013.外の世界
決闘とは一体……。
古都子たちにとっての決闘は、圧倒的弱者である金本と富田にとっては、もはや公開処刑となんら変わるところはなかった。
オムニ一族。それも都市運営理事長であるダン老人の孫娘。掌中の珠に喧嘩を売ったのである。たとえ、この決闘を切り抜けたとしても、その先の人生に希望など見いだせない事は、リアルに背を向けるゲーマーであっても理解できた。力関係に敏感な金本ならば、尚更である。どんなにキレイ事や法律を並べようと、最後は人情であり、情実なのだ。俗物にとって、信頼や公平とはこれらの別名に過ぎない。
「おい、トミー。手はず通りに準備しているか?」
「問題ない。それよりも、そのサーキットライダーってのは、本当に信頼できるのか?」
「擬似クラウド境界エリアに入った段階で、オラクルがカッチリ動いたんだ。もう信頼するしないの問題じゃなくて、やるしかないんだよ」
オラクルとはプロフェシーに伍する存在とも言える人工知能である。そして、旧インドネシア方面には人工知能オラクルを唯一の預言者として信奉する宗教国家も存在する。
金本たちは、将来の展望が絶望的になった段階で、必死になって都市外脱出の手段を模索した。そして、手に入れた手段というのが、オラクル教の支配領域への脱出だった。ちなみに、金本と富田は自称した通り、少しだけ実戦に参加した事がある。その時に戦った相手もオラクル教だった。
「そうだな。何にしてもオムニの姫様がお人好しで助かったぜ」
「それ以上に、サーキットライダーが見つかったことに感謝だな」
正確には、彼らが見つけたのではなく、彼らが見つけられた。なのだが、それを彼らは知らない。サーキットライダーとは巡回説教者という言葉を語源に持つスラングで、オラクル教団お抱えのクラッカーやハッカーの事である。この時代では、サイバーシャーマンやテクノウィザードとも呼ばれている。
「俺達もカネさえあれば大手を振って高飛びできたんだろうけどな」
「しかたねーさ。俺たちはしがない従業員の子供でオペレータだからな」
彼らはサーキットライダーとの打ち合わせ通りに、密輸したオラクルの筐体をホバーカーゴに接続し、ランデブーポイントに移動していた。極力、発見されないように擬似クラウド境界線を使って……。もう、既にそれは擬似とは呼べないものに成っているのだが……。
一方その頃、アイザックとヴァイオレッタはドローンを操作して移動させていた。
「これは、平地でガチの殴り合いになりそうだな」
「お互いにショーグンで戦うのなら、狙撃手用の汚染山地とか必要ないし、ドローンもむしろガンベッドみたいな火力と耐久力重視のドローンを一体まぜた方が良かった気がするの」
「まあ、確かに、格闘以外に決定打の無いショーグン相手なら、遠距離・中距離で蜂の巣にするのが一番だからな。そもそも、お披露目の試合がラッキーだっただけなんだがなぁ」
「とりあえず。近づいて殴るしかないの」
「カチコミだな。新兵器の使用タイミングと煙幕、ミサイルのタイミングは合わせよう」
「分かったの」
前回、ショーグンを使って勝利したとはいえ、油断はなかった。しかし、フェアな決闘であると信じこんでしまっていた。彼らが擬似クラウド境界線の異常に気づくのはもうしばらく後である。
時間を遡って少し前、古都子とハンスは、ホバーカーゴから発進する二機の戦闘用ドローン。ショーグンを外に出て見物していた。
「やっぱり、実物は違うなぁ。ねえ、ハンスくん。都市の外に出るのにこんな宇宙服みたいな装備が必要って、そこまで地球は汚染されたの?」
「古都子殿……。それはでござるな……。念のためでござるよ。確かに、その防護服なしでも『直ちに健康に影響を及ぼす』ことはござらんよ。けど、発がん率が上がったりとか、イヤでござろう?目に見えない汚染というのは、簡単な話ではないのでござるよ。それに、その服はパワードスーツや防弾服としての意味もあるのでござる。安全の為にも着ておいて損はござらん」
防護服を脱ぎかねない古都子の発言に、ハンスは困惑しながら答えた。どこかの国の官房長官のような答弁である。
確かに、バイオウェアをしっかりとインプラントした人間であれば、さほど気にせずに防護服なしに外を出歩くことは可能である。しかし、オムニに属するヴァイオレッタが、わざわざ古都子に着用するように言ったのである。門外漢のハンスが、それを脱いでも良いんじゃない?と言うのは、あまりにも軽率だと、彼は感じていたのである。
「確かにまあ、動きは制限されないし暑くもないからいいけどさ」
「むしろ、熱いところや寒いところに行く時には、空調機能もあるのでその服は便利でござるよ」
空気の読めるハンスは、カクっと首を傾けつぶらな瞳をアピールしながら、古都子に返事をした。彼としては、ヴァイオレッタ以上に古都子に関しては、探るような真似をしない方が良いのだろうと、それなりに警戒していた。
「じゃあ、ハンスくんも着たら?」
「それがし、古都子殿から見れば真っ裸の変態に見えるかもしれませぬが、これが正装でござるよ。そして、この馬ボディの性能はその防護服に劣らんでござるよ。そのうち、それがしに乗ってみるでござる。そうすればそれがしのボディの凄さもわかるでござるよ。さ、カーゴに戻って念の為に備えるでござる」
このレディは、なんて暴言を仰るのでしょう?という感情をイケメン馬フェイスで可能な表情とイケメンボイスでアピールした。
ハンスが着込んでいるというか、ハンスが内蔵されているボディはそもそも全環境対応型のドロイドで、戦闘以外ならほぼなんでも可能と言っても良いシロモノだった。ハンスのテクノウィザードとしての技量をもってすれば、障害物競走に出走しながら、ショーグンを操っての作戦行動も可能である。
無論、それを今披露するつもりは、彼にはない。ハンスは古都子を促すと、彼女と一緒にホバーカーゴに戻っていった。都市の外で絶対に安全な場所も、順調に進む計画もありえないのだ。
今回の決闘に指定された場所は、旧日本の千葉県エリア、銚子北東の旧沿岸に広がる平地と旧本州山地帯である。
日本沿岸部は二十一世紀に発生したナノマシン戦争とその後のグレートブリザードによって海岸線が著しく低下している。その結果、放射線や化学物質などによる汚染に弱い生物や農地は、新たに海面から露出した低地平野部に集中することに成った。
また、南北の極は広大な氷河と永久凍土に覆われ、結果として世界全体の海抜が下がり、気候帯なども大幅に変化した。具体的には、不凍港の北限が仙台あたりに南下した点などがある。
ちなみに、前にアイザックの話した集落は、元九十九里浜沖の平野に存在している。
「なあ、もしもオラクルによる欺瞞情報が見破られていたらどうする?」
「どうするも何も、逃げるしかないだろ。あの姫ビッチに喧嘩を売った時から、俺達には、それ以外の選択肢は残されていないんだよ。もう、オムニの手が届かない環境保全都市をなんとか見つけ出して、そこで暮らすしかない」
「そんなのあるのかよ?」
「オーディン人間保護区とか北米フランチャイズ国家群とかは、けっこうそういう感じらしい」
全世界に散らばっているドーム型環境保全都市は、グレートブリザードを生き延びた人類のシェルターを起源としている事が多い。北米フランチャイズ国家や通商同盟はまさにそれである。ただ、オーディン人間保護区は少々、趣が異なる。人間が人間外の存在によって保護されている地区である。その人間外の存在とは、「オーメン」と呼ばれる人工知能とそれに従うドローンたちである。彼らは、人類に対して個性と社会を持つ知的生命体国家である事を主張しており、共存共栄を説いている。
ちなみに、オーディンとは(Organised Drone Intelligent of Naition)の略称である。
「オーディンって……。俺たち、ドローン共の標本になりに行くのかよ」
「敵意を持たれているオムニにいびり倒されるよりは。ナンボかマシだろ。今までだって、なかば標本みたいなものだったじゃねーか」
「まあ、そっか」
金本の大雑把すぎる将来への展望に、軽く引いた富田であったが、311での従業員生活や従業員の家族としての無味乾燥な生活を、金本の指摘によって思い起こして納得した。
「カネが無ければ所詮は使い捨ての道具か標本だぜ」
「とりあえず、あのバカどもが気づくまでに、出来る限り距離と時間を稼ごう」
「おう!」
生きるか死ぬか。人生の分岐点である。それも、今後の人生すら決定する博打である。彼らには、是が非でも成功する必要があった。だから、富田は気合を入れて返事をする。
「奴らは甘ちゃんっぽいからな、利用できそうなものもあるしな」
トミーとジョージは追撃妨害の為に小型電磁レールガンをぶっ放しながら、リバーストライクを思いっきり逆走させて、引き撃ちを行った。
富田たちの引き撃ちに、最初に不満の声を漏らしたのは、ヴァイオレッタだった。
「あいつら、舐めてるの?完全な引き撃ちガン逃げなの!」
「まあ、悪くない戦法だろ。こっちが突っ込むのを分かっているのなら、アリっちゃアリだ」
彼らは程よく不規則に蛇行しながら応戦の砲撃をしつつ、トミー&ジョージの逃げるショーグン二機を追撃した。ちなみに、ヴァイオレッタとアイザックの操るショーグンたちのリバーストライクも小型電磁レールガンを三門積んだ砲撃戦用である。
「どうするの?遠距離で応じるの?」
「いや、相手が逃げるって言うなら、タゲ合わせはやりにくいはずだ。こっちはタゲ合わせで撃って一匹だけキリキリ舞いさせて、各個撃破で一匹ずつ始末しよう」
「じゃあ、遅れても置いてかないでよ」
「こっちもな。もしもタゲを合わせられたら迷わず退け。オレも退く」
他人を肉壁にする技術と心構えに関しては天下一品と言っても良い二人でも、他人の肉壁になったり矢面に立つのは、不本意なようである。矢面に立った富田は、金本に軽く愚痴をこぼす。
「オレのドローン。狙われ始めてっぞ」
「まあ、そう来るよな。じゃ、予定通り銚子山を曲がったら、ふた手に分かれて逃げよう。どっちかがランデブーポイントにタッチダウンできれば、あとは連中に任せればいい」
いつもの事なので軽くスルーした金本は、富田を安心させると同時に自分に言い聞かせるように今回の行動プランを語る。
「分かった」
「まあ、先行しているホバーカーゴが到着した段階で俺たちの勝ちだがな」
「いや、最悪でもショーグンの制御チップは回収しないと不味いだろ」
「だな。が、その辺は俺らだけじゃ難しいからなぁ。たぶん」
この時代の工業製品はほぼナノマシンテクノロジーで作成可能である。無論、ゼロからナノテクで造り上げるよりも、既存のもっとローコストローテクな手段は幾らでもある。しかし、戦闘用ドローンともなると、戦争用のナノマシンに匹敵する、場合によってはそれ以上に高度なテクノロジーの塊となる。
また、ドローンはナノマシンによって修理可能である。というよりも、十分な量のナノマシンとマテリアルが存在していれば生産ラインなどを必要とせずに作成可能である。
そして、その作成や修理の際に必要なのが、それぞれのドローンの為に用意されている制御チップなのである。
それは、言うなればちょっとしたお宝でもあった。特に、そのドローンの設計図を持たない人々にとっては、様々な用途のある宝である。いわゆる、ブループリントとも言う。
確かに、決闘するとは言った。しかし、決着を付けると言った覚えも、戦うと言った覚えもない!(ジョージ談