表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/25

クエスト17:セイヴ・ザ・プリンセス! 後編(ドレス回)

「あぁ! 助けが本当に来るなんて、私まだ信じられませんわ!」


 強敵ストームドラゴンを撃破した広間の奥、鍵を使って鉄格子を開けると、高貴な装いをした美しい女性が歩み出てきた。

 彼女こそが今回の救出対象のローザ姫。柔らかな笑みを浮かべた、護ってあげたくなるタイプの女性である。もし僕が男のままだったとしたら、今の喜びの台詞も無条件に信じ切っていたことだろう。


 そう。僕は気付いてしまったんだ。彼女が美しすぎる(・・・・・)ことに。

 だって、牢屋だよ、牢屋。どれくらいの期間この牢に閉じ込められていたかは聞いてないけど、今の彼女はお肌ツヤツヤ、お化粧バッチリ、ダークブラウンの豊かな髪も手入れが行き届き良い匂いをさせていて、真っ白いドレスには汚れやほつれ一つ無く、手先の爪だってよく磨かれている。勿論無駄毛の処理も完璧だ。

 つまり、助けが来ることを信じて、いつ助けが来ても良いように、毎日毎日身だしなみを整えていたことの証左であろう。僕も女子生活の経験は浅いけどこれくらいは判る。

 牢屋の中でどうやって自分磨きしたんだろうと疑問はあるが、きっとバスタブやら化粧台やらを彼女が用意させたのかそれとも魔王軍が気を利かせて最初から置いててくれたのかだろう。


 だけど他にやることが無いとはいえ、こんな薄暗い牢の中でいつ来るかもわからない助けを待ちつつ毎日同じ事を繰り返すのは、正直大した根性だと思うよ……僕だったら早々に諦めそうだ。


「あの、それで、私の勇者様はどちらに?」


 僕達をキョロキョロと見比べつつそんなことを仰るお姫様。シンディが「この子よ」と僕の背中を押し出す。


「えぇ!? そんな……ひどい……!」


 なんか絶望の表情になって崩れ落ちた。いつもながらこんな勇者でほんとごめん。


「まさか……私の勇者様が女性だったなんて……うぅ、私の人生設計……」


「ええと、僕は誰かの所有物じゃないから……あと人生設計って何さ」


「えぇ。この後お城に帰る途中に足が疲れたという口実で宿屋に泊まって押し倒して既成事実を、とか」


 なんという肉食姫。ぽっ、とお淑やかな仕草で頬を染める辺り女優の資質が見え隠れする。


「……牢獄の塔から助け出したと思ったら、勇者殿自身が人生の牢獄に囚われてしまうというオチ、なの……?」


「酷いデストラップだ!」






 ローザ姫の手を引き恒例の≪脱出≫と≪帰還≫でばびゅーんとラーダトゥム城に戻った僕達を、大勢の兵士や女官が出迎える。……宿屋には寄ってないからね?

 城内は歓喜のムードに包まれ、早速僕達は謁見の間へと呼ばれることとなった。


「おお、勇者ゆういちよ! よくぞ娘を助け出してくれた! 礼を言うぞ!」


 王様はこの上なくご機嫌だ。一人の親である以上は当たり前かも知れないが、もしかして魔王を倒したとしてもこんなに喜ばないんじゃないかともふと思う。


「この素晴らしき日をわしは一生忘れないであろう。よって明日にでも、祝いの宴を開くことにした。是非そなたらにも出席して欲しい!」


「はっ。謹んで参列いたします」


 仲間のみんなとアイコンタクトして、特に問題無さそうなので頷くことにした。

 ゲームだとこの祝宴は、ローザ姫を連れ帰った直後に開かれたりするのだが、実際は料理とか衣装とかの手配もあるだろうから当日いきなりというのも難しいんだろう。


「宴席の衣装は城の出入り業者に話を通しておくから、わしからの礼の一環と思って何でも好きなものを選ぶと良い」


 王様の太っ腹なお言葉に仲間三人の顔がぱっと輝く。やっぱり女の子なら綺麗なドレスには憧れるものだよね。

「ではまた明日会おう」とのお言葉を受けて謁見の間を退出する僕らだけど……何か忘れてるような気がする。

 とても重要なことが抜け落ちてる、そんな嫌な感じに眉根を寄せていると、珍しくウキウキを隠せない様子でシンディが覗き込んで来た。


「もう、そんな難しい顔してないで、ドレス選びに行きましょうよ」


「あぁ、うん、僕の分は適当に選んでくれて良いから三人でゆっくり選んでくると良いよ。僕は――」


 僕は宿に戻る。あんなドレスばかりの所に居られるか。そう言い終わる前に、三人に両腕をがしっと掴まれる。


「へぇ、三人でゆっくりユウちゃんのドレスを選んでも良いと」


「え?」


「ユウさんは主役なんですから、きちんと念入りに選ばないといけませんよね」


「え? え?」


「……勇者殿はいつも野暮ったいエプロンドレスだから、たまにはお洒落も楽しむべき、なの……」


「え? え? え?」


 女の子の服選びは時間がかかる。そのくらいは常識としてわきまえていたからこそここは巻き込まれないよう離脱するつもりだったのだが……捕らえられた僕は市場で売られる子牛のように衣装室へと連行されていくのだった。






 それから日が暮れるまで、僕は三人娘の着せ替え人形にさせられ、遊ばれ続けた。


「次は、この胸元が大胆にカットされたドレスとかどうかしら? ユウちゃんの胸ならきっと良いラインが作れるわよ」


「こちらのチャイナドレスなど如何でしょう? エキゾチックな魅力があると思います」


「……勇者殿も、一度はゴスロリドレスを着てみるべき、なの……」


「……あぁ、今晩のご飯何かなー」


 抵抗するとかえって終わる時間が遅くなるのに気付いて、途中からは頭を空っぽにして言われるままに着替える機械(マシーン)と化す。きっと今の僕の姿を鏡で見ると、ハイライトの消えた虚ろな目をしていることだろう。


「やっぱりユウちゃんは青が一番似合うわねー」


「あえてここで赤を選んで鮮烈に攻め込むのもアリかと存じます」


「……ここで秘策、愚者には見えないこのドレスを着て社交界に衝撃のデビューを飾るなの……」


「……あぁ、次は『大嵐の山脈』に行ってオリハルコン採掘してこなきゃなー」


 ルナのお勧めのドレスを着てみたらいつの間にか裸の上にコルセットとクリノリンだけを身に着けた格好になっていてめっさ驚いた。「ちょ、何事!?」と我に返って見回したらルナが親指をぐっと立てていたので大体の経緯は把握する。

 というか、脱ぐ前にみんな止めてよ! 衝撃のデビューどころか正気を疑われるデビューになるよ!


 ……とりあえずルナは尻棍棒の刑に処しておいた。






 そして、夜が明けた。


 祝宴の会場は、久しぶりに社交の場に姿を現すローザ姫を中心に、国の重鎮が勢揃いしていた。

 そんな中にあって、僕の仲間の女性陣三人も決して風格負けしていない。


 シンディは瞳の色と同じエメラルドに輝くマーメイドラインのドレスを翻し、颯爽とした雰囲気を出していた。たわわな胸のラインを始めとした抜群のプロポーションは大人の魅力に溢れている。


 アヤメは今日はあえて洋装で攻めてきた。スカートがふわりと広がるプリンセスラインのピンク色のドレスに、桜の花をモチーフにした髪飾りをつけて、清楚で可憐な印象を振り撒いていた。あとドレスの中はサラシに褌だと考えると、ちょっとドキドキしませんかね?


 ルナはシックな黒いドレスを選んでいた。髪の銀色とドレスの黒のコントラストが夜空に輝く星雲のように神秘的で、相変わらず黙っていればミステリアスな頭脳派として文句のつけようがないのにねえ……


「ほら、ユウちゃんももっと胸を張って」


「うぅ……僕は壁の花で良いのに……」


 シンディに引っ張られて歩みを進めると、周囲から何故か感嘆の声が聞こえる。

 僕の格好は、白から青に流れるようなグラデーションのドレス姿に、髪はアップにまとめて白い羽のような髪飾りをアクセントにしている。スカート部にはクリノリンと呼ばれる、ボリュームを出すための鳥かごのような形の骨組みが使われており、周囲の邪魔にならないか心配になるレベルで裾が広がっている。

 このドレスは構造上、一度コケてしまうとスカートの中が丸見えになる上に自力では起き上がれないという羞恥プレイ発生装置でもあるので、歩き方にはいつも以上に気を配らないといけない。


「まぁ、ユウ様、そのドレス、大変よくお似合いですよ」


 ローザ姫がこちらに気付いて近寄ってきた。姫の方は白く輝くとてもゴージャスなドレス姿だった。昨日の白ドレスはシンプルなものだったが、今日のは宝石やレースをふんだんに縫い込んでいて、「こんな予算があるんだったら旅立ちの時に支給される棍棒をもうちょっと何とかしてよ」と言いたくもなる。


「いえ、ローザ姫こそとてもお美しく……」


 昨日散々練習させられた、スカートの裾を摘む淑女の礼で返す。ローザ姫は一度微笑むと、ふと真剣な顔になって僕の手を握ってきた。


「ユウ様、実はですね――」


 これは……遂に告白イベント来たか!?

 このゲーム(ラビドラ)でも一、二を争う名シーン、ローザ姫から勇者への愛の告白! このイベントを経て、勇者とローザ姫は目出度く婚約の運びとなり、そして勇者を想う姫君の流した涙が床に落ちると高価な宝石ダイヤモンドへと変化する感動のシーンだ。

 そのダイヤモンドの涙は奇跡的にもハート型をしており、“真実の愛”と名づけられて勇者に手渡される。そして勇者はこの真実の愛を手に『嘆きのほこら』へと向かい、怨念を浄化して闇のオーブを手に入れる。このようにイベントが連鎖していくんだ。


 でも待てよ? 今の僕は女だけどこのイベントは成立するのか?

 そう。昨日感じていた、何か重要な事を見落としている感覚、その正体はこれだったのか。

 ローザ姫の愛の告白を聞いたとして、女同士で“真実の愛”が成り立つかどうか――それと、僕はローザ姫にどう答えるべきか。

 百合に興味が無いとは言わないけれど……自分が当事者になるともう引き返せなくなりそうな恐さがある。やはり健全な男子の意見としては百合は見て楽しむものだと思うんだ。

 もしどうしても“真実の愛”のために姫と愛し合う必要があるなら……僕は受けよりやっぱり攻めの方が良いな。その場合、姫のドロップアイテムは“真実の受”になるのだろうか?


 そんな風にとりとめもなく先のことを考えていると、ローザ姫がピンク色のつややかな唇をちろりと小さく舌で舐め、言葉を紡ぐ。


「ユウ様に、素敵な兄様か弟様はいらっしゃいませんか?」


「え!? 僕、婚活のダシにされてる!?」


 さすがです肉食系姫様。どうやらローザ姫は普通にノーマルな恋愛感らしい。恋の炎の強さはともかく。

 というか、女勇者周りのバグがやたら多すぎる気がするんだけど!? スタッフはちゃんとテストプレイやってるのかな!?

 特に今度の「女勇者だとローザ姫と婚約できないバグ」は深刻だよ。これじゃあシナリオを進めるのに必要なアイテムが手に入らないし。デバッグすべきは法律か姫の頭の中か……

 ざんねん! ぼくのぼうけんは、ここでおわってしまいそうだ! ……いや諦めるのはまだ早いけど。


「と、とにかく、僕は一人っ子だからご期待には沿えそうにないかな……というか、普通に他国の王族がまずは候補になるもんじゃないの?」


「やはりこう、レールに乗せられる人生よりは燃えるような大恋愛に憧れるものなのです」


 そういうものなのか。


「では、私はこれで……あ、そうそう。改めてこの度は助けて頂いてありがとうございました。お礼になるかは判りませんが今日は好きなだけ召し上がっていって下さいね」


 そう言うと優雅な所作でローザ姫は次の招待客のグループへと近づいていく。確かにこの場の料理はどれも豪華で美味しそうなものばかりなので僕達もちょっと頂こうかと取りに行くと――


「おう、ユウじゃないか。そのドレス、なかなか似合ってるぞ。母さんの若い頃にそっくりだ」


「あらあら、あなたったら」


 ガルティオ氏夫妻とばったり出会った。ガルティオ氏は礼服を着崩しているワイルドなスタイルで、勇者母氏は落ち着きのある色合いのドレス姿だ。

 ただ、僕は母親似というよりは父親似のように感じるのだが、彼なりのリップサービスなのかそれとも僕が知らないだけで実は本当に似ていたのか……まあ勇者母氏も喜んでいるようなので深く突っ込むまい。


「うん……でもこういう服はコルセットがきつくて嫌になるよ……」


 手近にあったカシスジュースで喉を潤しつつ、愚痴をこぼす。このコルセットって奴は本当に締め付けがきつくて、座れないし屈めないし物を食べるのも難しい。この装備でダンスを踊る社交の場のお嬢さん方はマジ戦士だと思う。

 今なら極限まで鍛えた【筋力】と【耐久】でお腹に「ふんはー!」と力を込めればコルセットを遥か遠くまで弾き飛ばせる自信がある。勿論やらないけど。そして多分シンディはブラウスの胸ボタンで同じ事ができそうだ。今度やらせてみたいな。


「はっはっは。だがこういう場は滅多に無いからな。華やかに着飾るのは若い娘の特権なんだから十分に楽しんでこい」


「そうよ、ユウは今日の主役なんだから。……あ、それと、ユウ宛に東大陸のお友達の人からお手紙が届いてるから、後で取りに来なさいね」


「手紙……? 僕宛に?」


 一体誰から、何の用件だろう……?






 それから暫く食事や歓談は続き、つつがなく祝宴が進行してやがて終わりを告げた。

 僕はすぐにいつもの動きやすい服に着替え、手紙を貰いに家に帰ることにする。

 余談であるが東大陸からの手紙が届くようになったのは、最近西大陸(ラーダトゥム)東大陸(ポートセイル)との定期船が復活したおかげだ。海のモンスターが引き続き大人しいのと、なんとガルティオ氏が定期船の護衛として一緒に船に乗り込んでくれるようになったんだという。

 貴重な勇者をいつまでも休ませておくのは勿体無いという国の思惑と、あまり長時間家を開けて欲しくない勇者母氏の願いとの、良い妥協点と言える役割なんじゃないかな。

 それはさておき――


「へぇ……あの二人、遂にか」


 僕宛の手紙の内容は、あの隠れ里のピカレス氏とミザリーの、結婚式の招待状だった。






■――――――――――――――――――――――――――――――――――


なぜなに『ラビドラ』!


番外編:戦王のガイドライン


・キングマーマンを倒した4人なら大丈夫だろうと思っていたら同じような体格の闇騎士1人に殺された。

・戦闘開始から1ターン目で戦王が腹から血を流して倒れていた。

・闇騎士が構えたので全員防御して備えていると憤怒砲で防御の上から焼き尽くされた。

・戦王が混乱し、敵も「味方も」全員倒された。

・≪灼血刃≫から≪憤怒獄炎破≫までの10秒の間に流れ弾に襲われた。

・戦王の2/3が全裸切腹経験者。しかもHPを減らすほど憤怒砲の威力が上がるという都市伝説から「ダメージジャンキー程危ない」。

・「そんな死に易いわけがない」といって出て行った戦王が5分後血まみれで王様の前に戻ってきた。

・「先手取って憤怒砲撃てば倒されるわけがない」とHP1で出て行った戦王が敵の先制攻撃に逢って全裸で戻ってきた。

・ボス戦における戦王の死亡率は150%。一度戦闘不能から復活してまた倒される確率が50%の意味。

・ラビドラにおける戦王の死亡者は1日平均120人、うち約20人が全裸。


※編集者注:このガイドラインの3割はネタであり誇張です。普通に戦王が防具を固めてHPに気を配れば格闘家や魔剣士と同程度の耐久性は確保可能です。瀕死状態からの大ダメージ憤怒砲という甘い誘惑に負けさえしなければ……



――――――――――――――――――――――――――――――――――■



※なお元ネタは「ヨハネスブルグのガイドライン」です。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ