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夜会

この話からロウ視点になります。

「先に帰ってくれっ」

  俺は、初恋に浮かれるあまり無神経になっている友人の足をわざと踏みつけると、エイランを追いかけた。

  きっと、いろいろ気づいてしまったのだろう。先日エイランが屋敷に帰ったあとの、リュウとあの少女の交流は、急速に親密になっていった。二人が館の庭で微笑みあっているのをみるたび、エイランの気持ちを思うと焦ったが、結局何もできなかった。極力二人きりを阻止しようと、せいぜい邪魔するように会話に入っていったりしたくらいだ。二人は気にすることなく親密度をあげていった。運命の恋人、という言葉が本当にあるのかと信じたくなるくらいに、あの二人は相性がぴったりだった。

 エイランはひたすらに泣いていた。やがて泣きじゃくりすぎてくったりとしたエイランは、そのままふっと意識を失った。俺は慌てて抱え上げ、ハク家の迎えの馬車にエイランを乗せた。



  ※



 子供の頃、ちょっとした出来事があってから、エイランは俺の憧れだった。まあ彼女は傍から見ててもわかるくらい、全身でリュウが好き!と体現していたので、高望みはしていなかった。二人が幸せになればいいと、むしろ応援していた。

 だから、あの少女が現れてからの数日間、エイランがみるみるしおれていくのを見ているのはつらかった。


 花まつりの次の日は、さすがに寝込んだでしまったみたいで会えなかった。

 心配になって翌日も様子を見に行ったら、泣きすぎたらしく少し顔を腫らしたエイランが、それでも笑顔で出てきてくれた。俺達は彼女の屋敷の庭を散策した。華やかな花が多くあり、ハク家の勢いを感じられた。

「……調子はどう?」

 エイランは眉を下げて微笑んだ。

「まあまあ、かな。きょうはちゃんとごはんもたべたし」

 昨日は、食べられなかったんだな。俺は改めて彼女が受けた衝撃の大きさを感じながら、お土産に持ってきたパイを渡した。

「これ。ばあやさんのカスタードパイ。ばあやさん、リュウさまにちょっと怒ってたよ。乙女の気持ちをなんだと思っているんだってね」

 エイランはうれしそうに受け取ってくれた。……少しほっとした。

「……あの、さ。夜会、嫌だったら止めといていいからな? リュウたちには風邪とか、うまく言っとくから」

 リュウに勝手に代替パートナーにされた俺の事など、気にするな。

 エイランは目を丸くして、それから嬉しそうに笑った。

「ありがとう。……でも、出るよ。だって、ここで逃げたら後で絶対悔やむもの」

 パイの入った籠をだきしめて、エイランは自分を励ますように言った。

「私がリュウの近くにいたって嫌味や嫌がらせをしてきた人達を、よろこばせちゃうじゃない? フウリンのドレス姿だって、楽しみだし。きっとすごくきれいなんだろうな」

 そしてふいに、こちらを向いて笑った。

「だから、エスコートよろしくね、ロウ」

「……ああ。まかせとけ」

 泣いているような微笑みだった。俺も、もらい泣きしそうな涙をぐっとこらえて、微笑んで言った。ポケットの中身はくしゃりと握りつぶした。一緒に文面を見ていたから知っている。握り潰す許可だってもらった。いちおう、持ってきただけだ。フウリンのためのダンス教室のお誘い、なんてしてる場合じゃねえだろう、リュウ。


 夜会の日。俺は盛装してエイランを迎に行った。彼女の両親はあきらかに俺とリュウを比べて値踏みしている様子だったが、エイランはひきつりながらも笑顔で俺の腕をとった。

「今日はありがとう、ロウ。お先に、行ってきます、お父様お母様」


 夜会は、立食パーティーの形式でが主だ。ホールではダンスもするのだろう。立派な楽団も用意されている。

 会場に入り、そこここで挨拶をしたりしているとリュウ達が現れた。

「あ、エイラン。ごめんね約束守れなくって」

 リュウはサラッとさわやかに言った。こいつ、自分がしでかしたことに気づいてないな。たぶん、フウリンへの気持ちにもまだ無自覚なんだろう。じゃなきゃとんだ腹黒だ、この状況でそんなことが言えるとは。

 きれいに着飾った銀髪のフウリンは、人形のように整った顔も相まって、会場中に注目されていた。エイランがさっきから何人の女性に陰口をたたかれたり直接絡まれたりしていると思っている。


 エイランはにこりと笑って首をふった。

「気にしないで。……フウリン、よく似合ってる」

「ばあやさん、着せてくれた。エイラン、かわいい。これ、おそろい」

 フウリンは、腕飾りを指して嬉しそうに笑う。つられたようにエイランも笑顔になった。……本当にこの子のことも好きなんだな、エイラン。心中複雑だろうに。


 今日のエイランは、綺麗だった。薄桃色の、ふんわりとふくらんだドレスも彼女のかわいらしさを際立てていた。それ以上に意地でも笑顔を絶やすもんかとはりつめた気迫が、隣で見ていて本当に、綺麗だった。


 主催の領主様が現れた。挨拶とともに、リュウの姉上とその婚約者を披露する。彼は、近くの市の領主の息子だっただろうか。以前から恋仲だったと聞いた。仲むつまじくみつめあった二人に、会場は暖かい拍手でわいた。エイランも、にこにこと笑っていた。時折、表情がせつなそうに揺らぐ。たぶん隣で見ている俺だから気づくのだろう。そのたびにきゅっと抱きしめたくなって自制した。


 領主様は席に着き、歓談の時間。リュウは意気揚々とフウリン嬢を伴って領主のところへ向かった。

「僕の客人です、父上」

「風琳と、申します」

 フウリンは膝を折り、礼をした。昨日からずっと、あの挨拶とお辞儀を練習していたんだ。俺は領主役でつきあっていたから知ってる。そのできは、まあまずまずじゃないだろうか。少なくともうるさ方につけいられるような隙はなかったと思う。


 エイランも、こころなしかほっとしているようだった。自分の時を思う出したのだろうか。昨年の今頃だろうか、社交界デビューしたエイランもああやって挨拶していた。緊張して少し噛んでいたのが初々しくて可愛らしかった。


 一言ふたこと領主と会話を交わしてから、フウリンとリュウはこちらに戻ってきた。フウリンがリュウの手を離すとエイランに抱きついた。

 そんなに残念そうに手を見るな、リュウ。

「ちゃんと、できてた?」

「うん。ちゃんとできてたよ。ドキドキした?」

 こくりと、フウリンがうなずく。軽くふるえているようだった。

「ふふ。最初はみんなそうだよ。ねえ、あっちにあったカナッペが美味しかったよ。もらいに行こう?」


 女の子たちが食い気に走ったあいだに、俺はリュウをこづいた。

「あの子のこと、どうするつもりだ」

「うん? フウリン? ……どうするつもり、なんだろうねえ。僕にもまだちょっとわからないんだけど。絶対に、手放したくないんだよね。夜会の間、あの海辺の館になんておいておけないくらいには。だって、戻ったらいなくなっちゃってそうでさ」

「……ああ。わからなくもないな。あの美貌でさらい手には事欠かない上、本人もどこか儚いからな。ふわっと消えそうだ」

 俺は、そういうところは趣味じゃないがな。もっとこう、地に足をついた感じがいい。いや。

「だろう? だからできるだけ傍にいたいんだ」


「だが、領主様はどう思われてるんだ。夜会で紹介するということは、お前の重要なひとだってことだろう」

 過去をふりかえれば、今のリュウの姉姫の婚約者だとて最初は姉姫の知人と社交界に紹介されていた。

「うん? 別に気にしておられないんじゃないのかな。別宅に住む妾腹の息子の婚約なんて」

 またこいつはさらりと毒を吐く。


「対外的には、お前は奥方の次男だろうが」

「対外的にはね。優秀な長男には王都でも有力な貴族の娘を娶せたし、目に入れても痛くない愛娘は近隣に嫁がせることで王都よりも遠くに行かれることを阻止できたし。今は奥方様にそっくりな三男の嫁選びに今は忙しいんだと思うよ。……ああ、エイランはそれなりにいいところのお嬢さんだからさ。もしやとは思うけど候補なんかに挙げられないように君がしっかりつなぎとめといてね」

「お前が言うな」

 まったく。欲張りだな。エイランの相手は彼女が選ぶ。……まあ変なのに絡まれないように見てはおくけど、な。



 やがて宴もたけなわとなり、主役であるリュウの姉のペアを革切りに次々と踊り出す人が増えてきた。

 リュウはフウリンの手を取ると、さっさと踊り出した。フウリンの足取りは軽く、数日前まで踊りを知らなかったとは思えない足さばきだ。何となく皆の視線を集めるペアだった。エイランは泣きそうな笑顔で二人を見ている。……ああ、もう。

「……踊る?」

 エイランに聞くと目を丸くされた。そういえば、俺はあんまりこういうのに参加しないからな。


 だけどエイランはふわっと笑うと膝を折った。

「よろしくお願いいたします」

「ではお嬢さん、お手を拝借」

 俺も芝居がかって手を出すと、二人で目を合わせてくすりと笑った。エイランを腕の中に抱いてくるくると踊る。


「ロウ、踊れたんだね。意外」

「いちおう、貴族の傍系の息子だからな。これでも」

「そうだったね。ふふ。忘れてた」

 時折、視界の端に映るペアの姿にひきつりつつも、楽しく踊れたのではないかと思う。少なくとも、壁際で眩しく二人を見ているよりは絶対に。


「ふふ、息が上がっちゃったよ。ロウ、気持ちよくエスコートしてくれるからついつい踊りすぎちゃった」

 通りかかった給仕からドリンクをもらって、エイランにも渡す。

「エイランが可愛いからだよ」

「もう。お世辞でも、うれしい。ありがとう」

 鬱屈していたものを少しは発散できただろうか。エイランはやっと、自然に笑った。俺も嬉しくて頬が緩む。やばい。ニヤけている男なんて思われたら困る。

「……ねえ、ロウ。また、一緒に、」


 エイランが頬を染めながら何かを言いかけたとき、会場に悲鳴が響いた。そちらを見ると、ふらり、と。フウリンが倒れるのが見えた。悲鳴はフウリンじゃない。もっと高い声だった。近くで目撃した婦人だろうか。

 リュウが、蒼白な顔でフウリンを抱き上げた。俺達も駆け寄った。フウリンは青ざめていて、苦しそうに眉根をよせている。


「リュウ、どうした」

「わからない。突然ふらふら倒れたんだ」

 リュウは領主に突然退出する詫びを告げると、フウリンを連れて出ていった。

 呆然としているエイランをそっと誘導して、俺達も会場の外へ出た。エイランが嫉妬のあまりなにかしたと言わんばかりの好奇の視線が鬱陶しい。二人はお前たちが思っているような関係じゃない。


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