004.ドローンクラッシュ
彼女たちが向かった先の部屋には人一人が入れるぐらいの棺のようなカプセルが置いてあった。そして、ヴァイオレッタがシャルロッテに命じると、どこからともなくもう一つ、部屋においてあったモノと同じカプセルがドローンによって搬入された。
「こ、これは?」
その外見から冷凍睡眠用のカプセルベッドを連想した古都子は戸惑いながら、ヴァイオレッタに尋ねた
「ゲーム機だよ。古都子くんの時代のゲーム機よりもコレは普及しているの。一人に一個、プロフェシーとカプセルベッド!なの」
「へー。けど、ボクの部屋にはなかったよ?」
「うーんと。それはたぶん、古都子くんはいきなり社員になったからだよ。カプセルベッドは手軽で面白いおもちゃだけど、社員になっているような大人の人たちは、もっとリアルで高価な遊びをするの」
「たとえば?」
「アウトドアスポーツとか旅行とか。ヴァーチャルで済ませられない娯楽って、古都子くんの時代と違ってすっごく贅沢な事なの」
「へー。ま、ボクはスポーツも好きだけど、コンピューターゲームも好きだよ!」
そう言うと、二人はカプセルベッドに潜り込んだ。そうして、仮想世界にアクセスすると、ゲームタイトルを写しだしたモニターがたくさん空中に並んでいる、どこかのエントランスホールのような光景が周囲に広がった。
「ヴァーチャルリアリティってこんな感じなんだ。リアルとあまり変わらないね」
「古都子くん……。リアルと全く違ったら、たぶんリアリティなんて呼ばないと思うの。それよりも、ドローンクラッシュであそぶの!」
「え、何?その物騒な名前のゲーム。面白そうなんだけど」
「ドローンクラッシュは自作のドローンを操って遊ぶゲームなの。ルーム参戦で一緒のチームになって遊ぶの!」
そう言うと、ヴァイオレッタは中空にタッチパネルを呼び出して、ルーム参戦モードを選んだ。すると、二人の周りの景色がドローンを整備するための広大なガレージに切り替わった。さらに、ヴァイオレッタがタッチパネルを操作すると、そのガレージに二台のマシンが忽然と現れる。古都子は突然の出現に少し驚いた。
「とりあえず、いきなりマシンを作ったり選んだりするのは難易度高いから、レンタルショップで古都子くん用のドローンを購入したの!」
「へー。自作できるんだ」
「うん。それがこのゲームの最大のウリなの。けど、面倒だし時間かかるから、今日はこのライノガンズを使うの!」
「なんだかなー。ま、いいよ。オススメって事はなんか理由があるんだよね。ところでこれどうやって乗り込むの?」
「ドローンは無人無線操縦するからドローンって言うんだよ。ここはヴァーチャルワールドだから古都子くんならシャルルに命令すれば即動かせるの」
「よし!シャルル。ライノガンズを動かすよ!」
「畏まりました。古都子様。ドローンへのシンクロを開始します」
シャルルが無感情な声で述べると、古都子の視界が急に変化して、視点が高くなる。そして、視界にサイトマークや各種インターフェース、周辺マップなどの情報が、景色と一緒に映し出される。
(古都子様、余分なことかもしれませんが……。お声を出さずとも念じていただければ脳波で指示をしていただけますよ?)
と、古都子にだけ聞こえるようにシャルルが念話のようなものを使った。
(すごい!なんかエスパーみたいだね。といっても、エスパー伊藤じゃないよ)
(エスパー伊藤は存じ上げませんが、カプセルベッドに入って頂いた段階で、古都子様の脳波を精密スキャンによって解析していますので、そういう事が可能なのです)
そう教えられて、古都子が感心していると、画面端にヴァイオレッタを示す顔アイコンや彼女の機体名や彼女自身の名前が出現し、彼女の声が聞こえてきた。
「どう?出撃できそうかな?準備ができたら教えてほしいの」
「え?準備って何をすればいいの?」
「とりあえず、機体の形状とかスペックを確認なの。それから、一通り動かせるか試してみたらいいんじゃないかな?」
「うん。分かったよ」と古都子は返事をしながら別の事を考える。
(さっき、タッチパネルを呼び出して操作してたけど、この念話みたいなのができるのなら、アレ、要らないよね?)
(そうですね。ただ、タッチパネルを呼び出しての操作は脳波スキャンが常にできるわけではない現実世界では普通に多用されていますので、そのままの感覚であのような操作をする事例は多いですよ)
古都子がシャルルに問いかけると、シャルルが答えた。
(あ。そうなんだ。んじゃ、このライノガンズについて教えてよ)
(畏まりました)
シャルルの返事とともに、視界にライノガンズのミニュチュアホログラフィックが浮かび上がり、解説タグも表示される。
(ライノガンズはヴァイオレッタさんが発案し、オムニインダストリアル社が開発したドローンでオムニグループが実際に軍用ドローンとしても運用しています。外見はサイに似た不整地走破仕様の移動砲台です。武装は六門のソレノイドクエンチガン、プラズマトーチ四本、自動迎撃用高エネルギーレーザー二門、対人用高エネルギー小型レーザー砲六門、各種電子兵装、多目的液体火薬、多目的ナノマシンベースと成っています。ただ、このゲームには歩兵は登場しないので、対人兵装は活躍の機会はないでしょう)
「古都子くん、まずは足踏みしてみるといいの。あとは周り見回すとかかな。自分が四つん這いになっているつもりで体を動かすイメージをするの!」
「ヨーツンヴァイン?」
「バカなこと言ってないで早くやるの!」
ヴァイオレッタに言われて、古都子がハイハイする感覚で手足を動かすのを意識すると、ドローンがそれに合わせて動いた。さらに、首を左右に回すとレールガンの砲塔も回るようだった。視界をぐるりと上下左右に回しても、理屈は不明だがどこを向いているのか直感的に分かるのが不思議だった。試しにクエンチガンを撃ってみようとしたら、画面にデカデカと警告メッセージが出た。
(古都子様、さすがにガレージ内で発砲はできません)
(デスヨネー。……。ところで、ドローンってこんなに簡単に動かせるものなの?)
(人型に近いドローンほど動かしやすいと言われています。これが六脚以上のインセクトタイプや、車両タイプ、飛行タイプなどのドローンになると、それなりに習熟が必要と言われています)
(習熟にどれぐらいかかるのかな?)
(個人差もありますが、動かすだけなら一日か二日の練習で問題ないと言われています)
シャルルの説明に古都子が感心していると、焦れたヴァイオレッタが声を掛けてきた。
「じゃあ、準備ができたら出撃するの。習うより慣れろの精神なの!」
ヴァイオレッタがそう言うと視界に対戦ボードやインターフェースアイコンが現れて、自分とヴァイオレッタが青軍所属で敵が赤軍所属というのが読み取れた。参加人数は両軍あわせて二十人の、十人対戦らしい。しばらくすると、風景が戦場に切り替わった。
(ステージは雨天山地です。古都子様のチームは南の拠点エリアから出発します。雨天ですので飛行タイプのドローンは全て有人飛行扱いとなり、再出撃不能です)
シャルルの説明を、よく理解せずに聞き流しながら、古都子はマップを見た。地形は、マップ中央から西に掛けて山があり、西の峰はトンネルがあるようだった。また、山を囲むように川が流れており、東側は川と迂回用のオフロードがあった。さらに、山の東側の麓と川の間にちょっとした岩場とオフロードがある。そして、橋は全部で六ヶ所で、西側のトンネルの南北にそれぞれ一箇所、山の麓の南北と南東、北東にそれぞれ一箇所となっていた。
このゲームのマップはゲーム要素を優先しているので非現実的な物が多い。そもそも、全高十メートル前後のドローンが侵入可能なトンネルや、それが開通している巨大な山地など、現実にはそれほど多くは存在しない。
マップを一瞥した後に周囲の僚機を確認した所、飛行タイプ二機、戦車タイプ四機、四足タイプ一機、装輪車両二機だった。それぞれの機体に識別コード代わりにプレイヤー名と機体名ががホロディスプレイされていた。あのホログラフィックがリアルで見えてたらヤバいよなぁ。と思いながらヴァイオレッタを探すと、彼女は重装甲の航空機に乗っている事が分かった。
「え?ヴァイオレッタ、飛行機に乗ってるの?再出撃不能らしいよ?」
「とりあえず、落ちなければ良いの。味方のメディックや本拠点に行けば、機体の修復は可能なの。だから問題無いの!」
(メディックって何?)と古都子が疑問に思うと、シャルルが答えた。
(味方のメディックとは、損傷修理用のナノマシンベースと大量のナノマテリアルを搭載した機体の事です。試合のマッチングによほどの不具合がないかぎり、一機は参戦しています。今回の味方チームでは、装輪車両二機がメディックです)
そして、試合開始のカウントダウンが終わると、ヴァイオレッタを含む自軍の飛行機は滑走なしに垂直に飛び立った。
「え、滑走なしで飛べる飛行機なんだ?」
「垂直離陸しない飛行機の方がめずらしいよ?あ、古都子くんは本拠点周辺の高台にでも登って対空狙撃をしてね。敵の航空機による山越えを許したらダメなの!」
ヴァイオレッタが飛び立つと同時に、味方のレールガンが一斉に火を吹いた。敵陣の方角に向けて祝砲のように発砲している。
(これ、とりあず真似するべきなのかな?)
すると、シャルルが急ぎ気味に答えた。
(これは、敵本拠点に対する初手の間接砲撃ですね。このゲームの定石です。八十秒もすれば敵からの間接砲撃も着弾するので、古都子様も急いで発砲して移動してください。間接砲撃の砲撃地点指定や火器管制は私が行います)
古都子は言われたとおりにシャルルに任せるイメージで発砲した。感覚的にはシャルルに祈りながら目をつぶって撃ったようなものである。一度だけ斉射すると、急いで移動する。急いでいた為、味方の大集団とは違う方向に移動してしまったが、隣に僚機が一機居たので問題ないと判断した。
(シャルル。このゲームのルールって分かる?)
古都子はヴァイオレッタに言われた通りに、前方上空を警戒しつつシャルルに尋ねた。
(このゲームは試合要素と無関係な部分では、リアルの戦闘をかなりの精度で再現しています。勝利条件は、敵本拠点エリアの占拠です。敵ドローンや本拠点施設は破壊しても五分以上経過すると自軍本拠点エリアで復帰します。同様に、味方ドローンも復帰します。ただ、有人扱いである飛行ドローンは、破壊されても復帰できません)
シャルルの返事が有った直後、鈍いアラート音とともにマップに赤い光点がいくつも浮かび上がる。先行した飛行部隊が敵部隊を策敵したのだ。空を見るとヴァイオレッタともう一機の飛行機が互いの距離を取りつつ山頂上空で旋回しているのが見える。ヴァイオレッタたちは敵の地上部隊にクエンチガンによる爆撃を加えると、機首を味方のメディックに向けた。一旦、引き返すようだ。敵光点の数は減っていない。そして、そのうちの二つが猛スピードでマップ西端から山頂上空に飛来する。
古都子がその敵影に気づくか気づかないかの刹那に、警戒音が鳴り響く。
(警告、敵機にスポットされました。こちらの位置情報が敵に策敵されています)
攻撃に備えて敵影を確認すると、マップ西側から山頂上空に侵入した敵航空機が、クエンチガンによる爆撃をこちらの地上部隊に加えているのが見えた。
古都子が敵機を意識するとシャルルがアドバイスをくれた。
(古都子様、ソレノイドクエンチガンのタレット旋回速度は、全ての武装の中で最も鈍重です。一呼吸狙いつけてから射撃してください。狙う場所は相手の固定翼やジェットエンジンです)
古都子は機体を敵航空機に向けて敵影を確認すると、視界を望遠モードに変更して、狙いを付けて狙撃する。敵機が旋回しているとはいえ、こちらが狙いを定めている事までは把握していないようで、狙撃不可能な状態ではなかった。気づかれて回避行動をとられる前にと、素早く一射して外れた弾道を確認し、更に残弾を全て斉射する。
狙撃に気づいた敵は回避行動を取ろうとするが、それが完了するよりも早く斉射が着弾する。結果的に撃墜は不可能だったが、敵の固定翼の一部と武装の幾つかを破壊することに成功した。被弾した敵機は進撃を諦めて旋回して逃れる。しかし、敵の飛行機も二機だった。ノーマークだったもう一機が、帰還せずに機首を古都子の方に向けた。
「スナイパーは放熱完了まで一旦下がって、少しでも良いから遮蔽を取れ」
聞き慣れない男性の声がしたかと思うと、首のないラクダのような四足ドローンが前進しながら、小型電磁レールガン六門を上空にばら撒くように発砲した。