表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/25

クエスト23:大魔王も倒せ!! 後編



 暗雲立ち込める暗く澱んだ空気の中、それ以上に深く黒い色に染まる『闇の城ガッデム』。僕達は≪帰還≫の呪文で城の入り口まで一気にやって来た。


「さて、到着だ」


 僕は二度目だからそんなに感慨も湧かないけど、魔王の城ということでガルティオ氏率いる第二パーティのメンバーには緊張の色が浮かぶ。


「ここが……魔王の城か」


「腕が鳴るわね」


 魔王が滅びても尚、その城の中からは来るものを拒むような殺気や威圧感が滲み出す。そんな中、修羅場慣れしてるのだろう、ガルティオ氏とマリーナ姫の二人がまず率先して先に進もうとしていた。


「みんな、気持ちはありがたいけど無理しないでね。もしもの時は一旦退いて再突入すれば良いから安全第一で行こう」


 普通、ラストダンジョンは何回かに分けて探索するものだからね。見ると、隣でトルネさんもこくこくと頷いているので彼女にストッパー役を任せておこう。

 方針も決まったところで、合計十人の大所帯で慎重に魔王城の攻略を開始する。


 それから道中、何度か戦闘があったが、ほぼ第二パーティのメンバーだけで片付けてくれた。

 主戦力としては、やはり総合力の高いガルティオ氏の豪快な剣技と、素早く的確に急所を抉るマリーナ姫の打撃とで敵の機先を制する。

 遊撃として、兵士さんの堅実な攻撃と、デリー氏の敵の弱点を的確に突く多彩な技で撃ち漏らしを片付ける。

 回復役に、ルナの兄弟子さんとトルネさんが後方から支援する。

 個人技に自信のあるメンバーが多いためか、パーティとして見るならやや連携に難があったが、それを差し引いても十分お釣りの出る戦力だ。


 途中、一度だけ強敵の地獄執事(ヘルバトラー)が二体同時に襲ってきた時に片方を僕のパーティで受け持ったが、それ以外は僕らの出番が回ってくること無く、十分に余力を残せた状態で遂に大魔王の部屋の前まで到達する。


「よし、じゃあ俺達はここで他の雑魚が邪魔しに入らないよう食い止めておいてやる」


 玉座の間へと続く、大きな黒い扉。その手前の大広間でガルティオ氏が足を止めた。ここからは僕達四人で最後の決戦に挑むということだ。


「本当はあたしも戦いたかったんだけどねー。ま、今日のところはアヤメに貸し一つだから、絶対返しに戻ってくるのよ」


「はい、必ずや!」


 マリーナ姫とアヤメとが互いの拳を打ち合わせる。これぞ漢同士の友情って感じで見ていて僕の心も熱くなった。


「じゃ、後は任せたから。しっかり頑張っておいで」


「あの、できれば早く戻ってきて下さいね」


「うん。二人ともここまでありがとう。何かあったら無理しないで撤退してね」


 兵士さんとトルネさんの言葉に、僕も笑顔で返す。二人ともこんな場所に居るのが似つかわしくないくらいに穏やかな人なので、早く町に戻してあげたいな。


「ルナ……君はやれば出来る子だ。しっかりな」


「……うん。絶対、役に立ってみせる、なの……」


 兄弟子さんは初対面の時とはうって変わって真面目な様子で、ルナにエールを送る。あとなんか僕の背中の方に手が伸びてきたので距離を取って避けておいた。


「シンディ、本当なら俺がこの最強の剣技、≪時空光闇断≫で大魔王なんか一撃必殺したかったんだが、この技は俺の寿命を大きく縮める上に右腕の闇が暴走する危険のある諸刃の剣。不本意だが君に全てを託さざるを得ない」


「えーと……その設定、まだ生きてたのね」


 デリー氏は突っ込むべきかスルーした方が良いのか迷うなあ。ちなみに≪時空光闇断≫なんてスキルは魔剣士には使えない。というかそもそもこのゲーム(ラビドラ)に存在しない。


「と、とにかく、僕達はちょっと大魔王と話つけに行ってくるから、みんなも気をつけて、絶対に無理はしないでね」


 そんな微妙な空気を振り払うように僕は言葉を出し、最終決戦への扉を押し開いた。






 大魔王の待つ玉座の間は、お城の謁見の間にも似た、縦横に広く天井も高く豪華な絨毯を敷いた大部屋だった。

 但し、光のあまり届かない薄暗い空間に黒を基調とした内装と、『闇の城』らしさはきちんと押さえてある。


「よくぞ来た! 勇者勇一よ! 俺こそが魔王の中の魔王、大魔王コウメイであるぞ!」


「コウメイ……お前、やっぱり孝明(たかあき)なのか? お前もこっちの世界に来てたのか?」


 そう。“孝明(コウメイ)”と聞いてすぐに思い浮かんだのは、僕の日本での友人、同じ大学のゲーム仲間である“孝明(たかあき)”だ。

 思えば、『ラビドラ』の更新データについてのメールを最初に送って来たのも彼だった。


「いかにも! 俺はずっとお前がここに来るのを待っていた!」


 大魔王孝明(コウメイ)は、両手をばっと広げるように言い放つ。ちなみに彼の姿は“魔法使い”にそっくりだ。あ、職業名としての魔法使いじゃなくて、序盤の敵の名前だ。最初の頃の洞窟や塔で現れて集団で≪火弾≫だけ唱えるのがお仕事の、そんな敵ね。

 具体的には、フード付きのローブで全身をすっぽり覆っていて、まるで中身が空洞であるかのようにフードの中の顔は真っ暗で、目の位置に二つの光が怪しく輝く、そんないかにもな外見だ。背の高さも僕達とさほど変わらないので大魔王としての威厳は微妙なところかも。

 どうやら僕の町娘色違いバージョンと同様、彼も専用のキャラ絵が存在しないから適当に流用してきて色だけ変えた手抜きグラフィックのようだった。


「勇一よ、もし俺の嫁になれば世界の半分をお前にやろう!」


「ちょ!? なんぞそれ!?」


「今なら三食昼寝付き、ゲームだってしたい放題できるぞ! さあどうする!? さあさあさあ!!」


「いや無理だからそれ!」


 流石に男と結婚なんて僕には無理! いくら身体が女の子になったからって心とか価値観まではそう簡単に変わらないよ。


「そんなこと言わずに! な? な?」


 お前はどこぞの盗賊団の親分かよ。


「駄目だって!」


「そんなこと言わずに! な? な?」


「断る!」


「そんなこと言わずに! な? な?」


「ヤダ!」


「そんなこと言わずに! な? な?」


「いいえ!」


「そんなこと言わずに! な? な?」


「って、しつこーい! いつまでも同じやりとり続ければ僕が頷くとでも考えてるんじゃなかろうな!?」


「――くっ! 強情な奴め!」


 強情とかそういう問題じゃないと思うんだ……


「仕方ないな……ならば戦うしかあるまい! 俺が勝てばお前は俺の嫁になれ! お前が勝てば俺はお前の仲間になってやろう!」


「……うわぁ、僕が勝った時のメリットが微妙すぎる」


 とは言いつつも、やはり一度しばき倒さないとこの場は収まらないようなので、僕は仲間に目配せをしつつ剣を抜く。一応仲間三人には、大魔王コウメイは知り合いかもしれないから僕が率先して交渉するが万が一の時は戦闘も辞さない方針は伝えてある。正直この展開に追いついてない様子だったけどそれでもいつもの陣形で戦闘態勢を取った。


「さて、最初に言っておくが、俺の変身は第七形態まであるぞ!」


「……七……形態……!?」


 大魔王の言葉に驚きの声を上げる。普通、ラスボスの変身は二~三形態のものが殆どなので七形態という数字はそれだけ規格外なんだけど……

 だけどそれを聞いて僕は勝利を確信する。


「――それって、僕達には良いカモじゃないか」


 正直、初見の敵は使うスキルやら攻撃パターンやらが未知だからどうしても相手の様子を見ながら守勢での戦いになり効率が悪くなると覚悟していた。けど今の言葉で必勝の作戦が固まる。

 僕は小声で仲間達に作戦を伝え、大魔王の初動に合わせて動き始める!


「さあ、まずは小手調べぞ! ≪雷電≫!」


 まさかの勇者呪文!? 大魔王の両手から激しい雷撃が襲ってくるが、今更これくらいの攻撃では軽傷程度にしかならない!


「よし、逃げるぞ!」


 大魔王の呪文で吹き飛ばされる勢いを利用し、後方、入り口の大きな扉に向かって駆け出す。

 しかし――


「……知らなかったのか? 大魔王からは逃げられない!」


 あの有名な台詞と共に、大魔王は既に僕達の行く手を塞ぐ形で後方に回り込んでいた。やはり魔王になったら一度は言ってみたい台詞だよね。


 けれど勿論、この戦いが逃げられないのはみんな知ってるし、今逃げたのだって作戦の一つなんだ。

 僕達は頷き合うと、再度反転して逃走を試みる。


「無駄だ! ≪氷雪嵐≫!」


 再びこちらの行く手を遮った大魔王が今度は冷気の呪文をこちらに浴びせてくる。ただ、七形態あるうちの最初の一形態目なのでその攻撃力はまだ緩い方だと思う。


「くっ! まだまだ行くぞ!」


 大魔王の攻撃がまだ甘い今のうちがチャンス! 僕らは三回目、四回目と逃げて、一旦回復のターンを挟んで、五回目、六回目、七回目、八回目と逃走を重ねる。


「何がやりたいかは知らないが、無駄だっ!」


 大魔王の、ビジュアル上は魔法使いのヒョロい細腕から繰り出す強烈なパンチが、僕を討つ。能力値と防具のおかげで大したダメージにはならないけど体感でメタルマジンガー並の破壊力はありそうだ。

 だけど、こっちも準備は整った。これから反撃開始だ!


「無駄かどうか、確か()てみろっ!」


 いかん。反撃に気分が高揚してちょっと噛んだ。それはともかく、僕の必殺の≪雷神剣≫が閃光と共に、昨日の魔王戦の時よりも更に凶悪な威力を帯びて大魔王に襲い掛かる!

 触れた物全てを蒸発させるような剣閃が、敵の身体を袈裟懸けに薙ぎ、悲鳴が轟き渡る!


「うおおおおおぉぉっっ!? ――ちょ! 待っ! 何だその威力!?」


 うん。大魔王孝明も驚いてるな。これこそが『ラビドラ』でも最凶クラスのバグ技――


「……知らなかったのか? ボス戦で八回逃げると、以降の攻撃が全てクリティカルヒットになる!」


 さっきの孝明の台詞をブーメランで返すように、にっこり笑顔で告げてやった。


 ……さて、何を言ってるか分からないと思うので、ちょっと説明しよう。

 まず、コンピューターの中身は全て一と(セロ)の二進数で管理されてること、これは有名だと思う。

 このゲーム(ラビドラ)での戦闘中のフラグ管理とか逃走回数管理なんかも例外じゃなく、逃走回数を積み上げていくと二進数表記では○○○(ゼロ)から○○一()○一○()○一一()一○○()一○一()一一○()一一一()と上がって行き、八回目に一○○○になり繰り上がり分が隣のフラグに干渉してしまう。

 そしてその隣にあったのが幸か不幸か、「武器攻撃が全てクリティカルヒットになる」ことを示すフラグであった。普通は遊び人スキル≪幸運の賽子≫を使った時の効果の一つなんだけど、逃げる回数をオーバーフローさせることでそのフラグを人為的に無理やり立てるという訳だ。


 プログラムの内部処理に関わる話なので、興味のない人にはどうでもいい話かもしれないけど、その場合は結論だけ納得して貰えれば良いかな。つまり「ボス戦で八回逃げると、以降の攻撃が全てクリティカルヒットになる!」ということだ。

 勿論こんなイレギュラーな処理の裏技をぶっつけ本番で試すにはリスクが高すぎる。実験として最初の頃の迷宮(ラビリンス)『試練の洞窟』のボス、アイアンタートル相手にちゃんと使えることを確認した上での作戦だからね。

 ちなみに雑魚戦だと、逃走回数が一定値に達すると必ず逃走が成功するようになるから、八回逃走失敗を前提にしたこのバグ技は成立しない。


「き、聞いてないぞそんな話うぐあっ!」


 孝明が狼狽えるが、この業界では知識は力。知らない方が悪いに決まってる!

 僕の攻撃に続き、ルナが≪加速≫を唱えて味方の【敏捷】を高め、アヤメとシンディの攻撃も同様にクリティカルヒットを叩き出し、まずは大魔王の第一形態を終了させる!


「よし! ここからはずっと僕達のターン!」


 大魔王孝明の第二形態――グラフィックデータが無いのでローブの色が灰色から赤に変わっただけだが――に向けて更に一斉攻撃!

 僕の≪雷神剣≫、アヤメの≪灼血刃≫、シンディの≪聖十字槍≫、ルナの≪極炎柱≫が流れるようにコンボを決め、うち三人はクリティカルヒットを叩き出し、第二形態も終わらせる。


「くっ! ≪乱氷――ぐおおぉっ!」


 大魔王孝明のローブの色が緑色に変わる。ここから第三形態か! 魔王デスドラース戦でも使った手だけど、ボス敵が変身する際はそこでターン処理も中断するからこちらが先に動けば一方的に攻撃できるんだ。さっきのルナの≪加速≫はそのための仕込みという訳。

 そう。孝明の敗因はわざわざ変身を第七形態まで増やしたことだ。その分一形態あたりの耐久力が減るのも道理で、結果的にこのようなオチになってしまう。


「ぐっ! ≪炎熱爆――おわああっ!」


 第三形態もさっきと同じメニューの攻撃でクリティカル連打して撃破して今度はローブの色が青に!


「まだまだ行くよっ!」


「はい! これで……如何ですかっ!」


 アヤメの攻撃技が≪灼血刃≫から“憤怒砲”に変わった。良い感じに体力(HP)が減ってきたということだろう。


「っ! ≪雷光――げはああぁっ!」


 ここは勇者呪文のターンだったか。まともに貰ったら危険だったかも知れないな、ちょっと危なかった。

 だけど滞りなく第四形態も落として第五形態へ。次のローブの色は紫だ。


「あと少しだ! みんな気を抜かずに!」


 更に総攻撃! 但し、補助呪文が切れるターンなのでルナのみ≪加速≫を掛け直してその分の火力不足はアヤメが補う!

 ≪雷神剣≫、≪憤怒獄炎破≫、≪聖十字槍≫がいずれもクリティカルヒットで魔王の余力をガリガリと削っていく。


「ちょ、ちょっと待って! ごふああぁっ!」


 勿論待たない! 第五形態も終わらせて次に! 荘厳な黄金色のローブに変わり本来ならそろそろ敵の攻撃の苛烈さもピークに達する頃だけど……


「は、話し合おう! ぎょわああぁっ!」


 だけど無慈悲にも総攻撃で第六形態も落とす! 最終形態は大魔王に相応しい漆黒の闇を纏う。


「話し合いねえ……じゃあ、白旗揚げる?」


 うん。僕もちょっと一方的に叩き過ぎて罪悪感出てきたところだし、そろそろ終わりにしてあげるべきかと思ったところだ。


「う、うむ! 今ならウェディングドレスのデザインも思うままに作らせてやるぞ!」


「……歯ァ喰いしばれッ!」


 前言撤回。僕は電光のような足捌きで大魔王孝明の背後に回りこむと、野球のスイングの要領で“ケツ雷神剣”を力一杯叩きつけた!


「ウボァッ――――――――!!」


 断末魔の悲鳴が玉座の間にこだまして、遂に大魔王は滅びたのだった……



※「8逃げ」は実在するバグ技です。ファミコン世代には有名なはず……



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ