クエスト01:まずは身支度をしてみよう
読み飛ばす人用、3行で判るプロローグ
・お気に入りゲーム『ラビドラ』のアップデートパッチが配信されたよ!
・新コンテンツの「女勇者」を選んだら画面が光って気絶したよ!
・*「おきなさい おきなさい もうあさですよ ゆういち や……」
「起きなさい……起きなさい、もう朝ですよ、ゆういちや……」
柔らかく、優しい響きの女性の声が聞こえ、同時に身体が揺すられる感触。
……あぁ、僕はいつのまにか眠ってたのか……目を開けてぼやけた焦点を合わせると――知らない女の人が居た。
なんとなく世界名作劇場とかに出てきそうな木の板やレンガで作られた部屋の中、同じく木材を大雑把に組み合わせて作ったような簡素なベッドの上の僕を見下ろす姿勢でいたのは、ブラウンの髪に質素な服にエプロン姿の、三十代ぐらいのちょっと色っぽい人。
「……誰……?」
「あら、寝惚けてるのね? お母さんの顔を見忘れるなんて」
お母さん? いやいやいや、僕の母はこんなに癒し系でもなければ美人でも――おっと、一瞬背筋がぞくりとしたのでこれ以上は黙ろう。
「今日はゆういちの十六歳の誕生日。お城で王様に謁見する日だったでしょ」
十六歳? 王様? 謁見? これらの単語が脳内で絡み合い、一つの結論を導き出す。
! これは『Labyrinths and Dragons』のオープニング! 主人公である勇者の母親の言葉だ!
そう。『ラビドラ』で勇者は最初に母親に起こされ、連れられて城に行き、旅の目的を聞いたり安い支度金を貰ったりする。
いわゆるRPGではお馴染みの導入イベントという奴である。
とすると、これは『ラビドラ』の世界なのか? 夢にしてはやけにリアルな夢だな……
「この日のために、あなたを勇敢な男の子として育ててきたのよ」
とりあえず、ベッドから半身を起こして彼女の言葉の続きを聞く。ここまではゲーム通りの台詞だ。
だとすると次に貴女は「さあ、お母さんについていらっしゃい」と言――
「……あら? ゆういちって前々から女の子だったかしら?」
「はぇっ?」
まさかの予定外台詞に、二重の意味で僕は面食らった。
かくん、と、おばさんのくせに可愛く小首を傾げ、勇者母氏は怪訝な表情を浮かべている。
そしてちょっと待って! 「女の子」って何だ!? 僕は別に華奢でも女顔でもないからそう言われる理由なんて無いはず……
「…………」
そこまで考えてふと思い出す。そういえば『ラビドラ』のアップデートで女勇者が選べるようになったから早速それでゲームを始めようとした記憶があるぞ。
思い切って自分の身体を見下ろしてみた。
記憶の中の自分の手よりも白く小さい手の平に、細くて綺麗な指。
視界の横でぱさりと落ちる長い髪。
胸には不自然な二つのふくらみ。
「……………………」
嫌な予感がしてきたがもうちょっと確かめてみないと。
勇者母氏が見てるのでこっそりと手を布団の中に潜り込ませ、下半身を探る。
「――!?」
恐る恐る指を当てて、あまりに予想と実際の感触が違ったので思わず声が出そうになった。
まず、毛が生えてない。つるつるのぷにぷにだ。
次に、柔らかい。指に力を込めるとそのまま沈みそうになって焦る。
そして、すべすべだ。僕は服飾には疎いけど、上物のシルクってきっとこんな感じなんだろうなという滑らかなで肌理の細かい手触り。
以上、太ももの辺りから実況報告をお送りしました。
……覚悟を決めて、もうちょっと上、脚の付け根辺りまで手を運ぶが、まさかと言うかやはりと言うか僕の大事なアレは綺麗に消滅してた訳で。
女勇者祭り会場はこちらです。やっほい。
「……昨日までは男だったんだけど、起きたらこうなってたみたい?」
「まあ人生そんなこともあるかもねえ」
呆然と事実をありのままに告げる僕を、勇者母氏は冗談と受け取ったか軽く流すのだった。
ベッドからもそもそと這い出した僕は今、大きめの鏡の前で勇者母氏に着せ替えをさせられているところだ。
ゲームのままだったら「さあ、お母さんについていらっしゃい」とすぐにお城まで連行される流れだが、さすがに寝間着姿のままで外を連れ歩くのは色々アウトっぽいし。
まずネグリジェっぽいワンピース状の白い寝間着を剥がされると、上半身裸に下はドロワースと呼ばれる半ズボン型のパンツ一丁姿だった。
「うわっ!?」
鏡の向こうの少女――不本意ながら僕自身なんだが――を直視するのも気が引けて、思わず奇声をあげつつ目を逸らしてしまう。
ちなみに胸は結構、比較的、まあそこそこある方だと思う。カップとかは判らないけどいわゆるお椀型という部類に近いはず。
顔立ちの方は、きりっとした意志の強さを感じる眼差しに髪と同じブルーの瞳、すっとした鼻、柔らかそうな唇、顔の輪郭もシャープな角度で総合すると凛々しい系美?少女だ。
たれ目でほんわかした勇者母氏にはあまり似てない印象なので、やっぱり父親似なのかなあ。
そうこう考えている間に、勇者母氏に頭から何か被せられた。もそもそと着てみると白い木綿のタンクトップのようなシャツだ。ちなみにブラは無し。
現代地球で一般的な形状の下着に比べると、上下とも攻撃力が低く防御力が高い、正にザ・肌着と言える質実剛健な装いだと思う。
余談であるが、『ラビドラ』の女性下着がドロワースなのは実は公式設定だったりする。
リメイク版で職業やキャラグラフィックが大幅に増えたらしいのだが、その時のキャラクターデザイン担当の人がヨーロッパ文化にかぶれており、執念ともいう程の強い拘りがあったそうだ。
どうでもいい話だが、このドロワースについてはネットの掲示板でも頻繁に議論になり、『舞台背景を常識的に考えればドロワースが当然だろう派』『リアルリアリティなんか要らないスキャンティを出せ派』『そもそも冒険するのにスカート姿なのがおかしい派』『女賢者は俺の嫁派』等入り乱れていつも長々と言い争う割に毎回結論が出ない問題で、『ラビドラ三大論争』の一つとまで言われている。
本当にどうでもいい話である……
それで次は、清潔な匂いのする真っ白いブラウスを羽織った。いつも着るシャツと比べてボタンの位置が左右逆で嵌めにくい。
悪戦苦闘の末ブラウスを着たら上から青いジャンパースカートを着せられた。丈は膝が隠れる長さ、よくわかってらっしゃる。この青のカラーリングは男勇者でもお馴染みの色で、冒険のフィールドに果てしなく広がる空や海をイメージして個人的に好きな色合いだ。
それからなぜか、白いエプロンを着せられた。ジャンパースカートと相まってエプロンドレスにしか見えないけどこれが女勇者の正装……?
足元には普通の靴下と革靴を履いて、最後に、肩甲骨辺りまで伸びた青い髪を後頭部で纏めて、白いリボンでポニーテールに纏められた。
ちなみにエプロンを締めた瞬間に、感覚的に防御力が上がった変化がはっきりと感じられたので、どうやらこの服が初期装備の「旅人の服」でエプロンも外せないパーツということらしい。
「ふふっ、勇者として、あの人の子供として、恥ずかしくない格好に仕上がったわね」
勇者母氏は満足げに微笑んでるけど、果たしてそうかなあ……?
魔王を倒しに行くよりパン屋とか花屋で働きに行く方がしっくり来る気がするんだけど……
で、最後に部屋の隅に立て掛けられていた銅の剣を腰に下げる。これで少しは勇者っぽくなったのかな?
「さて、それじゃあ朝ご飯にしましょうか。もう用意もできてるわよ」
その言葉に僕が応えるより早く、僕のお腹がくぅ、と可愛く返事をした。
朝食のメニューは、暖めた牛乳にパンやドライフルーツをぶち込んだ料理で、オートミールによく似た感じのものだった。
牛乳漬けのパンと聞くと離乳食を思い出すけれど、こっちのパンはどうもかなり固いようで、牛乳が染み込んだ状態でようやく丁度良い歯応えであった。
そういえばファンタジー世界のパンは固いって、以前に遊んだゲームでも言われてたな。確かそのゲームでは黒パンを時間置いて固くして敵に投げつけると大ダメージを出せたはずだ……そんなパンって本当に実在するのかな……?
それはさて置いて、食事中に確信したのはこれは夢じゃなくて現実だということ。
ミルクやドライフルーツの匂いと味に、食べた時の歯触り、あとは食べ物がお腹に落ちて胃から温かさが吸収されて全身に行き渡る感覚、このどれもが夢ではありえないリアリティを持って僕に現実を突きつけてくる。
だとすると、本当に僕はゲームの中の世界にトリップしてしまったんだろうか? このままゲームと同じように魔王を倒す旅に出ないといけないのか? クリアしたらちゃんと元の世界に戻れるのか?
疑問は尽きないが今のところは流れに乗るしかなさそうだ。
そんな訳で、朝食の後も歯を磨いたり顔洗ったりトイレ行ったり半ば強引にリップらしきものを塗られたりと悲喜こもごものイベントを消化して、今僕は勇者母氏に手を引かれ街の大通りを歩いているところだ。
「は、恥ずかしい……」
母親と手を繋ぐとか、小学校の入学式に向かう新一年生みたいで赤面してしまう。
「そんな恥ずかしくないわよ。ゆういちは今日から勇者になるんだからもっと胸を張って」
勇者母氏は見かけによらず図太いみたいで、時々すれ違う知り合いらしき人と笑顔で挨拶してる。勇者を勇気ある者と定義するなら今の僕より彼女の方が確実に勇者力が高いと思う。
目を伏せつつもちらちらと道路沿いを見てみると、ゲームの時にお世話になった武器屋、道具屋、宿屋等だけじゃなく、例えばパン屋に肉屋、散髪屋や食堂、服屋に図書館、人の生活を感じさせる様々な施設が立ち並んでいる。
ふと、公園の前で果物を売っている街娘とすれ違い、
――!?
その容姿に思わず僕は目を見開いてしまった。白いブラウスに赤のジャンパースカートに白いエプロン、ブラウンの髪を赤いリボンでポニーテールに纏めた服装は、先ほど鏡で見た僕の姿のまるで同キャラ色違いバージョンで……
――もしかして!?
ある一つの仮説に思い至る。色違いなのはひょっとして彼女じゃなく僕の方ではないか。
ゲーム的な話になるけど要するにこういうことだ。今までは『ラビドラ』の勇者は男限定だったからそもそも女勇者の固有のグラフィックデータが存在しなかった。
だから女勇者という新規のキャラクターのグラフィックデータが必要になった際、適当に街娘のグラフィックを流用してきて、とりあえず勇者っぽいカラーパターンを当て込んだ、と。
あくまで仮説なので確証はないけど、もしその通りだとするとなんて適当なんだ……でも今時ビキニアーマーな女戦士Aのグラじゃなくて良かったかも……
眉間に皺を寄せてうんうん呻っていると、不意に勇者母氏が僕の顔を覗き込んできた。
「どうしたの? やっぱり緊張してるの? それともどこか具合が悪い?」
「い、いや、ちょっと考え事を。こういうの初めてだったから」
確かにゲームの世界にトリップしたのも女の身体になったのもエプロンドレス着たのも固い黒パン食べたのも口紅っぽいの塗られたのもお城行くのも生まれて初めての経験だな!
「確かに、王様に謁見するのだから当然よね」
勇者母氏は納得したご様子で、
「さあ、ここから真っ直ぐ行けばお城よ」
大通りの先にあるお城の門を手で指し示した。まあ道がずっと見えてるんだから言わなくてもわかる。
昔のゲームは時々こういうシュールな台詞が出てくるから面白いね。
ちなみにお城は質実剛健なずっしりした要塞といった佇まいで、優雅さは乏しいが威厳がありこれはこれで立派な建物だ。
「王様に失礼のないようにするんですよ。あと、旅の準備もあるんですから街を出る前に一度家に寄っておきなさいね」
あ、後半またゲームには無い台詞きた。ゲームの中だと手ぶら同然で世界中を旅してたけど言われてみれば実際の旅はそれ相応の準備とか必要だろうからなあ……
コンピュータじゃない方のRPGでお馴染みの冒険者セットみたいなものがきっとあるんだろう。
なので僕は「わかった」と素直に頷いて、城の門へと一歩を踏み出した。
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なぜなに『ラビドラ』!
第1回:ゲーム中の能力値について
キャラクターの能力値は下記7種類、レベルアップの時や一部ステータスアップの消費アイテムで上昇する。
【筋力】……力の強さを表す。武器で攻撃した時に与えるダメージに影響する。最大値は255。
【敏捷】……身のこなしの素早さ表す。戦闘中の行動順や回避率に影響する。最大値は255。
【耐久】……持久力やスタミナを現す。武器攻撃された時に受けるダメージに影響する。最大値は255。
【知力】……賢さや魔力を表す。呪文スキルの効果=与えるダメージや回復量等に影響する。最大値は255。
【幸運】……運の良さを表す。主にバッドステータスを与える確率や防ぐ確率に影響する。また「クリティカルヒット」発生時のダメージにも影響。最大値は255。
【最大HP】……ヒットポイントの略。HPが0になると気絶し戦闘不能になる。最大値は999。
【耐久】の値が上がる程【最大HP】も高くなる傾向にある。
【最大MP】……メンタルパワーの略。各種スキルを使うのに必要。最大値は999。
【知力】の値が上がる程【最大MP】も高くなる傾向にある。
なお、『戦士』『格闘家』のような肉弾戦専門職でも【最大MP】は上がる。
理由は、このゲームでは武器攻撃系スキルでもMPを消費するから。
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