クエスト08:別に倒してしまっても構わんのだぞ
前回のあらすじ:剣折れた。
「ほっ、ほほほほ、はーっはっはっはっはっ!!」
古代神殿の奥、邪神官ゲドの哄笑が響き渡る。
「最後の最後で運に見放されたましな。そのガラクタではもう、あの技は使えないでしょう」
僕の右手に柄だけ残った、鋼の剣だったもの。昨日買ったばかりなのに、短い命だった。
ごめんな、もっと大事に使ってやれなくて……いや、感傷に浸るのは後だ。
剣の柄を投げ捨て、目の前の宿敵を睨みつける。と、その時僕の背後から裂帛の気合。
「まだわたくし達がいますっ!」
アヤメの≪真空波≫が再度ゲドに迫る!
「ふん」
が、ゲドは右手を振って真空の刃を弾き飛ばした。右手の甲につつつと緑色の傷が走るが、ダメージはその程度ということらしい。
「雑魚が何をしても無駄ですな。そこで寝てるが良いでしょう」
「――きゃっ!」
ゲドが爪を振ることで放った衝撃波がアヤメを吹き飛ばした。これはどうやら何かのスキルではなく普通の通常攻撃っぽいから後列効果で威力は減衰する筈だ――って暢気に分析してる場合じゃない。
「アヤメちゃんっ!」
石壁に叩きつけられるアヤメにシンディが駆け寄り、再度回復呪文の準備を始める。僕は奴がアヤメ達に意識を向けてる隙に、あと一撃入れようと足を踏み込――もうとしたが、これまでのダメージの蓄積か膝がかくんと落ちた。
「燃え尽きなさい! ――≪極炎柱≫!!」
僕が立て直すより早く、ゲドの呪文が完成した。一瞬で僕の全身が灼熱の火柱に包まれる!
「――うわあぁっ!?!?」
熱い、とか痛い、とかを通り越し、全身が破裂しそうな程の衝撃――
本能的に石の床を転がり、身体に絡みつく炎を消す!
「ユウちゃんっ!?」
大丈夫……そう言おうとして口から血を吐いた。口の中に血と炭の味が充満する。
今の呪文は≪極炎柱≫、流石は魔法使い系最強の攻撃呪文だけあってシャレにならない火力だ。
まだ骨まで焦げたかのような痛みが残る中、不意に優しい光が僕を包み込む。
「勇者殿! 死んじゃ駄目なの! ≪大回復≫!!」
ルナの回復呪文だ。普段は感情に乏しい彼女が、銀髪を振り乱し必死の表情で叫んでいた。
レア表情頂きました。朦朧とした頭でそんなくだらない事につい思いを向けてしまう……
「ふむ、なかなかしぶといですね。ならば回復役から先に消し炭にしてあげましょうか」
ゲドが手をルナの方に伸ばし、手の平に熱が集まっていく!
気丈にもゲドを睨み返すルナの前に、シンディが盾を構えて割り込む!
でも無茶だ! たとえシンディの体力でも今のレベルじゃあ≪極炎柱≫には耐え切れない!
「さ、せ、る、かああああぁぁっ!!」
このままだと目の前に広がるであろう惨劇の予測に、ゲームの時のガルティオ氏の最期が重なる。
左手を床に叩きつけ、反動を利用し一挙動で起き上がる! その勢いでゲドとルナ達との射線上に割り込み、
「貴様の攻撃はもう通じませんよ! 死になさい! ≪極炎――」
その油断が命取り!
「終わらせる! ≪雷神剣≫!!」
奴は勘違いしているようだが、≪雷神剣≫は剣専用スキルじゃなくて近接攻撃スキルだ。世の中には槍タイプ育成の勇者なんかも居るから育成方針に関わらずにこのスキルを使えるように調整したんだろう。つまりは素手パンチでも使えるということだ!
余波で鋼の剣を粉砕したあの威力が生身の拳にどれだけ負担になるか未知数だが、この際知ったことか!
握った右拳に光と雷を纏わせ、激痛に耐えながらもゲドの腹に全力で突き入れる!
「なっ――!? 馬鹿な!」
お互いの最強の攻撃の撃ち合いは、僕が一瞬速く制し、
甲高く耳障りな断末魔の悲鳴が耳をつんざく。
僕の拳での一撃は、ゲドの腹に大きな風穴を開けていた。
緑色の血が辺りの床に散らばる。
「…………この、私が、こんな、ところ、で……」
今の一撃がトドメになったようで、ゲドの身体はざあっと砂のように崩壊し、風も無いのに吹き散らされていった。
勝ったんだ。
ゲドに、シナリオに、運命に、打ち勝ったんだ……!
そう思うと一気に力が抜けて、ぺたんと腰を下ろし――むしろ落とし、そのまま上半身も倒して大の字に寝転がる。さすがにもう限界だった。疲れなのか涙なのか、天井が滲んでぼやける。
「ユウちゃん!」
「勇者殿!」
シンディとアヤメが僕の側に駆け寄り、回復呪文をかけてくれた。
改めて見ると、火傷に凍傷に切り傷刺し傷だらけの満身創痍だ。こんなんでよく最後まで戦えたな……
だけど、今はこの痛みが誇らしく感じる。
これまでの僕は雑魚を相手に無双してるだけで、怪我らしい怪我は殆どしていなかった。でもアヤメやシンディやルナにとってはレベル相応の敵だったから苦戦もすれば怪我もする、そんな姿を見てきたから。
僕だけが無傷でいられるのに、申し訳ないという思いが強かった。
でもこれでようやく、僕も一緒に死線を潜り抜けることで、本当の意味で仲間になれたかな。身勝手ながらそんな思いを抱く。
「三人とも、ありがとう。こんな僕だけど、これからも宜しく」
「もう、今更何言ってるのよ。それとユウちゃん、宜しくは良いけど一人だけ無茶しすぎ。帰ったら色々言いたいことがあるわよ」
「そうですよ。わたくしも、ユウさんの後ろではなく隣で戦いたいんです」
「……勇者殿は考えずに突っ走るタイプだから、冷静な私がフォローしてやる、なの……」
「――さて、ちょっと失礼していいかな」
と、女子トークに、低く渋い声が割り込む。
気付いたらガルティオ氏が近くに来ていた。向こうの戦闘もいつの間にか決着が着いていたみたいだ。
きっと僕がゲドを倒したことでこちらを気にせず反撃できるようになった結果だろう。状況から察するに攻撃に転じれば瞬殺だったに違いない。
「あ、あのっ、はじめまして! いつもユウさんがお世話になっておりましゅ!」
大陸中に勇名を馳せる英雄の登場に、みんな緊張しているようで……なんか一人テンパってるのは見なかったことにしてあげるのが優しさだろうか。
「いや、それほどでもないが……と、それより」
そう言いつつガルティオ氏は僕のすぐ側にしゃがみ込み、
「本当に……ゆういちなのか? 母さんは、元気でいるか?」
ストーリー的には親子の感動の再会のはずであるが、実際は初対面感が強くてどのように話をすれば良いか分からない。とりあえず無難に「うん」と頷くに留まった。
「そうか……それにしてもさっきの戦いは見事だったぞ。よく頑張ったな」
そう言って頭を撫でられた。ゴツゴツして大きな、大人の男性の手だ。ヤバい、今の台詞と頭撫では破壊力高い。無事にゲドを倒してガルティオ氏の退場が回避された安堵感も相まって、涙腺が緩みそうになる。
「僕だけじゃないよ……みんなで頑張った結果だ……」
「うむ。良い仲間を持ったな」
口の端を少しつりあげる――本人的には笑顔のつもりなんだろう――と、ガルティオ氏は床に横たわっている僕の背中と膝裏に手を回し、軽々と抱き上げた。
「うわっ!? あ、あの、もうだいぶ回復したし、一人で歩けるからっ!」
「まあそう言うな。ところで、お前達が拠点にしている宿はあるのか? ここからだったら、温泉街アネルが近いか?」
「……勇者殿は贅沢。降りるなら代わって欲しい、なの……」
何故ルナはそんなにお姫様抱っこに強い執着を示すのか。されてみると解るけどこんなの恥ずかしいだけなのに。
「拠点のことだけど、この迷宮を出たら一旦みんなでラーダトゥムに戻ろうと思うけどどうかな。王様に色々報告したいし、ガルティオ氏も一度、家とか城に顔を出しておいた方が良いよ」
「ははは。そんな他人行儀な呼び方はよせ。もしかして反抗期なのか? 昔みたいにパパと呼んでくれて良いんだぞ」
「いやあんた僕が赤ん坊の時に旅に出てそれっきりだったよね!? 何真面目な顔して人の過去捏造してんのさ!?」
割と油断も隙も無いなこのおっさん! 呼び方についてはどうも実の両親じゃないからか「父さん」とか「母さん」とか言うのに気後れしてしまうのがあるんだが……この際仕方ないかなあ。
仲間達もこのやりとりに、微笑ましいというか生暖かいというかそんな目線を向けてくる。
「えっと、じゃあ……と、と、父さん、代わりに僕のことも“ユウ”って呼んで」
この姿で“ゆういち”は違和感ありすぎて色々きついんだよう。
「ユウか、わかった。ではユウよ、ラーダトゥムまでの帰りの道のりはどうするんだ? 馬で飛ばしても結構距離があるが」
馬かあ。ファンタジー世界に来たからには、馬とか馬車とかちょっと憧れるなあ。でも今回は時間の節約で楽な手段で移動したい。
「外に出れば、僕が≪帰還≫の呪文でひとっ飛びで戻れるよ」
本当は≪脱出≫と≪帰還≫の呪文で一瞬で帰りたいけど、ここみたいに大きなイベントのある迷宮は≪脱出≫が使えなくなってるから、外まで歩いて出なければいけない。
「ほう、随分便利な呪文を覚えてるんだな」
そんな会話をしながら逞しい腕の中で揺られていると、やがて外の光が見えた。迷宮の入り口に戻ってきたんだ。
「じゃあ、戻るね。みんな僕の周りに集まって。あと忘れ物とか無い?」
ガルティオ氏の腕から降りて、大地を踏みしめる。まだちょっとふらつく感じはするが立てない程ではない。回復呪文のおかげで体中の痛みはひいたし心配してた右拳も手を開いたり握ったりして何の問題もなさそうだと確認できた。レベル99の肉体は鋼の剣よりも頑丈だということなんだろうか。
とにかく今は、ガルティオ氏を早くラーダトゥムに連れて帰ってあげたかった。
ゲームのシナリオには無かったガルティオ氏の帰還に、勇者母氏は喜んでくれるだろうか。王様は何と仰るだろうか。今後の物語の展開に何か影響――あ。
そこまで考えて、僕は一つの大問題に気付いてしまった。
……このままだと、東大陸に渡れずに、シナリオの第二章が始まらない!?
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なぜなに『ラビドラ』!
第6回:今回登場(+α)のスキル解説
≪極炎柱≫
攻撃呪文スキル。魔法使い、賢者が修得。消費MP12
灼熱の火柱で相手を包み、敵単体に<炎>属性ダメージを与える。
ダメージ目安は≪火弾≫の10倍、呪文スキル中、勇者専用呪文≪雷光鎚≫と並んで最高のダメージ倍率を誇る。
大敵の雑魚敵はこの呪文1回で倒せる。【知力】を上げれば裏ダンジョンの雑魚敵でも一撃。但し単体攻撃なので過信はしない方が良い。
≪大回復≫
回復呪文スキル。勇者、治癒術士、聖騎士、賢者が修得。消費MP5
味方単体のHPを大幅に回復させる。回復量の目安は≪回復≫の3倍。
消費MPの割に回復量の高い便利な呪文だが、中盤以降敵が全体攻撃を多用しだすと回復が間に合わなくなることも。
≪回復≫
回復呪文スキル。勇者、治癒術士、聖騎士、賢者が修得。消費MP3
味方単体のHPを少し回復させる。治癒術氏と賢者はレベル1から使える初歩的な回復呪文。
回復量の目安はレベル1で20点前後、ラスボス到達時に40点前後、【知力】カンストだと60点前後、序盤から終盤まで意外とお世話になる。
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今回で序盤の山は越えて無事に一区切りつきました。
ここまで切らずにお読み頂きました方々、まことにありがとうございます。
次回から新展開。次話は4月2日予定です。
4月1日はこちら更新無しですので各地のエイプリルフール企画を楽しまれて下さいませ。