冥界の酒場
残念ながら、飲み屋は日本と変わらなかった。
昭和を感じさせる赤提灯のような温かい光に照らされ、酔客が溢れる通りを抜けると、そこにはミントおすすめの店があった。
「おっちゃん! とりあえずビール3つ」
ミントの手馴れた注文をみるに、やはりここは彼女にとってホームといえる場所なのだろう。
この店は小さな店舗の外にいくつもの大小様々なテーブルを並べたビアガーデンのようなことをやっている。そのお陰で自分や麦わらちゃんのような体格でも利用できるわけだ。
参加者的には背の高いテーブルがよかったのだが、立ち飲み形式なために今回はミントにあわせて低いテーブルを占拠した。
周囲から楽しげな笑い声が聞こえてくる。店の客入りは良く、繁盛している店のようだ。これなら出てくるものにも期待できるかな。
テーブルが決まってほどなくすると、ビールが運ばれてきた。素早い対応だ。人気の秘訣はこの素早さだろうか。
「じゃあ、ユニさん。お疲れ様でした!」
ミントの合図でジョッキを呷って行く二人。一方、自分はジョッキを持てないのでビールの水面を舐めるしかできない。それと、あの苦労を軽く言われた感じがしてムカッと来た。
ダメだ、全然スッキリしない。むしろこれは悲しくなってくる。おかしいな、俺のおごりなんだから俺が主役のはずなのに。
なんだか悔しいので、いつの間にか置かれていたお通しの生キャベツを貪り食ってやった。
「あ~! キャベツ全部食べないでくださいよ。あ~もう、つまみは私が適当に頼んじゃいますよ?」
「俺が食えるものも頼んでね」
「あ! 私、卵焼き食べたい。ミントちゃん、お願い!」
「じゃあ、枝豆とから揚げと焼き鳥と……サラダの盛り合わせと山盛りキャベツと……えっと、卵焼き? あとなんかすぐ出るもの!」
雑な注文だが、店員さんは慣れた様子で頷くと店の中へと入っていった。ひょっとしてあの人は、店員の神様とかなんだろうか。気を利かせた麦わらちゃんがキャベツの入っていたボウルに移してくれたビールを飲みながら、そんなどうでもいいことを思った。
しかし、このビールの飲み方は美味しくないな。やっぱり、ジョッキじゃないとダメか。
麦わらちゃんがジョッキの半分を飲み干したころ、ミントが猫なで声でおねだりを始めた。しなを作って色気を演出したいらしいが、それはキミのその貧相な体では無理というものだ。あきらめたまえ。
だいたい今この場にお色気たっぷりなヤツが近寄ってきたら、そいつの頭にかじりつく自信があるぞ。当面、そういう感じの人とは係わり合いになりたくない。日中のバイトはそう思わせるだけのものだった。
「ね~、ユニさ~ん? ちょっと、ネクタルを頼んでもいいですか~?」
「おい、その気持ち悪い喋り方やめろ! それで、どんな高級品を頼む気だ?」
「いやいや、そこまで高いものじゃないですよ。ちょっと割高なだけで、ビールをジョッキで頼む方がお高いですから。安心して下さい」
「じゃあ、いいけど。全員分な」
「それはもう、当然ですよ。ネクタル3つ!」
ようやく運ばれてきた焼き鳥と卵焼きと共に、ネクタルなる酒がグラスでやって来た。美味そうに飲む二人を横目にボウルに移されたそれを飲む。
……美味しいは美味しいけど、気分的に美味しくない。
なんかどっかでも飲んだような味がするが、やっぱりボウルで飲むからか美味しく思えない。せめて手が使えたらなぁ。
そんなことを考えていると、ミントが酒の追加を注文しだした。ソーマやら甘露やらアムリタやら言っているが、とんでもない値段のものじゃないだろうな。
飲み会後に皿洗いのバイトが始まらないか心配だ。
「大丈夫ですよ。言っても、大衆居酒屋ですからね。心配するような高級品は置いてませんから」
ミントが赤ら顔で気休めを言う。
酔っ払いの発言など信用できるものではないが、せっかくの打ち上げだ。多少は大目に見るか。
飲み食いを始めてさほど時間も経っていないのに、店が込み始めた。あまりの盛況ぶりに店員に合い席を頼まれる客も出始めている。たいした人気店だ。
「すみません、合い席お願いします!」
「は~い、どうぞ~」
店員の頼みを当たり前のこととしてミントが答えた。ここは、そういうのが普通なことなんだろう。
ミントと麦わらちゃんは皿やグラスをどかして、合い席のためにスペースを作っている。席を詰めたところで、やってきたのは偶然にも結婚式場のバイトリーダーだった。意外な再会にバイトのことを思い出して、自分の顔が引きつるのを感じた。
「ありゃ? あんたたちも飲みに来てたのかい。悪いけど、合い席するよ」
そんなことを言いながら彼女はスルリとテーブルに陣取ると、店員に「とりあえず。ビール」と告げていた。やたら早く届くジョッキを呷ると、彼女は美味そうに喉を鳴らした。ごくり。美味そうに飲むなぁ。いいなぁ。
「あ~、いいなぁ。俺もジョッキで飲みたい」
「ん? それなら、お連れさんに飲ませてもらえばいいじゃないか」
バイトリーダーは不思議そうにそう言った。だが、そういうことじゃないんだ。
「自分で呷るから美味いんじゃないですか」
「あ~。まあ、そうだろうね」
「せめて、手が使えたら良かったんですけどね」
美味そうにビールを飲む麦わらちゃんを見るとホントにそう思う。同じ様な体なのにここまで酒の美味さに差が出ているのは、きっと手が使えるかどうかにかかっているのだろう。
それにしても、この娘はこの娘でよく食うな。さっきから静かだと思ったら、食いまくってたのか。お、今度は枝豆か。馬並みの図体で鞘からちまちま枝豆を食べているさまは、ちょっと可愛い。
……枝豆か。俺も皮ごとじゃなくて、豆だけ食べたいよ。
「それなら変身魔法でも覚えると良いよ。簡単なものなら、手ごろなお値段で講座もやってるし」
「へぇ、そんなのあるんですか。馬でも出来ますかね?」
「出来る、出来る。猿でも出来てたし。あんたは治癒能力が使えるから、もっと簡単だと思うよ」
「詳しいんですね」
「うんまあ、実はあたしの本職は魔法の講師でね。自画自賛だが腕は確かだよ。役職のせいで評判は良くないがね」
「役職?」
「ああうん、自己紹介がまだだったね。あたしは『悪戯の女神』でマルムってものだ。よろしく」
「あ、どうも。自分は、ミント牧場のユニといいます。よろしくお願いします」
「ま、そういうわけだから、ひとつよろしく頼むよ。明日は、この近くのアポロ公会堂ってとこで一日、教えてるから。気が向いたら来てみてよ」
「はい、ありがとうございます。ちょっと、考えてみます」
なるほど、魔法か。変身なんてできたら良いよな。飲み会で食べるものの9割が生キャベツなんてこともなくなるだろうし、なによりジョッキで飲める。枝豆だってむけちゃう。
あわよくばユニコーンの姿でないことで、自分の体で焼肉をされることが無くなるかもしれない。
これは是非、身に付けたい。
そうと決まれば、もうちょっとバイトリーダーさんから色々と情報を聞き出すとするか……。




