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トゥデイ・オン・ビヴロスト

 遂にこの日が来た。


 光のために世界を駆けたような努力が、結実すべき時が来た。


 この背に感じるのはあの子の温かさ。

 そしてあの子が背負わされた過大な罪の重み。


 この日のために、腕が折れるまで剣を振るった。

 血豆ができるまでペンを走らせた。

 飲まず食わずで祈りを捧げた。

 丘の上に血を(したた)らせ、両刃の剣身(けんしん)にティールとユングヴィのルーンを刻み込んだ。

 大丈夫。できるはずだ。


 この身はどうなったって構わない。

 ただ呪歌(じゅか)に塗れたこの世界から、幼けなあの子だけは救い出してみせる。

 それが親愛なる彼との約束。


 この二つの世界に懸かる(ビヴロスト)の上に、(つるぎ)の誓いを立てよう。


 ───あの(Þeirri)星屑(njólu)が散っ(stjarna)(ryk)夜に。(dreifit.)

 幾つか解説をば。


 「光のために世界を駆けたような」。

 これは、この小説に出てくるエルフの源流である北欧神話に出てくる一節を基にしたエルフ世界のイディオムみたいなものです。

 悪夢を見るようになったオーディンの息子バルドルを死なせないために、母フリッグは世界中のあらゆる生物、無生物にバルドルを傷つけないよう誓わせるのです。

 結果として、バルドルはトリックスター、ロキの策謀によって命を落としてしまうのですが、ともかくこの文はその時のフリッグの頑張りを諺みたいにしたものです。


 次に、「丘の上に血を滴らせ」と「両刃の剣身にティールとユングヴィのルーンを刻み」。

 エルフの源流であるアールヴルは、自然や祖霊と結び付けられて古代北欧の人々に崇められていました。

 そんな中、『コルマクのサガ』という文献には、「コルマク(戦士の名前)が傷を癒すには、アールヴァルの訪れる丘を仕留めた雄牛の血で赤く染め、その肉でアールヴァルの為の宴会を開けばよい」(訳文を簡略化しました)と書いてあったそうです。

 「丘の上に〜」はここからとった文言です。

 また、古代北欧にはある事情から勇猛果敢な戦士が多くいました。

 彼らは戦いに勝つために、古代北欧で使われていた魔法の力を持つルーン文字をその両刃のヴァイキング・ソードの刀身や(つか)に刻んで〝勝利〟を手にしたといわれています。

 「ティール」のルーンは〝勝利〟の、そして「イング」のルーンは〝豊穣〟──転じて、豊穣の神ユングヴィを表します。

 ユングヴィというより、「フレイ」の呼称のほうが有名かもしれません。ユングヴィは何を隠そう、小神族アールヴァル(アールヴの複数形)を纏める神様だったのです。

 エルフである〝彼〟は、〝勝利〟と神ユングヴィの加護を求めてルーンを刻んだ、ということです。

 「剣身」は、刀身の剣verの慣用語(辞書等には載っていないが慣用的に用いられる語)です。


 呪歌というのも慣用語です。

 北欧神話には二つの神族がそれぞれに持つ二つの魔法の系統がありますが、その一方が「ガルドル」といって歌う(ガラ)ことと強く結びついたものでした。

 もう一つの魔法は、前に書いた「セイズル」です。

 ルーン文字と魔術的な歌で魔法を使うこのガルドルは、ご存知アース神族のオージン(オーディン)の得意技でした。


 ビヴロストも「ビフレスト」といったほうが、神話マニアの方にはわかりやすいと思います。

 これは神々が地上からアースガルズル(アース神族が住む世界)へと懸けた虹の橋のことです。

 今作品内では、人間界とエルフ世界とを繋ぐ役割を果たしてもらっています。


 最後にラストの「Þeirri njólustjarna ryk dreifit.」。

 これは最後まで出そうか悩みました。数日かけて作りましたが、合ってるか自信ありません……というかおそらく間違ってます。

 北欧神話の世界は古ノルド語という死語で綴られているのですが、日本語や英語でネットから拾える資料が完全じゃないんです。

 語順や語変化、その他細かい文法が(英語が堪能でないのも加わって)あまり掴めなかったので、とりあえずwiktionaryやWikipediaを参考に単語を格変化(ややこしいので説明は控えます)したり、綴りや文法が古ノルド語に非常によく似ているアイスランド語を参照したりして並べてみました。

 今年か来年中には古ノルド語の辞書とか買いたいのですが、その場しのぎの〝にわか〟文章を載せてしまってすいません!


 以上、本文よりかなり長い(苦笑)解説でした。

 引き続き『星屑エスケープ』をお楽しみください。

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