公開1
テストが明けてから今日までは藤村に暴力を振るわれる事はなかった。しかし、陰湿なイジメはまだまだ続いていた。その度に笑い声が聞こえるが、俺は相手にしなかった。
今日は10月26日、水曜日。教師は全員、会議があるからHRが終わればすぐに教室からいなくなる。そこを俺は狙った。
「みんな、聞いてくれ!」
俺が声をかけると、教室は一気に静まり返る。誰もが、睨むような、疑うような視線だ。ここまでずっと黙っていたのに、急に声を上げたからだろう。
「みんなに聞いて欲しい事があるんだ。これを聞いて欲しい」
そこで俺は自分のスマホを取り出す。データ自体は既に移している。そしてその音声を流す。最初に聞こえてくるのは宮島の声。その後に藤村の声が聞こえてくる。
『あぁ、そういう事か。なんで木下にそんなこだわるんだ?無視すれば良いじゃんか?』
『そういう訳にも行かねぇんだよ』
『なんでだ?』
『そうしてくれって美香に言われてるからな』
『なにがどう絡むんだ?』
『いやぁ、俺、美香と付き合ったんだよ。木下と付き合ってる時に』
『マジで!それはお前、大変な事してんなぁ』
『だろ?そしたら美香がさぁ、『別れたいのに付きまとってくる』って言うからさ、そのために動いたわけ』
『なるほどなぁ。え?じゃあお前がキレたのって演技?』
『そうだよバーカ。引っかかってやんの』
『なんだよ、心配して損したわ』
『悪かったって。それにしてもさぁ、それも美香からの提案でよ。なかなかエグい事するよな、あいつ』
『じゃあ展示物壊したのも?』
『そうだよ、美香だよ。いやぁ傑作だったわ。まんまと木下に白羽の矢が立ってさ』
『そうか、すげぇな、それは。ちなみになんで付き合ってるんだ?お前、元々付き合ってる奴いなかったか?』
『それがさ、向こうから誘ってきてよ。それに乗ってやったんだよ。俺が付き合ってるのを知ってる奴なんてそんな居ねぇだろ?だから俺も二股かけようかなと』
『はぁー、お前、刺されても知らねぇぞ?』
『大丈夫だよ、バレねぇって。それよりさ、美香が誘ってきたくせに、レイプみたいな感じになっちゃってさ』
『聞きたいか?』
ここで音声は終わった。最初、藤村の声は苛立っていた様に聞こえたが、途中からは楽しそうな声に変わっていた。そして教室は違う意味で静まり返る。そこで俺はさらに声を出す。
「この音声だけど、宮島が取ってきてくれたやつだ。宮島の反応は全部演技って事を分かって欲しい」
そこで異常に大きな声が上がる。藤村だ。
「宮島っ!てめぇ、裏切りやがったな!ふざけんじゃねぇぞ!ぶっ殺してやる!」
激昂する藤村。止めるのは勝田、そして遅れて中立の男子が止めに入る。藤村の叫びに宮島は何も言わない。
「宮島ぁぁぁ!なんとか言えよ、この野郎!」
取り押さえられながらも叫ぶ藤村。もう野次馬も集まってきている。誰かが教師を呼べばこの事は後回しになる。それだけは避けたかった俺は声を発した。
「それでこの音声なんだが、どうなんだ?大山 美香」
久々にその名を呼んだ。元カノは少しだけ下を向いて顔に手を当てている。何を考えているのだろうか、と思案する前に元カノは、
ニヤリと笑った。
一瞬だった。しかし確実に笑った。