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じんにくをたべよう。 -Discipline- #1

1.

 高さ数十mの崖からバスごと飛び込めば、そりゃ全員死ぬか死にかけるぐらいは当然のことで、実際、私も片足グチャグチャで瀕死の有様。

 たまたまゾンビになったハルがみんなを噛んでまわらなきゃ、たぶん出血多量で普通に死んでたと思う。

 だからまあ、私も、悪友の留々も、二年三組のクラスメート全員も、ゾンビになったことは素直に受け入れたし、せっかく助かった命(?)、少しはポジティブにゾンビライフを楽しもうなんて考えたりもするわけで。


* * * * *


 「いや、元気ですよ、一応」

 そう答えるのは何度目か。私は半ば口癖のような気持の入らなさで、医者の質問に適当な相槌を打った。

 死んでるのに元気もへったくれもないもんだが、そう言っとけばとりあえずは納得してくれる。

 死体とはいえ、腹ン中に手をつっこまれたりするのは、あまり気持ちの良いことではない。逆らわず、疑わず、さっさと切り上げるのが吉。午後から学校行くのがちょっぴりめんどくさいが、それでも病院なんかにあまり長居はしたくない。


挿絵(By みてみん)


 私たちは二週に一度の定期健診を義務付けられている。ゾンビでいることは存外めんどくさい取り決めが多く、保存薬やら殺菌剤やらの定期的投与や、変な菌が発生していないかの衛生検査、体液が偏りすぎないようマッサージと適度な運動(休み時間に逆立ちの列ができるクラスなんて世界でもうちだけだろう)、それに通院。

 手を抜けばそれだけ早く肉体の崩壊が始まるわけで、少しでも現世に執着していたい私らとしては、多少面倒でも毎日の雑務をキチンとこなしていかなくちゃいけないわけだ。

 こうやって腹ン中のぞかれるのもゾンビやってくための義務。手術中の自分をリアルタイムで見ているようで、ゾンビのくせになんだかゾッとしない。

 ああ、はいはい、気をつけます。お腹ン中いじるときはちゃんと手を消毒します。

 おざなりな返事だが主治医も慣れたもんで、じゃあ、何かあったらすぐに連絡してねと、お決まりの台詞で聴診器をたたむ。

 診察おしまい。今週もこともなし。ありがとうございましたー。

 軽い会釈で診察室の扉をくぐると、先に診察を終えた留々が暇そうに取り外し式の右腕を弄んでいた。周囲は若干引き気味。そりゃそうだろ。悪趣味娘め。

 「どうだったー」

 「別に」

 松葉杖を投げだして、留々の隣りにどっかと腰を下ろす。

 腹の辺りがちょい違和感。変にまさぐられたせいかな。なんとなく心地が悪い。あ、いや、そうだな。

 「腹、減ったかな」

 「お腹?」

 「消毒洗浄したし。なんか、空っぽ」

 「あー、理緒、そっちだっけ」

 どっちがそっちなのかわからないが、留々も空腹には賛同のようだ。ランチOK。国道沿いのファミレスにでも寄っていこう。

 そう。ゾンビといっても腹は減る。

 そういうところは、生きてるときと、さほど変わらない。片足は無くなったし、心臓も止まってるけど、いくつかの生理現象は慣習として残っている。

 食べる、寝る、飲む、夢見る、愛する。

 別に食べなくても飲まなくても寝なくても夢見なくても愛さなくてもいいんだけど、なんとなく本能的な衝動は、体の記憶として留まっている。

 最初は不思議な気もしたが、いまやすっかり元通りの生活習慣に戻り、おかげで時々自分がゾンビだということを忘れそうになる。

 ああ、いや、訂正。充分ゾンビだ。だからやめろ。人前で生腕をつけたりはずしたりすんのやめろ。

 「えー。いいじゃん、ゾンビっぽくて」

 留々らしい滅茶苦茶な反論。なにがゾンビだ。少なくとも私の知ってるゾンビ映画の中で、右腕をろけっつぱんちと称して相手に投げつける奴など見たこともない。

 ほら見ろ、周囲はいぶかしげな目つき。隣りに座っていた少年が急に表情を変え、逃げるように席を立つ。警戒するだけならいざ知らず、ついでに捨て台詞まで残していく。


 「なんだよ。なんでゾンビなんかがここにいるんだよ」


 ゾンビなんか?

 思わず席を立ちそうになる私を、留々がそっと窘める。

 わかってはいるが、やっぱり若干イラっとくる。

 そりゃうちらは確かに立派なゾンビ様だが、露骨に差別意識を表に出されるとそれなりに腹がたつってもんだろうに。

 ゾンビを伝染病かなんかと勘違いしてやしないか? 隣に座っただけでゾンビが伝染るとでも思ってるのか?

 じゃあなんで風邪っぴきなんかがここにいるんだ? なんでインフルエンザ患者なんかがここにいるんだ? なんでつき指野郎なんかがここにいるんだ?

 ああ、馬鹿馬鹿しい。本当に馬鹿馬鹿しい。

 こういった誹謗中傷にはそれなりに慣れてはいるはずだが、改めて直面すると腹が立つ。病院ぐらいのんびりと被害者面していたいのに、また一方的な偏見じゃないか。

 まるで気にもせず、外した右手でバイバイしてみせる留々の大物っぷりも、八つ当たり的に苛立たしい。差別されてんだぞ。中指ぐらい立ててやれよ。

 私の無言の苛立ちを察してか、周囲の引きっぷりがいや増しに増している気がする。

 遠巻きに嫌悪感を表す少年。ひそひそ話でこちらを見つめるご婦人。いかにも関係なさそうに席を立つご老体。

 あぁ、なんか面白くない。ほんと、面白くない。

 腹が減ってるからか? そうだ、腹が減ったなあ!!


挿絵(By みてみん)


 休憩時間だろうか、診察室の扉が開き、中から先ほど診てもらった主治医の先生が現れた。看護婦を付き従え、周囲に軽い挨拶をしながら歩いていく。

 留々の右手も、とぼけた表情で軽くスルー。ムスっとした私もにこやかにパス。大物然とした風格が、なんとなく患者を見下したようにも見えて、それはそれでやっぱり腹立たしい。

 完全に見当違いの怒り方だということは重々承知しているが、今日の私は虫の居所が悪いのだ。腹をまさぐられて気分が悪いのだ。

 そうだ。

 ゾンビなんだから、ゾンビらしいことでもしてやろっか。

 せっかくリクエスト受けたんだ。少しぐらいサービスしてもいいだろう。私の中の悪戯心がチロリと舌を出す。

 うん、そう、ヒトツだけ悩みがあったんだ。質問があったんだ。

 すいませんと、先生を呼び止める。私はわざと周りに聞こえるような大声で…気味悪そうにこちらを見つめる例の少年に聞こえるよう、病院の待合室らしからぬ大声で…なんら悪びれず堂々と衝動を口にした。


 「そういや先生。私、人肉食べたいんですけどー」


 周りが、一斉に、ドン引いた。


(続く)


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