スターダスト・チェイス
───〝言うと思った〟
林のなかで、ブリック──……ううん、シャルノの膝の上で目を覚ました、そのときの言葉を思い出す。
あれは、〝私が寝ぼけて「おはよう」って言うと思っ〟たんじゃなかったんだ。
シャルノはわかっていたんだ。
私がシャルノとブリックを間違うって。
私が、シャルノをシャルノだとわからないって──わかってたんだ。
………それは、なんて辛いことなんだろう。
もし私にそっくりな姉がいて、ブリックかシャルノがその人に会ったとき、本当にその人を私だと思って疑わなかったら………。
たとえ自分でそうなるよう細工をして、そうなるとわかっていたとしても、とても耐えられる痛みなんかじゃない。
そんなのはもう生き地獄だ。
ましてや、シャルノは………。
私のことを、好きで……いてくれたらしいから。
……私は思い出す。
──〝綿天の言う通り、俺はこの数年間で結構変わったんだ。自分でも、これが自分なのか分かんなくなるくらい〟
違う、そうじゃない。
あれはシャルノをブリックだと思い込んでいたから、ずいぶん変わったように思えただけだった。
シャルノだって初めからわかっていたら、あんなこと言わなかった。
──〝あいつはいま、大学士校に飛び級で入学して……学者を目指してる〟
〝そっちの方が、ずっとらしいよな〟
あれは……シャルノの夢だったんだ。
私のために騎士なんかにならなかったら、そうなりたかったっていう、希望だった。
──〝えっ………。……ああそうか、綿天はそのとき、その場にいなかったのかも〟
ううん、いた。
いま、思い出した。
ブリックじゃなくてシャルノが、授業で初めて聞いた「シバケン」がどんな動物なのか皆に聞いて回ったことがあった。
知識欲おう盛なシャルノだったから、そんなことをしたんだ。……いまならはっきりと思い出せる。
いま思い返してみれば、全部そうだった。
たとえ瞳の色が違ってたって、私がちゃんとシャルノの話を聞いてあげていたら──私はフリーヤニルくんを走らせていたあの背中を、シャルノだって気づいてあげることができたんだ。
……それができなかったのは、私の過ちだ。
でももう知ってるよ。
私をフリーヤニルくんに乗せてくれたのは。私にローブや指輪をくれたのは。
私を助けてくれたのは。
……ほかの誰でもない、シャルノだ。
私のためにブリックの名前で、何年も何年もひたすらに努力して。自分の夢まで、犠牲にして。
そうして私を助けてくれたのは、シャルノなんだ。
あの気弱で運動の苦手だった、シャルノなんだ………。
………なのに、私ときたら……。
あの日事件の中心にいて、すべての悲劇の引き金を引いた張本人の私だけが、なにも知らないままだった。
なんの罪悪感もなく何年も、のうのうと日々を過ごしていた。
それどころか、エルフ国のことも、ブリックやシャルノのことさえろくに思い出しもしなかった。
だけどやっと……やっとすべてを知ることができたよ。
ごめんね、ブリック。
ごめんね、シャルノ。
私………私は…………。
* * * * *
「年に一度、収穫期の水の曜未明に、エルフ世界では夜空一杯に星が降りしきる天文現象があります」
「〝ユングヴィの宴〟、〝オージンの宴〟、〝星屑が降る夜〟など呼称は幾つかありますが……それはいま関係ありませんね」
「その夜には星屑が降っている間だけ、ある特別な路が現れるのです」
「それは愛する者の下へのみ通じる、夜空に架かった長い道程」
「──通称〝星屑回廊〟」
「もしも綿天様が、本当にあの方のことをお思いでしたら………」
「どうか、シャルノ様をお救いください」
* * * * *
星屑が降りしきる夜空の真っ只中、私はクリスタルみたいな光る青い小道をひたすらに走る。
ブリックは、元気で明るいクラスのムードメーカーだった。皆と仲がよくて、学校にいた子のほとんどが友達だった。……けど、同時にトラブルメーカーでもあった。なにかふざけたイタズラをやらかしては、度々皆に迷惑をかけることも少なくなかった。
シャルノは、そんなわんぱくなお兄ちゃんを支えるまじめで優しい弟だった。ひかえめな性格だけど勉強が得意で、よくおもしろい魔法も見せてもらった。そしてお兄ちゃんと同じで、皆に好かれていた。
あの頃、私はブリックのことが好きだった。
それは間違いない。
だけど世界中の包囲網のなか、私の手を取ってくれたのはシャルノだ。
それも間違いない。
………真冬の側溝から私を引き上げてくれたのも、本当は……シャルノだったんだね。
気づかなくって、ごめんね。
……………。
私は、だれのことが好きなんだろう。
ブリックだと思っていたのはシャルノで、
生きていると思っていたブリックは死んじゃってた。
……私がブリックを好きだったのは、元気で明るいムードメーカーだったからだ。活発でスポーツができて優しい男の子。小学生の頃なら、好きになる子は多いと思う。
じゃあ……シャルノは?
私はシャルノを……どう思ってる?
……………。
………わからない。
だって、いままで意識なんてしてなかった。
シャルノは大好きな友達の一人で、……好きな人の弟。それだけだった。
なのにブリックだと思ってた影の正体はシャルノで、シャルノは私の知らないところでずっと……私のことを好きでいてくれた。
…………。
……私は、シャルノが好き………かもしれない。
ううん、わかってる。
ブリックが死んじゃったってわかった途端、たくましくなって私を助けてくれた、ブリックと同じ顔のシャルノに惹かれたなんて単純で、不純だって……そんなのわかってる。
でも私は、シャルノがブリックに似てるからって好きになったりなんかしない。
シャルノとブリックは別人だ。似ているけど、全然違う仲よしの兄弟だ。
……私がシャルノを好きかもしれないって思ったのは、シャルノが私の知らないところでもずっと、私のことを大好きでいてくれたって……そう侍女さんに聞いたからだ。
断じて、ブリックの面影を重ねたわけじゃない。
………違うはずだ。
私は誰が好きなのか、ちゃんと答えを出さなきゃいけない。
二人とも、なんて自分勝手な答えは出しちゃだめだ。
そんな、シャルノの努力をないがしろにしてしまうような答えを、私は絶対に選んじゃいけない。
すぐに答えは出ないかもしれない。
たくさんの時間が必要になると思う。
ブリックへの気持ちを清算すること。
そして、シャルノへの気持ちを確かめて、整理すること。
シャルノとちゃんと話をして、シャルノのお父さんやお母さんとも話をして、………ブリックのお墓にお花を添えて。
……もしかしたら、答えを出すまでに私はおばあちゃんになってしまうかもしれないけど。
でもこれだけは、どれだけ時間がかかっても………私自身の本音で、はっきりさせなくちゃいけない。
それが、ブリックを死なせる原因を作って、シャルノの人生を変えてしまった私の責任だと思う。
きらきらとひらめくサファイアブルーの光の粒は、足元から蛍みたいに飛んでって、やがて夜空へと昇って消えていく。
………謝りたい。
胸のどこか、隅っこのほうでそんな声がした。
……シャルノに会って、ちゃんと謝ってもう一度。
なにも知らない私と、ニセモノのブリックの物語はここでおしまいにしよう。
すべてを知った私と、ホンモノのシャルノの物語をもう一度、初めからやり直そう。
それは甘えてばかりで、助けてもらうだけの無力な私にはなかった、内側から沸き上がる衝動。
──私、謝りたい。
──気づかなくてごめんね。苦しめてごめんね、って。
シャルノにちゃんと謝って、今度は………私が助けるんだ!
解説の桜雫あもるです。
今作『星屑エスケープ』(友人には『星屑エスペラント』なんて人工言語チックな題名で呼ばれました)も残すところあと一章、解説も気合いを入れていこうと思います。
とは言っても、今回は解説かなり少なめです。
殆ど綿天さんが語ってくれているので。(それはそれで大変なんですけどね。)
まずはこの章の舞台である〝星屑回廊〟から。
今までは〝歌〟であったり〝橋〟であったり、何かしら北欧神話に関連するものを登場させていました。
ですが星屑回廊だけは完全オリジナル。
ギリシャ神話と違って北欧神話には星座神話が少なく、最適なモチーフを得ることができなかった……というのが理由の一つ。
もう一つの理由は、『星屑エスケープ』構想初期に「綿天を夜空の中で走らせたい」と思ったからです。
元々星屑回廊は「年に一度、愛する人の下へ……」なんて七夕ロマンチックな設定じゃなくて、単なる王宮への抜け道という位置づけだったのですが……物語を書き進める内にボルテージが上がってしまって。
描写は少なめですが、とびきりロマンチックな設定になってしまいました。
「水の曜未明」というのは、水曜日の未明。平たく言えば火曜日と水曜日の間の真夜中のことです。
これは「Wednesday」の語源が「ウォーデン」(古英語)、つまり主神オージンに由来するところから思い付いた設定です。
オージンもユングヴィも、全く関係ないんですけどね、星屑回廊。
〆切は本日二十三時五十九分。
桜雫あもる、頑張ります。
それでは引き続き、『星屑エスケープ』をお楽しみください。




