クエスト22:大魔王も倒せ!! 前編
RPGでお馴染みの、「ラスボスを倒すと世界中からモンスターが消える現象」は、具体的にどんな仕組みなんだろうか。
モンスターは魔王の魔力で存在が維持されており、魔王が居なくなることで言わば生命維持装置が壊れるので消える説がある。
また、魔王が敗れることでそれまで魔王と均衡を保っていた対抗勢力――例えば神様とか世界を守護する精霊とか――が優勢になり一気に相手を駆逐する説もある。
他にも、魔界から来てたのが指揮官が居なくなったので魔界に帰った説や、魔王が新たにモンスターを生み出さなくなるから段階的に減っていく説等。
結論から言えば、この世界におけるモンスターの在り方は最後の説、つまり魔王が倒れると以降は新たなモンスターが生み出されなくなるから段階的に勢力が弱まっていくというシステムらしい。
さらに補足すると、「魔王が新しいモンスターを生み出せなくなる状況」は実はかなり前から生じていたようだ。覚えているだろうか、ドラドームの町で商人のトルネさんと話した時にフィールドのモンスターの数が減っているという情報が出たことを。
そう。迷宮に比べてフィールドは僕ら以外にも沢山の人々が行き来するし、中には魔物を倒せる実力のある戦士や旅商人なんかも多いはずだから、彼らに倒されたモンスターが補充されないまま少しずつ世界から脅威が除かれていったのだろう。
恐らくは魔王デスドラースが玉座から追われた時点で、モンスターを補充する手段も失ったのだろう。つまり、大魔王コウメイとやらは今のところモンスターを指揮する意志が無いということか。
そんな訳で、かなりの程度平和になった地上を見下ろしながら、天空雀を駆り僕達はラーダトゥムへと戻る。≪帰還≫の呪文を使えば一瞬だが、僕も含めてパーティの皆が空の旅を気に入ってるのと、世界の様子をこの目で確認したいのとで、今回はあえて時間をかけ旅路を楽しむことにした。
「魔王を倒したとか、世界に平和が戻りつつあるとか、なんだかまだ実感が湧かないわねー」
僕の後ろからシンディが覆い被さるように話しかけてくる。胸? 勿論当たってますよ、竜鱗の鎧の頑強な装甲がゴツゴツと。
「その大魔王って奴の出方が判らないからなあ。まず王様に報告して、それから一度は『闇の城』の奥まで行かなきゃだろうなあ」
「……モンスターを使役して町や村を攻める気配はなさそうだから、話が通じれば良い、なの……」
ルナの言うとおり、大魔王コウメイが僕の予想通りの人物であれば、話し合いで何とかなる可能性が出てきそうだ。
「話が通じるようなら、まず僕が交渉してみるよ。だから話し合いが決裂するまでは、アヤメは勝手に斬りかかったりしたら駄目だからね」
「ううー、承知してますよう」
さて、ラーダトゥムに戻った僕達は、タイミング良く船旅から帰ってきていたガルティオ氏も交えてこれまでの事を王様に報告した。
謁見の間は相変わらずの荘厳な雰囲気だけど、流石にもうあまり緊張しなくなった。慣れもあるが特にこの場にローザ姫が同席するようになって雰囲気が和らいだのも原因だろう。
「おお、勇者ゆういちよ! よくぞ魔王を倒し、世界に平和を取り戻してくれた! 流石は勇者ガルティオの娘。国中の民がそなた達親子を称えるであろう!」
「流石はユウ様ですわ。惜しむらくは、ユウ様が性別を間違って生まれたとしか思えない事でしょうか……」
王様の言葉を継ぐようにローザ姫の綺麗な声が届く。ところで今ちらりとガルティオ氏に流し目を送ったよね? 奪略愛は駄目だからね?
まあ僕が性別を間違ってこっちの世界に飛んでしまったのは自覚あるので正直すまんかったと思う。
「さあ、皆の者、祝いの宴を! ……と言いたいところじゃが、その大魔王という奴の動向が気になるところよのう……」
悲しそうに吐息をつく王様、どんだけ宴会が好きなんだろう。
「大魔王コウメイにつきましては、僕達が後日もう一度『闇の城』に向かい、直接会って確かめようと思います」
「ふむ。今となっては頼みの綱はそなた達だけじゃからな。頼んだぞ、勇者よ」
「は。必ずや役目を成し遂げて戻ってきますので、シャンパンを一万ダースほど用意してお待ち頂ければと……」
とりあえず何かの小説で見た言い回しを流用して一礼する。
「うむ。キンキンに冷やして待っておるぞ」
本当に用意するのかよ! よほど宴会好きなんだろうなあ。そんな予算があれば旅立ちの装備をもうちょっとどうにか……と言いたくなったが、今更手遅れだしそれにまかり間違って棍棒を一万ダースほど渡されたら荷重で死ねるのであえて黙っておくことにした。
「では、吉報を楽しみにしておるぞ!」
宴会を楽しみにしておられる顔で王様が締め、僕達は謁見の間を退出する。城門から町に出た辺りでガルティオ氏がこちらに声を掛けてきた。
「ところでユウよ、『闇の城』に向かう段になったら一度パパに連絡をくれるか?」
「うん。僕達の予定ではこれから“世界樹の朝露”を補充しに行くから、早くて明日の朝出発だけど……あとパパは止めない……?」
言う方も言われる方も柄じゃないと思うんだ……でもルナだけはなんかツボにはまったようで後ろで笑いを堪えている。
「ああ。ユウにばかり苦労をかけるのも申し訳なくてな。父さんも定期船の護衛のついでに方々に手紙を出したりして、昔の伝手に連絡を取ってたんだ」
「そうなんだ……」
「父さん達もお前達の為に『闇の城』での露払い役をやろうと思って、な。それで戦力になる仲間を集めてたんだが……まさか先にユウ達が魔王を倒してしまうとは思わなかったぞ」
……流石ゲーム時代からすれ違いに定評のあるガルティオ氏。なんかこう、一足早かったとか遅かったとか、間が悪いことが多かったんだよね。危うく今回もガルティオ氏の厚意が無駄になるところだった。
「……うん。なんかごめん。じゃあ明日の朝は家に寄っていくよ」
フィールドでのモンスターが居なくなりつつあると言っても僕達以外誰も入らないような場所の迷宮では敵が丸々残っていることが多い。『闇の城』での雑魚戦をある程度引き受けてくれるということなら、僕達の消耗も軽くなって有り難いと思う。
特に雑魚敵最強の地獄執事――強力な呪文やブレスを駆使する『縮小版魔王』とすら言われる難敵――は勝つこと自体は難しくないものの無傷では勝てそうにない相手なのであまり戦いたくないし。
「……ありがとね、父さん」
ちょっと照れるけどこれも家族サービスだと思って笑顔でお礼を言っておいた。
「お、おう。あと少しだ。頑張ろう」
さて、あれから“世界樹の朝露”も再度取得して一晩休み、翌朝になった。
一旦自宅に立ち寄ってガルティオ氏と共に待ち合わせの場所であるルイータの酒場に入ると、そこには五人の男女――うち何人かは知った顔――が僕らを待っていた。
「やあ、話は聞いたよ。凄いじゃないか、魔王を倒してしまうなんて」
一人目はこの国の兵士さん、以前お城の訓練に混ぜて貰った時に僕に剣術の型を教えてくれた人だった。
見た限りでは純朴そうなおじさんなんだけど、実は高レベルの戦士で戦いの時は≪斬鉄≫を繰り出しどんな敵をも切り裂くそうな。歳の近いガルティオ氏とは古くからの友人とのことだ。
「ありがとう、良い仲間に恵まれたからね。僕の方こそ、今回は頼りにしてるよ」
「はは。明日腰が痛くならない程度に頑張るさ」
二人目はドラドームで会った商人のトルネさん。彼女の場合は戦力としてではなく、回復アイテムの調達をメインにした補給要員としての参加のようだ。
いくら戦える商人だとしても魔王城で無双するほどじゃあないので、今回ばかりはしょうがないポジションだろう。
「トルネさんもありがとう。でも無理はしないでね」
「あはは。こちらとしてもビジネスチャンスでしたから。それにこう見えて逃げ足には結構自信ありますので」
三人目はデルコンドラ城のマリーナ姫だった。今回は黄色いミニドレスの下に黒のレギンスを穿いて色々と防御力アップしつつ、両手に格闘家用最強武器の“竜の爪”を装備している。
実力的にはアヤメと互角ぐらいの武闘派の姫君なので、きっとラストダンジョンでも縦横無尽に暴れまわってくれることだろう。
「マリーナ姫様! 一緒に戦えるなんて光栄の極みです!」
「ふふっ、あたしも実戦で成長してまたアヤメを追い抜いてやるんだからね!」
なんかやっぱり、この二人の会話は女子としてどこかおかしい。
四人目は、僕が初めて見る男性だった。眼鏡をかけていてカジュアルな服装をした、ちょっとチャラ男っぽい感じの若者。
どうやらルナの顔見知りのようで「……『寺院』の兄弟子殿、なの……」と紹介してくれた。
「やあ、初めまして、可愛い勇者ちゃん。それとルナは久しぶりかな。少しは成長したかい? お尻とか」
「いや会っていきなりソレはセクハラだろっ!?」
「……兄弟子殿はいつもこんな感じだから諦めるなの……商人殿に姫君殿も気をつけて。兄弟子殿は遊び人だった頃の習性で戦闘中に人の臀部を触ることがある、なの……」
ルナの忠告にトルネさんとマリーナ姫がお尻を押さえつつすすすと距離を置く。イケメンなのに早くも残念枠扱いになるあたり、流石ルナの兄弟子であった。
ただまあ呪文の修得数と威力は魔王城でも十分通用するレベルという話なので、前衛が多目のパーティにおいて生命線になってくれるだろう。
五人目はまたもや僕が初めて出会う若い男性で、クールな雰囲気の剣士さんだった。
「デリー……どうしてここに……?」
彼の顔を見て珍しくシンディが固い声を発する。この反応から見るに、もしかしていつか言ってたシンディの元彼氏なんだろうか。
その言葉にデリー氏もややバツが悪そうに、
「あぁ……世界の危機だから力を貸してくれって言われてな。俺としては面倒臭いからパスしたかったんだけど、どうしても俺の力が必要だって言われたら、流石に断れないよなあ」
結構面倒臭い性格の男のようだった。シンディ、別れて正解だったと思うよ。
尚デリー氏は高レベルの魔剣士で<炎><氷><雷>属性を剣に乗せて敵を斬るのが得意とのことだった。……念の為に言っておくけど、魔剣士が皆、彼のように厨二っぽい性格してる訳じゃないから勘違いしないでね。
そうやって、軽く自己紹介を済ませて僕達十人はいよいよ大魔王コウメイの待つ『闇の城』へと向かうことになる。
それにしても、こんな風に旅の途中で出会った人たちが助けに来てくれるのは、クライマックスの醍醐味って感じだよね。
「準備は良いかな、じゃあ行くよ……≪帰還≫!」
今回は人数が多すぎて天空雀の背中が狭くなるので、僕の≪帰還≫の呪文で直接乗り込むことにした。特に遊び人が居ると天空雀の背で色々悲喜劇が起きる未来が見えたし。例えばマリーナ姫のお尻撫でて蹴落とされたりとか。
さて、再び足を踏み入れる『闇の城』、いよいよ僕らの最後の戦いが始まるんだ!




