始まりの日3 亀裂1
教室の空気は微妙に悪かった。以前の俺なら何も感じない程度の変化だったと思う。
少し神経質になっているのかもしれない。俺は周りの声に耳を傾ける。
「え?なんでそんなことになってんの?」
「もっとしっかり話したほうが良いよー」
「うん、そうしてみるけど…なんかあったら助けてね。」
「当然じゃん。なに言ってんの」
「私も協力するよー」
彼女とその彼女とよく喋っている2人の会話だった。他にも藤村の声も自然と入ってくる。
「あいつ、朝からおかしいんだよな。」
「確かにそう聞くとおかしいな。そういえばあいつ今日はトイレにずっといたみたいだが…」
藤村も朝のことを喋っているようだ。
女子では彼女が、男子では藤村が中心になって朝のことを広めている。
教室内ではそれ以外の会話もしているはずなのに朝の話のことしか聞こえてこない。
「(少し落ち着こう)」
そうして待つ事数分。
担任の成瀬が入ってくる。
「よしみんな、配る物あるから座ってー」
その声にみんなは着席し始める。
教室の空気は依然として変わらない。
配布物を配りおえると成瀬から空気を変える言葉が出る。
「それじゃあ席替えしますねー。これから文化祭の準備とかで忙しくなると思うから今のうちにやっておくから」
「うぉーまじで!?やっと前の席から離れられるぜ。」
教室内は少し浮ついた空気になった。
うちのクラスは大体1ヶ月ちょいくらいで
席替えをする。今年の文化祭は10月1日と2日にやるから丁度良いのかもしれない。
しかし俺には丁度良くない。
「(もし彼女と隣だったらどうする?死ぬぞ?むしろ死ぬか?汚らわしいし)」
今の席はまぁまぁ離れていて良い距離感だったがどうなるのだろう。
席替えの結果、彼女と近くになる事はなかった。しかし隣のやつは最悪だった。そしてあの軽さを含んだ声で俺に喋りかける。
あぁ、俺に喋りかけるな。
「お?悟じゃん。今回の席は当たりかな。だよな生田?」
「うるさいな、藤村は喋りかけんな」
「そんな事言わなくても良いじゃん。なぁ宮島?」
「いや、藤村が悪い」
「なっ!?敵しかいねぇのかよ」
どうやら俺は教室の左下で隣に藤村、前に生田、右前に宮島という席だった。
さっき藤村と話していたのはこの宮島 圭吾だ。特に部活に入っておらず、ノリは良いが自分からはこないというタイプだ。
生田とも逃げてしまった形になったので俺からは微妙に声をかけづらかった。
宮島は藤村とよく喋るから勝手にできる無言の空間。
「(気まずい)」
そう思っていると生田の方から話しかけてきた。
「朝は悪かったな。強く言ったりして」
「いや、気にするなって。大丈夫だよ。」
「でもなんかあったら本当に教えろよな?」
「あぁ、わかったよ」
表面上ではそう答えるがやはり信用はできなかった。性別が同じってだけなのにどうしても彼女が浮かんできてしまう。
「(本当に冷たいやつだな俺は)」
席替えの後は帰りのHRをした。それが終わるとみんなは仲が良い同士や帰り道が同じような人で集まる。
「じゃあな生田。部活頑張れよ。」
さっきは向こうから話しかけてくれたのだから、挨拶ぐらいは自分からしようと思った。
「あ、あぁ。じゃあな木下。」
みんなは悟と呼ぶからなんだか新鮮だ。
しかしそんな事を思ったのも束の間。
「(ついに来たか)」
彼女がやってきたのだ。
彼女が俺の席に近づいてくる。不安に駆られるかと思ったが、そんな事はなかった。むしろどんどん落ち着いてくる。
後ろでは彼女と仲の良い相川と佐山が見ていた。あと鹿又も注目している。何故だ。
そんな事を考えていると彼女から話しかけられる。
「ねぇ悟、朝はどうしちゃったの?」
「どうもしてませんよ?ただ貴女の事を知らないと言っただけです。」
「そんな事言わないでよ。敬語もやめてよ。私達付き合ってるのに。」
「だからそんな事実はありませんって。急に馴れ馴れしいですね。」
「なんで…!」
すると横から相川が机をバンッ!と叩きながら入ってくる。
「ちょっと!ひどいんじゃないの!遊びにしてはタチが悪いんじゃない!?」
一緒に佐山も入ってくる。
「ちょっとやりすぎかなって思うよー?」
相川の気迫が周りにも伝わったのか、少し静かになる教室。問い詰められているのに俺は妙に落ち着いていた。
「だから知らない人なんですから、そう言われても困りますよ。相川さんや佐山さんも知らない人にしつこく話しかけられたら無視するでしょ?」
「木下っ…!」
苗字で呼ばれたのに全く新鮮味がない。
本当に不思議だ。
「待って!落ち着いて、ね?」
何かしようとした相川を彼女がなだめる。
「悟も思うところがあるのかもしれないから今日は一旦帰ろう?」
「美香がそう言うんならいいけどさ…」
その後吐き捨てるように相川が言う。
「あんた、最低だな。なんでこんな奴が美香と付き合ってるんだよ。」
「(俺もなんでこんな奴と付き合ったのか知りたいよ)」
そして3人は帰ってしまった。
俺はバカにされたのに何も思わなかった。以前の俺なら少なからず憤ったのかもしれないが、何も感じなかった。そこにはただ、バカにされたという事実だけを捉えている自分がいた。
これが感情が欠けるということなのかもしれない。
残された俺は少し待ってから帰った。その間、教室では誰も話しかけてこなかった。
家に着くと彼女が家の前に立っていた。
「悟、どういうことよ?教室での事。」
「どういうことも何も、貴女のことは知らないと、そのまま言っただけですけど。」
「それがなんでかって聞いてるのっ!」
驚いた。彼女が怒るとは思わなかった。彼女が過去に怒った所など一度も見た事がなかったからだ。もしかすると彼女が初めて見せる本音かもしれない。
「悟、何かあったの?」
またしても俺に問いかける彼女。
威圧するような声色だ。
「何もありませんよ。すいませんが、どいてくれませんか?家に入れないじゃないですか。」
「………そう。悟はそういう態度をとるのね。後悔しても知らないわよ。」
そう言って彼女は家に戻った。
彼女に言外に仕返しをすると言われた。俺は彼女の性格を見誤っていたのかもしれない。
そして彼女に怒鳴られた事に対しては何も思わなかったが、彼女に以前の彼女の姿を見る事がなくなってしまった事には悲しさを覚えた。
「(この後に及んでまだ未練を持ってるのか。情けない男だな俺は)」
9月1日のことである。
活動報告で次回について。