愚かな女神の独り善がり
落ちこぼれ勇者が成り上がることも復讐することもチート覚醒とかなかったら?
と言う文章を書いてみました。
今にも生命の火が消えゆく少年の前に私はたたずんでいる。
「あはは……なんだよ……これ……」
彼は涙を浮かべながら笑っている。
彼の眼に映るのは絶望だった。
「ひどいよ……僕が何をしたってんだよ……」
その口から出てきたのは世界への恨み言だった。
「いきなり、訳も分からない世界に連れて来られて……
何で……弱いからって……いじめられなくちゃいけないんだよ……」
その心から溢れるのは不条理への悲しみだった。
「なんで……よりによって……幼馴染や親友に……
あはは……どうでもいいや……」
その魂から流れ出るのは「諦め」だった。
「僕の人生なんて……僕の存在なんて……」
やめて……
「この世界にとって……」
違う……
「周りからすれば……」
そんなことはない……
「無価値だったんだ……」
違う!
私は目の前の少年の導き出した「答え」を真っ向から否定した。いや、したかった。
あなたの人生に価値がない……?そんなことは決してない!生まれてくる生命や森羅万象には必ず意味がある……!
仮にあなたに価値がないと言うのならば、それは全てのものに価値がないと言うことだ!
それに私は知っている。あなたがどれだけ尊い人だったのかを……
彼は元の世界では平凡な人だった。
特に誰に好かれるのでもなく、嫌われるのでもなく、優れているのでもなく、劣っているのでもなく、美しいわけでもなく、醜いわけでもない。本当の意味で「普通」の少年だった。
しかし、そんな彼の人生を私の心の中に生まれたとある「歪み」がめちゃくちゃにしてしまった。
その歪みとは「一人は寂しい。だから、隣に誰かいて。」と言う心の揺らぎだった。世界が生まれてから人類、いや、全ての生命を見守り続けた女神である私はずっと「一人」だった。
多くの人々は私のことを畏敬の念を持って崇める。私はそんな彼らに応え様と幾度となく、間接的にとは言え、彼らを守り、救い、助けてきた。
女神の力は強大過ぎて、直接的に動けば世界に混沌が生まれるだからそうすることしかできなかった。
けれど、結局のところ、誰一人としても私を見てくれなかった。
そして、再び魔王が現れて魔物や魔族以外の生命を脅かし始めた。
そんな時、人々は力を求めて私の力を借りて力を求めて勇者召喚を行った。彼らが求めたのは「救世主」ではなく、「英雄」だった。
その時、私の「歪み」と人々の「渇望」が混ざり合って勇者が召喚された。
だけど、人々の「渇望」と私の「歪み」はそう反する者だった。
人々は確かに力を得た。けれど、それを行使する「英雄」は決して、「救世主」ではなかった。
私は確かに光を得た。けれど、それは私以外にもは価値がなかった。
そして、その光は世界に捨てられた。
ごめんなさい……
私は謝ることしかできなかった。
謝って、彼の心が救われる訳でもないのに謝ることしかできなかった。
彼を不幸にしたのは紛れもない私自身なのに。
それなのに私は許されるはずのない謝罪を繰り返す。
女神でありながら、自分で世界を救えず、総てを愛するがゆえに総ての自由を尊重してしまった。何と身勝手な「愛」なのだろうか。
これは罰なのだ。女神であり、この世界の総てを愛する存在が一人だけを求めたことへの。
その結果がこれだ。
何よりも尊ぶべき「個人」すら救えず、その「輝き」すら守れない。
私は愚かだ。
この世界でどれだけ蔑まされ、哀れみと言う偽善による侮辱で苦しめられ、その中でも幼馴染の少女と親友の少年との友情を信じて、彼らに迷惑をかけまいと健気に努力をし続けた彼の輝きを私は知っている。
彼はその幼馴染の少女に恋心を抱いていた。
彼ら三人は元の世界ではいわゆる三角関係と言う中で生きていたのだろう。
彼はそのいつか壊れかねない三人の友情を愛していた。
だからこそ、いざという時は潔く身を退く覚悟をこの少年は持っていた。そして、彼はこの世界で自分が「非力」だと悟ると親友に彼女のことを託すつもりだったのだ。
だけど、それは彼の中だけの「幻想」に過ぎなかった。
後の二人は彼の抱いている友情や好意、愛情、恋心を道具程度にしか思っていなかったのだ。
利用できたから利用していた。
彼は最後にそれを知ってしまったのだ。
ごめんなさい……
私にはそれしか言えなかった。
彼は結局、巻き込まれただけだったのだ。
私の想いが余りにも個人的なものであったことから、彼は力ある「英雄」としての力を授けられなかった。
そのために彼は知らなくていい苦しみや真実を知ってしまった。
「……つらいよ……」
ごめんなさい……
「……いたいよ……」
あなたを守ってあげられなくて……
「……さむいよ……」
私がしっかりしていれば……
今にも彼の瞳から光が、身体から熱が消えゆく中、私は彼への後悔を続けながら、彼のことを抱きしめた。
肉体のない私がせめて彼にできるのはたったこれだけだった。
見えるはずも感じることもない抱擁。
そして、私は彼の生命が消えたのを確認すると、そのまま、眠りに就いた。
己が彼を苦しめた罪と共に私は眠ることにした。
それが愚かで自分勝手なことだと理解しながらも。
そうしなければ、今度は私の心が壊れていきそうだったから。
ああ……どうして……私は……
女神が抱いた歪み。それはなんでしょうかね?