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きれいな女の子を拾いました。

「精霊様のおめぐみがありますように」

 ーーこの街の、この国の、日常的な祈りの言葉。


  ※


 ずっと。ずっと、リュウのことが好きだった。

 リュウと会うためなら、早起きだって苦にならなかったし、長い時間待って少ししかお話できなくても、顔を見られるだけで幸せだった。

 リュウ。リュウ。大好き。ずっとずっと、あの頃のわたしを超える、大きくて激しい気持ちは持てないだろう。全身で、ほんとうに頭のてっぺんからつま先まで私全部がリュウのことでいっぱいだった。大好きだった。

 だから、あの日、あの場所へ行ったことを、後悔している。いつもいつも散歩していた浜辺だけど。あの日は、行かなければよかった。ほかの場所に行けばよかった。ううん、館の中でおしゃべりしてればよかったのよ。二人きりになりたいなんて、望まなければ。彼は、あの子と出会わなかったのに。


  ※


「ねえ、今度の夜会にはリュウ出るのよね?」

 きらきらと期待に輝いた気分でリュウを見上げる。リュウは苦笑した。

「うん。父上に必ず出るようにって厳命された。姉上の婚約のお披露目だそうだし、今回ばかりはサボれないな。エイランのところにも招待状、行った?」

「ええ! お母様、ドレス選びに大騒ぎなの。リュウのお姉様のドレスの色とか、必ず聞いてきてって言われちゃった。被らないように配慮するのですって」

「ふうん。僕はドレスに興味ないから知らないけど……ばあやなら聞いてるかもね。後でまた聞いておくよ」

「うん、ありがとう!」

 わたしは、嬉しくなってリュウの腕に飛びついた。リュウは微笑んで、頭を撫ぜてくれた。

「ねえ、エイラン。僕のパートナーとして出席してくれる?」

 わたしは破顔した。

「もちろんよ!」


 領主様の次男リュウと、いちおうこの街の豪商で名の知られた家の娘であるわたし、エイランは、歳が近く、また縁もあって子供の頃から仲の良い遊び友達だった。家格的にもまあ釣り合っているといえ、このまま婚約できたらとわたしの両親などは願っていた。

 

「ああ、楽しみ! ねえ、リュウはどんな服を着るの? ……ああやっぱり聞かないわ、だって当日の楽しみが減ってしまうもの」

「エイランは昨年社交デビューだったっけ? 楽しそうだねえ」

「ええ。今年は、今度の夜会で三回目のパーティなの。毎日が楽しいのよ」

「今日は、ごめんね。こんな朝早く」

「ううん、リュウに会えて嬉しいわ。お仕事の勉強をはじめたのでしょう?」

「うん。ちょっと、商いをね。やっぱむずかしけど。やってみたいんだ」

 夢を語るリュウはかっこよくて、わたしは思わず見とれた。


「あれ……」

 ふと、リュウの視線が何かに留まる。首を傾げてわたしもそちらを見た。

 波打ち際に、人らしき姿が横たわっていた。

 最初、人形が倒れているのかと思った。わたしは息を呑んでみつめた。青みを帯びた銀の髪は足元まで広がり、華奢な体を覆い隠す。日の光に晒したことなどないような白い肌。顔つきは整っていて、目を閉じられた顔は眠っているような穏やかな表情で、これは現実なのだろうか、とわたしはぼんやり考えていた。少女に見蕩れていたリュウがふいに、声をあげた。

「生きてる!」

 リュウが抱き起こす。少女は、ふう、と息をついて目をあけた。宝石のような、海色の瞳がわたし達を射た。

「……」

 桜色の唇が、かすかに開く。そのまま糸が切れたように、ふわ、と笑って少女はまた目を閉じた。


 リュウは躊躇なく少女を抱き上げた。が、重かったらしく背中に背負い込んだ。銀の髪からちらちらとのぞく素肌が眩しかったので、わたしが肩にかけていたショールを巻いてあげた。


 だいたいリュウは小動物に弱いのだ。子犬や子猫、傷ついた鳥から亀、貝、小魚まで。なんでも拾って介抱してしまう。だいたいは自然に還したり貰い手をさがしたりしたのだけど、何匹かはそのままリュウの館で居候している。

 使用人たちも慣れたもので、リュウが連れ帰った少女を見て慌てはしたが、瞬く間に風呂の準備ができた。ばあやさんたちがとにかく館に入れられるようにと、数人がかりで風呂に連れていった。わたしも、風呂へ運ぶのを手伝ったあと、着替えた。子供の頃からよくここに来ていたので、着替えは常備されている。件の少女にも、わたしの服を貸した。

 ……ぶかぶかだった。


 海藻や汚れを落とした少女は今、客間の寝台に眠っている。こうしていると本当に人形みたいだ。

 リュウは、この子、どうするんだろう。


 リュウは今、風呂に入っている。浜辺から高台にあるこの館までは結構な坂道だったから、今頃疲れて居眠りしているかも。


 と。風が吹いた。潮の香りに誘われるように少女が目をあけた。視線は不思議そうにあたりをさまよい、そしてこちらを見る。整った顔が嬉しそうににっこりわらった。

「…ありが、とう」

 囁くような、かすかな声。だけど心の奥にするりとはいってくるような、不思議に印象的な声だった。

「無事でよかった。ねえ、名前は?」

「……風琳(ふうりん)

「フウリン? わたしはエイラン。あなたをここまで運んでくれた男の人は、リュウ。よろしくね。ねえ、聞いてもいい?」

「……?」

「ねえ、どうして水を飲んでないの? あなたはどうしてあそこにいたの? 海の中でも息ができるの?」


 つい、たたみかけるように聞いた。リュウが来る前に正体を見破らなきゃ、とかいう気持ちも多少はあった。だけど、フウリンはまるで動じずにきょとんとした顔で首をかしげ、そして頷いた。

「ねてた」

「は?」

 …………寝て、た?

「おきたら、ここにいた。風琳、わからない。どこ」

「レンナン市よ。……あなた、王都から逃げて来たの?」

「王都?」

「だって。その容姿だったら、かなりの高位の貴族か神殿の庇護下にいるはずよ」


 この国では、色素の薄い、精霊に近い色の持ち主ほど高位とされる。リュウは金茶いろの髪に青みを帯びた瞳をしていて、このあたりではかなり色素の薄い方だ。姿を見たことはないが国王陛下だと日の光を紡いだかのような眩い金髪だそうだ。エイランは栗毛色である。

 稀に、それ以下の身分に生まれた色素の薄い者は、神殿に所属することが多い。貴族が囲うことも多々あるみたいで、フウリンみたいに綺麗な娘だと、だいたいはそんな感じで保護と言う名で監禁されるとか。この子はそんな運命から逃げてきたのかと思ったのだ。


 フウリンは首をことんとかしげた。

「風琳、いままで、ずっと同じ部屋の中。出られなかった。だから、王都、知らない」

 たぶん、そうなのだろう。エイランは思った。こんな言葉もおぼつかない様子では、きっと酷い環境だったのだろう。

「隙をみつけて、逃げてきたの?」

 フウリンはにこりと笑ってうなずいた。

「そら、おおきい! そら、ひろい。そら、たかい。ずっと、みてたら、ねむくなって。おきたらここ、いた」

 空も見えないようなところに監禁されていたのかしら……。わたしはなんだかかわいそうになって、これ以上聞くのを止めた。


「とりあえず、お茶でもいれましょう。何か食べる?」

「! ……おなか、すいた!」

 フウリンは身を起こした。まだ乾ききってない髪に引きずられてかくんとよろける。

「おもい……」

 涙目になっている。それはそうだろう。人の背丈ほどある濡れた髪だ。情けなさそうに無造作に毛を持って、フウリンは起き上がった。


「ねえ、少し、切る?」

 首をこてんとかしげる。切ってもらったこともないのかしら。

「髪。なにか主義主張や信仰の関係で切れないんじゃなかったら、切ったほうが楽だよ。お手入れだってできるし」

 正直今のフウリンの髪は洗って潮を落としただけで、からまったり海藻が依りこまれたりしてる。もったいない。

「おねがい、します?」

 よくわかっていないみたいだけど、拒まないということは不都合はないのだろう。

「うん、じゃあこっちの長椅子に座って。……ばあやさん、ハサミくださーい」


 ばあやさんは、あらあらやっぱりねえと言いながらハサミを持ってきて、髪を切る支度を手伝ってくれた。ばあやさんはリュウの乳母で、かつては領主様のお館のメイド頭もつとめたことのある凄腕で、リュウが事情があって住むことになった別宅までついてきてる生粋のリュウの使用人だ。私もお世話になってる。

 わたしはさっとハサミをすべらせた。腰のあたりで切りそろえる。ついでにまっすぐな毛が顔の前に垂れてきて邪魔そうだったので前髪も作った。うん、我ながら上出来。

 乱れた毛先をブラッシングしながら、ばあやさんに鏡を持ってきてもらった。


「もうすこし短くするともっと扱いやすくなるけど、とりあえず不都合がないくらいに揃えてみたわ。どうかしら」

 フウリンは、ぷわあっと花が開くように表情かおを輝かせた。

「おもく、ない! 素敵。素敵。ありがとう、エイラン」

 にっこりと笑ったフウリンに、思わずわたしは見惚れた。綺麗な顔の満面の笑顔はすごい破壊力だ。そのままされるがままに、フウリンにぎゅっと抱きつかれてしまった。

 ばあやさんは手早く片付けると、お茶と軽食を運んできた。三人分。

「ばあやさん、リュウも来られるの?」

「ええ、先ほど湯からあがられて、身仕度がお済みになったらこちらにこられるとのことです」

「ありがとう、ばあやさん。待っていた方がいいかしら」

「いえ、先に始めてて欲しいと」

「では、遠慮なく。精霊のおめぐみに感謝して、いただきます」

「いただき、ます」

 簡単に食前の祈りを唱える。フウリンも真似をしてつぶやいた。

「精霊のご加護がありますように」

 ばあやさんは給仕の際の決まり言葉で応える。

 パンとスープと、それからデザート。パンはふんわりとやわらかく、スープは滑らかでとてもおいしかった。そして、クリームと果実ののったケーキ! ケーキはとてもとても甘くて幸せな気分になった。

「おいしい!」

 フウリンは目を輝かせた。しばらくわたしたちはもくもくと食べた。

 お皿があっという間に綺麗に空になり、香茶をいただいてひと息。

 一人分だけ、手付かずのリュウの皿に、何となく二人の視線が集中する。ごくり。

 と、扉が開き、リュウがにこやかに入ってきた。

「お待たせ。ああ、お腹がすいた。先に失礼するよ」

 言いながらさっさとケーキを口に運ぶ。

 わたしたちは思わずああ、とため息をついた。

「? どうしたの?」

 わたしは首を振った。フウリンが空っぽになった自分のケーキ皿を見つめながらつぶやいた。

「…………おいしい、もっと、食べたい」

 リュウは目を丸くして、それから笑い出した。

 ばあやさんが、おかわりを持ってきてくれた。


 次の日、買物にでかける約束をして、その日は帰ることにした。

 馬車を呼ぶのも面倒だったので歩いて帰ろうとしてたらロウが声をかけてくれた。

「送ろうか?」

「ロウ。うん、ありがとう」

 ロウは、リュウの友達で、居候で、今は仕事の補佐もしている。黒い髪に深い青い目をした優しいお兄さんだ。わたしにとっても幼なじみの親しいお兄さんであり、よく相談にのってもらってる。

「あのね」

「うん?」

「ついに、リュウ、女の子をひろっちゃった」

「…そうだな」

「いつかそうなったりして、とは思ってたけど。子供とか、ありそうだなって。でもまさか、年頃の女の子だなんて。しかもあんなに綺麗な」

「うん」

「あの子、わたしん家に連れてった方が良かったかな?」

「そう思う?」

「ううん」

 問い返されて、素直に首を振った。

「はあ。……問題なのはね、わたしが嫌いじゃないってことなの」

「そうなの?」

「うん。ちっさくて華奢で儚気で、でもおもしろかった。好みのタイプだった」

「はは。エイランは好きそうだな」

「あーあ。こうなったらあの子のこと、リュウよりも好きになってやるっ!」

「ははは。がんばって」

「うん!聞いてくれてありがとう、ロウ」

「どういたしまして。お役に立ててよかったよ」

 ロウと話したら漠然とした不安が軽くなった気がした。


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