犯罪前線
マルムさんの魔法にかける情熱を舐めていたのかもしれない。
「特訓だ。覚悟しとけ!」
そんなきっぱりとした宣告を行うと、彼女はシーツの中に潜り込んで来ておもむろに全裸になった。
「ちょっと、あたしに変身してみろ」
実に男らしい発言であった。
ただ、いきなり全裸になった理由が不可解だったので尋ねると、「変身後の姿をイメージしやすくするためだ」と頬を赤らめながら答えてくれた。
恥をかなぐり捨ててでも仕事を成功させようとするその姿勢に、人気が無くとも彼女はプロなのだと感心させられた。その心意気を無駄にしないために、マジマジとその肢体を観察させていただく。
全裸になることでより天使っぽさが増した感がある彼女だが、赤面していてもその瞳は真剣そのもの。ここで妙な劣情でも起そうものなら即座に信頼を失うことになる。
こちらも変な意味ではなく、真剣に変身魔法に向き合った。
イケる!
集中力が最高に高まる野を感じる。脳裏にも彼女の全裸が刻まれている。今、自分に風が吹いてきているのを感じる。ゆっくりと全身が光の粒に変わっていく。
完璧だ!
魔法の成功を確信したからか気が抜けたのかもしれない。ふと雑念が湧いてきた。もし、ここで前世のオッサンの姿になったら通報モノ――いや、現行犯逮捕だな……と。
光が収まるとそこには、かつて慣れ親しんだ前世の姿があった。
悲鳴は無かった。ただ、静かな時が流れていた。その静寂を打ち破ったのは足元の幼女の声だった。
「どうだい? 成功したのかい?」
どうやらシーツのおかげで、あちらからはこの姿は確認できていないようだ。
助かった…。
安堵の息が漏れた。いつのまにか早鐘のように心臓が鼓動を打っていて、背筋にもじんわりと嫌な汗が流れる。首の皮一枚でつながった社会生命を賛美する声が聞こえた気がした。
だが、ゆっくりしている時間などない。マルムさんが確認のためシーツをもぞもぞとかき分けてこちらに向かって来るからだ。慌てて元のユニコーンの姿に戻った。
「なんだい。もう、元にもどったのかい。集中力が足りないね」
ガッカリした口調で呟くマルムさん。間一髪か、危ないところだった。ギリギリのところで助かったのもシーツが大きいサイズだったからか、変身したときにシーツを多くかぶれたお陰だろう。多分どこかにいるであろうシーツの神様に深く静かに感謝の祈りを捧げた。
一方、外野からは「惜しい」とか「人の形だった」とかの感想が聞こえてくる。どうやら連中にも変身後の姿は確認されなかったらしい。面倒な口止めをせずに済んだが、彼女らの感想は実に的外れだ。実際は、惜しいどころか完全にアウトだし、人の形どころか今一番なってはいけない形だったのだから。
一枚のシーツの下に全裸の幼女と全裸のオッサンがいて、オッサンの頭の中が幼女の全裸で占められていたら、これはもう立派な変態による性犯罪である。通報どころか現行犯逮捕待ったなしだ。
気軽に始めた魔法講座で社会生命があっさりと断たれるところだった。まったく……、この世界は前世以上に気が抜けない。
「じゃあ、もう一度!」
マルムさんのかけ声が響く。なし崩しに再チャレンジが始まってしまった。本当は一旦やめたいのだが、彼女の真剣な雰囲気に中止を進言する事はできそうにない。
しかたがなく彼女の裸を目蓋に焼付け変身を行ってみた。
しかし、なし崩しだったからか、先ほどの変身のインパクトが強かったからなのか……。次に変身した先は実に懐かしいオッサンである『蛮族の神 バッティラ様』であった。
ふむ、魔法で変身するとどうやら自分が何になったか分かるようだ。今度は、魔法について考察できるほどの余裕があった。2度目ともなると慣れたものである。
だが、全裸のオッサンであることには何ら変わりはない。それにこの強面のオッサンでは先ほど在った変態臭さは感じさせないが犯罪臭が跳ね上がる。このままの姿でいられるわけが無かった。誰からも悲鳴が上がる前に速やかに元の馬の姿に戻った。
「ありゃ、もう戻ったのかい? もっと、根性出しな!」
マルムさんから発破がかけられる。この姿だからそんなことを言えるが、先ほどの凶相のままなら悲鳴も出なかっただろう。つい、苦笑が漏れた。
外野からはまた、「惜しい」とか「近づいた気がする」とかの野次が飛んでいる。やっぱり惜しいどころか完全なるアウトだが、薄い顔から濃い顔になったところは近づいたとも言えなくもないのかもしれない。
外野の感想の予想外の正解にある種の感心を抱いていると疑念が湧いた。ひょっとして、また頭の中を覗かれているのでは……?
返答はない。
なんにしろ、奴隷である彼女たちは自分と一蓮托生。「余計な事は口にするなよ」と念じておく。
(へへへ、分かってますよぅ)
この声はミントか。声音からして後でこの件で恐喝してやろうという感じがバリバリである。無い袖は振れないが善処するしかあるまい。
(あ、わたしもいま~す)
麦わらちゃん、おまえもか。
これは、今回の儲けが消し飛ぶかも分からんね。くそ、もう一個ぐらい魔法を覚えたかった。だが、社会生命には変えられない。命があってこそ金も使えるというものだし。
「はい、もう一度!」
マルムさんのかけ声が再び響く。これ以上、脅されるネタを提供したくないので、これでいい加減に終わらせたい。必死の思いで幼女の全裸をイメージし続ける。身長が縮んだのが分かる。
どうやら成功したよう――いや、部分的に失敗していた。性別までは変化しきれなかった。それでも、これは概ね成功と言って良いのではあるまいか。
「おや、ずいぶん可愛らしくなったねぇ」
変身の成否について考えていると、マルムさんがシーツをかき分け現れた。その視線が自分の下腹部に集中している気がするが、そんな事は些細なことだろう。
彼女の反応から合格ラインに達したものと判断できたため、シーツから出て部屋に備え付けられていた大きな鏡を覗き込んでみた。
「これが……、ボク?」
お決まりのセリフを吐いてみた。
鏡には予想通り、天使な見た目の幼い男児が映っていた。短い巻き毛の金髪と深いエメラルド色のクリクリとした瞳が可愛らしい。どのくらい可愛らしいかといえば、いかがわしい大人に悪戯されそうなぐらいと言えばお分かりいただけるかもしれない。我ながら鏡を見入ってしまった。
「キャ~! カワイイ!!」
黄色い声を上げながら、後ろから巨大化したミントと麦わらちゃんに抱き上げられた。豊満な胸に挟まれ、もみくちゃにされる形になったが、乱暴な抱っこに恐怖しか感じない。
そしてこんな反応でも、このあとに必ず自分の要求を情け容赦なく通してくるであろう二人のぶれない姿勢に畏怖を感じざるをえないのだった。




