ゴッドファーザー
「それにしても、スゴいですね。タダで門を通り抜けちゃいましたよ」
機嫌が直ったのか、ミントが感想を述べてくる。
まあ、先ほどは、ちょっと雑草、雑草と言い過ぎたかも知れない。
ここらで少し、持ち上げておくか。
「いやいや、ミントさんのお力があってこそですよ。ありがとうございます。これからもよろしくお願いしますね」
「え!? いや、そんな……、私なんて……」
褒められ慣れていないのか、ミントが真っ赤な顔で恥ずかしがっている。
ま、このくらい持ち上げとけば、しばらくは大丈夫だろう。
さて、金儲けの算段を考えないと。
「なんか、お金を稼ぐ、いい案とかないですか?」
ダメ元でミントに聞いてみる。もちろん、何の期待もしていない。
「それなら、ミントティーを売る屋台をやるのはどうですか?」
「屋台とかどうする気ですか?我々はお湯を沸かすための持ち合わせすらないんですよ?」
「うう~ん、それなら、ご主人様の角を売るぐらい、しか……」
やっぱりそうなるか。でも、この角って意外と高価なんだよね。前にバルバリ様が、神様用の贈答品にするからくれって言ってきたことがあるぐらいには、高価なものだし。
こんな小さな町で、買い取ってくれるところなんて存在するんだろうか。
……いや、それよりも今、マズイ発言があったな。
「その前に、その『ご主人様』って呼ぶの、やめにしてくれません?」
「え? 何で、ですか?」
「門を通るとき、ミントさんを思いっきり持ち上げましたからね。我々の本当の関係を他人に知られるとマズイんですよ」
「それは、まあ、たしかに。でも、何て呼べば良いんですか?」
うーむ、なんて呼ばせるべきだろうか。よくよく、考えてみたら、自分には名前がないんだよね。前世の名前を名乗るのは、なんか違う気がするし。
しょうがない、この場でつけてしまおう。
「実は、名前がないんですよ。何か良い名前を知らないですか?」
「うーん、そうですねぇ。ヘラクレスとか、どうです? 強そうですよ」
「いやだよ、そんなカブトムシみたいなの。」
「カブトムシ? 何を言ってるんですか。れっきとした神様の名前ですよ? 結構な人気者なんですが……。まあ、気に入らないなら、無理強いしません。では、私の名前をもじって……」
「ミントさんの名前は、ちょっと……。身内だって、噂されると恥ずかしいし」
「ちょっと!? 恥ずかしいって、どういうことですか!!」
背中でわめいているヤツは放って置いて、そろそろ真面目に考えよう。
やはり、自分の特徴から考えるべきだよな。欲を言えば、親しみやすく、覚えてもらいやすいものがいい。
それに、あんまり身の丈にあってないものは、自分で名乗るときに恥ずかしい思いをするから嫌だ。
さて、特徴だな。まずは、『ユニコーン』、それから、『体が白い』、『青白く光る角』、『慈愛に満ちた瞳』、『博愛の精神で癒す力』くらいか。
う~ん、『白い』から考えると、白い生き物の名前とかぶるんだよなぁ。単純にすると、『シロ』とか犬みたいになるし、複雑にすると『雪風』とかカッコイイけど、自分で名乗るには、恥ずかしいものになってしまう。
他のから考えても、『コメット』? なんか、違う。
『ヒーラー』もちょっと。
往年の名馬の名前なんてのも、恐れ多くて使えないよ。
ネタになる特徴、もっと他にないか。
ああ、あと、『賢者』っていうのもあったな。
『マギ』は、違う。
『セージ』は、前世の名前はやめたのに、日本人っぽくなるから却下。
『ワイズマン』は、……名字ならいいかな。
それなら、分かりやすく、『ユニコーン』だから『ユニ』。
『ユニ・ワイズマン』。
よし、これでいいんじゃないかな。
「『ユニ・ワイズマン』なんて、どうかな?」
「え? 名字まで考えたんですか。結構、はりきっちゃってますね」
「うるさいわ。で、どうよ?」
「普段、呼ぶときは『ユニさん』ですか。なんか、そこらじゅうのユニコーンが振り返りそうですけど」
そんなに、ユニコーンが一堂に会する機会なんてないとは思うが、確かに無数の馬面が振り返る絵が浮かんだ。いや、そもそも言葉が通じないから、大丈夫なはずなんだけど。
それに、ほとんどのユニコーンには、名前なんて無いはずだ。自分にも無かったんだから、間違いない。……ないよね?
「いいんだよ。親しみやすくて、分かりやすいだろ。それに、そのための名字なわけだろ」
「名字も『賢者』からとってるじゃないですか。これって、話せるユニコーンは全員、当てはまりますよ」
「喋るユニコーンなんて、そうそういないから大丈夫、大丈夫」
「もう名前を考えるのが、面倒になっているだけじゃないですか? それなら、やっぱり私が考えて……」
「いりません!!」
本当にいらないものをお断りするときには、ハッキリ言うに限る。ミントのヤツもこちらの勢いに驚いて、呆気に取られている。お、むくれだした。
「むうう」
ミントがどうしようと、いらないものはいらない。
ともかく、こうして自分の名前が決まった。
確かに、単純な名前だけど、まあ、このぐらいがいいだろ。よーし。これから、この名前を『賢者』の代名詞にしてやろう。
そんな野望を暖めながら、町の市場をグルグルと回ってみたけれど、角を買い取ってくれそうな場所は見つけられなかった。
困ったな、換金手段を他に考えなくちゃいけないのか。どうしたものか。
悩みながら市場を練り歩いていると、なんだか首筋がひんやりしていることに気がついた。それに、濡れているような気も……。
なんだ? 汗だろうか?
きょろきょろと辺りを窺っていると、暗い路地裏から視線を感じる。……何かいるのか? 本能的に危機を感じて冷や汗でも流しているのだろうか?
そういえば、そこかしこから視線を感じる気がする。これはひょっとして、ミントのせいで『世界の秘密』を知ってしまった自分を、始末しに来た『死神的な何か』なのでは?
そんな考えが頭に浮かんだとき、冷や汗が、また流れた。
背後からも視線を感じる。「うわー、嫌だな、嫌だな、怖いなー」と、ゆっくりと振り返ってみると、そこには……。
「おいしい、おいしい、串焼きだよ!! 焼きたてジューシーだよ!!」
威勢の良い掛け声で、屋台のオッサンが串焼きを売っていた。そして、その串焼きを食い入るような眼差しで見つめるミントの口から垂れた涎が、俺の首筋を濡らしていく。
「おい」
「ふぇ? な、なんでもないですよ。大丈夫です」
慌ててミントが涎をぬぐうが、何が大丈夫だというのか。口をぬぐっても、ぬぐっても、ミントの涎は止まらないではないか。
だんだん、首筋が『ひんやり、スースー』とした感覚から『痛い』に変わってきた気がする。
くそ、これはもう一刻の猶予も無い。
偶然、近くにあった池に背中の荷物ごと飛び込む。
ふう、危ないところだった。
ひとまず危機は去ったが、池の水が、首筋をヒリヒリとさせる。
まずいな。早いとこ換金しないと、ミントに首の敏感なお肌をやられてしまう。
「くそう!! みんな、貧乏が悪いんだ!!」
池でバシャバシャと、はしゃぐミントを眺めながら、貧困を呪う。
「た、助け……」
ミントも助けを求めている!!
早く、方法を考えなくては!!