心の奥底
相川と話した後は、土曜日に俺の家に来てもらってそこで話すという事で話をまとめといた。もちろん、勝田と生田が居る事も言ってある。そして俺は帰宅して、今日もベットに倒れこんだ。自分の事について考えていた。
確かにイジメはなくなった。それに周りから疑われる事もなかった。それに静かな生活を送れるようにもなった。なのに藤村の言葉や今日の出来事が胸に引っかかる。
何故、相川に話そうと思ったのか。深く考えれば考えるほど、モヤモヤした気持ちになった。そして俺は不満を抱いている事に気付いた。気づいてしまった。そして一気に溢れるのは自分でも嫌悪する程の、暗い感情。悔しい、苦しい、痛い、辛い、逃げたい、死にたい、うざい、気持ち悪い、貶めたい、憎い。溢れ出す感情を止める事はできなかった。
そして最後に残るのは『復讐』の2文字。
俺は決して満足などしていなかった。静かな生活が送れれば、それでいいと思っていたが、そんな事は無かった。ただ単に自分の境遇に納得していなかっただけだった。『なんで俺がこんな目に』と心の底では思っていた。こんなのは不当だと、あってはならないと俺は思っていたんだ。覚悟を決めた日からずっと。いや、もしかしたら事件の日からそう思ってたのかもしれない。だから相川の提案を受けてしまったんだ。元カノに、同じ目に合わせてやる機会を伺うために。
その考えに思いついた俺は、自分が酷く矮小な人間に思えた。被害を加えられたからといって、同じだけの事をして良い理由にはならない。大事な人が殺されたからといって、その犯人を殺しても無罪にはならない。そこまでの事がわかってなお、復讐をしなければ気が済まない。
この瞬間、俺は元カノと同レベルまで落ちた事を自覚した。行動の本質は何一つ変わらない。自分の快楽、安定のために人を傷つける。
俺はそれが分かってしまった以上、もう止まるわけにはいかないかった。必ず元カノを陥れてやろうと心に決めた。
10月28日の事だった。
俺はいつもの時間に目覚める。今日は土曜日だから勝田と生田と相川が家に来る。部屋を少し片付けてお昼頃。先に勝田と生田が家に来た。
「お邪魔しまーす」
「邪魔するぜ、大将」
そう言って真っ直ぐ俺の部屋に向かう。生田もどうやら慣れてきたようだ。そして3人で部屋に集まる。
「じゃあ、悪いが大将。早速、本題に入っていいか?」
「あ、ちょっと待ってくれ。言っておく事ががある」
俺は昨日の事を勝田達に言うのを忘れていた。そのままベットで少し寝てしまったのが原因だ。
「何かあるのか?ん?」
生田の言葉の途中でインターホンが鳴る。どうやら相川が来たようだ。俺は2人に少し待つように促すと、玄関へ行った。
「えっと、お邪魔します」
「あぁ、上がってくれ。勝田と生田はもう来てるよ」
そう言って俺の部屋まで案内する。どこか緊張しているようだった。勝田達に会うのが少し不安なのかもしれない。そして俺はドアを開ける。勝田と生田が相川の姿を見ると、驚いたような顔をするが、一瞬で睨むような表情に2人とも変わる。
「どういう事だ大将。これは流石に言って欲しかったんだが」
「私もちょっとこれはマズイと思ってるんだけど」
勝田と生田は相川に視線を向けたまま喋る。そこで俺が弁明しようとする前に相川が口を開いた。
「ごめんなさい。私が頼み込んだの。イジメに関しても申し訳ないと思ってるわ」
頭を下げて2人にも謝罪をした。
「大将はいいのか?」
「まぁ、信用は出来ると思う」
「大将がそう言うならいいが……生田は?」
「木下がそう言うんならいいよ」
勝田はあまり乗り気では無く、しぶしぶといった感じだが許してくれた。生田は特に躊躇う様子は見られなかった。
「ありがとう2人とも。すぐで悪いけど、教えてくれないかしら?」
そこから俺は説明に入る。これまでに起きた事、ここに至るまでの経緯も全て話した。それを話し終えると、相川が喋る。
「そんな事が……何か他に証拠はあったりする?もちろん、藤村の以外で」
「それは……」
俺が少し迷った様子を見せると勝田が話に入ってきた。
「既に証拠と言えるか分からないが……これがある」
そう言って提示してきたのはスマホ。そして流される音声は文化祭の時の、俺と元カノとの話だった。
「なんでこれが……それにあの時なんで出さなかったんだ?」
俺は困惑して勝田に問いかける。あの時とは、もちろん俺が元カノに挑んだ時だ。
「録音した事を黙ってて悪かったな大将。大将に言ったら、大山が大将の顔色を読むと思って言わなかったんだ。あの時出さなかったのは、大山に押し切られると思ったからだ。あの状況じゃ、何を言っても『脅されました』で済まされちまうと思ったからな。外から見れば悲劇のヒロインで済んじまうし。だったらこれが存在しないと思ってもらった方が、まだチャンスがあると思ってな。それを考慮しても、証拠としての価値は殆ど無いけどな。何にせよ黙ってて、すまなかった」
そんな物を持ってるとは思わなかった。だけど、元カノの発言次第では武器になるかもしれないと俺も思った。そして俺は一つ思い当たる。
「もしかして、それを使って宮島を?」
「あぁ、そうだ。これを使って、手っ取り早く引き入れたんだ。しかしこの展開だと、宮島も訳が分からねぇだろうな。大山が悪いと思ったら、藤村がレイプで脅してるんだからよ」
「その上、本当の事と嘘が混じってるとか結構やるな、美香は」
生田も眉を顰めてそう言う。
「全くだ。まぁ、宮島と話した感じだと藤村を完璧に切り捨てるかどうかは、読めねぇところだがな」
そこまで話して俺は一つ気になった事を言ってしまう。
「思ったけど、何でお前らは俺を信じてくれるんだ?」
今、この『脅されていた』という事になった以上、勝田と生田が信じていた物は何もない。証拠も機能せず、2人から見たら俺の言っている事が荒唐無稽である可能性さえ見えてくる。なぜ信用してくれるのか。純粋に俺は気になった。
「そんなん親友だからに決まってんだろ」
「そんなの好きだからに決まってんじゃん」
同じタイミングで言う2人。そして、生田は言った後に照れている。
「まぁ、他にも理由はある。大将が何も抵抗しなかったりだとかな。普通に考えれば尋常じゃ無い事が起きたってわかる」
「…そうか」
それはきっと中学からの付き合いだからだと、俺は思ったが口にはしない。一応、納得しておいた。そして話し合いは、今後の話になる。
「木下が相川を連れてきたって事は…その…」
「私怨で行動するって事か?大将」
生田が消え入りそうな小さな声で言った言葉を勝田がハッキリと口にする。そして部屋に緊張が流れる。
「あぁ、そういう事だ。もう、止めるつもりも無い。何を言われても」
「いや、別にしてくれていいぞ大将。俺は大山に腸が煮えくり返る思いだったからな」
「私は木下に従うよ」
「後から入ってきて何かを言うつもりも無いわよ。それにこのままじゃ、私が私を許せない」
3人とも同意はしてくれた。どんな手を使ってでも、復讐してやりたかった。
次は間話となります。宮島の話です。