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ミスティー・バイゴーン・デイ

「ブリック待ってよー」

 枯れ葉を踏み荒らしながら、私は彼の名前を呼んだ。

 (もや)がかかったように、不鮮明でよりどころのない……あれは山の中だったかな。

 いや違う。

 靄がかかっているのは山にじゃない、私の記憶にだ。ここは小学生のころ私が住んでいた田舎の山だった。ぼんやりとした風景だがそう、季節は秋だったはずだ。

 ひと雨きそうな寒空の下、茶色になりつつある林を私は駆けていた。辺りには色の変わってしまったコナラやムクロジが、赤や黄を通り越した彩りを生み出していた。灰色の空には似合わない色付いた山々が向こうの方まで伸びて薄霧の中に埋れていく。

 私が道なんてないような山の斜面を()く先には、一人の少年がいた。

 名前はブリック。

 ベイビーブルーの髪を逆立てた、レモンイエローの瞳を持つ活発な男の子だ。歳は私と同じ。

「ま……まってよ二人ともーっ」

 下のほうから、弱々しい叫び声が聞こえた。私とブリックがそちらを振り返ると、そこではブリックと同じ色の髪を持つ、背の低い少年が息を切らしていた。

 彼の名はシャルノ。

 ブリックの一つ下の弟で、瞳の色はコバルトグリーン。

 兄のブリックは体を動かすことが大好きで、いつも先頭で私たちを引っ張って探検ごっこを企画運営する明るく優しいリーダーだった。

 反対に弟のシャルノは優しいけど運動は苦手で、いつも私たちの後ろを息を切らしながら付いてくる。勉強が得意で、よく外国語の本を読んでいたのを覚えている。

「なにやってんだよシャルノ。日が暮れちゃうぞー」

 上のほうを登っていたブリックが元気よく声をかけた。

 ブリックとシャルノの外見はとてもよく似ていた。髪の色はおんなじだし、背格好もだいたい同じ。シャルノのほうが少しばかり痩せていて背が低く、表情も気弱というか、大人しそうな感じがするくらいだ。

 性格は真反対だったけど、二人はとっても仲のいい兄弟だった。

 二人があの村に引っ越してきてから、近くに住んでいた私は二人と毎日のように遊んでいた。

 このときは……何をして遊んでたんだっけ。紅葉狩りなんて風流なものじゃなかったはずだ。「あそこの山の上のほうに、でっかい洞くつがあるんだよ!」なんて言って、ブリックが私たちを唆したような気もする。

「シャルノ、おまえもうちょっと体力つけないとダメだぞー。本ばっか読んでちゃダメだー!」

 腕を振り上げながら上でブリックが叫んだ。

「兄さんはもうちょっと勉強やったらー!」

 近くの木の幹に捕まって、切れ切れの息でシャルノが言い返す。

「なっ……! お、俺は勉強ニガテなんだよっ。遊んでるときに勉強のこと言ったらダメって言ったろー!」

 私は二人を交互に見て、堪えきれずにくすくす笑った。

「そこ! 笑うの禁止ー!」

 笑いながら前を見ると、ブリックが右腕を突き上げて抗議していた。

「あは、あははは!」

 それを見て後ろでシャルノも笑う。

 ……懐かしい。小学生の頃はよくこんなふうに三人で笑っていた。今ならくだらないと思うようなことでも、私たちはお腹の底から笑うことができた。

 二人は人間じゃなかったけど、私はそんなこと気にもしなかった。


 それから小一時間ほど、私たちは山の中でぎゃあぎゃあ騒ぎながら〝自然破壊〟──もとい〝探検〟を続けていた。

 ブリックがすいっと飛んでコナラの枝をぽきりと折り、引っついてきた赤い葉をむしりとって宙を舞わせる。それを見て、私とシャルノがキレイだときゃあきゃあ笑う。そんなことの連続だ。

 ……子どもの頃の遊びなんて、多かれ少なかれ残酷なものなのだ──と知らんぷりをしておこう。

 大人にならなきゃ過ちには気づかないのだよ、と高校に入りたての私は嘯く。

 そんなこんなで雨も降らないまま順調に進んでいた探検だったが、ふと前を走っていたブリックが遠くを見て足を止めた。

「………」

 片手を目の上にやって、じいっと目を細めて一点を見つめる。こうしているとき、大抵ブリックは木の上に遊び相手になる小鳥なんかを見つけて、捕まえようとしていた。

 しかし、今回は少し違った。

 ブリックが見ているのは木の上ではなく、色変わりした木々に阻まれた林の向こうだ。私が見ても何も変わりないように見えるのだが、ブリックには枝葉(えだは)の隙間から何かが見えているようだった。

「どうしたの?」

 私は険しさを見せるブリックに、天真に尋ねた。

「……向こうに、人がいる」

 息を殺すように、ひっそりとブリックが答えた。

「え? ……どこに?」

 私もブリックの見ている方を見てみたが、やっぱり何も見えない。視力には自信のある私だったが、不自然なものは何もなかった。

「気配を消してるんだよ。俺とシャルノにしか見えない。……しかも、〝両方〟いる」

 真剣な表情でブリックは観察を続ける。

 〝両方〟──つまり、私と同じ〝賢しい人間〟と、ブリックやシャルノと同じ〝白い人間〟の両方がいるということだ。

 事態を呑み込めず、私が細い首を傾げていると、

「兄さん」

 同じように息を殺して、シャルノが後ろからブリックを呼んだ。その視線は、川を挟んだ隣の山へと注がれている。

「あっちの山にも……人間が、〝両方〟ともいる」

「え?」

 ブリックが間の抜けた声を上げた。

 シャルノはいつもの弱々しい表情からは想像できないほど強く眉間にしわを寄せて、

「……しかもなんか………ものすごい〝歌〟を作ってるのを、隠してるみたい……な」

「ものすごい〝歌〟? なんだよそれ」

 ブリックは怪訝そうな顔をして、シャルノと同じ方向へと視線を向けた。

 こうして並んで膝に手を当てて、前屈みになって同じ方向を見つめているのを(はた)から見ていると、二人の横顔は本当に見分けがつかない。

「んー………」

 ブリックはたっぷり十秒くらい唸っていたが、

「……だめだ。俺には見えない」

 断念した。その横から、

「すごく、見えづらい。……兄さんがあっちの方で、何か隠れてるなんて言わなかったら……たぶん、見つけられなかっ、た………」

 逐一目の角度を微調整しながら、シャルノは遠い一点を凝視しつづける。

 跳ねた頭をくしゃくしゃと掻きながら、

「おまえ、〝目〟はいいもんなあ……。いったい何が見えるんだよ? 〝歌〟って……どんなのだよ?」

 むすっとしてブリックが訊くと、

「えっと……七人が輪になってて………中心には、あれ? ……あれは………大砲? 銃? ……映画でよく見るようなのが、見える」

「はあ? 大砲だとー?」

「に、兄さん静かに!」

「………」

 目を丸くしたブリックがシャルノに(たしな)められた。ブリックがまたむくれる。

「……けどよー。〝白い人間〟がなんでそんなもん持ってるんだよ? いみわかんねー」

「んー……。よく見えないなあ……。これ、誰かに、伝えたほうがいい、のかなあ……」

「……………」

 そう話す二人の後ろで、幼い私は拗ねていた。

 二人の会話に加われなくて悔しかった。

 今まで意識なんてしたこともなかった、〝賢しい人間〟と〝白い人間〟の間にある深い溝を見せつけられたみたいで、何も伝えられなくて辛かった。

 私のよく知る二人が、私の知らないことを話しているのが嫌だった。

 二人にもっと私のことを見てほしくて、もっと私と遊んでほしくて───。


「わー!」

 私は飛び出した。


「えっ」

 そして全てが途切れる。

 それが誰の発した声だったかはもうわからない。

 突然視界が絵の具を全部掻き混ぜたみたいに渦を(えが)いて落ちていって、私は何もわからなくなった。

 誰かの叫んでいる声が聞こえた。頭の中をぐるぐる唸っていたけど、それも誰のだかわからない。

 ブリックだったかシャルノだったか。もっと太い声だった気もするし、もっと高い声だった気もする。

 さっきまでそんな様子なんかなかったのに、どこか遠くのほうでいきなり雷が落ちた。

 風がごうごうと喚いて私の理性を根こそぎ奪っていって、ぐちゃぐちゃの景色のなかを笑っている。

 右も左も、上も下も分からない。立っているのか座っているのか、私が見ているのは地面なのか空なのか。

 ブリックとシャルノのベイビーブルーが視界の中で揺らめいていたが、私はなにも応えられなかった。

 そうして

  静けさが戻り

   水っぽい轟音


 ───夜空が弾けた。

 色とりどりの星屑が、満天に散っていった。


 ……そこで夢の()()はおしまい。

 私は憔悴と不安を淡く糸引きながら、目を覚ます。

 本文に出てきた「夢の懸け路」という言葉の解説です。


 元は「夢の直路(ただぢ)」という古語で、意味は「思う人の所へ行ける、夢の中のまっすぐな道」。

 対して「懸け路」は「険しい山道」。

 この二つを複合して、「思う人の所へ行ける、夢の中の険しい山道」という造語を作りました。


 以上、ちょっとした拘りでした。

 引き続き『星屑エスケープ』をお楽しみください。



桜雫あもる

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