クエスト18:リア充に花束を投げつけてもいいのよ?
祝宴の翌日。僕達は東大陸に飛んで『大嵐の山脈』まで来ていた。
ピカレス氏とミザリーの結婚式はまだ数日先なので、その間に細々とした用事を済ませたかったんだ。
この前の『牢獄の塔』で手に入れた“溶岩の杖”を使い山の入り口を塞いでいた岩を溶かして、天然の迷宮の中に入って行く。ちなみにこの溶岩の杖、戦闘中に道具として使うと一戦闘に一回だけ≪爆炎≫の呪文を放つことができて便利なのでルナに持たせている。なにげに武器としての攻撃力も杖の中では高めなんだ。
さて、風のオーブは既に手に入れてしまったのでストーリー上はここの山にわざわざ来なくても良かったんだけど、一応幾つか目的がある。
最大の目的は、この山脈に最強の武器の素材になるオリハルコンの鉱石が眠っているので、それを採掘することだ。そのオリハルコンを伝説の鍛冶師のところへ持っていくと最強の武器を作ってくれる。
二番目は、ここの迷宮のボス確認かな。先の『牢獄の塔』で本来は『大嵐の山脈』のボスのはずだったストームドラゴンが待ち構えていたから、もし僕の予想通りならここのボスには魔王の住む『闇の城』の門番、メタルマジンガーがスライド登場することになる。数々の勇者パーティを返り討ちにした難敵だけど、倒せば良いお宝が手に入るのでスルーは勿体無いし。
三番目に、“真実の愛”が手に入らないことでイベントが行き詰ってるから、その打開策が無いかどうかあちこち探す目的もある。ゲーマーとしては、最低限未踏地帯が無くなるまでは泣き言を言えないよね。
「念願の、オリハルコンを、手に入れたぞ!」
採掘道具で岩壁をかち割って掘り出した、黄金色に輝く鉱石を頭上に掲げ、喜びの声を上げる。が、周囲からはぺちぺちと気の無い拍手が虚しいだけでこれといったリアクションは無かった。
「で、それを剣に打ち変えればとうとう棍棒勇者を卒業なのね」
「うん。多分今日で最後になると思う」
シンディの呆れたような問いかけにしみじみと返す僕。思えば旅立ちの日からずっとお世話になり続けた武器だ。貧乏な時も、メイン武器が壊れた時も、甲殻系の敵を割る時も、決闘の時も、あと罰ゲームの時も、何百回何千回と振るってきたこの相棒のことを、僕はきっと忘れないだろう。
「棍棒一発で砂漠ザリガニを叩き潰したのを見た時は、あたしも相手側に同情しちゃったわよ……」
「ま、まあ、それも今となっては良い思い出だということで」
無理やり良い話っぽく纏めて、ボスの待つであろう頂上へと向かう。
周囲には同じ高さの山が無く、空と雲と遥かな地平線を一望できる、開けた岩場。高山ゆえ気温が低く、周囲では冷たく乾いた風の呻る音が響き渡る。
本来ストームドラゴンが待つべきその空間には――
「やっぱりか……」
黒光りする謎金属で作られし、恐るべき殺人人形。それを岩陰からこっそり覗き見る。
全体的に丸みを帯びたパーツで組まれたレトロな風貌の敵だが、その外見で甘く見て散っていった勇者は数え切れない。
両手には禍々しいサーベルと鋭い槍。一度の行動で二回攻撃し、多彩な剣と槍のスキルを繰り出してくるのだ。
加えて謎素材の金属は当然防御にも優れ、<斬><刺><炎><氷>攻撃をほぼシャットアウトする卑怯スレスレの耐性を持つ。
本来は『闇の城』の門番をしているはずの敵、メタルマジンガー。
戦闘スタイルは物理で殴り合うだけのシンプルな敵だが、その分小細工が効かず真正面からの地力勝負になる。
特に気をつけるべきは敵キャラ中最強に近い攻撃力。しかも補助スキル等の無駄行動が一切無くて殴り一辺倒のため全く隙を見せず、並のパーティでは回復が間に合わず押し切られてしまう。
まあ分かりやすい単語を使うと“メカアヤメ”みたいなものだな。
「……今、なにかとても失礼なことを考えませんでした?」
アヤメの疑惑の眼差しに僕はふるふると首を横に振る。ポニーテールに纏めた髪が犬の尻尾の如く左右に揺れた。
「と、とにかく、奴もかなりの強敵だから作戦を考えよう……」
少しでも安全に勝てるよう最善を尽くすのが僕の仕事だ。隊列、使用する補助呪文、回復の分担等、一通りの要素について指示を出す。
まず、メタルマジンガーのような固い敵に有効な攻撃手段は非常に限られる。
例えば戦士スキルの≪斬鉄≫や戦王スキルの≪灼血刃≫のような固定値成分を持つ攻撃。これらは防御が固い相手でも固定値分が確実にダメージとして通るため相性が良い。
だけど≪斬鉄≫は僕達の中には使える人が居ないし、≪灼血刃≫に至っては……
「アヤメは今回は≪灼血刃≫と“憤怒砲”は禁止ね」
「え!? ど、どうしてですか!? わたくし何か悪い事しましたか!?」
なんでそういう発想になるんだろう。おやつ抜きを命じられたお子様のような顔でアヤメが詰め寄ってくる。
「いや、今度の敵の攻撃力はマジて半端ないから。常に体力を万全の状態に保っておかないと一瞬で倒されちゃうよ」
「……ううう、承知しましたあ……」
「その代わり、≪魔神斬≫使い放題で良いから」
「ほ、本当ですかっ!?」
今度は表情がぱっと輝いた。とても判りやすい。
実際、クリティカルヒットの攻撃にも防御力無視の固定値分が加算されるため、固い敵相手には意外と有効だったりするんだ。
今回はアヤメの≪魔神斬≫主体で行くが、格闘家が居れば≪爆裂拳≫で手数を増やしてクリティカルヒットの発生率を上げるとか、遊び人が居れば≪幸運の賽子≫という運試しのようなスキルで『以降の武器攻撃が全てクリティカルヒットになる』効果を狙ってみるとか……まあ遊び人が居れば真っ先にするべきアドバイスは「遊び人外せ」なんだけど……
「攻撃補助枠はルナの≪加速≫で頼む。防御補助はいつも通りシンディの≪硬盾≫で」
「……了解、なの……」
「わかったわ」
ここで≪加速≫を使うのは、命中率アップ効果のおかげで≪魔神斬≫が当たり易くなるからだ。単純な攻撃力アップの≪鋭刃≫に比べると浪漫は足りないがその分堅実な選択肢だと思う。
実際、器用貧乏と見られやすい魔剣士の数少ない特色として≪魔神斬≫と≪加速≫両方を覚える唯一の職業というのがあるが、それを最大限に生かして勇者以外のメンバーを戦士、戦王、魔剣士で固めて≪加速≫して皆で≪魔神斬≫を撃ちまくるという身も蓋もない戦法も確立されていたりするのだ。
「それと、悪いけどまたシンディは後列のフォーメーションでお願い」
これは、シンディが後衛に居ないと≪真空波≫や≪突貫≫のような後衛狙いの攻撃をルナが集中して受けてしまうから。僕の意図を察してか、シンディも笑顔で頷いてくれた。
「よし、じゃああとはみんながいつも通り頑張れば楽に、とは言わないけど確実に勝てるはずだ!」
僕が棍棒を天に掲げて発破をかける。……うん。固い敵相手なら鋼の剣よりも<叩>属性が有効だから、ね?
棍棒に注がれる仲間達からの生ぬるい視線から逃げるように、今まで隠れていた岩陰から出て、いよいよメタルマジンガーに挑む。
「――この先へと進みたいのなら、この私を倒してゆくがいい!」
メカのくせに妙に流暢に喋るけど、その台詞は魔王城の門仕様だな。ここでそれ言われてもこの先には当然何も無いので色々空振りな気持ちになる。
それはともかく、メタルマジンガーは機械の身体にそぐわない機敏さで襲い掛かってきて、かくて激闘が始まった!
「はぁ、はぁ、何とか、勝てましたね……」
「ぜぇ、はぁ、流石に強敵だったわ……」
「……死ぬかと、思ったの……」
メタルマジンガーの残骸を前に、仲間三人がへたり込む。
僕の作戦は大体上手く行き、どうにか脱落者を出さずに強敵を下すことができた。
「アヤメが頑張ってくれたから、予定より早く終われたよ」
アヤメの≪魔神斬≫が三回のうち二回命中という快挙を成し遂げ、あと僕の棍棒の打撃も運良く一回クリティカルヒットし、結構あっさり倒すことができた。
防御の固い敵はえてして体力が少なく設定されてるので、クリティカルヒットが出れば意外と簡単に沈むんだ。うまいこと出来てるよなあ。
「さて、じゃあ順番に回復するよ」
……まあ、勿論倒すまでにメタルマジンガーから受けた攻撃の被害も結構甚大だったりする訳で。
特に前衛のアヤメは、先日の激闘で破損した防具をミスリルメイルに買い換えたのだが、それが早くも傷だらけになっていた。無論中の人も大ダメージを受けていて、こんな重傷の中笑顔で暴れられるのはやっぱり修羅の血のなせる業かとつい感心してしまう。
体力の少ないルナや後列ながら≪庇う≫を多用し攻撃の的になる回数の多かったシンディも、流石に辛そうに顔をしかめていた。比較的元気な僕が順番に≪全回復≫をかけていく。
「そもそも、今更だけどユウちゃんだけなんでそんなに元気なのよ」
「元気とは言うけど、僕だって一応ちゃんと痛いんだからね。特に≪斬鉄≫で斬られたこことか、骨が折れそうだったよ」
僕も結構斬られたり刺されたりしてるから最後に≪全回復≫で癒す。実際、シンディの≪硬盾≫の補助が無ければそろそろ体力表示が赤くなる頃じゃないかな。
「まあ、良いけどね……」
「それより、宝箱があるから開けるね? イイ物が入ってると良いなー」
諦めたように溜息をつくシンディに向けて、メタルマジンガーが隠し持っていた宝箱をじゃーんと見せてみる。これが今回わざわざこのボスと戦った目的のブツだ。本当は僕は中身を知ってるけどあえて演技して箱を開ける。
「……おお、レアアイテムっぽい、なの……?」
「凄い、強そうな槍ですね!」
「これは、まさか……!?」
中から出てきたのは神々しいほどの輝きを持つ、手の込んだ装飾がなされた白銀の槍。勇者専用武具以外では最強の攻撃力を持つ、“オーディンの槍”だ。当然シンディに渡す為に今日はここに来たんだ。
「はい。じゃあシンディにコレを」
「え? あたしが使って良いの? ……っていうかユウちゃんなんでそんなにあっさりしてるのよ! 伝説級の武具よこれ!?」
おっといけない。演技が切れて素に戻ってしまったようだ。でもさっきのオリハルコンの時もみんなの反応薄かったからおあいこということで一つ。
そして四日後、久しぶりに訪れる隠れ里にて――
青空の下、里の中央の広場で、ピカレス氏とミザリーの結婚式がこぢんまりと行われていた。教会に相当する施設はあるが、人が入りきらないので屋外での挙式になったようだ。
里の教会のシスターさんが式を取り仕切ってはいるが、ピカレス氏が魔人だからか、神前式というより人前式に近い式次第で進行している。
「我、ピカレスは、汝、ミザリーを妻とし、幸せな日も、苦難の日も、健やかなる時も、病める時も、死が二人を分かつまで、変わらぬ愛を捧げることをここに誓う」
「私、ミザリーは、汝、ピカレスを夫とし、幸せな日も、苦難の日も、健やかなる時も、病める時も、死が二人を分かつまで、変わらぬ愛を捧げることをここに誓います」
きっと二人で練習したんだろうと思うと微笑ましい気持ちになってくる。白いタキシード姿のピカレス氏、そして純白のウェディングドレス姿のミザリーが誓いの言葉を言いよどむ事無く告げた。
僕達は先日ローザ姫を助け出した時の祝宴で身に着けたドレス姿で、二人の様子を見守る。
「それでは、誓いの口付けを」
続いて指輪交換があり、最後に誓いのキスだ。ミザリーは柔らかく微笑み目を瞑る。ピカレス氏は一瞬緊張した様子を見せたが、意を決するとミザリーの顔を覆うヴェールをそっと上げ、新婦の唇に優しく口付けをした。
シスターさんが二人の結婚の成立を宣言すると、参列者からの盛大な拍手が鳴り響く。
前にミザリーを攫おうとした三人組――今は農作業の手伝いをしているらしい――も、会場の隅の方で恥じ入るような顔をしつつも拍手に参加している。どうやら、ちゃんと反省してるようで良かったよ。
「あぁ、私、こんなに幸せで良いのでしょうか……」
ミザリーはピカレスに肩を抱かれ、目の端に涙を浮かべて心の底から嬉しそうな笑顔で――
――ぶばっ! と大量の鼻血を噴いた。
「ちょっ!?」
「きゃあっ!?」
「ミ、ミザリーちゃん!?」
周囲が騒然とする中、慌ててミザリーに駆け寄るが、ヒールの高い靴が走りにくくて危うくコケそうになった。危ない危ない、このドレスで転んだらとんでもない大惨事だ。羞恥プレイ的な意味で。
「し、失礼いたしました。幸せ過ぎてのぼせてしまったようです……皆様、本日は私達の為にこうしてお集まり頂いて本当にありがとうございました」
純白のドレスを鮮血で染めながらも、ミザリーはしっかりとした口調で参列者に向けて挨拶をする。
「もしお目汚しでなければ、この“ルビーの鼻血”は、どうかご自由にお持ち帰り下さい」
見れば、周囲の地面には彼女が流した鼻血が結晶化したルビーが大量に散らばり、陽光を受けて幻想的なまでにキラキラと輝いていた。参列者の皆様方は我先にと駆け出すような無作法はせず、なんとなく流れで立場や年齢が上の人から順にピカレス氏とミザリーに近づき、祝辞を述べてから控えめにルビーを拾っているようだ。
そしてふと、僕は自分の足元に大振りのルビーが転がっていることに気付く。拾おうとしたがコルセットとクリノリンが邪魔で屈めない。
「ルナ、悪いけどこの足元の大きいのを拾って、ついでに≪鑑定≫もお願いしたいんだけど」
「……まかせろー、なの……」
比較的動き易そうなドレスのルナに拾得とついでに鑑定を依頼する。ルナはその小さな手の平にハート型をしたルビーを乗せ、小声で≪鑑定≫を唱えた。
ピンポン玉ぐらいの大きさの真っ赤なルビーが、日光をキラキラと乱反射して目に痛い。
「……判明。アイテム名は“割と真実の愛”、怨念を割と浄化する光を放つ、愛の結晶、なの……」
一部を除いて予想通りのアイテムだった。考えてみれば共通点は意外と多いことに思い至る。ローザ姫から本来貰えるはずだった“真実の愛”は、彼女が勇者を『想う気持ち』が『涙に宿り』『結晶化して』ハート型のダイヤモンドになったものだ。であれば、ミザリーがピカレス氏を『想う気持ち』が『鼻血に宿り』『結晶化して』ハート型のルビーになったものに同じ特性が宿っても不思議じゃない。
ともあれこれで、闇のオーブも取りに行けるようになる見込みが立った。天空ふくらすずめの復活まであと少しだ!
「ミザリー、ホントにありがとう。これがあれば火のオーブを無理に集めなくても何とかなりそうだ」
お祝いの花束を渡しつつ、笑顔でミザリーにお礼を言う。それを聞いてピカレス氏も小さく「ほぅ」と呟いた。やはりオーブの件は少しは気にしていたのかも知れない。
「そうですか……それは良かったです。ですが、一体どうやって……?」
沢山の花束に半ば埋もれるようになりつつも、ミザリーが嬉しそうに返してきた。ピカレス氏も不思議そうな表情を浮かべていたが、今種明かしをすると作戦が上手く行かないフラグになりそうなので僕は仲間達と意味ありげな笑みだけ交わすに留まった。
「うん。もし上手く行ったらまた土産話をしに来るよ。まずは先に、六個目のオーブを取りに行ってくる」
「はい。是非また来て下さいね!」
「う、うむ。貴様らがどうしても喋りたいと言うのなら聞いてやるのも異存はない」
「ピカレス氏って、何て言うか、こう、意外と可愛いよね」
何気なく口をついた僕の感想に、仲間達とミザリーはうんうんと頷いた。
「――なっ!? そ、そんな訳あるかこの馬鹿者ォっ!」
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なぜなに『ラビドラ』!
第14回:今回(名前だけ)登場のスキル解説
≪斬鉄≫
剣・斧スキル。戦士専用。消費MP10
敵単体に<斬>属性で攻撃する。その際のダメージに【筋力】の数値をプラスする。
固い敵に特に有効。
≪爆裂拳≫
格闘スキル。格闘家専用。消費MP20
敵全体からランダムで4回<叩>属性で攻撃する。同じ敵に複数回ヒットし、1回辺りのダメージは通常攻撃の半分。
敵が単体であれば通常攻撃の2倍の威力で攻撃できる必殺技。
また手数が多いため、クリティカルヒットの恩恵を受けやすいスキル。
≪幸運の賽子≫
特殊スキル。遊び人、芸人が修得。消費MP15
使ってみるまで何が起きるか判らない、禁断のスキル。
その効果の一例を以下に挙げる。
・味方全員のHPが回復したり戦闘不能から蘇生したりMPが回復したり0になったり。
・いきなり敵が全滅したり。(雑魚敵限定)
・敵味方全員が耐性無視で何らかの状態異常になったり。(眠り、麻痺、混乱、呪文封じ等)
・味方全員の武器攻撃が、それ以降全てクリティカルヒットになったり。
・天空から流星が降り注ぎ、敵味方全員に壊滅的なダメージを与えたり。
・時間が止まったり。(使用者のみ3ターン一方的に行動可能。でも遊び人だけ動けてもあまり戦局に影響は無い)
・「なまらおとろしいもの」(原文まま)を呼び出して敵味方全員が逃げ出したり。
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