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街へ出かけました

 翌日、フウリンと、ロウと一緒にお買い物にでかけた。主にフウリンの持ち物を揃えることが目的だ。リュウも来たがったのだけど、今日はどうしても外せない仕事の予定があるそうだ。すぐに終わらせてあとから追いつくから、と言ってロウに叱られていた。ロウも小さい頃からの幼なじみで、部下というより大切な友達だとリュウが前言っていた。


 フウリンは念のため髪を染粉で黒く染め、ぼうしをかぶって目立たないように変装してる。わたしもおそろいでぼうしをかぶったら、わりとよくあるお嬢様のお忍びっぽくなった。ロウに言わせれば悪目立ちしなくなったそうだ。さすがに銀の髪をさらして街を歩く度胸はわたしにも無い。

 二日後に花まつりを控えた街は、どこか浮き足立って賑やかだった。

 フウリンは子どものように駆け出すので、興味が似ているわたしと手をつないでいた。でも二人で駆けてたら意味ないのかしら。後ろからロウが、苦笑しながら着いてきてくれてる。ちなみにわたしの家からつけられてる護衛だってどこかにいるはずだ。


 わたしも一応お嬢様で、普段はあまりこうして街を歩くことはなかったので、ふたりできゃあきゃあいいながらお店を見て回るのはとても楽しかった。服屋さんでフウリンの日常着と、それからあつらえたかのようにぴったりだったドレスを買って、雑貨屋さんでアクセサリーを選んで、可愛い靴や日傘なんかも見て、それからおいしそうな甘味処でデザートをいただいた。フウリンと二人で並んで座って、苺のケーキと栗のケーキを半分ずつ交換。いままで、こんなふうに気の合う友達はいなかったので、新鮮で楽しかった。向かいに座ったロウも、飲み物を手ににこにこと楽しそうにこちらを見ていた。……なんだか我が子を見守るような目線だったのは不問にしよう。


 はしゃぎつかれたのかフウリンがうとうとと舟を漕ぎだしたころ、髪を染めたリュウが駆けつけた。たしかロウは領主様の遠い親戚だそうで、髪の黒いリュウとロウは意外によく似ていた。もう買い物が済んでいることにがっかりしながら、リュウはほとんど寝かけているフウリンをつれて先に帰っていった。


 ロウがいつものように家まで送ってくれた。

「今日は、楽しかった?」

「うん」

「ずいぶんフウリンと親しくなってたな」

「うん。……フウリンは、私の家のことをいったりしないし。リュウを独り占めしてるって、いじめてこないもの。今日ね、本当に楽しかったの。またみんなで、こんどはリュウも一緒に来れるといいなあ」

「次は、花まつりだな」

「うん。四人で行かなきゃね」

「……ああ、そうだな」


  ※



 花まつりは春の訪れを祝う祭りで、やるべきことはひとつ、花を身に付けること。だいたい男性は胸に一輪、女性は髪やら服やらいろいろなところに工夫を凝らしていた。わたしも黒く染めた髪にあまり高価ではない花を結い込んだ。

 朝、リュウの館にみんなを迎えに行ったら、リュウが腕輪をプレゼントしてくれた。フウおリンのとおそろいで、宝石が花の形にあしらわれている。花まつりの日の特別商品だそうで、ちょっと高価すぎて祭りにつけていくにはふさわしくなかったけど、わたしはとてもうれしかった。リュウから装飾品を貰ったなんて初めてだ。わたしはフウリンと企み、紐を通して肌に近いところにぶらさげて身につけてきた。だってせっかくの花ものなんだもの。

 出店がたくさん並び、人がごったがえす中で、わたしたちははしゃいで買い食いしたり屋台を覗いたりした。


 そうこうしているうちに、街の中心部の大きい広場に出た。そこでは楽団が演奏し、人々はにぎやかに、思い思いにはずむように踊っていた。社交界のような上品な物じゃなくて、皆ではしゃぐための踊り。去年も、おねだりしてリュウと一緒に踊ってもらった。今年も頼もうかとリュウをふりむく。息が、止まるかと思った。リュウは暖かい眼差しでフウリンを見つめていた。親が赤ん坊に向けるような、何をやっても可愛く愛おしいとでもいうような。


 わたしは一度きゅっと目を閉じ、何も気づかなかったふりをした。

「ねえ、リュウ! 今年もみんなで踊ろうっ」

 フウリンが、ぱあっと顔を輝かせてわたしを見た。フウリンはダンスが好きなのだ。何気ない部屋でも軽く身を翻らせて、くるりとまわって踊っていた。

 リュウはわたしに、にっこりと笑った。

「僕たちはいいよ。見ててあげるから、二人で踊っておいで?」


 心にまた、冷たい針が刺さった気がした。きっと、『みててあげ』たいのはフウリン、だ。

 だけど、無理矢理気づかないふりをして、笑顔を振りまく。

「ちゃんと見ててね! フウリン、行こうっ」

 わたしはフウリンの手をとって、踊りの輪に加わった。

 普段はすました顔のおばさんやおじさんや、大人や子供もみんな、楽しそうに踊っている。踊っていると楽しくなって、嫌なことは全部忘れた。フウリンと目をあわせ、拍子をとり、体を弾ませた。

 

 曲の変わり目になるとちらほらと、休憩に踊りの輪から出るひとがみられた。わたしたちも目を交わすと、手をつないでリュウ達の待つところへ帰った。

「ふたりとも、かわいかったよ。春の花の妖精みたいだった」

 息を上げて帰ってきたわたしたちに、リュウとロウが飲み物をご馳走してくれた。

「フウリン、初めての花まつりはどう?」

「たのしい! こんなに、人がいっぱいいるの、はじめて。ありがとう、リュウ、エイラン、ロウさん」

「わたしも、楽しかったよ。女の子のお友達と一緒なの、はじめてだもの」

 おそろいの腕輪の贈り物も、お互い選びっこした花飾りも、みんなみんなたのしかった。心に刺さった、針の意味には気づきたくないくらいに。

「ああ、次は神劇だね。いつもの、精霊王さまの伝説。見ていこうか」

「うんっ」


 六人の精霊王の伝説を元にした、半分宗教行事である神劇。筋は毎年決まったものだ。花まつりの神劇のすじがきは、光の精霊王さまが春の訪れにうかれて、他の精霊王や精霊たちに手を出して大騒ぎになり、そこへ闇の精霊王さまが現れて光の精霊王だまをお説教。心を入れ替えた光の精霊王さまが春の訪れを宣言して、終わる。

 光の精霊王役の役者さんが、高らかに春を宣言した。同時に花びらが舞台の上から広場中にまかれる。ふわりと風が吹き、花びらが空へと舞い上がった。色とりどりに染められた空に、広場中から歓声があがった。

「精霊もお喜びだ! みな、良き春を!」


 ひらひらと降りてきた花びらを数枚捕まえて、匂い袋にしまった。今年が幸せでありますようにという祈りをこめた、習慣だった。

 フウリンの髪についていた花びらをくすくす笑いながら取って手渡すリュウの姿に、また心が痛んだ。

 ぽん、と頭を撫ぜられた。ロウだ。

「明日は夜会だろう。そろそろ、帰るか」

 ロウは、やさしい。きっと少しだけ顔にでてたんだろう。ささくれだった心に、ホットミルクみたいにじんわりとしみこんだ。うん。もう少し、最後まで笑顔でがんばろう。楽しいお祭りを台無しにしちゃいけない。きっと、気にしすぎなんだから……。


 リュウが大時計を見て残念そうに言う。

「そうだね、そろそろ帰らなきゃ。ああ、そうだ……ねえ、エイラン。約束まもれなくなっちゃうんだけどさ」


 ……え?


「夜会にさ、フウリンをエスコートしていってもいいかな? 父上に紹介したいんだ」


 ……………………え?


「きみのパートナーは、良ければロウに代わってもらいたいんだけど。ごめんね?」


 リュウはさらっと言ったけど、理解ができない。したくない。

 頭が、ぐるぐると回る。どうして。どうして。どうして…………?


 リュウはちっとも悪いと思っていないような、幸せそうな笑顔だった。きっと、フウリンのドレス姿を思い描いているのだろう。


 わたしとの約束なんて、そんなものだったのだ。リュウにとっては軽く、軽く、覆してしまえるほどの。


「……っ」


 ダメだ。ここで泣いたら嫌われてしまうかもしれない。

 わたしは、頬に力を入れて笑みを形作った。


「うん、わかった。じゃあ、私、帰るね。……っ。今日は楽しかった、ありがとう、じゃあ」

 一気に言うと、泣き顔を見られないようにわたしは踵を返した。


「送る」

 ロウが、小走りに追いかけて来てくれた。うしろで、リュウがぐっって足でも踏まれたみたいにうめいていたけど、もう振り返れなかった。涙でぐちゃぐちゃな、こんな顔好きな人にみられたくない。


 広場が見えないくらいまで走って、路地裏に入って、足が止まった。もう、耐えられない。嗚咽があふれた。ロウが、そっと胸に抱き寄せてくれた。わたしはロウの胸でなきじゃくった。


 この日、リュウはわたしよりもフウリンを選んだんだ。わたしの幸せな未来が、がらがらと音をたててくずれていった。

 だって。だってわかっちゃうよ。リュウは、フウリンが好きだ。あの目はぜったい、恋してる。わたしには一度も向けることのなかった、蕩けるような甘い眼差し。フウリンも満更ではなさそうで、甘えたような優しい目をしてリュウを見ていた。何度も何度も想像した恋の始まりの甘い関係。でもリュウの相手はわたしじゃない。わたしの恋は、きっともう…………終わって、しまったのだ。

  燃え尽きて灰になってしまいたいくらいに悔しいけど、二人はお似合いだった。おうじさまとおひめさまみたいだった。あのキレイな関係をかき乱して壊してまで、わたしの幸せを願うことは、できなかった。


 ロウは、わたしが泣きつかれて脱力するまでずっと、髪を撫ぜ、背中をさすっていてくれた。

 どうやって家に帰ったのかは、覚えていない。翌日、わたしは寝込んだ。


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