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自由の対価

 シーツでグルグル巻きにされて、近場の衣料品店に担ぎこまれた。


 移動中、大人の姿のミントと麦わらちゃんもシーツしか身に付けていなかったが誰にも止められる事はなかった。多分、ここではこれも一般的な格好なのだろう。冥界に来てからそんな格好の人を見かけたような気もするといえばするし。


 今は、先ほどまで行われていた女性陣の試着室を占拠したファッションショーがようやく終わったところだ。


 長々と試着室を占拠した上に脱ぎ散らかしやがって、お店に迷惑かかるだろうが。まったく、常識というものが欠けているな。連れとして恥ずかしい限りである。


 居心地が悪かったので脱ぎ散らかされた衣服をマルムさんと一緒に畳んでいると、こちらの憤慨をよそに彼女たちの視線がこちらに集まってきた。


 どうやら今度は、この幼児体型に似合う服を見繕うつもりらしい。店中を引っ掻き回すようにして、いくらかの子供服を持ってくると、それと一緒に試着室に放り込まれた。


 試着室に備えつかられた大きな鏡に映る自分の姿に押し付けられた服をあてがってみると、確かに良く似合っていて可愛らしい。


 だが、無性にイライラする。


 先ほどから彼女たちが店を荒らしているのが気に障るのかと思ったが、どうもそれだけでは無い気がする。鏡に映る自分をじっと見つめて考えているとぼそりと「気にいらねぇ」と呟いていた。


 そうだ、気に入らないのだ。


 この姿がではなく、この姿を喜ぶミント達が。そもそもなぜ彼女たちに媚びる様に幼児でいなければならないのか。自分は彼女たちに媚を売って喜ばせるために生きているのではない。


 そう、俺は自由だ!!


 気持ちの整理がついてからの動きは我ながら素早かった。前世のオッサンの姿になると、いままで身を包んでいたシーツを腰に巻き、試着室のカーテンを開く。


「ウワァァァ!!」


 ミントたちから悲鳴が上がった。


 試着室から予想外のオッサンが出てきたくらいで悲鳴を上げるなんて失礼極まりない話である。仮にこれが美少女とかで出てきたらこんな反応にはならなかったはずだ。オッサンの何が悪いというのか。


「なんて格好で出てくるんですか!! すぐに元に戻って下さい!!」


 元も何もこれが前世での姿、言うなれば元の姿である。仮初の幼児姿で媚を売る――そんなペットのようなマネをするつもりはもはや毛頭無い。だから言い放ってやった。


「ウルサイ!! 俺は自由だ!!」


 この『自由への意志』に対して場は混乱した。


 麦わらちゃんは「ヒィィ~、ユニさんがご乱心ですぅ~」とか言って泣くし。マルムさんは口が開きっぱなしで驚いている。だが、ミントは怒り狂っていた。


「そんな姿で誰が喜ぶって言うんですか!?」


「関係ない!! 俺は自由だ!!」


 こちらの返答にミントはため息をひとつ吐いた。眉がピクピクと動いている。


「わかんない人ですね……、いいから戻って下さい!!」


 そう言うとミントは顔を真っ赤にして飛び掛ってきた。


 やられてやるつもりはないのでミントの腕を掴んで押し退けようとする。だが、予想に反してミントの力が強く、徐々に試着室へと押しやられてしまう。


 これは若さの差なのか、それとも前世の体が鈍りきっているからなのか、あるいは両方なのかもしれないが……。必死で力の限りに押し返そうとしながら、そんな考えが頭をよぎった。


 このままでは負ける――そう思ったとき、なぜか体が前方に倒れこんだ。床にしたたかに顔面を打ち付ける。首を動かして目線を上げると目の前には自分の腕が無造作に転がっていた。


 いったい……、何が……。


「我が妻に襲い掛かるとは不届き千万!! この場で切り刻んでくれる!!」


 声のしたほうを見上げると、そこには長い黒髪に怜悧な印象を与える長身の男がミントを後ろから抱きすくめて立っていた。


 突然の凶行によってか店の中は甲高い悲鳴が響き渡る。男はどこか満足げにこちらを見下ろすと片手に持った剣を大きく振りかぶった。


「どこ触ってんですか!! このチカンが!!」


 今まさに剣が振り下ろされようというとき、幸運にもミントの拳が男の端正な顔面を捉えた。意外なほどに威力があったのか男は尻餅をつく。だが大して堪えた様子もなく、心の底から不服だという顔をして男はミントを見上げて呟いた。


「何をするのだ、おまえは。私が助けに入らねば――なんと! 妻ではないだと!!」


「ええ、私はあなたの妻の妹ですよ。冥界の王、ハデス様」


 ミントの満面の笑顔をマジマジと見てから驚愕の表情を浮かべるこの地の王様。先ほどまでの強者としての余裕の表情から一変、顔面が真っ青である。


 もうちょっとその哀れに震える姿を眺めて、勘違いで怪我をさせられた恨みを晴らしたいと思ったのだが、視界が光の粒で覆われ始めた。転がっていた腕や体が光の粒に変わっているのだ。


 これは変身が解けるなと直感的に理解できたので、可能なところで自分に治癒能力を使っておいた。本当にユニコーンの体は便利なものである。


 一方、自分の体を自画自賛している裏ではミントが王様に向かって恫喝を行っていた。強気に出られる相手にはとことん強気に出る――さすがの小物っぷりである。根が小市民な自分ではあそこまでは出来ない。ちょっと憧れてしまうな。


「よりにもよって妻の妹にチカンを働くとは許されることではありませんよ!! このことは姉様に報告させていただきます!!」


 さまざまな罵倒の言葉の後にミントがこの発言をすると、王様の顔色がさらに悪くなった。弱点を見つけたことに喜んだのか、ミントは邪悪な笑みを浮かべて言葉をつなげようとする。しかし、それを遮って王様が大声で宣言した。


「私にはこの者を裁判にかける重要な仕事がある!! 悪いが、失礼する!!」


 言うや否や、倒れこんだままであったこちらの頭に王様は手をかざしてきた。視界が一瞬ぼやけると、そこはもう木製の温かみのある衣料品店ではなく荘厳さを感じさせる大理石造りの巨大な法廷だった。どうやら証言台の近くに転がされているらしい。


 前足の調子を確かめながら体を起していると、はるか上にある裁判長席から叩きつけるような居丈高な声が響き渡る。


「これより貴様の罪を裁く!! 覚悟せよ!!」


 今ここに、八つ当たりによる裁判が開廷されたのだった。


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