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高額バイト

「結婚式場でバイトですか……」


 ミントが苦い顔で呟く。それもそうだろう。角さえ売っていればやっていける確信を得た我々が、今更バイトに励む理由など無いのだから。


 ただ、この突拍子の無い話を振ってきたのが剣の神様の孫だとかいうこの町の領主で、初めての顧客であるとすれば話は別である。目の前で柄にもなく優雅に紅茶を口にしている彼の頼みは、正直なところ断りづらい。


 であれば、最大限の利益を追求したいところ。今、就任したばかりのミント社長の力が試されようとしていた。


「いや、そう難しい事ではないのですよ。ただ、御社のユニさんをお借りしたいというものでして。もちろん、長期間拘束するようなこともありません。一日だけ、ごく短時間でいいんです」


 ミントを相手に、拝むように目の前の大男が身を縮める。はたから見ていると、幼い娘のご機嫌を伺う新米パパさんといった感じだが、会話の内容はビジネスのそれであった。


 見た目はどうであれ、この生き馬の目を抜くビジネス社会。気を抜いた方が食われるのが世の常。気を引き締めて行くに越した事はない。ミント社長には、その点を重々意識していただきたい。


 そう願うのは当たり前だ。この場合、引っこ抜かれるのは俺の目玉なんだから。たとえ瞬時に再生するとしてもお断りだ。


「もちろん必要なものはこちらで揃えますし、バイト代はGPでお支払いいたします」


「GPですか……。参考までにお聞きしますが、それは如何ほどで?」


 ミントがいやらしい笑みを浮かべて領主に尋ねた。完全に報酬に目が眩んでいるのが声だけで分かる。


 社長になったところでやはりミントか……。残念ながら交渉ごとにはまだ早かったようだな。


「一日拘束で20万GPです。いかがですか?」


「に……にじゅうまん……ですか」


 報酬額が想定外に高額だったのか、ミントが驚愕の顔を晒している。ちょっと、女の子がして大丈夫な顔のラインのギリギリを攻めていっているが、いいのだろうか。


 だが、そんなことよりも重大なことがある。前々から話に上がっていた『GP』って何だ?


(あの……、それは神の間で流通しているお金のようなものです)


 突然、頭の中に聞きなれない声が響いた。ミントではない少女の声の出所を探ろうと周囲に目線をやると、隣に立っていた麦わらちゃん、もといパレアスと目があった。


(『GP』っていうのは『ゴッド・ポイント』の略で、偉い神様たちが発行しているものなんです。他の人の役に立つことをすると貰えるものなんですよ)


 なにそのポイント制社会。神様社会は、お小遣いか何かで運営されているのだろうか。まあ、それはいいや。それよりパレアスまで脳内会話が出来るとは思わなかったぞ。


(これでも神様ですからね! 無役ですけど……)


 この娘もこだわるなぁ。でも、そのことも後で考えるとして、もっと聞いておきたいことがある。


 キミらはアレかね? 常にヒトの頭の中を監視しているのかね? んん~?


(い、いえ、そのような事は決して。たまたま、ヒマだったから……何か考えてらっしゃるようでしたので)


 ふぅ……。話しかけてきた理由はともかく、常に監視されているわけではないと分かって安心した。まあ、彼女たちも四六時中ヒトの頭の中を覗いているほどヒマではないのだろう。


 さて、そんなことよりも商談がどうなったかの方が重要だ。

 ミントは上手くやっているかな?


「分かりました! 是非、お手伝いさせてください!!」


 あ~、やっぱりダメか~。




 ところかわって、冥界の結婚式場。

 その応接室に我々と領主は通されていた。


 ここ冥界までは、町中にあった池を経由してやってきている。あの町中に唐突にある違和感あふれる池が、冥界への入り口であると知らされたときには結構な衝撃を受けた。


 だが、冥界の入り口なんていう特殊なシロモノであるのなら、変なものが変なところにあるのも納得というものである。



 応接室で待つ間ヒマだったので、あの池を整備もせずに放っておいていいのかと何気なく領主に尋ねると、普通の人間には見えないし、作用しないから問題ないとのコトであった。


 なるほど。町中に突如としてある池に初めて飛び込んだときには特にどうとも思わなかったが、あれは異常な光景だったのか。屋台のオヤジが池に目もくれていなかったのは、これが原因だったわけだ。なんだ、オヤジを褒めて損した。


 さらに領主の説明では、池に飛び込めたのはミントと一緒だったから、池の周りに領主の館を建てなかったのは、自分のものでもない入り口を誰が利用するか分からないから、だそうだ。



 池の話で盛り上がっていると、応接室のドアが叩かれた。戸が開かれると、そこにはスラリと背の高い、美しい女神が微笑んでいた。


 領主の態度からみるに、彼女が今回の依頼者らしい。女神はその長い金髪を払うと、我々の正面のソファーに腰掛けた。


「ようこそおいで下さいました。私はこの式場の支配人をしております『祝福の女神 ソフィア・ベネフィチュム』と申します。このたびは急なお願いにも関わらず、快くお引き受け下さり本当にありがとうございます」


「いえ、困ったときはお互い様ですから」


 女神の流れるような挨拶と謝辞にミントが簡単に答えると、その後に自分の挨拶を続けた。もちろん『社長』であることを強調する形で、である。


「それで、ウチのユニにいったい何をさせたいのですか?」


「はい。実は、当社所属のユニコーンがどうしても今回の式で使えないということになりまして、その代役をお願いしたいというわけなんです」


「その代役とは?」


「入場の際に祭壇の手前まで花嫁を運んでいただくのが仕事となります」


 ふ~ん、それなら特に問題なさそうだな。高額なバイトだから何をやらされるかと思ったが、これならすんなり終わりそうだ。


 ミントも仕事の内容が想像できたようで、訳知り顔で頷きながら話を続けている。


「あ~、なるほど。あの派手なヤツですね」


「ええ、お客様には大変ご好評を頂いております」


「そうでしょうね。それにしても今時、ずいぶん豪勢な式を挙げられる方がいらっしゃるのですね」


「ええ、花婿は『職人系』の神様でいらっしゃいますから。そういった面に余裕がおありのようで」


「あの人たちは、お金持ちですからね。わかります」


「花嫁も『美の女神』に連なる方なので、きっと立派な式になりますよ」


 なんだろう。新婦の血筋を聞いたら、何だか言い知れぬ不安を感じるようになってしまった。そう、なにか――大事なことがあったような――。


「さ、ユニさん! お仕事ですよ!」


 何かを思い出しかけたところで、ミントの催促の声にそれはかき消されてしまった。


 う~ん、たぶん大丈夫だろう。大した事じゃないから、きっと思い出せないに違いないさ。さあて、そんなことより仕事だ、仕事っと。


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