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クエスト10:東大陸に渡るのじゃよー

 大臣さんの交渉は無事成功し、一週間後にここラーダトゥムから定期船を出すので僕達もお客兼護衛として船に乗り込めることになった。

 これで懸案だった「第二章が始まらないバグ」も無事解決である。

 船の行き先は元のシナリオでの第二章開始箇所とは違う街になるが、まああとは到着してから成り行きで対処するしかない。


 あとガルティオ氏は、今まで留守が長すぎたので休暇も兼ねてここラーダトゥムに暫く居て貰う事になった。

 一応名目上は、首都防衛任務兼お城の兵士の戦力アップのための指南役といったところか。

 ぶっちゃけこのおっさんがどこか行くと、帰ってこなくなったり厄介ごとを引き起こしたり色々フラグを立てそうな悪い予感がひしひしとするので、勇者母氏と二人で大臣さんに頼み込んだ結果である。


 そんな訳で僕達も、船が出るまでの間、お城の兵士達に混ざって一緒に訓練を受けることになった。

 先日のゲド戦で、あまり戦力になれなかったことを気にしたか、三人とももっと強くなりたいと心から願っていたようで、待ち時間を有効に活用することにしたのだ。


「――九九八、九九九、一○○○!」


 ラーダトゥムの城内にある訓練用の中庭。ここで僕がいまやっているのは、木剣を手にしての素振り――まずは上段からの切り下ろし一○○○本である。

 次は袈裟斬り、胴薙ぎ、それと突きの型をやっぱり一○○○本ずつだ。

 僕の素振りを中年ぐらいの兵士さんが見てくれていて、太刀筋が乱れたら即座にチェックが入る。

 油断すると剣を振った勢いで前方に衝撃波が飛ぶので、訓練場の端で縦長の空間に立ち入り禁止の縄を張っていてある意味隔離状態だ。檻の中の猛獣の気持ちがちょっと分かったかも。


「うん、休まずこれだけ振って剣先が乱れないのは凄い体力だねえ、若い子が羨ましいな」


 兵士さんらしくない優しい笑顔と声で言葉をかけてくれる。世が世なら普通に農業とか職人をやってそうな純朴そうなおじさんだ。


「ありがとうございます。体力だけは自信あるんですが、なにぶん基礎ができていなくて……」


 そう。僕の戦い方は、シンディやアヤメ、それにガルティオ氏から見ても異様に映るらしい。なにしろ元が素人ゆえに構えも剣筋もセオリー無視の力任せで、ほぼ腕力だけで敵を吹っ飛ばすような戦い方なのに、それで鬼のように強いのだから。まあ要は『レベルを上げて物理で殴る』を極限まで突き詰めた戦い方ということだ。

 僕もある程度自覚はあったが、人間の戦い方じゃなくてむしろモンスターの特に中ボスのそれだと指摘されたことは結構なショックだった。

 そんな訳で、この機会に僕は徹底的に基礎を身につけることにした。考えようによっては、レベルも能力値もカンストしてこれ以上強くなれないと思い込んでいた僕に与えられた新しい「伸びしろ」である。これからの激戦に耐えるにはできるだけ強くなっておきたいというのも当然だ。


 訓練場の中心部では、ガルティオ氏がシンディとアヤメの二人を同時に相手取りながら稽古をつけていた。アヤメの猛攻とシンディの鉄壁防御のコンビネーションは僕の目から見ても相当なレベルであるが、そんな二人をもあっさり崩すガルティオ氏の剣技はとても同じ人間とは思えない。

 それを見て周りの兵士達からも感嘆の声が上がる。三人ともキャラビジュアル的に華があるし、何よりあの高度な戦技の応酬は一定以上の技量を持つ戦士には見るだけでも勉強になるのだろう。

 仮に今の僕がガルティオ氏と戦った場合、剣道の試合のように技量を競い合うルールだと何も出来ずに一瞬で負けるだろう。どちらかの体力(HP)が尽きるまでの殴り合いならレベルの差で僕に分があるだろうけど、そんな脳筋な戦い方に頼りきるのも問題だし。






 やがて、一日の訓練が終わり、皆が僕の家で夕食を摂ることになる。

 夫婦のお楽しみの時間を邪魔するのは気が引けるので僕達四人は宿を取ってそちらで寝ることにしたのだが、「せめて食事ぐらいは」と言われて毎日朝食と夕食はこの家で食べることになった。尚昼食は訓練場で兵士さんと同じものを食べさせて貰える。

 そんな訳で、僕達パーティメンバー四人とガルティオ氏夫妻の合計六人が狭い部屋で狭いテーブルを囲んでいるのだ。

 余談であるが、ルナは中庭の訓練には出てこず、代わりにお城の蔵書室で呪文の勉強中である。彼女は武器戦闘の技術を身につけるよりも得意な呪文能力を伸ばす方が有利だと満場一致で判断した訳だ。

 きっと彼女も、訓練期間が終わる頃には新しい強力な呪文を引っさげてくることだろう。


「正直、ガルティオ様が稽古つけてくれて助かるわ。自分に何が足りないか、どこを鍛えればもっと強くなるかがはっきり見えるから」


「そうですね。格下のモンスター相手だと気付けない弱点が見つかります」


「……とりあえず≪爆炎≫は覚えたの。これで次から火力アップなの……」


 ご飯を食べながら仲間達の報告を聞いている。素振りばっかりの僕と違って充実した訓練ライフを送っているようで何より。


「うん。結構しんどいところもあるけど、楽しんでるようで何よりかな」


「はい。剣を振ってこんなに楽しいのは久しぶりですっ」


 アヤメがくりっとした目を輝かせつつそう言ったのに、ちょっと違和感を覚えた。


「んー、アヤメはいつも凄く楽しそうにモンスターと斬り合いやってるように見えるんだけど……?」


 僕の気のせいか、それとも楽しさの質が違うものなのか。


「ええと、いつもモンスターと戦ってる時は心がすっと冷めていく感じなんですけど、今日の訓練は心が温かく、熱く感じたんです。それで、もっと剣を振っていたい、楽しい、と……」


「もしかしたらもう本人から聞いてるかも知れないけど、アヤメちゃんは魔王軍にご両親を殺されてるのよ」


「そうだったのか……」


「……まあ、お気の毒にね……」


 シンディの補足するような言葉に、僕と勇者母氏が息を呑む。


「それでご両親の仇を討つ目的で、こんなに修練して戦おうとしてるのよ」


 ……ただの戦闘民族と思っててマジすまんかった。


「はい……ですが、モンスターを斬り続けていると、最初の頃は命を奪ってる感触とか自覚とかして気持ちも揺れ動いてたのに、最近だと心が動かないと言いますか、何も感じなくなってきて……モンスターとはいえ、笑いながら首を斬れるのって、やっぱりどこかおかしいですよね?」


 食事の手を止め、自分の両手を見るように俯きながら、アヤメが悩みを吐露した。


「もしかして今だと、人相手でも笑いながら躊躇い無く斬れるかもと考えると、自分がまだ人間なのか、本当は既にモンスターと同じなのではないかと、気が気じゃないのです……」


「だが、今日の訓練では違ったんだろう?」


 ガルティオ氏の大きな手が、アヤメの黒髪を撫でた。僕もされたことがあるが、あの手で撫でられると何故か安心するんだよなあ。

 黙って頷くアヤメに、ガルティオ氏は優しく続ける。


「だったら嬢ちゃんは間違いなく人間だ。俺も剣には自信がある方だが、剣は破壊するだけじゃなく人を高みに引き上げることができると信じてるし、できた奴を何人も知ってる」


「そうねえ。こんな風に自分の事で悩むなんて、ごく普通の思春期の女の子だわ。心配するほどの事じゃないわよ」


 勇者母氏もアヤメの頭をくりくりと撫で始めた。なんか今日はアヤメ回のようなので僕も後で撫でておこう。


「だから嬢ちゃんにも同じ事ができるはずだ。俺の弟子なんだから自信持って良いぞ」


「……は、はいっ!」


 弟子と言われて嬉しかったのかアヤメに笑顔が戻った。ガルティオ氏の言葉に根拠があるのかどうか不明だが、あの自信満々の言い方にはやっぱり人の心を動かす力があるみたいだ。


「決めました! 魔王を倒して世界が平和になったら、わたくしも剣術の指南役になりたく存じます!」


「へえ、良いわねそれ」


「はい! 今までずっと、もし平和になったらもうわたくしの必要とされる場所が無くなるんじゃないかと不安でしたが、今日の訓練で新しい道が開けた気がしました!」


「うん。とにかく元気になったようで良かったよ」


 えへへ、と花が咲いたように笑うアヤメの頭を軽く撫で撫でする。撫でる側も案外気持ち良いなこれ。


 それにしても、魔王を倒して平和になったら、かあ。僕は――勇者はどうなるだろう。もし地球に帰れなかったらずっとこのゲーム(ラビドラ)の世界で暮らすことになるんだろうか……

 その場合、ゲームのシナリオではローザ姫と結ばれて幸せに暮らしましためでたしめでたし、となっているが、他のゲームとかでは力を持った勇者を今度は人の側が恐れるという展開もよくある。

 特に今の僕のゲーム上の数値は適正な範囲を飛び越えてる訳で、この力が全ての人に好意的に受け止められるとは到底思えないな。


 うん。やっぱり僕は元の世界に帰るべきだ。そうしたら帰りたい僕と危険人物に居て欲しくないこの世界の住民とで、ちゃんと利害が一致するんだよね。

 この世界にとって必要な期間だけお呼ばれしてお役目が終了したらさっさと帰る、さしずめ『レンタル勇者』ってところかな、でもそっちの方がなんだか理に適ってる気がしてきた。

 それに、この世界も悪くないけど、やっぱり元の世界の家族や友人にも会いたいし、まだ遊んでないゲームも待ってるし、続きが気になる本やアニメなんかも山積みだし、電化製品に囲まれた便利な生活も恋しいし、なんだかんだで僕の魂の故郷は二十一世紀の日本だよな。


 もし魔王を倒しても帰れなければ、最後の手段で裏ボスの女神様にでも頼んでみよう……戦闘に勝たないとお願い聞いてくれないのが難点だけど。






 さて、あれから六日間訓練を続け、七日目――船に乗る日の前日――は休養日とした。一般的な勇者と比べると休んでばっかりと言われそうだが、身体を壊しては元も子もないのでしょうがない。

 そんな訳で僕らは今、東大陸へと向かう“不定期船”の甲板に居る。勿論、船を狙うモンスターから船や乗員乗客を護るためにだ。

 今回は特に久しぶりの船便ということで荷物や人の輸送量も多く、船の舵取りも難しい。それで海のモンスター相手に逃げるよりも迎え撃つことに重点を置いている訳である。


「アヤメ! 左側を頼むっ!」


「はいっ!」


 甲板に這い上がってきた大きな蟹のモンスターを棍棒で殴って粉砕する。防御力の高い甲殻系をなるべく僕が引き付けつつ、打撃よりも剣や槍が効く軟体系の敵をアヤメ達に任せる分担だ。

 揺れる船上をものともせず素早い足捌きで移動したアヤメの新技≪二段斬り≫が、麻痺毒を分泌するクラゲ二体を纏めて斬り飛ばした。


「……白く凍る光の錐よ……うぷっ……後省略、≪氷槍≫なの……」


 船酔いで青い顔をしているルナの呪文が、遠くから船に迫る新手の敵を撃ち抜く。正直休ませてやりたいところだが、「……役立たずになるのは絶対に嫌……」と強い意志で参戦してきた。

 敵の隊列(フォーメーション)に応じてグループ攻撃の≪火線≫や縦貫通攻撃の≪氷槍≫や拡散攻撃の≪爆炎≫を的確に使い分けて削る判断力に呪文威力は、勿論役立たずどころか今やパーティに欠かせないものである。


「大丈夫か? 辛かったら……僕は見ないことにするから海に吐いてきても」


「……そんな、ヒロイン枠からきりもみスピンアウトするような真似は……うぷっ、断固拒否、なの……」


 顔色は悪いが目は死んでないので彼女の根性に期待しよう。というかヒロインのつもりだったんだな、意外と強気なところを見たよ。

 それはともかく、船上での最初の戦闘は何とか船体に大きな被害も出さず無事に終了した。


「いや~、助かったぜ。若いのに大したもんだな」


「これが仕事だし、僕達も船に乗せて貰えてありがたいからお互い様だよ」


 船長さんが気さくに話しかけてくる。顔はどこぞの海賊団の親分かと言いたくなるような凶悪な面構えだが、豪快で部下の信頼も厚い典型的な海の男である。


「あぁ。あんた達親子が何とかって言う魔王軍の幹部を倒してくれたおかげで、ここ一週間ほど海のモンスターが比較的大人しくてな。これが続いてくれれば良いんだがなぁ」


 なるほど、どうやらゲドが倒れたことで魔王軍の再編がなされてるのかも知れないな。ゲドを倒してしまったせいで東大陸に渡れないことが発覚した時はどうしようかと思ったけど、世の中上手くできているものだ。


「さて、あとはオレ達の仕事だ。あんたらは部屋でゆっくり休んできな」


「うん。でも何か異変があったらすぐ呼んでくれて良いからね」


 いつものようにルナを小脇に抱えて、あてがわれた船室へと戻ることにする。船旅は基本ヒマなのでどうやって時間潰そうかな。

 身体がなまらないように素振りもしておきたいところだけど、うっかり剣先から衝撃波を飛ばしたら大変なので自重しなければならない。

 そんなこんなで、全体的にぼーっとしてたり昼寝してたり時々甲板に出て戦闘したりといった一泊二日の船旅を終え、二日目の昼過ぎに東大陸にある『港町ポートセイル』に無事到着したのだった。


 僕達の冒険もいよいよ中盤戦。気合い入れ直して頑張るとしますかっ!






■――――――――――――――――――――――――――――――――――


なぜなに『ラビドラ』!


第8回:今回登場のスキル解説



≪二段斬り≫

 剣スキル。勇者、戦士、戦王、魔剣士が修得。消費MP6

 敵単体に2回連続で<斬>属性で攻撃する。1回あたりのダメージは通常攻撃の0.7倍。

 一撃目で相手を倒した場合、二撃目は別の敵をターゲットに取る。

 最大MPの少ない戦士系にとっては消費が重いスキルだが使い勝手は良い。


≪爆炎≫

 攻撃呪文スキル。魔法使い、魔剣士、賢者が修得。消費MP6

 着弾点から破裂する火球をぶつけて、敵単体とその左右の合計3体に<炎>属性ダメージを与える。

 ダメージ目安は、中心の相手に≪火弾≫の4倍、左右に拡散する対象には≪火弾≫の2倍。

 単体攻撃としても範囲攻撃としても役に立つ、意外と小回りの効く便利な呪文。


≪氷槍≫

 攻撃呪文スキル。魔法使い、魔剣士、賢者が修得。消費MP4

 貫通する氷の槍を放ち、敵前列1体と敵後列1体に<氷>属性ダメージを与える。

 ダメージ目安は≪火弾≫の2倍、≪火線≫と同時期に覚える比較的初歩の呪文であるが、≪火線≫や≪爆炎≫に比べると効果範囲が狭いため使う機会が乏しい。


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