じんにくをたべよう。 -Discipline- #2
2.
「人肉はマズイよー」
留々がニヤニヤ笑ってユッケ丼を頬張る。赤い牛肉がてらてら光り、なんともいえない食欲をかき立てる。
正午をまわったばかりだというのにやや閑散としたファミレスで、私たちは予定通りランチを食べていた。市街地から少し離れた場所にあるため、ドリンクバー目当ての大学生もあまり立ち寄らず、私らが人目をはばからず食欲を満たすには都合が良い。
「だってなあ、せっかくゾンビになったのに。ゾンビっつたらやっぱ人食いでしょ。カニバルでしょ」
ちょっと豪華な150gレアステーキにかぶりつきながら、私は答える。
元より私は大の肉好きだ。小六の誕生日、ケーキの変わりにステーキを所望したぐらいの立派な肉食女子だ。
そんな私がゾンビになって、人肉を欲するのはひどく自然な流れじゃなかろうか。必然で、当然で、むしろエチケットじゃなかろうか。
肉、肉、肉。お肉万歳。脂肪に幸あれ。たんぱく質に栄光あれ。
そんな私の純粋な肉賛歌を、留々は失笑で流す。
「わかんないでもないけど、別に無理して食べなくてもいいなら、その方がいいんじゃない?」
「あんだとー? 留々、ユッケだろ、それ、ユッケという名の生肉だろ」
「だってさ、礼子ちゃんなんて生粋のベジタリアンじゃん。死んだからって、じゃあ肉食べよっかって話にはならないでしょ」
「知るか。つか、ベジタリアンなんて信用できるか。そこまでいうならこの肉神さまにそのユッケをよこしたまえ捧げたまえ……あ、こら、ラー油は反則だ」
いやまあ、留々のいうことに一理ないわけでもない。
ゾンビに食べ物なんて必要ないってのは前述の通り。習慣と嗜好で頬張っているけど、消化できないんだから最終的には排泄するのみ。人体を動かすエネルギーになんてなりやしない。
じゃあゾンビはなんで動いてるの? 知るか。それがわからないからゾンビっていうんだ。
ましてや人肉なんか。喰らう意味も、求める意味もありやしない。
ただ、なんとなく。ゾンビっていう理由だけで、なんとなく。
「でも、人肉なんでしょ?」
留々が当たり前のことを直球でぶつけてくる。
そう、でも、人肉なのだ。
牛でも豚でも鳥でも羊でも魚でもなく、人肉、人肉が食べたいのだ。消化できなくとも、味の想像がつかなくとも、倫理的にでたらめであろうとも、人肉を美味しくいただきたいのだ。
ゾンビが経口感染(正確には感染という概念自体怪しいらしいが)であるが故の、何らかの誘引でもあるのだろうか。なぜか、漠然と、人肉に憧れる気がする。
みんな、あえて口にしてないだけ。きっと、食事を前にして悶々と思っているであろう、甘美な誘惑。人肉。人肉。ああ、人肉。
おっと、クールな私の恍惚な表情に留々がとまどいの色をありありと。これではいつもと立場が逆ではないか。ボケ役サボってんじゃねーよ。
ラー油まみれのユッケをペロリと平らげて、留々が興味なさげに適当な推論を口にした。
「意外とさ、人肉だと、私たちでも消化とかしちゃうのかな」
さすがにそれはなかろうよといいかけて、なんとなく口をつぐむ。ゾンビが非科学的な存在である以上、非科学的な仮定を否定しても仕方ない。
目の前のステーキは確かに美味しい。美味しいが消化できない。消化する胃袋が働いていない。ダイエットコークを飲んでも砂糖を摂取したことにならないのと同じで、あくまで食欲を満たすだけの、消化吸収できないまがいもの。それがこのステーキの役目。
ということは、だ。
まがいものじゃない本物こそ、人肉ということなんだろうか。食欲以上の、栄養摂取、カロリー補給、熱源確保の正しい消化物として、私たちは無意識に人肉を欲しているということなんだろうか。
消化。なんだか懐かしい感覚すら覚える。人肉を食べれば消化できるんだろうか…。
私はぼんやり消化に思いをはせる。まだ元気だったころの、ピンク色の胃袋と十二指腸と小腸と大腸に思いをはせる。あ、懐かしいといえば…。
見透かしたかのように唐突に、留々さん必殺の空気を読まない質問が、私を現実に引き戻す。
「理緒はさ、お通じあんの?」
ぶっ。
いやでもすまん。同じこと考えてた。ちょっと懐かしんでた。でも突っ込む。照れ隠しに盛大に突っ込む。
「馬鹿留々、メシ中だろ! つか、ないよ! 脇腹からかきだすだけだよ!」
「私はあるよー」あっけらかんと答える留々。「内臓無事だったからね。消化はしないけど食べ物は順調に送られてんの」
なぜ自慢げに。なぜドヤ顔で。こっちはまだステーキ残ってんだといいかけたところで、留々の容赦のない追い討ちが炸裂する。
「ただし消化はできないからねー。理緒の胃袋と同じかな」
「同じって」
「出るものは一緒。口から入ったものが、ほぼ原型をとどめたまま生ゲロ状態でお尻から…」
「やめろー!!!!」
叫びとともに口からステーキが噴出した。
ダメだ。最低レベルのスプラッタ劇場だ。
3.
食べたことのない奴が、食べたことのないものを語っても空虚なだけだ。
ここはひとつ先人の感想を伺おう。と、いうことで、翌日、私たちはハルのところにおしかけた。
実際に私たちを噛んで周り、ゾンビを生み出したハルなら、実食したときの感覚ぐらい覚えているはずだ。うまいか、まずいか。それだけでも聞いてみたい。
ゾンビになった私たちにハルが気後れすることの無いよう、あくまでドライに、あくまで純粋な好奇心でと念を押し、如何でしたかと質問してみる。
「味? 覚えてないなー、必死だったから」
そっけない答え。それはそうかもしれないけど、なんかこう、もっと真実に近づけるヒントのような何か……。
「てか、直接かじってるんだから、血の味だよね、普通に」
うん、まあ、それはそうですよね。牛に直接かぶりついても、牛刺しの味にはなかなかたどりつけませんよね。ふう。
不躾な質問に残念すぎる答え。人肉は一日にして食えず。そんなもんだよねーとニヤニヤ笑う留々を軽く小突き、じゃあ質問を変えるね、味じゃなくて、食べたときの感覚とかさ……言ってしまった後、私は即座に後悔する。
ずーん。
聞こえない効果音が睦実の周囲を暗く押しつぶし、どんよりオーラがゆらりと沸き立った。
「聞きたい…?」
「え、あ、いや……そんな無理しなくても…」
「聞きたい…?」
「その、えーと……」
「聞・き・た・い……? 息も絶え絶えの友達の悲鳴をBGMに、痙攣する友達の腕を押さえつけ、血と涙でぐしょぐしょになった目で睨まれたあの時の壮絶な感触を…」
すいませんごめんなさい申し訳ございません。
自分のデリカシーの無さを恥じつつ、私たちは逃げるように退散した。ちょっぴり聞きたい気がしないでもないが、それは私の役目ではない。私ごときが背負っていいお題目であるはずがない。
すいませんでした。ほんと、すいませんでした。
*****
現実的に考えて、人肉を調達するのは不可能に近い。
それでも無駄は無駄なりに頑張ってみようってのが、たぶん私の良いところで、無駄は無駄なりに付き合ってくれるのが、たぶん留々の良いところ。
よし、とりあえず思いつくところから片っ端に行ってみよう。次の日曜日、私と留々は検索し、電話し、突撃しまくった。
まず素直に死体からあたろう。墓場へ。坊さんに説教された。
それじゃあご遺族に頼んでみよう。火葬場へ。つまみ出された。
体から切り離された肉片ならいいんじゃね? 病院へ。可愛そうな目で見られた。
じゃあせめて輸血とか。献血センターへ。ジュースだけいただいた。
いっそ893がつめた小指でも…。よくわからないけど事務所とかかれた雑居ビルへ。スマキにされかかった。
美容整形で吸引した脂肪、産婦人科の胎盤、○○クリニックで切除した○○○の○……現代社会において、人の肉片を取り扱うのは、基本、どうしたって専門家の領分でしかない。ただの素人が人肉を手に入れるチャンスなどあるわけもなく、海外の人食い族だっていまどき文化的理解を得られるはずもなく、結局、どうあがいたところで無理なものは無理なのだ。
いっそ、人間やめてゾンビを食うか! 死肉を喰らうか! ゾンビやめてグールになるか!
言うが、顔を見合わせ、思わずぱっと後ろに飛び退く私と留々。
互いの肉を狙って、円の動きでじりじりと間合いをはかる。クソくだらない緊張感。片足のこちらは圧倒的に不利だが、ろけっつぱんちこと留々の右手なら隙をつけばうまく取り上げられる。保存薬のおかげで味と食感は最悪だろうが、背に腹は変えられない。喰ってやる。ゾンビだろうがなんだろうが、喰ってやる。
今だ! パンチのチャンス! 腹だ!
たーっ!
阿呆か。
結局、一日中動き回ってなんら収穫を得ることはなく、その日は完全な徒労に終わった。
私らの目論見は、わずか一日であっさり万策尽きた。
(続く)