クエスト19:昇れ、天空への道
ミザリーから状況を打破するアイテム“割と真実の愛”を貰った僕達は、憎まれ裏切られた怨念どもが集うという『嘆きのほこら』へと来ていた。
窓がある建物のはずなのにそのほこらの中は真っ暗で、陰鬱な気配と重い空気とに阻まれて先に進めない。無理やり先に進もうとすると、ここに満ちる怨念にとり憑かれて正気を失ってしまいそうな、危険な場所だ。
そんな中、僕が手にした真っ赤な宝石、“割と真実の愛”が不意に光を放った。
赤い光は建物を埋め尽くすような闇を鋭く切り裂き、周囲を照らしつつ熱を帯びて怨念達を浄化していく。
――あぁ、光が割と温かい……
――あぁ、光が割と眩しい……
――あぁ、光が割と優しい……
愛を知らない怨念に愛を与えることで、彼らの凍りついた心を溶かし、天へと還してゆく。実物で見るとなんかこう突っ込みどころ満載の設定だけど、演出を無視してゲーム的に単純化して考えるなら要は扉と鍵でしかない訳だったりするのでこういうものなんだろう。
――ありがとう……
――これでようやく……
――我らも割と成仏できる……
やがて、眩しかった光が収まると、そこには普通に窓から日光が入ってくるようになった古びた建物の真ん中、台座に乗った暗い紫色をした宝珠が姿を現す。
「これが六個目の、闇のオーブね。でもユウちゃん、これで本当に大丈夫なの?」
シンディがやや心配そうに尋ねてきた。実際のところ、一部真っ当じゃない集め方をしたからだろう。これまでに僕らが集めたオーブを一旦整理してみると――
一つ目、『海鳴りの洞窟』でキングマーマンを倒して手に入れた水のオーブ。
二つ目、伝説の妖精国で妖精の女王のクエストをクリアして作ってもらった光のオーブ。
三つ目、デルコンドラの闘技場で水着オイルレスリングの末に下賜された土のオーブ。
四つ目、ドラドームの町で商人のトルネさんから購入した光のオーブ。
五つ目、『牢獄の塔』でストームドラゴンを倒して回収した風のオーブ。
そして六つ目、ここ『嘆きのほこら』で怨念を浄化して入手した闇のオーブ。
つまり、六種類のオーブは集めきれていないが、六個揃うという、そんなトンチのような状況になっている。
本来のゲームシナリオでは魔王軍に破壊されてしまうはずのドラドームでのオーブが無傷で手に入れられたことで、数が一個増えたんだ。
「うん。確実にとは言えないけど、多分大丈夫だと思うよ」
恐らくオーブ周りにそんな厳重なフラグ管理をしてないはずだから、「オーブ扱いのタグがついたアイテムが六個あるか」だけを見てると思う。
そんな訳で、僕らはいよいよ天空ふくらすずめの復活へと挑む。
港町ポートセイルから暫く海岸沿いに歩いた先にある、岬にひっそりと建てられた、神殿のような建造物『天空ふくら岬』――
……うん。「ほこら」じゃなくて「ふくら」だから。誤字じゃないから。
ともあれ、上質な石を複雑な幾何学模様に敷き詰めた床の上、建物の真ん中には大きな卵が置かれており、その卵を囲むような正六角形の頂点の位置に並べられた台座がある。
天井は無く、見上げると抜けるような青空が目に入り、ここから大空に飛び立つんだなと思うとワクワクが止まらない。
その卵の傍らに、卵を護る巫女である双子のエルフの女性が居た。真っ白い法衣に身を包み、空色の瞳と髪をした、透き通るような雰囲気の双子だ。
「私達は――」
右側の巫女、名前はミルフィが、その白い手を胸の前に重ね合わせる。
「この日をどんなに――」
次いで、左側の巫女、名はメルヴィが、同じポーズで胸に手を置く。
「「――待ち望んだことでしょう」」
最後に見事なハモりを見せ、全く同じタイミングで、鏡写しのように両腕を開く。
そんな双子ならではの息のあったコンビネーションに、思わず僕らは「おおー」と歓声をあげつつ惜しみない拍手を送った。
「……いえ、あの、そんな大層なものではなく」
「……どうせ暇ですから、練習してただけです」
照れくさそうにふいと目を逸らす双子のエルフ。考えてみれば彼女達のように一箇所で何かを護る仕事って、他にやることないし迂闊にその場を離れられないから結構過酷なお仕事なんだよなあ。彼女達の場合は二人居るから辛うじて何か暇潰しもできるけど、一人だけで待つとなると僕だったら正直耐えられる自信が無い。
僕たちが思うよりも実際は重労働なんだろうなあと思うと、頭が下がる思いで一杯になった。
「うん。本当に今までお疲れ様」
「ですが、皆様のおかげで――」
「ようやく、このお仕事も――」
「「――無事に完遂することができます」」
「……それはもういいから」
台詞ごとに専用の振り付けがあるみたいでさっきと別のポーズを取る彼女達に、どれだけ用意周到なんだと突っ込みたくなる。
とにかく、僕は手元の六個のオーブを順番に台座に捧げてゆく。……光のオーブの二個目はなるべくバレにくいように死角の台座に置いた。
全てのオーブを捧げると、オーブが共鳴するように順番に輝きだし、中央に鎮座した卵を照らす。
「さあ、祈りましょう――」「さあ、願いましょう――」
双子の巫女も真面目な顔に戻り、オーブの明滅に波長を合わせるような抑揚で声を紡ぎだす。
「時は来たれり――」「今こそ目覚めの刻――」
ミルフィの歌を歌うような声が、メルヴィの詩を詠うような音が、重なり合い、絡み合う。
「その瞳を開き――」「その翼を広げ――」
彼女達の声に込められた魔力が、オーブの放つ光と混ざり合い、卵へと注がれる。
「舞い上がれ、空の高みへ――」「天空は、貴方のもの――」
やがて、卵自体も真昼の太陽のような眩しい光を発し、
「「――蘇れ、天空ふくらすずめよ」」
遂に光が弾け、卵が内側から割れていく――!!
……だけど、天空ふくらすずめのネーミングはもうちょっとどうにかならなかったのかとスタッフに問い尋ねたい。何でもかんでも天空とつければそれっぽくなると考えてるのだろうか。
「ふわわわわっ!」
「……わくわく、なの……」
仲間達が期待の声を漏らす中、僕も黙って見守る。やがて、光が収まるとそこには――
――チュンチュン、チュチュチュン。
可愛らしくさえずる、ふっくらもふもふした巨大な雀が鎮座していた。翼や尾羽の先から色とりどりの光の粒がキラキラと零れ落ちる様は、この鳥がただの巨大生物でないことを端的に示している。
「……すごい。これは良いモフモフ、なの……!」
ルナが早速ふっくらしたお腹に突撃し、ふわふわした感触に体を埋める。シンディやアヤメも愛おしそうな眼差しで羽根を撫で始めた。
「そういえば――」「そういえば――」
ミルフィとメルヴィが、ふと僕に目を向ける。
「――火のオーブは」「――捧げなかったのですか?」
「え!? どうしてそれを!?」
光のオーブは彼女達の死角になるよう置いたはずだし天空ふくらすずめが復活したらオーブは一旦消えてしまう。証拠隠滅も完璧なはずだったのに。
その問いに答えるように二人はモフモフの鳥を――正確には鳥の羽根の先から零れ落ちる光を指差し、
「赤の光だけが――」「見えないものですから――」
よく見てみると、その光の粒は青、黄、緑、白、紫の五色で構成されていた。どうやら捧げたオーブに対応した光の色みたいだ。
「ご、ごめん。ちょっと事情があったもので……もしかして拙かった?」
「見た目に拘らなければ――」「問題無いのですが――」
「――里のお年寄りが」「――気にするものでして」
二人そろって肩をすくめ、はぁ、と溜め息をつく。そこはまあ、正直諦めて貰うしかないかな。状況的にしょうがなかったんだし。
「というか里があったのか。じゃあ二人はこれから里帰りとか?」
天空ふくらすずめが復活したことで、この場所もお役目終了になる訳で。僕の問いかけに二人は少し嬉しそうに微笑むと、
「一旦里に寄って報告と――」「これまでの分のお給料を貰って――」
「「――温泉街で一杯引っ掛けてこようかと」」
「いきなり俗っぽくなったね!?」
まあ、タダ働きでこんな所に長い間押し込められてたんだとしたらいくら寿命が長いエルフでも逃げ出したりスト起こしたりするだろうし、間違ってはいないと思うけど……
とにかく、改めて二人にお礼を述べてからいよいよ初飛行だ。僕は仲間達に声をかけ、天空ふくらすずめのフカフカな背中によじ登る。
「あぁ! ユウちゃん! 足開きすぎ! 中が見えてる!」
「……おぉ、豪快な大開脚、なの……」
「だって、背中が丸っこいんだもんしょうがないじゃないか」
「口答えしないの。ホントにガサツなんだからもう……今度また女子力育成スカートで特訓かしらね」
「まだ持ってたの!?」
「……次は、アウトの時の制裁にぶっかけをやってみたい、なの……」
「何を!? どこに!?」
などと大体いつも通りの会話をしつつも、先に背に上った僕が他の三人を引っ張り上げる。今度背中に縄梯子でも取り付けた方が良いかな。
そして、僕が天空雀(長いのでこう呼ぶことにした)の首の後ろを軽く叩くと、雀はチュンと一声鳴いてその大きな翼を広げる。
ぱたぱたぱた……と、正直あまり雄大じゃない感じで羽ばたくと、羽根の先から五色の光の粒を飛ばしつつ、その巨体がふわりと大地を離れ、空に浮かんだ。
「飛んだ! 凄いわねこれ!」
「風が、気持ち良いです!」
「……船より、ずっと快適なの……」
ぐんぐんと高度を上げていく天空雀。手を振って見送ってくれる双子の姿がどんどん小さくなり、木々も道も建物も畑も川も湖も全てがミニチュアのように縮小されていく。
天空雀はその癒し系な外見にそぐわない強い翼で、山よりも高く飛び、海が見えるほど視界も広くなり――
僕達は遂に、この世界の全てに手が届くようになった。長かった冒険だけど、いよいよ最後の仕上げが近づいてきたんだ。
※とりあえず「天空」とつけておけば某クエストっぽくなる風潮。




