役職
「いや~、値切りましたね。ユニさん」
買い叩かれた本人を前に、ミントが上機嫌で、酒を呷る。値切り倒した自分が言うのもなんだが、デリカシーのないヤツだ。
「まさか、金貨2枚から銀貨60枚まで値切りきるとは、思いませんでしたよ」
実に、70%の値引きである。奴隷市場がどれだけ暴利を貪っているのか、良く分かる結果だ。これでは、値切らない方が馬鹿をみてしまう。
つまり、自分の行動は、いたって当たり前のことであり、そのことについて、なんら恥じることは無いものだ。
「しかし、一回しか会った事がない領主の名前なんて出しても大丈夫なんですか?」
「嘘は言ってないだろ。『領主にも、ご愛顧いただいている』と言っただけだ。別に、仲が良いとは言ってない」
「その前に、領主と同じ『神族』だと言っていましたよね」
「自己紹介ぐらいしないと失礼だろ。あっちは、丁寧に挨拶してくれたんだから」
「でも、最終的にいつもの『神罰が~』でしたよね」
「だって、あれ、楽なんだもん」
「あんまりワンパターンだと、そういう界隈で有名になっちゃいますよ」
「有名? 都合がいいじゃないか。顔パスで、お得になるってことだろ」
「お店とかに、出禁にされても知りませんよ」
「あ~、そういうのか~」
さて、ミントと奴隷市場での武勇伝を語り合っている我々は現在、昨夜に利用した宿に戻って、新人の歓迎会を行っている。もちろん、買ってきた奴隷である、通称『麦わらちゃん』なる少女も一緒である。
だが、口を開くのは我々だけ。新人さんの発言は未だにない。料理も注文し、話しやすい空気を作ろうと頑張ったが、やはり、奴隷として購入されてしまうと、口をきく気分ではないのだろう。
しょうがない。ここは、こちらから話を振ろう。
「あ~っと、麦わらさん? そういえば、お名前を伺っていなかったですね。私は、ユニ・ワイズマンというものです。といっても、この名前を使うようになったのは、昨日からなんですけどね。ハハハ……」
まずい、滑ったくさい。
(昨日から、使ってる名前とか怪しさ満点ですよ。もうちょっと、良い言い方なかったんですか?)
脳内にミントからのツッコミが入った。
まったく、うるさいやつだよ。そう思うなら、自分がこの空気を何とかしろよ。お前の友人なんだろうが。
(はいはい。まあ、見ててくださいよ)
自信たっぷりな返事が返ってきた。なんだ、初めから、こうしておけばよかったな。
「まあまあ。とりあえず、麦わらちゃんも変なとこに売り飛ばされなくて良かったじゃないですか。これからは同僚として、また一緒に頑張っていきましょう」
「え? ミントちゃんも奴隷なの?」
「いや~、私も不覚をとってしまって。バルバリ様に捕まってしまったんですよ……」
「大丈夫だったの?」
「……大丈夫じゃないから、奴隷やってるんですけどね」
「ご、ごめん。……そ、それにしても、久しぶりだね。最後に会ったのって、いつだっけ?」
「私が、工場を首になった日ですね」
「う……。え、えっと、そのあとは?」
「アパートで、飲んだくれてましたよ」
「……それから?」
「家賃滞納で強制立ち退きになりました。その後に、一発逆転を夢見て、地上界に来たんですが、さっき話した通りになりました」
「…………」
おいおい、やべ~よ。ミントさんのおかげで、場の空気が最悪だよ。
なんなの、コレ。
(はぁ~。あの娘、昔からヒトが聞かれたくないところをズケズケと聞いてくるんですよねぇ。もうちょっと、空気とか読んで欲しいです)
いや、それはミントさんの弱点が多すぎるせいだろ。その娘じゃなくても、ダメだったと思うぞ。
(そういうのなら、その娘の相手はユニさんがやってください。私は、お酒、飲んでるんで)
いじけた言葉を脳内に響かせると、ミントはゴロリと横になって、手酌を始めた。あれだけの会話で、やさぐれ過ぎだろ。
だが、友人に近況を知られたことが、彼女の心にそれなりのダメージを与えたようなので、ここは、そっとしておいてやるとしよう。
「えっと、それで、お名前は……?」
とりあえず、名前を聞いて会話のきっかけにしてみようと思う。
「あ、はい。私の名前はパレアスといいます。よろしくお願いします」
「あ、いえ。これは御丁寧に、どうも。それで、その……パレアスさんは、どういった神様なんですか?」
何気ない社交辞令的な質問をしたら、パレアスの表情が凍りついた。やがて、目元から涙が、口からは嗚咽が漏れ始めた。
おいおい、今度はなんだよ。
「フグッ、フグゥ~!」
変な泣き声をあげる麦わらちゃんを尻目に、ミントがため息をつく。
おい、何とかしてくれ!!
「あ~あ、やっちゃいましたね。ユニさんには、デリカシーってものが無いからやるんじゃないかなって思ってましたよ」
「ちょっと!? 知ってたなら先に言って!! こんな何気ない会話で、こんな事態になるとは思わないでしょ、フツウ!!」
それに、デリカシーについて、コイツにだけは言われたくなかった。
「なんとかしてくれませんかねぇ、ミント様?」
「え~、めんどくさいなぁ。自分でどうにかしてくださいよ」
「そこをなんとか。会社の件、どうにかするから」
「え!? 社長にしてくれるんですか!!」
最初の要求が社長とは、この娘、どういう感覚してるんだろうか。でも、別にミントが社長でも何ら問題ないし、この面倒な事態から逃れられるなら、その程度の要求を呑むのは、やぶさかではないな。
「いいっスよ」
「ホントですか!? あとで、やっぱナシとかダメですからね。 それなら、どんと任せてください!!」
ミントはパレアスに向き直ると、努めて優しく話しかけ始めた。
「いいですか、麦わらちゃん。いつまでも、そんなふうに泣いていても何も解決しませんよ。どんな残酷な事実でも、それを認めることで初めてスタートラインに立つことが出来るんですよ」
「ウグッ……ウッ……」
「もしも、自分で言いにくいのなら、私が代わりに言ってあげましょうか?」
パレアスは嗚咽をあげながらも、首を左右に振った。何だか知らないが、自分から泣いている理由を教えてくれるつもりらしい。
「わ……わたしは、……む、むやく……なんです」
それだけ発言すると、今度は盛大に泣き声をあげ始めた。
いったい、何だというのか。『むやく』とは、どういう意味なんだ?
(無役っていうのは、神様としての役職が無いってコトです。お金持ちやよっぽど偉い方の子息でもない限り、大概の若い神族はコレになります)
ん? でも、ミントさんも無職では?
(それとは、違います! 『なんとか』の神様の『なんとか』の部分のことです。私で言うなら『ミント』がそれに当たるわけです)
ということは、バルバリ様は『蛮族』が役職なのか。『蛮族』の役職とは、いったい何ぞや。
(いや、それは私にもよく分かりません。でも、地上界で活動する上で、大活躍しているのは間違いないでしょうね)
ふ~ん、そういうものか。
そういえば、役職があるってことは、ミントさんってイイトコの娘なの?
(まあ、そうですね。ただ、ウチはとにかく姉妹が多くて。私も何とか役職を貰えたといったところです)
お。気になるな、それ。
(しょうがないですね、いいですか。ウチのお母さんは、デメテルっていう名前なんですけど、おばあちゃんから引き継いだ『大地の神』っていう偉い役職なんですよ。そのお陰で、無数にいる姉妹たちも役職だけは頂けている感じなんです)
ふ~ん、そんな偉い人の子供が、なんでこんなところに?
(ウチは放任主義なんですよ。だから、自分で何とかするしかないんです。冥界での仕事だって、面識も無い姉のペルセポネを頼って、ようやく、ありつけたんですから)
……実は、ヘラクレスのときから思ってたんだけど、君らって、『もしかして:ギリシャ』ってやつ?
(あ~、なんか昔はそんなところに居たらしいですね。そんなこと、よく知ってましたね)
あちゃ~、ギリシャ神話系の神様か。どういう経緯で、異世界に居るのかは知らないが、かなりの危険地帯で生活している気がするなぁ。ミントさんとの付き合いも考え直さないと。
(大丈夫ですよ。偉い神様たちも、昔はヤンチャしてたらしいですが、今では誓約によって、大概のことには手出しできないですから)
なら、安心……なのかな?
(そうですよ。それで話を戻しますけど、麦わらちゃんは特にコネも無かったんで、無役なわけなんです。このことを何故か、気にしてるんですよね)
そんなヒト、いっぱいいるんでしょ。なんで、また。
(役職があると、能力が身につくんですよ。あの娘、どうやら、それに憧れているみたいで。……別に、そんなに良い事なんてないんですけどね)
そうですよね。まあ、ミントさんの辛口な人生経験はいいですから、はやいとこ、この場を収めてくださいよ。
(はぁ~。わかりましたよ)
脳内にため息を残し、ミントは麦わらちゃんをなだめすかし始めた。そのやり取りを眺めながら、ミントがどこからか用意した、皿に入れてもらった酒を舐める。
さっきから、舐めてるけど、甘くて爽やかな味わいだな。この町を出るときには、絶対に買っていこう。
面倒ごとをミントに押し付けた開放感を味わいながら、そう思った。