいてください。
新しい男を探す片手間でもいいから、一緒にいてほしい」
「なによ、それ」
どこまで自己肯定が低いのか。
「言われなくても一緒にいるわよ。
新しい男なんて、探すわけないじゃない」
何があっても一緒にいるよ、
この17年、ずっと隣でいい続けてきたのに。
「ね、脩悟くん。
脩悟くんの残りの人生全部、私にください」
用意してあった届け出用紙。
妻と内縁の妻の差は大きい。
だから、何があっても書かせるつもりでいた。
「尚美」
「結婚、してください」
「どうして?」
「何かあったとき、友達では側に入れないもの」
モルヒネを打ちながら、未だにテレビの前にたつ脩悟。
その、なにかが起こる時はもう迫っていて。
いまなお、収録の時、普通にしているのが不思議なくらい。
「できないよ、結婚なんて。
俺、死ぬんだよ?」
「脩悟くん、
でも、奥さんじゃないと、病室で付き添えないんだよ?
だから、私を奥さんにしてください」
病める時も、心の健やかな時も、一緒にいれるといい
「ありがとう、尚美」