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小さな女神

 戦場に怒号が響く。


 村を守る戦士たちと勇猛さで知られる蛮族たちとが、そこかしこでぶつかり合う。


「こんなチンケな村相手に、モタモタやってんじゃねぇ!!」


 隣で怒鳴り声を上げる強面のおっさんが子分たちを睨む。

 とたんに、蛮族たちの攻撃が激しくなった。


 やがて、戦士たちが皆殺しにされると、蛮族たちのお楽しみの時間が始まった。

 家々は焼かれ、食料は奪われ、女子供は攫われていく。


 こんなことは、いつものこと。

 そして、これからが自分の仕事だ。




「怪我人の治療は終わったよ、ボス」


 怪我人を治療すること、それが自分の仕事。


 何故こんなことが出来るのかといえば、治癒能力を持つ『ユニコーン』として生を受けたからだ。ユニコーンは生まれながらに、そんな能力を持つわけだけれども、普通は人語を解したりしない。まあ、所詮は角の生えた馬だからね。


 ただ、自分は違った。なぜか、人語を話すことまで出来る。人間のように。そのせいで、森に居づらくなって、今はこうして蛮族たちの下で治療担当として働いている。働いているといっても、報酬は貰っていない。特に欲しいものも無いから、後払いってことにしている。


「おう、よくやった」


 ボスは酒を呷って、上機嫌になりながら、赤ら顔をこちらに向ける。

 赤鬼みたいな顔になっているが、これは機嫌が良い時の顔、だから問題ない。


 それにしても人相が悪い神様だな。


 そう、うちのボスは神様だ。正確には、かの名高い『蛮族の神 バルバリ様』であらせられる。ふらりと人里に現れては、お略奪あそばされる、いと尊いお方である。


 うん、相変わらず、ろくな神様じゃないな。


 だけど、この神様についていくことは、自分にとってはメリットがある。それは、彼のハーレムが、美女ぞろいだからだ。古今東西から、かき集めた美姫たちがゴロゴロしているのだから、たまらない。


 ちなみに、そこで馬の自分が何をしているかといえば、至ってシンプル、彼女たちの匂いを嗅いでいる。ユニコーンは元々、そういう習性を持つものだけど、自分は特にその気が強い。逆に、他の仲間と違って雌馬には欲情をかきたてられた事が無いんだよなぁ。


 なんでだろうな、ホントに。


「こっちに来い。面白いものを見せてやる」


 なんだろうか。正直、オッサンの相手よりもお姉さんたちのところに行って、早いとこ一嗅ぎしたい。仕事上がりの一嗅ぎは最高だからな。だが、機嫌を損ねるわけにもいかない。彼のハーレムなわけだし。出禁にされたら、嫌だからね。


 これも仕事だと思って、足早に彼に近づいた。


「さっきの村で捕まえた女神様だ。女の匂いが好きなお前に、特別に嗅がせてやる」


 そういって、ボスは片手に銀髪の薄汚れた少女を掲げて見せた。少女の髪は短く、身なりも悪く、うつむいているので、ちょっと女神様には見えない。神々しさなんかもないから、あの村の子供だろうか。


「ボス。ありがたいけど、そんな小便臭そうなガキの匂いなんて嗅ぎたいとは思わないよ」


「おいおい、失礼だぞ。仮にも女神様だ。礼節を持って、嗅いで差し上げろ」


「エェ~」


 また、酔って悪ふざけしているのだろう。こういう悪戯を彼は好む。素面だと気のいいオッサンなんだけどなぁ。


 多分、心のどこかでハーレムに出入りする不埒なユニコーンを疎ましく思っているんだろう。その分のストレス解消だというなら仕方が無い。つきあってやるか。


 実に嫌そうな表情で女神様に近づくと、ボスは満面の笑みでこちらを見つめている。


 あ~、はいはい、さっさと嗅ぎますよ。



 くんか……、くんか!?


 女神様の匂いを嗅ぐと清涼感漂う匂いが鼻腔に広がる。

 この匂いは、なんだろうか?

 こんな匂いを以前、どこかで……。



 くんかくんか。


 そうか……、これは!!


「歯磨き粉?」


 そう、これはミントの香り。

 歯磨き粉とかガムなんかの匂いで、口の中がスースーするアレだ。


 女神の匂いを嗅ぐたびに、自分の中で何かが思い出されていくのが分かる。


 食べ物で言うとチョコミントだな、あ~、久しぶりに食べたいなぁ、アイスクリーム。

 あれ、そういえば俺、人間だったんじゃ……。というか、日本人だっただろ。

 うーわ、マジかー。今までファンタジーな異世界で馬として過ごしていたわけか。勿体ない時間の過ごし方だったな。これからは改めよう。


 それにしても、この女神ちゃん。結構、可愛いな。持ちかえって、ペロペロしたい。


 けれど、ボスの持ち物だから、それは無理な話というもの。ここで思いっきり嗅いでおこう。


 スーハー、スーハー。


 深呼吸を繰り返し、過呼吸になりかけていると、若干、引き気味のボスが言った。


「文句を言っていたわりに、ずいぶん気に入ったようだな。……よし、今までの働きに免じて、こいつはお前にくれてやる。とっとと、持っていけ」

「ありがとう、ボス! すごく嬉しいよ!」


 嬉々として、女神を口にくわえるが、四本足では、どうにも歩きにくい。どうしても、足の動きがバラバラになってしまう。人間だったときの体の使い方を、思い出してしまったせいだろう。


 だが、たとえ上手く動けなくても、決してこの娘を放したりはしない。初ゲットした美少女だからね。こんな蛮族だらけのところに置いておいたら、あっという間に盗られかねない。だから、素早く、かつ、大事に持ち運ぶよ。


 満月が明るく輝く中、生まれたての仔馬のような動きで、女神をくわえて歩く自分のことを蛮族たちは引きつった笑みで見つめていた。




「ヒィ!! 食べないでください、私は美味しくないです!!」


 人気の無い場所までエスコートすると、女神は命乞いを始めた。

 半泣きの顔が可愛らしかったので、思わず舌なめずりをしてしまう。


「ま、待ってください!! あなたも人の子でしょう? あなたにも情けがあるはずです。ここは慈悲の心でもって……」


「ん? 今、人の子って言った?」


「そうです、言いました。ですから……」


「なんで、そう思ったの?」


「それは、あなたが言葉を話すからです。魂が人間でないと話すことが出来ないものです」


「このくらい、常識ですよ」と胸を張る女神に、大きく口を開いてみせると途端に身を小さくして怯えだした。何この娘、いいリアクションするじゃない。


「とりあえず、名前を教えてくれる?」

「……ミントです」


 そのまんまかよ。思わず噴出しそうになるのを堪える。彼女は必死に笑いを堪えるこちらを不思議そうに見つめていた。


 何とか噴出すのを堪えると、気を取り直して話を続ける。

 よーし。ここは、警戒心を解くために紳士的に接しよう。


「さて。ミント様は、私がバルバリ様に賜った訳ですから、これからは、私の奴隷として働いていただきます。よろしいですね?」


「そんな!! 私は神ですよ!! それを……」


「文句は私ではなく、バルバリ様にどうぞ。まあ、文句を言った後にどうなるかは、よくよくお分かりになっていらっしゃるかと思いますが」


「ぐ、ぐぬぬ」


 ミントが悔しそうな顔でこちらを睨む。

 なかなか、からかいがいあるな、コイツ。

 もう一押しして、楽しんでみよう。


「嫌ならいいんですよ。あなたをバルバリ様にお返しするだけです。ただ、紳士的な私と違って、あの方があなたをどう扱うかは保障しかねますが」


 こちらの脅しに、顔を青くして震えだすミント。

 この娘、ホントに面白いわ。

 よろしい、褒美にペロペロしてやろう。

 舌なめずりを繰り返していると、ミントは俯きながら、何事かを呟いた。


「……て、……さい」


「え? なんですか?」


 ミントは実に悔しそうな顔で、真っ赤になりながら、睨みつけてくる。


「私を奴隷にしてください!!」


 ここに、奴隷女神が誕生した。


 この勢いにまかせて、彼女の顔をペロリとやったら、口の中に歯磨き粉の塊を放り込んだような酷い味がした。この娘はペロリには向いていない。気を付けよう。




 翌朝、目が覚めると実に爽快な気分だった。


 ……まだ、口の中がスースーするよ。


 昨日はペロリから眠くなるまで、ずっと口をすすいでいたのだけど、まだダメか。


 朝食に、そこらの草を口に含んでも全てミントの味がする。何だこれは、呪いか?


「おはようございます。ご主人様」


 昨日の今日で、もう奴隷根性が身についているとは、こやつ、なかなかやりおる。


「おや、もう私が用意した朝食をお召し上がりになったようですね。お味のほうは、いかがでしたか?」


 朝食? こいつは何を言って……?


 足元を見ると、そこには無数のミントが生い茂っていた。

 ブッ――おもわず、咀嚼していた草を吐き出す。


「うわ!! 何をするんですか!?」


 吐き出した草に当たったミントから苦情が来る。


「知るか!! こっちはお前のお陰で、胃の中までスースーするんだぞ!!」


「えー、昨日はお気に召したようだったので、ご用意したのに……」


 ミントはシュンとして見せた。

 なに、こっちが悪いみたいな空気を出しているんだ、こいつは。


 コイツを舐めた後、ひたすら口をすすぐヒトの姿を見て、こんなことをやったってことだろ。ということは、確信犯じゃねーか。絶対に許さん。こんなマネをしたこと、後悔させてやるぞ。


 口の中に唾液をためると、ミントの顔面めがけて勢いよく吐き出す。

 くらえ!! やたらスースーするこの唾を!!


「ギャー!! し、沁みる!! 目が、目がぁぁ!!」


 お前にも効くのかよ。

 こうして、ミントと出会って、初めての爽やかな朝が始まった。




「で、話って何だ?」


 バルバリ様が眠そうに、あくびをする。昨日はずっと酒盛りしていただろうから、申し訳ないな。手早く済まそう。


 今、こうしているには理由がある。それは、前世の記憶を思い出してから、自分のやるべきことが見つかったからだ。苦難が付きまとうだろうが、必ずやり遂げてみせる。


「実は、ここを出て、旅に出ようかと……」


「ほう。それで、何をしようって言うんだ?」


「ボスみたいにハーレムを作りたいなと」


「女の匂いが嗅ぎたいなら、俺のハーレムでいいだろ。許可してやる」


「いえ、気がついたんですが、自分の守備範囲は、もっと低かったみたいで」


 ボスは頭を抱えて渋い顔をする。


「昨日やったアレのせいか。また、あんなのを捕まえたら、くれてやるぞ」


「いやいや、ボスが狙うのって、ハーレムのお姉さまたちみたいな感じの人だけじゃないですか。アレはたまたま拾っただけでしょ。次なんて、いつになるか……」


「むぅ、確かにそうだが……」


「それに、自分で厳選したいんです。ボスなら分かってくれるでしょう?」


 ハーレム作りに命を燃やすボスなら分かってくれると思ったんだが、ボスの渋面に変化はない。


「まあ、お前の言い分はわかる。しかし、お前の代わりがなぁ」


「それなら、自分の角を2ダースほど置いていきます。それだけあれば、困ることはないでしょう」


 強力な回復効果のあるユニコーンの角だから、自分の代わりをきっと果たしてくれるだろう。それに角なんて治癒能力でいくらでも生やせるから、こっちは痛くも痒くもない。まさに、win-winの関係ってやつだ。


「そこまで言うなら仕方が無い。好きなようにしろ」


「ありがとうございます、ボス」


「気が済んだら、戻って来いよ。お前のハーレムも見てみたいからな」


「はい!! でも、手を出すのは勘弁してくださいよ」


「するか。せいぜい、匂いを嗅ぐくらいだ」


 ボスがニヤリと笑ってみせた。


 この神様にも、ハーレムのお姉さまたちにもお世話になったなぁ。

 正直、気心の知れたボスたちと別れるのは少々、寂しい。


 だけど、きっと立派なハーレムを築いてみせるぞ!!

 志を新たに、朗らかな陽気の今日、俺は、ボスの下から旅立つこととなった。


「ところで、貰ったアレ、匂いと味が酷いんで、置いていっていいっすか?」


「ダメだ。変なもの捨てていこうとするんじゃねぇ!!」


 小さな女神様も一緒に旅立ちだ。

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