間話 秘密の話
少し時間が戻ります
「なんだよ話って」
生田は勝田に歩きながら聞く。
「まぁ、そこにでも入って話そうか」
勝田が指さしたのは喫茶店だ。
店内は明るく軽快な音楽が聞こえてくる。
人の入りは席の半分くらいは入っている。
生田はオレンジジュースを、勝田はコーヒーを頼んだ。
「なんだお前、子供かよ」
「うるさいな、なんでもいいだろ」
生田は勝田にそう答える。
そこから沈黙が続き、店員が飲み物を持ってきた。
「よしじゃあ話すか。大将についてだ」
勝田は生田に話し始める。
生田もそれをしっかり聞こうと体勢が少し前のめりになっている。
「お前から見てもわかるだろうが、大将は壊れかけてる。自分では壊れてないと思ってる辺りが重症だな」
「全くだ、このままじゃ木下は潰れてしまう……」
生田は勝田の見解に対してそう返した。
「そこで、だ。大将を助けるためには、お前の力が必要だと俺は思ってる」
「わたし?なんでわたしが?」
「あの状態じゃあ大将は俺の話を聞いたりしないだろうからな。それに俺は他に頼りにできそうな男を知らねぇ。桐島か宮島くらいなら話しても良さそうな感じはするが、他はマズイ。アレを見てたお前ならわかるだろう。それに女子なんて軒並みあいつ側についてやがる。静かそうな、鹿又でさえだ。」
「まぁ、そうだけど……」
生田は勝田の言葉に、悩む姿を見せる。
「それにお前が1番だと確信したのは俺が外から帰ってきた時だ。何をしたのかは、知らねぇが大将の顔が少しは良くなってた。だからお前に……おい話聞いてるか?」
生田は俯いていた。
「え?あぁ!聞いてる聞いてる!」
驚いたような、そんな生田の返答に訝しむ勝田。
「本当か?まぁいい、それが理由だ。で、どうだやってくれるか?」
「本当に私で大丈夫なのか?もし、失敗したら——」
「失敗なんてしねぇ」
強い意志を込めたような、そんな声色で勝田は言った。それで意を決したかのようになる生田。
「わかった。やってみる」
そんな風に話はまとまった。
「じゃあ話は終わりだな」
そう言って、勝田は席を立とうとする。
「あっ、待ってくれ」
そんな勝田に生田は思い出したかのように、声をかける。
「ん、なんだ?」
「何で貸し1って言った時あんなにあっさり木下が引いたんだ?あと何でお前は木下の事、大将って言うんだ?木下に聞いたらお前に聞けって言われたから聞いてみたけど」
「あぁ、それかぁ。大将が俺に聞けって、言ったんなら仕方ねぇのかなぁ。でも少し長くなるぞ?それに聞いたらお前、引くと思うし」
「別に時間は大丈夫だぞ。それより聞いたら引く話って、お前は何したんだよ?」
「いじめてたんだよ、大将を。中1の時な」
生田は息を飲む。
「別に、何があったわけでもねぇ。たまたま大将がターゲットになったんだ。誰がそう言い出したのかは、分かんねぇ。ただ俺は中学に上がって不安だったんだ。それで少し持ち上げられただけで、調子に乗っちまった。」
「初めて人をいじめた。自分より下が入るってのは、あの時の俺にとっては凄い安心感だった。自分が最低な事をしてるって事を棚に上げて、優越感に浸ってた。でもある時に自分の弱さに気付いたんだよ」
「大将をいじめてる時だった。誰だったかな、それを止めてから交流は無くなっちまったから覚えてないんだが、そいつが大将に向かって『お前弱っちいなぁ』って言ったんだよ」
「そしたら大将はさ、『大人数で戦うお前らより、1人で戦い続ける俺の方が強い』って言ったんだよ。大将は無駄に我慢強いからよ、そん時も見栄を張ってたと思う。でも俺はその言葉で気づかされた」
「俺は大将より姑息で小さい奴だって事に」
「それで俺はいじめを止めた。そしたら自然と他の奴らも止めたよ。そんで俺は大将に謝りに言ったんだ。『本当にごめん。何でもするから許してくれないか』って。そしたら大将は自信満々な顔でさぁ、『俺はお前より強い!そしてお前は俺より弱い!だから俺の事を大将と言え!はっはっは』とか言いやがってさ。中学生だったからだろうが、そんな下らない事を要求してきた」
「それから俺は大将って呼ぶようになったんだ。生田に言った様子じゃ、大将は覚えてなさそうだが。でもその宣言をされた時、思ったんだよ。この借りは一生かけて返して行こうってな」
「正直、大将には感謝してんだよ。こうやって、まともにしてくれて。あのまま人をいじめ続けてたら、きっとロクな男になってねぇ。本当に、返しきれねぇ恩だよ」
気まずそうに目を伏せる勝田。
静かに聞いていた生田は疑問を発する。
「でも、それが貸し1と、どうつながるんだ?」
「俺の中でそういう事については厳しくやろうって決めたんだよ、中学の時から。それで大将も俺が頑固だって事に気付いたんじゃないか?」
「そうか……」
「長く話して悪かったな。とりあえず、部活がある日は学校で話すだけで良い。俺もいじめを止める為に動く。11日からはテストが1週間前に入るから部活は無くなるだろ?その頃にあいつの家にでも、行ってやってくれ」
「お前、意外と考えてるな」
「うるせぇよ、お前の頭がすっからかんなんだよ。大将に勉強でも教えてもらいな。それと大将は理屈が通っていたら多少強引でも何とかなる。それにあいつの両親は普段、家にいないから」
「頭悪いのは関係ないだろ!…まぁ、ありがとう」
「じゃあ頼んだぞ」
そう言って勝田は今度こそ出て行った。残された生田はゆっくりとオレンジジュースを飲みながら考えていた。木下に上手く近づく方法は無いかと。暫くして、生田も自分の分のお金を支払って出た。10月の外は既に暗かった。




