011.肉壁弾除け
冒険はじまる、はじまる詐欺 あると思います
「おい、スナイパー共。なんで、こっちが格闘戦仕掛けている時に、狙撃しやがった?ご丁寧に、映像認識式敵味方識別システムまでオフにして、フレンドリーファイアしやがったな?」
「こっちが狙撃しているところに、いきなり突っ込むから、そうせざる負えなかったんだよ。定石無視して敵に突っ込む方が悪い」
この時代の戦争においては、遠隔通信は敵対的ナノマシンクラウドによって著しく妨害される。特にクラウド境界線においては、無線通信やレーダーのたぐいは実用レベルでは妨害されると考えて良い。唯一可能な通信は、ナノマシンによるバケツリレー的な量子通信等のみである。
そうなると、兵器運用において一番問題になるのは、敵味方識別システムが使用不能になる事による誤射の飛躍的な増大であった。そこで採用されたのが、人工知能による映像認識システムである。ただ、人工知能による映像認識は、欺瞞情報に人間以上に弱い。その為、映像認識式敵味方識別システムは従来の敵味方識別システム以上に簡単に解除できるようになっている。
ちなみに、人工知能の欺瞞情報に対する弱さは、戦場のようにフレーム問題が爆発的に増加する環境では、未だに完全には解決されていない。この点も、ドローンの操作を人間のオペレータに頼る理由になっている。
「へー。定石ね?定石というのなら、スナイパーはまず敵スナイパーを排除するのが定石だと思うの。そうしないと、味方の被害はうなぎ登りなの」
「そうだぞ。お前ら、俺達が見ていなかったと思うのか?お前ら、相手の狙撃手よりも地上部隊でポイント稼ぎする方を優先していただろ?」
ヴァイオレッタの指摘に他のチームメイトも便乗した。
試合が終わると、試合結果と得点ボードがホログラフで各オペレータの視界に表示される。そこで、個人的な与ダメージや被ダメージ、獲得ゲーム内通貨などが分かる。ちなみに、フレンドリー・ファイアで味方にダメージを与えると、キッチリ誰が誰にどれだけ与えたか?その結果どれだけのクレジットが補償に充てられるか?なども表示される。
これは当事者だけでなく、チーム全体に公開される。
また、試合結果にはチームメンバーの名簿も参加離脱状況と共に公開されるし、試合のリプレイデータも一定期間保存されるので、迷惑行為などを行えば簡単に特定できる。そして、このゲームの一番の迷惑行為とは、フレンドリー・ファイアと利敵行為なのだ。
だから、フレンドリー・ファイアをした金本にアイザックがクレームを述べた時も、試合後にもかかわらず、チームメンバーは試合チャンネルから離脱することなく、チームチャットに参加しているわけである。
「相手のスナイパーが三体居たんだよ。こっちは俺とトミーだけだ。その状況でどうやって勝てって言うんだ?その上、相手の地上部隊がこっちの足元に来たら、クロスファイアで狙撃ポイントすら確保できなくなるんだぞ?」
「そうだな。だから、俺たちショーグンに乗っていた四人は、密林を抜けて相手の狙撃手三人を直接格闘で叩いた。お前が、俺達の背中を打ったのは、丁度その瞬間だ」
「このマップの定石は、如何に手早く相手の本拠点を抑えるか?なの。だって、高地に登ったスナイパーを仕留めるのは困難だから。けど、その為には、相手のスナイパーをある程度無力化しなければいけないの。だって、そうしないと地上部隊は敵本拠点に辿り着く前に、削り殺されて全滅してしまうから」
「しかし、それがし達のチームのスナイパーは狙撃手の人数的に相手の狙撃手を排除することが困難だった。だから、比較的無防備な敵地上部隊を狙っていた。そういう事でござるな?」
ヴァイオレッタが噛んで含めるように定石を確認し、ハンスが硬い声音で確認するように述べる。
「そうだ。だが、俺もジョージも敵に隙が見えてきたら、ある程度相手の狙撃手も叩いていたぞ?そこに、お前らがネタ機で乱入してきたんだろ?」
富田が苦しげな声音で金本と自分を弁護する。ちなみに、ジョージとは金本の事で、フルネームは金本譲司と書く。
「モノは言い様だな。お前らは、殴りやすい奴を殴り尽くして膠着状態になったから、保身のために自分たちを狙ってきた連中を狙っていただけだろ。しかも、相手が俺たちの奇襲で弱ったからハイエナする為に、格闘戦をしている俺達もろともに敵を殺そうとした。それだけじゃねーか」
チームの全員が思っていても口にしなかった事を、アイザックがストレートに言い放った。殺しやすいヤツから殺す。それは、定石云々を抜きにしても、集団戦ゲームでは正しい行動である。しかし、それは『味方を露骨なデコイに使わなければ』という条件が付く。誰だって、踏み台や囮、肉壁や弾除けにされるのは、イヤなものなのだ。それをイヤと言わないのは軍人だけだし、軍隊の眼目が上意下達の統率にあるのも、肉壁要員を黙らせる為にある。見ようによっては自己犠牲精神の発露であるが、別の視点から見れば、ただの卑怯者の身内殺しでしかない。だから、誰も口にしなかった。被害者という大義名分を持つアイザック以外は……。
「少なくとも、敵の注意は地上のみんなが惹きつけてくれていたし、奇襲に成功した段階で、狙撃は一切必要なかったよ?組み付ければ勝ち確定だったからね」
そして、何を難しいことを話しているんだろう?と、言わんばかりに、古都子が事実を述べる。古都子からすれば、金本たちの行動は余計な横槍で、アイザックのショーグンに被害を与えたのは、ただのミスや足の引っ張り合いの類でしかなかった。引っ込んでいれば良かったのに。というのが正直な感想である。
「何言ってやがる。その後、敵の本拠点に戻ってくる敵地上部隊とグラスホッパーに全滅させられそうになったお前らを助けていたのは、俺とトミーの狙撃だぞ」
これもまた事実だった。ただ……。
「確かに、その通りなの。ただ、敵の狙撃手を潰して、敵の本拠点に殺到できる状態ができた段階で、主戦場は高地での狙撃ポイントの奪い合いから、敵拠点の制圧に変わっていたの。だから、私達が敵本拠点の機能を停止させた段階で、狙撃そのものはそれほど重要じゃなくなっていたの」
「そうでござる。あとは、敵の本拠点による修理機能が回復する前に、敵の主力を潰して制圧するだけだったのでござる」
「俺は、お前らが役立たずだったとは言うつもりはない。が、フレンドリー・ファイアが許されるほどの状況でも活躍でもなかったと言っているわけだ。で、お前らはオレのクレームに対して頭を下げるどころか、自分たちは正しいとクソみたいな主張をしたわけだ」
そもそも、アイザックとしてはクレームを言うだけ言って終わりにするつもりだった。
ゲーマーは負けず嫌いだ。野良の他人に頭を下げるぐらいなら、さっさとログアウトするのが当たり前だった。頭を下げるのは、身内や敵に回すと厄介な集団に対してぐらいである。ゴミのように掃いて捨てるように居る、次に再会する可能性の低い野良をまともに相手にするゲーマーは少ない。
この辺りは、二十一世紀初頭の、職場に居着かない臨時の派遣社員や臨時アルバイトに正社員が深く関わろうとしない状況と同じようなものだった。
そして、アイザックはそういう流儀に慣れていた。だから、相手が尻尾を巻いてログアウトするか頭を下げるか?のどちらかを想定していた。というか、ほぼ無言で消えるだろうと見ていた。
こうなっては、面倒だが行き着くところまで行き着くしか無いだろうと、古都子以外のチームメンバー全員が考えていた。そして、金本が一番ダメな発言をする。
「主張じゃない。事実だ。お前らは実戦を知らないから、そういう事が言えるんだよ。実戦じゃ、死んだらおしまいだ。殺される前に、殺せるだけ殺す。だから、弱いやつから殺す。当たり前の話だ。敵も味方も弱い奴は、強い奴の養分として死ぬのが役目なんだよ」
さらに富田賢治も尻馬に乗ってダメな発言をする。
「お前らネタ機風情。オレとジョージで何時でも始末できるぜ。フレンドリー・ファイアって言うが、あの程度も対処できない下手さとネタ機のへっぽこ具合に問題があるんじゃないのか?」
「ほーう?じゃあ、何か?真っ向勝負で戦えば、お前たちは俺達に楽勝だというわけだ?しかも、俺達を実戦も知らない雑魚だと言ったわけだな?」
アイザックはニヤリと笑って挑発に乗った。ハンスは今のやり取りから、一歩引いた感じで困惑の表情を浮かべている。
「お前らは下手くそなんだから、チームの勝利のために、オレやトミーのように上手いプレイヤーのために肉壁弾除けに成れば良かったんだよ。ヘタにはヘタなりの貢献の仕方があるんだよ。まず、それを学べ」
苛立ちながら、高圧的に金本が言い放つ。
「ふーん。決闘みたいに相手を指定して戦うマッチメイクシステムがドローンクラッシュには存在しないからって、言いたい放題言ってるの」
怒りから目の据わった感じになったヴァイオレッタが指摘する。
「別に、俺達は別の決闘のできるゲームでも相手になるぜ?」
剣呑な雰囲気に、少々気圧されながら富田がゲームの話に事を収めようとする。
「んな事は聞いてないんだよ。ドローンの戦いの話をしているんだ。ドローンの戦いで優劣つけようや?お前ら、ドローンを持ってないなら、俺が手配してやるよ。とりあえず、ドーム都市の外に出る準備しろや?」
逃がさん。とばかりに、ドスの聞いた声でアイザックが追い込みを掛ける。そのガン垂れ具合はもはやチンピラを通り越して、暴力を生業にできそうな勢いである。まあ、彼は傭兵なので、実際に暴力を生業にしているのだが……。
「な、何言ってるんだよ?」
富田が怯んで、つい聞き返してしまう。
「ゲームで決闘ができないのなら、実戦で勝負してやるって言ってるんだよ。費用はこっち持ちでな。お前らも実戦を知っているってことは傭兵か私兵の経験があるんだろ?なら、問題ないよな?逃げるんなら、ネットにログとリプレイ晒すぞ?」
「くっ……」
焦って二の句の継げなくなった富田を金本は苦々しげに見ている。そして、ここぞとばかりにヴァイオレッタがトドメの提案を繰り出した。
「アイザックの用意するドローンってたぶんショーグンは含まれていないの。だから、ヴァイオレッタがその辺全部準備するよ。オムニのエクイティロードとしてね」
「え……?なんで……。なんで、オムニの令嬢がドローンクラッシュなんてやってんだよ……。聞いてねぇよ。そんなの……」
呆然とつぶやく富田。金田はもう一言も発さない。
「ホンモノのショーグンを動かせるのか……。ボク、そこだけは楽しみだな」
古都子はアイザックやヴァイオレッタが怒るのも当然だよね。と、思いつつも、それ以上にホンモノのドローンを見れることに好奇心を抱いていた。
ヴァイオレッタは言いたい事を言い切ると、試合マップのチャンネルから退出した。それをきっかけに全員が退出してチャンネルは解散された。
そして、古都子たち四人はいつものガレージに戻った。見た目は、三人と白馬一頭ではあるが。
「悪かったな。面倒事に巻き込んで。クレジットのことは言うだけ野暮なんだろうな?借りにしておくぜ。何か有ったら教えてくれ」
「別に良いの。巻き込まれたわけじゃないし。外に出る良い機会だと思ったの。それに、ショーグンの性能テストにもなるし。むしろ、オペレータを雇う手間が省けたの」
アイザックが真剣な声音で謝罪を口にすると、ヴァイオレッタがさっきの嫌な雰囲気を断ち切るように冷静な声音で返した。そして、続ける。
「ショーグンの手配とか、対戦相手の身柄の確保とかはこちらに任せてほしいの。流石に、穏便に連中を拘束する手段をアイザック達が持っているとは思えないの」
少しだけ考えこんだアイザックが、あっさりヴァイオレッタに同意した。
「だな。その辺の段取りは任せるぜ。その代わりと言っちゃ何だが、戦うのは俺とハンスで構わないな?」
すると、コレは重大事ですよ。と、言わんばかりに古都子が声を挙げ、ハンスがそれをなだめるように軽く呟いだ。
「えー!ボクもショーグン動かしたいよ」
「それがしはどちらでも構わんでござるが……」
古都子のテンションに呆れたヴァイオレッタが、古都子に指摘する。
「古都子。ショーグンを操るということはゲームで遊ぶ時と同様に、カプセルベッドに入ることになるの。そうすると、リアルショーグンが見れないなの」
「えー。そうなんだ。じゃあ、今回は見物かなぁ」
暴れたいけど、ショーグンの活躍をリアルで見たいという葛藤に、古都子は軽く悩んだ。
「じゃあ、戦うのはアイザックとヴァイオレッタなの。段取りを付けるのは私なんだから、それぐらいのわがままは許してほしいなの」
「それがしは構わんでござるが、そもそもドームの外に出て戦うことに、親御さんは文句を言わないでござるか?」
「お祖父様からお小言を貰うかもしれないけど、両親は問題ないの。きっと、仕事でいそがしいはずなの」
その悩みに付け入るように話を進めるヴァイオレッタと、ハンスであった。それを受けて、アイザックもヴァイオレッタたちに同調する。古都子をオペレータから外すのは、アイザックからしたら念のためという意味もある。覚悟のない人間を戦場に引きずり込むのは、手間にならないのであれば避けたいのだ。
「なら、それで決まりでござるな。外に行く時はそれがしもお伴するでござるよ」
「じゃあ、段取りの目処がついたら教えてくれ。詳細を詰めよう」
「分かったなの。どちらにしても、今日はもうそろそろお勉強の時間なの」
という事で、その日は解散した。ちなみに、古都子もヴァイオレッタもニートのようにドローンクラッシュを遊んでは居るが、他のことも一応やってはいる。ただ、そのウェイトがかなり偏っているだけである。二人で遊ぶのが楽しい時期なのだろう。
まだ、これ!という面白そうなオンゲが無いですね
もうちょい、更新頑張りたいかも