014.オラクル教団の影
「ちょっと、連中、銚子山のラインを越えて行くわよ!」
「場外負けとか、あっけねーな。というか、何考えているんだ?あんだけ、勝ちに拘ってた連中が」
旧千葉県エリアにある旧銚子市。そこの海抜が下がり、荒廃したせいで山のように成っている。そして、銚子ラインを超えれば旧房総半島の山地とその眼下に関東圏最南端の低地平野部が広がる。ここから更に南下するには、太平洋に出港するか、旧静岡沿岸まで細い海岸線を移動する必要がある。
ちなみに、東京湾も干上がって平野と成っているが、汚染と荒廃がひどく、魔境と成っている。
「とりあえず、勝負が着いたのなら、もう終わりよ。シャルロッテ。通信回線を開いて、相手に負けを通告して」
これ以上の作戦行動は面倒くさいとばかりに、ヴァイオレッタはシャルロッテに命令する。すると、シャルロッテがアラート音とともにヴァイオレッタのカーゴに搭乗している四人全員にメッセージを発した。
「通信不能です。ヴァイオレッタ様。擬似クラウド境界線制御にエラー発生。敵対的ナノマシンを感知。クラウド境界線が発生しました。太平洋において高速で北上する船舶を確認。こちらに所属を明かしていません。敵対的アンノウンと認定。311ナノマシンクラウドエリアに突入するコースです。予想接岸地点は銚子山南」
「オラクル教の奴らか?こんなタイミングで、このエリアにまで北上して、ミュータントの集落を攻撃するとか、厄介すぎるだろ?」
オラクル教はミュータントを敵視している。彼らからすれば、ミュータントは汚染された存在であり、見かけたならば駆除すべき害獣という存在だった。
「とりあえず、金本たちにアンノウンの存在を知らせて、311まで撤収するの。相手が、本格的な武装集団なら、危険過ぎるなの」
「かしこまりました。レーザー通信と光モールス信号で呼びかけます」
困惑と不安の混ざった声音でアイザックがつぶやいた。ヴァイオレッタはすかさず、決闘参加者の撤収準備をシャルロッテに指示した。
彼女たちは、まだジョージ&トミーがこの騒動の原因の一つであることを知らない。
ヴァイオレッタのショーグンから放たれたレーザー通信がジョージ&トミーのショーグンに届く。
「おい、レーザー通信来たぜ?どうするよ。シカトして逃げるか?」
「いや、だったら時間を稼ぐさ。うまく行けば、あいつらのドローンも回収できるかもしれん。失敗しても、確実に逃げれるように成るだろうしな」
富田の問いかけに金本が応える。二人は、通信はシカトして当初に予定していた行動をそのまま取り続けた。そして、全てが順調に行っている喜びを抑えつつ、金本は富田に話しかける。
「そのまま、トミーのショーグンはそのままランデブーポイントの海岸へ。こっちのクラッキングはもうバレているだろうから、砲撃に気をつけろよ。へへっ。クソ姫ビッチに、吠え面かかせてやるぜ」
苛立つ感情を隠しもせずに、ヴァイオレッタはトミー&ジョージに呼びかける。
「金本も富田も場外負けなんだから、早く負けを認めて、ドローンを回収して311に戻るの」
「おい、ここはもうすぐ戦場に成る。オラクル教の連中が太平洋から北上している。巻き込まれる前に都市に引き上げるぞ」
アイザックも彼女に合わせて、帰投を呼びかける。オラクル教の襲撃が予想されることも伝えた。状況は、もう遊びの時間を終えている。
最初から遊んでいない金本が、相手の戸惑いを狙って、かみ合わない返事を返す。
「分かった。わかった。いま、オレはそのオラクル教が狙っているミュータントの集落にドローンを配置している。お前らも来い」
追撃者の敵意消失と見た金本は、リバーストライクを反転させるとバック移動をやめて、彼が言及したミュータントの集落に進路を取る。ここまでは、ほぼ彼の計画通りだ。
不審に思いながらもアイザックはショーグンを金本の言うとおりに移動させる。ヴァイオレッタも彼が帰投に応じない為に、惰性で付き合った。
「良し、来たな。じゃあ、リバーストライクの武装を全部ぶっ壊して、ショーグンの兵装も全部パージしろ。従わなかったら、ミュータント共を皆殺しにする」
金本は出来る限り思惑を読まれないようにと、硬質な声音でそう言った。
剣呑な空気を含ませつつ。アイザックが応じる。
「テメー何言ってるんだ。気でも狂ったか?」
「バカだな。問答無用だ。早く、オレの言った通りにしろ。待たせると適当に撃ち殺していくぞ。何なら、プラズマ弾頭で焼き殺してもいい」
努めて冷静に金本はそう言うと、アイザックとヴァイオレッタを見据えた。彼我の距離は約1キロメートル。格闘戦を仕掛けるにはいまいち微妙ではあるものの、砲撃に関しては命中弾を回避するのは困難な距離だった。
アイザックとヴァイオレッタは真意を探るようにショーグンを停止させた。兵装のパージには応じていない。
「ふ、まあ、そうだよな。今までの流れからは脈絡ないもんな。気が狂ったように見えるだろうし、本気にも見えんわな。だが、本気だ。もう一度言う。兵装をパージしろ」
相手の真意が理解できないアイザックとヴァイオレッタはそれでも武装解除に応じなかった。
すると、金本のショーグンがリバーストライクに搭載していた携帯用小型電磁レールガンを取り出して無造作に撃った。初速が秒速約2.5キロメートル、20メガジュールの熱量を持った質量弾がミュータントの集落にある掘っ建て小屋を吹き飛ばし、爆炎を巻き上げた後に小さなクレーターを作った。
集落は阿鼻叫喚に包まれ、逆上したミュータント数人が伐採斧や狩猟用の弓矢で金本のショーグンに襲いかかる。金本は殴りかかるミュータントをそのままに、弓矢を放つミュータントに出力を絞った汎用小型レーザーを放った。
このレーザーは、ショーグンの胸部中央に埋め込まれている、この機体唯一の固定兵装としてのレーザーである。なお、このレーザーを使用すると、通常出力での使用時でさえ、無視できないレベルの稼働時間低下をまねく。ショーグン単独で保有しているキャパシター容量が通常サイズのドローンの半分未満という特徴ゆえの弱点だった。
「おい、早く武装解除しろよ。あんまり遅いと、プラズマ弾頭ぶち込むぞ?」
「お前、自分のやっている事が分かっているのかよ。ここはバーチャルゲームの中じゃないんだぞ?ミュータントだろうが人間だろうが、同じように生きているんだぞ?」
「んな事は、どうでも良いんだよ。こいつらは、オレの肉壁に成る以外に価値はない。だから、肉壁として使う。それだけなんだよ。お前らにとっては、それ以外の使い道があるんだろうな。お前らにはな!」
「アイザック。どうするの?ヴァイオレッタとしては、どちらでもいいの。撤収するなり、撃破するなりして、早くすべてのショーグンを回収したいの」
「分かった。武装解除する。だから、それ以上暴れるな」
すると、アイザックのショーグンは携行していたレールガンを投棄しする。そして、ヴァイオレッタもレールガンを捨てて、ハイテクブレードを抜きつつ、アイザックと金本に話しかける。さらに、ヴァイオレッタのショーグンは前進を始める。
「アイザックはともかく、ヴァイオレッタには武装解除をする理由がないの。ミュータンの命よりも、ショーグン回収の優先順位が高いの。これ以上、バカな真似をするのなら、問答無用でそのショーグンを斬り捨てるの」
アイザックが狼狽えるように、二人に話しかける。
「金本もヴァイオレッタも落ち着け、ここで戦えば被害が広がる。なによりも、オラクル教徒から逃げる時間もなくなる!」
レーザー通信を解除したヴァイオレッタが念じる事でプロフェシーに新兵器の使用を命じる。。
(インビジブル・コロイド起動)
(サウンド・キャンセラー照射)
それに合わせて、アイザックも念じる。このような特定の思考による端末操作を思考トリガーと呼ぶ。
その瞬間。ヴァイオレッタの機体が姿を消す。半径1キロメートル以内の半球状に展開されたメタマテリアル特性を持つナノマシンクラウドが、ヴァイオレッタとアイザックのショーグンにぶつかる光子を全て歪める。これにより、光や赤外線などの特定の周波数に属する電磁波が全て彼らのショーグンを避けて通る為、音波や気流によらない探査手段から姿を消すことに成る。いわゆる透明化である。さらに、アイザックが金本のショーグンに向けて超音波ノイズを照射した為、金本のショーグンの音波・気流感知系センサーも使用不能になる。
「全員下がれ、こっちの攻撃に巻き込まれるぞ!」
アイザックが指向性外部スピーカーでミュータントたちに警告を飛ばすが、流石に距離が離れすぎていて届かない。
「その程度の奇襲はお見通しだ!」
ヴァイオレッタのインビジブル・コロイドが発動した段階で金本はアイザックが居るだろう位置を、妨害音波の指向性から判断して突貫する。
インビジブル・コロイドはコロイドの散布されたエリア内の光子の流れを制御して、外からの観測者に対して使用者の姿を消す。しかし、精密かつ繊細な制御の必要なこのコロイドはその特性上、散布範囲内に入った観測者の目を欺くことは出来ない。
事前の説明を聞いていた金本は、ヴァイオレッタが己の目の前にコロイドを展開したと判断し、補足不可能に成っているヴァイオレッタではなく、妨害ノイズ照射によってコロイド内での己の位置を晒しているアイザックに突貫することによって、ヴァイオレッタのコロイドの効果から逃れたのである。
「馬鹿が!貴様からぶっ壊してやる!」
「やれるもんならやってみろ!」
金本の突貫で吹き飛ばされたミュータントたちの悲鳴やうめき声が響く中、ショーグンの外部スピーカーから互いの怒声がこだまする。そして、空振りしたヴァイオレッタが金本を追いかけようとした時、南東洋上の空からのレーザー爆撃が彼女のドローンを貫いた。
「かかったぜ!時間稼ぎで有利になるのはお前たちだけじゃねーんだよ!」
金本の飛び込み斬撃が振り下ろされる前に、アイザックのショーグンの左腕から放たれたアンカーザイルが金本のショーグンにヒットする。アイザックがすかさずザイルを引き戻しつつ左腕を薙ぐと、金本の飛び込み斬りの照準が完全に狂う。そこにアイザックのショーグンがさらに右肩を使ってタックルを入れた。
タックルを入れて相手を軽くふっ飛ばしたアイザックのショーグンは瞬時に単分子ダガーを抜き放ち、チェーンデスマッチの構えを取った。
体制を立て直して剣の間合いを確保したい金本は、ドローンをバックさせて距離を取ろうとするがボディに食いついているアンカーがそれを許さない。
「そうだな。たしかに、援軍はオレたちだけの特権じゃない」
金本のショーグンの背後の空間が蜃気楼のように揺らめくと、彼のショーグンが腰の部分から横一文字で真っ二つに成った。
「止まるな美槌。動き続けろ!」
アイザックが叫ぶと同時に左腕のアンカーの固定を解除して飛び退くが、金本のショーグンのセンサーを利用して行われたレーザー爆撃を回避しきれず、アイザックのショーグンが激しく損傷する。
超低空飛行で戦闘区域に突入してきたVTOLドローンのレーザー爆撃機三機は一機が金本のショーグンに接近し、残り二機は散開すると援護射撃を始める。しかし、接近したVTOLドローンが金本のショーグンを回収しようと動きを止めた瞬間に、爆発し大破する。
遥か彼方からハンスのリバーストライクに搭載された小型電磁レールガンで狙撃されたのである。散開した残りの二機も、姿を消している古都子のショーグンによる出力全開レーザーによって薙ぎ払われた。
インビジブル・コロイドの説明を一部訂正しました。
ざっくり言うと、このコロイドは紫外線以上の周波数を持つ電磁波には干渉できません。
なお、この設定自体、私の勉強不足で物語やリアリティに矛盾が生じた場合は変更する可能性がありますので、その点についてはご了承ください。