一時の安寧
藤村が学校に来なかった。何故なのかはわからない。そしてその日には、もう1つ違和感があった。誰も昨日の話、もしくは藤村の話をしないのだ。みんながみんな、意図的に避けているようだった。そのおかげか俺の周りでは今までとは比べられないくらい、平穏な時間が流れた。そしてあっけなく、1日が終わってしまった。言ってしまえば、疑いは晴れたのだ。そしてイジメも無くなった。今はぎこちないが、時間が経てば、みんなも普通に接してくれるようになると思う。流石にイジメてきた奴まで、接してくるかは分からないが。
翌日も特に何もされなかった。そして、藤村は学校に来ない。さらに学校では、ある噂が広がっていた。それは、藤村がレイプをしたという噂だ。流石の元カノでも、人の口に戸は立てられないみたいだ。もしかしたら意図的に流した可能性もあるが。何はともあれ、この話はまだ、噂の範疇に留まっているようであった。ところが今日は、帰ろうとする時に声をかけられた。相手は相川だった。
「木下。話があるんだけど…」
最初の頃からの高圧的な態度ではなく、俺の様子を伺うように話しかけてきた。そして周りに人がいない所まで言って、俺は口を開く。
「なんだ?」
俺はいつも通りの声音で返す。
「いや、まずは謝りたいと思って……ごめんなさい」
そう言って頭を下げる相川。思っていたよりも悪い奴ではないかもしれない。もちろん、勘違いしていたからといって、イジメに加担していい理由には、ならないが。
「別にいいよ…もう。それだけ?」
俺は話を切り上げて帰りたかった。
「いや、もう1つあるの。その…美香との事なんだけど…」
「悪いけどヨリを戻すつもりは無いぞ。相川に何を言われようが、それだけは無理だ」
周りから見れば、悲劇のヒロインの元カノ。それぞれ考えている事はあるだろうが、俺と元カノが仲良くなるのが一番平和に見えるだろう。
「それは…なんとなく分かってた。木下があれだけの事をしたんだから。それに、美香からも直接ライムが来たわ。それとは別なの」
「別って、なんの事なんだ?」
「なんか変じゃない?美香の言ってた事」
「変とは?」
俺は目を細めて相川を見る。
「だって、あの音声おかしいじゃない。まず、音声で脅すっていうのがおかしい。藤村の立場で脅すなら、そういう写真の方が音声より効果的じゃない。自分だとバレる可能性も下がるし」
「そう、他には?」
「あとは、藤村と美香の音声よ。お互いが別で録音してたはずなのに、ほぼ同時に音声が途切れてたじゃない?まるで示し合わせたかのように」
「そうだな」
「今考えれば、美咲や勝田の行動も違和感があるわ。事実が知られる前に、妙に木下と絡むし、守ろうとしてた。流石に悪人を守ろうと思うほどのお人好しなんて、いるとは思えない。しかも非がない筈の木下は何も言わない。美香の言葉とこれまでの事は、ちぐはぐしているわ」
さらに核心に迫る相川。
「木下、何か隠してる事があるでしょ?周りの人間に見えない何かを」
相川は、こう見えて考えながら行動しているようだ。しかし少し、感情的になりやすい部分がある。正義感か友情か、何から来てるか分からないが、そこに付け込まれた感じだ。元カノに良いように操られていたようだ。
と、そこまで考えて、俺は罠じゃないかと疑った。もしかしたら元カノの差し金かもしれない。こうして味方だと思わせて裏切る作戦か、はたまた争いの種を生むのが目的なのか。そうして俺は相川を疑った。
「そう……か…」
俺は相川に深く考え込んでみせる。
「ダメかしら?」
相川はどうしても聞きたいといった空気を出している。
「何でそんな事を聞きたいんだ?」
「…私のためよ。自分自身を見直すため」
一瞬迷った後に、相川はそう言った。
「わかった。全部話してやる」
この言葉を聞いた俺は相川を信じようと思った。元カノの指示ならば『俺の為に真実を明かしたい』とでも指示するかと思ったからだ。その点、相川は自分の為だと言ったから、まだ信用できる。
それでも『信用ができる』ようになっただけだ。何故話そうと思ったのかは、自分でも分からなかった。