世界の秘密
「そういえば、ミントさんって何の神様なんですか?」
旅の間、無言だと気疲れするので話のネタを振ってみた。
「それはもちろん、ミントの神様ですよ」
どうだと言わんばかりに、胸をそらすミントだが、そこに誇るべきものは何もなかった。
「それは、どうすごいのですか?」
イマイチ要領を得なかったので、質問してみる。
すると、ミントは地面を指差し、咳払いをした。
「しょうがないですね、見ててください。ほら!」
ミントが指差す先で、雑草が芽吹き、あっという間に生い茂る。
あの雑草、見覚えがあるぞ。そう、ミントだ。
それはそうと、これだけなのか?
「えっと、それで?」
「私はどこでも自由にミントを生やすことが出来ます!!」
鼻高々といった感じだが、それがなんだというんだ?
「それは、なにか特殊なミントなんですか?」
「いえ、普通のミントです。でも、うちのは純粋なミントです。混ぜ物なしですよ!!」
つまり、純粋な雑草と。
「『ミントちゃん』よぉ、マジでそれだけなの? ホントに神様?」
「『ミントちゃん』!? ホントに神様ですよ!! 信じてください!!」
「まあ、いいわ。それで、その能力は私のハーレムにおいて、どのようなメリットがあるのですか?」
「ミントティー飲み放題ですよ。それに、精油も作れて使い方は無限大です!!」
「でも、ミントってどこにでも生えてますよね。ミントちゃんがいる必要って……」
「ま、待ってください。私がいれば、いくらでもミントが用意出来ます。採り尽くしてしまって、遠くに探しに行かなくてもいいんですよ」
「そんなにミントって、日常で使わないんじゃ……」
「ぐぬぬ」
はい、今日の「ぐぬぬ」頂きました。
あまりやりすぎると、泣きが入るのでここまでにしておこう。
足を止められても面倒だ。
「それはともかく、他になんか出来ないんですか?」
「他にですか? う~ん」
ミントが頭をひねって考え込んでいる。
多分、いい案なんて出てこないだろう。
自分のことはなかなか分からないものだし、なんせ『ミントちゃん』だからな。
「じゃあ、色々と質問するよ。何が良いかな……」
質問の内容を考えていると、ミントがそわそわとしている。
とりあえず、何でも聞いてみるか。
ただの馬よりは物事を知っているだろう。一応、神様なんだし。
「え~と、実は俺の前世、この世界の人間じゃないんだよ。もっと文明とか発達してるところだったんだけど……」
「ああ、そういうことはよくあります。私は昔、冥界で働いていたことがあるので、そこらへんは、ちょっと詳しいですよ」
ありゃ、意外な事実が発覚。『ミントちゃん』にも歴史があるんだなぁ。
しかし、よくあることなのか。なんか、俺だけ特別とかじゃなくて、ちょっとガッカリ。でも、実際に一人だけだったら、それはそれで大変そうだし、普通が一番だよね。
「で、そのへんの話、聞かせてもらえる?」
「いいですよ。えっと、まず、この世界の生き物の魂は全部、冥界で管理しています。だから、生き物の故郷はみんな冥界なんです」
「へぇ~、なんかそうやって喋ってると、頭良さげに見える」
「そうですか? ふふん。それで冥界で、生き物は体に魂を入れられるわけなんですが、その魂の仕入先が、この世界以外も含まれているというわけなんです」
「ふんふん、それでそれで」
「冥界には大きな河があって、それがいろんな世界とつながっているんですが、その河に魂が運ばれてくるようになっているんです」
へー、三途の川的なやつかな。
「景色とか良いの? その河」
「え? まあ、綺麗なところでしたよ。観光に来る神様も大勢いましたし」
いいな。そのうち観光とか行ってみたい。
「あ、ゴメン。さっきの話、続けて」
「もう、話の腰を折らないでくださいね。え~と、どこまで話しましたっけ?」
やっぱり、ミントはミントだな。
「河が魂を運んでくるとこまで」
「そうでした、そうでした。その河で、私は魂を拾う仕事をよくやってたんですよ。それから、工場に運んで、綺麗に磨いて……」
ん? 今、おかしなワードが聞こえた気がするぞ。工場がどうとかって。
「今、工場って言った?」
「言いましたよ。それで、磨いた魂を生き物の体に入れていくんですけど、やっぱり生き物って規格が統一されてないことが多いから、なにかと大変で……」
ひょっとして、今、この世界の触れてはいけない所に立ち入ってるんじゃないか。
いや、そんなことより、ショックだわ。まさか、自分が工業製品だとは夢にも思ってなかった。
「この世界の生き物って工業製品なの?」
「そうですよ、安心と信頼の手作業……だったんですけど、機械化の波で、工場に大きな機械が入るようになって……」
おやおや? なんだか、話しの雲行きが怪しくなってきたぞ。
「河からの魂の回収も、大きな乗り物とベルトコンベアでダァーとやるようになって……」
何もしていないのに、ミントはひとりでに涙声になっていく。
「私、社長を止めたんです。こんなやり方じゃ、問題が出るって。それに景色が悪くなると、観光客がいなくなるからって。なにより、失業したくなかったから……」
なんだかんだ理由をつけても、自己保身に走るところは素晴らしい。
その小物っぽい精神性、嫌いじゃないわ。
「そしたら、そのまま首になっちゃって……。なけなしの貯蓄を崩して、こちらに移り住んだら、蛮族に……。」
ミントは俯いているが、その瞳から大粒の涙が零れているのが、見てとれる。
「そしたら、今度は奴隷です! どうです、おかしいでしょう!?」
俯いた顔を上げると、ミントは満面の笑みを浮かべていた。その瞳から涙をボロボロと流しながら。
くっ、コイツ……。精神攻撃まで、使ってくるとは。
「でも、ここら辺で、ミントさんを開放しても、また蛮族に捕まるだけですよ。そうしたら、今度はどうなるか……」
「ええ。それは、分かっています。でも、逆に良かったのかも知れないとも考えているんですよ。奴隷とはいえ、新しい仕事に就けたわけですから」
く、くそ。俺の負けだぁ!!
「裸足で歩くのも辛いでしょうから、背中にでも乗りますか?」
「え? でも、ご主人様の上に乗るわけには……」
「いいから。そういうの、いいから」
ミントの過去を聞いてしまったことで、ついつい、甘やかしてしまうようになってしまったが、それもしょうがないだろう。さすがに、こんな話を聞いて冷たく出来るほど、鋼鉄のハートを持ち合わせては、いないのだから。
ただ、どうしても一点だけ確認しておきたいことがある。
「で、今の話、どこまでホントなの?」
「ちょ!? 全部ホントですよ!! ひどすぎます!!」
泣き喚くミントを優しく背負ったまま、旅路を急ぐ。
ミントの機嫌が直るまで、数日を要したが、それはまた別の話し。
何も考えずに、道を歩いていた我々はついに、小さな町にたどり着いた。
さあ、ここからが夢のスタート地点だ。
少しボロい町の門を見上げながら、俺は希望に胸を膨らませていた。