吉備の王
●登場人物
ミマキ=御真木入彦五十瓊殖/崇神第十代天皇
イサセリ=彦五十狭芹彦命/吉備津彦命・桃太郎
ワカタケ=稚武彦命/イサセリの異母弟
トメタマ=留玉臣命鳥飼部
ササモリ=楽々森彦命猿部
イヌカイ=犬飼武命犬軍師
オオヒコ=大比古命四道将軍の一人/北陸道方面司令官
タケヌナ=武沼河別命〃 /東方十二道司令官
タニハニ=丹波道主命〃 /丹波路方面司令官
開化(九代)天皇の息子、母は息長水依比売娘
ウラ=温羅、吉備津冠者/百済王家の血筋、吉備に製鉄と製塩の技術をもたらす
サン=阿曽媛/阿曽郷の長アゾタケの次女
レン=阿曽郷の長アゾタケの長女
アゾタケ=阿曽郷の長、吉備国の神職
吉備国王オカミ=吉備の国の国主
カント=吉備の政のトップ
ミョンバ=ウラの腹心、八年前にウラと一緒に吉備に赴任する
デジュ=ウラの弟分、百済の血と吉備の血の混じった男
大国主命=オオクニヌシノミコト(オオナムチ)・出雲の国王
多紀理毘売=タキリヒメ・大国主命の妻/朝鮮半島出身
コトシロ=事代主命(武内宿禰)/大国主命の息子
カヤナルミ=神功皇后/大国主命の息女
モモソ=倭迹迹日百襲媛命/卑弥呼のこと
§プロローグ§
あなたにとって「国家」とは何ですか?
つい70年ほど前まで、日本では「国家」が「国民」に対して命を投げ出すことを強要していた。
曰く、美徳である、と。
果たして「国家」とはそこに住む「国民」のためののものなのか、「国家」を維持するために「国民」が居るのか。あなたはそのことを真剣に考えたことがあるだろうか。
今からおよそ二千年前、紀元前後の中国や日本、朝鮮の国々を思い浮かべて頂きたい。実は当時の国々の境(いわゆる国境)を明確に線引きすることは出来ないのである。国境線などと言うものは今日的な国際政治の賜物であると認識すべきであって、当時の人々には中央集権的な「国家」という枠組み自体がなかったのである。勿論、中国には既に確固たる文明が築かれていたが、それがその中央集権的「国家」としての体をなしていたかどうかは別問題である。ゆるやかな諸民族の連合体としての連邦というのが実情であった。
一番進んでいた中国でそれであるのだから、日本や朝鮮の状態は推して知るべしである。朝鮮半島は様々は部族が乱立し、幾度もその間を戦乱の中国大陸からの落武者たちが駆け抜けたという。
さて日本である。
我々現代人は、日本の縄文文化が自然発生的に弥生文化へと移行していったようにイメージしがちである。しかし、ここはじっくりと考えてみて欲しい。穏やかに暮らしている狩猟民族たちの日々の暮らしぶりを。日本は豊かな国土に恵まれていて、天然資源の宝庫である。当時の日本列島の人口は凡そ2万人程度と推定されている。極めて人口密度が低いのだ。仮に「ここ」で魚が獲れにくくなったとしたら、「あそこ」へ場所を移すだけで問題ないのである。穀物生産を始めないと生活が安定しない、というのは、現代人の眼から見た価値観であって、縄文人たちの常識では決してない。彼らは現代人の我々が想像する以上に豊かで満足度の高い生活を送っていたのである。日本列島に住む狩猟民族としての縄文人たちが自らの生活スタイルを定置型に変化させなければならない理由などどこにも存在し得ない。
しかし、現実には縄文文化は弥生文化に淘汰されてしまっている。実はその変化は我々が考える以上に劇的なものであった筈である。例えば、我々の生活スタイルを明日から真っ裸で過ごすように強要されたら如何か。食べ物は素手で食べるように社会が突然変化したらどうであろうか。縄文から弥生への変化というのはそれくらい、いやそれ以上に劇的な変化であったのである。これは内部からの自然発生的な変化では決してありえない。大陸を跨ぐ民族の移動との関わりが非常に強く作用している。要するに縄文から弥生という変節というのは文化の変革などという生易しいものではなく、インベーダーによる日本列島の侵略行為であったのだ。
その内、日本を取り巻く環境は情報伝達手段としての言語の発達や、移動技術、戦闘技術の発展によって激動の時代に突入していく。
紀元前200年頃に成立した中国の漢王朝。その漢の皇帝の庇護のもと、九州から朝鮮半島南端にわたって「倭」という民族連合集団がなんとなく形勢されていく。同様に日本各地に国家の前段階とも言うべき連合集団が沸き起こっていったのである。こうした中国や朝鮮半島を巡る当時の情勢が理解出来なければ、日本というの国の草創期も語ることは出来ない。
西暦200年頃を境に、中国は再び混乱の時代に突入していく。戦国時代の到来である。その後勢力を伸ばし、朝鮮半島周辺に影響を及ぼしていたのが曹操の率いる魏の国である。
この物語は、その魏が滅びた直後の日本列島を巡る権力闘争の一部を描いたものである。
時に西暦250年―。
出雲の国は、長年朝鮮半島南端の通商国家、加耶と同盟関係を結んでいた。日本を代表する神である、大国主命(大物主命)の正妻、多紀理毘売も加耶の出身であり、当時の出雲は、山陰一帯から北信越方面、関東方面にまでその勢力圏を拡大していた。
彼等は加耶のような連合国家作りを日本でも目指した。そして、その中心を奈良に置くこととしたのである。
しかし、中国の魏によって日本列島の王であるというお墨付きを既に取り付けている北九州の倭とその中の邪馬台国だけは、出雲の申し出に全く応じようとしなかった。そこで仕方なく大国主命と多紀理毘売の息子である事代主神(武内宿禰)と、同じく彼らの娘であるカヤナルミ(神功皇后)が邪馬台国の卑弥呼の説得に出掛けるのである。
その直後、中国大陸では魏が晋によって滅ぼされ、朝鮮半島でも百済、新羅、高句麗の三国の間で戦争が起こっていた。戦乱は倭にも飛火し、魏の衛星国として暫らく平和を保っていた倭にも著しい影響が出始めていた。相次いで流れ込んでくるおびただしい数の難民や落武者たちによって街が崩壊しようとしていたのだ。倭の連合国の中で一国を統治していたミマキイリヒコイニエ(御真木入彦五十瓊殖・日本書紀では第十代崇神天皇ということになっている)に残された時間はあまり無かった。そしてそれは倭に駐屯する魏の駐留軍の軍人たちにとっても同様であった。彼等とて帰る祖国も既にないのだから。
魏の軍人たちは一つの賭けにでた。自らの運命をミマキ(崇神)に託すことにしたのである。ここに進退窮まったミマキと魏の駐留軍の軍人たちとの間で固い結束が成り立った。日本列島を東征していき、事代主神(武内宿禰)とカヤナルミ(神功皇后)が留守にしている新しい日本の首都である奈良を乗っ取り、その後日本をミマキたちの手で統一する、ということである。駐留軍の規模こそ数万と決して多いとは言えなかったが、当時最強を誇った魏の最新鋭の装備で武装した戦闘集団である。日本の先住の土民など物の数ではなかった。
そもそも奈良には秦氏という有力な部族がいた。この秦一族の祖先は中国の秦の時代に日本に渡って来た渡来人なのだ。
秦の始皇帝の時代にこんな伝説がある。
秦の始皇帝によって不老長寿の薬を探し出すことを命じられた「徐福」という人物は、その為に皇帝より預かった一万人にのぼる技術集団と金銀財宝を持って日本にやってくる。元より彼には中国に戻るつもりなどサラサラなく、この新天地に徐福の新王朝を建設することが予てよりの目的だったのだ。
日本の全国各地にこの「徐福伝説」は散らばっているが、和歌山県には徐福の墓まで存在するのだ。この「徐福」たち渡来人が、奈良の秦一族の祖先だと考えられる。
ミマキたちは、この秦一族との話し合いの後、内政を秦氏に任せる、ということで彼らはミマキらの配下に加わることに同意した。また、国名は、宗主国である「魏(中国)」に、既に認証済みの「ヤマト」とすることに決めた。
ここにミマキのヤマトの国の王としての第一歩が始まることになる。
奈良の街の周りに高々とした塀が建設されている。これから始まる戦の凄まじさを容易に予感出来る作りになっている。その陣頭指揮を執っているのが魏の駐留軍たちである。そう奈良ははっきりと城塞都市と化していきつつあるのだ。
その都市の中心広場に軍人たちが数千人集まっていた。
そして、彼等軍人たちからの鳴り止まない「ミマキ」コールを掻き分けて、一人の男が広場の入り口から入場してきた、さして大柄でもない男が足早に軍人たちの前を通り抜け、急ごしらえに設置された壇上に颯爽と駆けあがる。華美ではないが清楚な衣装を身にまとっており、髪は左右の耳の上で髷を結っている。口の上にもアゴにも豊かな髭をたくわえているが、うっすらと白いものも混じっていて、ここに至るまでの歴戦の凄まじさを物語るようである。男の顔の彫りは深く、青み掛かって見えるその瞳がランランと輝いている。体全身から凄まじいオーラを放ちながら、壇上でその男が仁王立ちになると波を打ったかのように広場が急に静まった。
「聞けヤマトの民よ。」
「予は神からのお告げを授かった。これが何だか解るか?」そう叫ぶと、彼は両手に抱えた三種類のモノを、取り囲む軍人たちに良く見えるようにかざした。「これは我が王家に代々伝わる秘宝である。これらを持つ者が正統なる国の統治者なのだ。我が始祖のアマテラスが高天原に居て、孫のニニギノミコトを下界であるトヨアシハラのミズホの国に降るように命令し、『この国はお前の子孫が永久に支配すべき土地である』という神勅を下した。その時にアマテラスがニニギに対して与えたのがこの『八咫鏡』である。」おおー、というどよめきが軍人たちの間から沸き起こった。キラキラと眩しい、直径十五センチほどの鏡を見せられたときのこの当時の人々の驚きが理解してもらえるだろうか。当時の日本全国を見渡しても恐らく二~三十枚しか存在しない代物である。現代に例えるならば、十トンの金塊を目の前に積まれたような衝撃である。
「魏の国は滅び、新羅や百済が乱れている。しかしそれらを統一するような巨大な国が成立すると、当然次に狙われるのは我等の領土であり民である。それに先んじて今こそ我等は一つに結束して大いなる力を蓄えておかねばならぬ。それには今しかないのである。予の祖先はアマテラスから生まれた。故に予が神の子であることは間違いない。神の子たるミマキと共にあるこのヤマトの民も、当然神の庇護の下にある。負けは無い。時は満ちたり。今こそ我らは立ち上がり、予の下にヤマトをひとつに平定するのだ。」
うおお~という大歓声に包まれるミマキ。
拳を振り上げながら「ミマキ!」を連呼する軍人たちの顔もこれから始まるであろう壮大なドラマを予感してか、頬を紅潮させ興奮の絶調に達していた。歯車が大きく動き始めた瞬間である。