魔法のカガミにお願い(結)
グループ小説の第十四弾、『起承転結小説』です。起→叶愛夢さん、承一→春野天使さん、承二→神崎颯さん、転一→finoさん、転二→伊勢さん、そして、結→よぞとなってます。ついに完結しましたが、心を広く持ってから、むしろ何年か修行をこなしてからお読みいただく必要があります。
紗季ちゃんが足を上げると、鏡の破片がカチャリと音をたてた。
か、加賀見はどうなっちゃたの!?
「加賀見!!」
あたしは慌てて破片を拾い集める。
あかりの話だと次に鏡が割れると、加賀見が死んじゃうって……!
そんなのあんまりだよ!
「慌てると、手、怪我するよ」
落ち着いた声で紗季ちゃんが言った。
その普段と変わらない声の響きに、背筋がぞくっとした。
「どうしてこんな……、ひどいよ!」
「綾は一つ、大きな思い違いをしているよ」
思い違い……?
「これはね、運命の人を教えてくれる鏡なんかじゃない」
「……え?」
そそそそ、それはいくらなんでもないんじゃないかな!?
「だって……だってだって! 加賀見はあたしの運命の人をちゃんと教えてくれたよ!?」
紗季ちゃんは慌てふためく私を見て小さくため息をついた。
あ、そのやれやれって表情、あかりと同じだー。なんて、そんな発見情けなさ過ぎるよ……。
「これは『魔法の鏡』。12時にそこに映った者の願いを叶える魔性の鏡。運命の人を教えるってのは、この鏡の一部でしかないんだよ」
『魔法の鏡』……。
なにそれ、すっごいじゃん!
それさえあれば恋愛成就だろうが、大金持ちだろうが、ハーゲンダッツ食べ放題だろうが思いのままってことでしょ!
きゃーきゃー! って、あれ……。
「それって変だよ。だって加賀見は恋のキューピッドで、あかりがそれを守るなんとかっていう組織の一員だもん」
「世界精霊保護機関なんてふざけた名前の組織、存在しないからね」
へ、どういうこと?
紗季ちゃんが割れた鏡を見ながらゆっくりと口を開いた。
「加賀見は今日、ある願いを叶えている最中だったんだ」
「ある願い?」
「そう、それは――」
紗季が一番大事なところを口にしようとした時、廊下の後ろの方からこっちに駆けて来る足音が聞こえてきた。
「綾っ!」
「あかりっ!」
月明かりに照らされたのは、息を荒くしたあかりだった。
よかった、あの三人から逃げ切れたんだ。
「あのね、今紗季ちゃんが――」
「――それは、綾の運命の人を変えること」
――え?
息が詰まった。外の雨音も聞こえなくなった。
あたしの運命の人を変える? なんで、誰がそんなことを?
紗季はまっすぐとあたし――いや、あたしの後ろに立っているあかりを見据えていた。
「そうだよね、あかり?」
ゆっくりとあかりを振りかえる。
嘘、だよね?
でも、あかりは今までに見たこともないほど無表情に紗季を見つめ返している。
「加賀見、いなくなっちゃったんだね」
「あ、うん……。鏡が割れて――」
「役立たずだなぁ」
感情のない声。その冷たい響きに背筋が凍る。
え、え? 本当にあかりなの?
固まるあたしの代わりに紗季ちゃんが問いかけた。
「自分の為に人の運命を変えていいと思っているの?」
「さあ。でも鏡割ることないんじゃない? 勿体無い」
その勿体無いという響きが、加賀見を物として捕らえていたんだと確信させる。
ついさっきまで加賀見と言い争っていたあのあかりはどこにいってしまったの?
怖い、まるで知らない人みたいだよ。
「……ねえ、どうして、あたしの運命の人を、変えようとしたの?」
おそるおそる聞いてみる。
うう、声が震えて今にも涙が出そうだよ。
あかりが目だけを動かしてあたしを見た。その目には明らかに憎悪の感情がこめられている。
紗季ちゃんが今度はあかりの代わりに答えた。
「綾の運命の人がね、あかりの大好きな人だったからよ」
それ……だけ?
「それだけ? って顔だね。冗談じゃない。なんであんたみたいな浮ついてて落ち着きがなくて、ただ恋愛したいだけの馬鹿女に荒城先輩を捕られないといけないのよ!」
荒城先輩って……。荒城直弥先輩!?
あの王子様みたいな甘いマスクと、優しい笑顔。さっきは羽虫だったけど、普段の先輩はすごーーく素敵!
あの人が私の運命の人かぁ……。へぇ、そっかぁ。
って、いけない。こんな事ばかり考えてるからダメなんだ。
「あーあ。迫真の演技だったんだけどなぁ。荒城先輩にも嫌われちゃう覚悟でやったのに。あんたのせいで台無しだよ、紗季」
あかりは言いながらしゃがみ込んだ。ゆっくりとした動作で、割れた鏡の破片を手に取る。
そしてそれを紗季ちゃんに向けて突き出した。
「どうしてくれるの?」
「運命に逆らってでも荒城先輩を好きでいようと思えなかった、あかりが弱かったんだよ」
紗季ちゃんも一歩もゆずらない。
わわわわ、どうしよう!
このままじゃ大変な事になっちゃう、いや、もうなってるかも!
あかりの手にした鏡の破片はするどく尖っている。あれで切りつけられたら……痛い! 怖い! 嫌だ!!
「だめぇ!!」
あたしはあかりに飛びついた。
必死になって鏡の破片を奪い捕ろうとした。するどい切り口が掌を切りつけて、赤い筋が腕を伝っていく。
痛い痛い痛い……!
「やめてあかり! あたしはいいから、荒城先輩の事は諦める。っていうかあかりの方が絶対合ってるし! あたしなんか全然釣り合わなくて、それで、それで……!」
「いいかげんにして!」
思いきり両手を振られて、あたしは廊下の壁まで吹き飛ばされた。
背中を思いきり打ち付けて苦しかったけど、今はそれどころじゃないんだ。
「あんたがそんなんだから苦しいの! 荒城先輩は譲らないって。絶対に私の方が大好きなんだって、なんで言ってくれないのよ!」
あかりの声が暗い廊下に響き渡る。大粒の涙が頬を伝っていた。
「もっと本気で恋しなさいよ! じゃないと私が一人で馬鹿みたいじゃない! あんな鏡に頼ってまで私が一緒になろうと思った人を、簡単にゆずったりしないでよ!!」
悲鳴に近い声であかりは叫んだ。その後は泣き崩れて、その場に座り込んでしまった。
あかりのすすり泣く声をしばらく聞いていると、両手の傷が痛んであたしも涙が止まらなくなってしまった。
「あかり……、ごめん、ごめんね……」
掌がすごく痛い。だから涙が止まらないんだよね。
なんでこんなに苦しいのか、全然わかんないよ。
あたしがちゃんとしないから、あかりがこんなに苦しんでいる。
あかりの居るところまで四つん這いで移動して、思いっきり抱きしめた。小さく震える体が、あたしの罪を実感させてくれる。
涙で景色が滲んだ。
ほんとに、ごめん――。
「――ん、んん」
目を開けると蛍光灯の白い光が飛び込んできた。
眩しい……、あれ、ここどこだっけ?
「起きた?」
「あ、はい……。って荒城先輩!!」
体を起こすとそこは学校の保健室だった。外の光がカーテンから漏れてるってことは、どうやらもう朝、というか昼過ぎみたい。
今は羽虫じゃない、素敵な王子様スマイルの荒城先輩があたしの寝ていたベッドの隣に座っている。
「ど、ど、どうしてここに?」
自分でも恥ずかしいぐらい緊張してる。
胸がバクバクして、苦しいよ。
「昨日は色々巻き込んでしまったから。倒れたって聞いて、僕が代表で付き添いに来てたんだよ」
えーっ! ってことは先輩がずっとあたしの寝顔を……うーっ、考えただけでも恥ずかしい!!
「ほんとに迷惑かけた。ごめん」
「いいい、いいんですよぅ! あそこに行ったのは自分の意思だし」
そう。とだけ一言呟いて荒城先輩は黙り込んでしまった。
うわわわ、どうしよう! 何かしゃべらなくちゃ!
羽虫……は、触れないほうがよさそうだよね。
鏡……も、やめとこうかな。
えーと、あとは、あとは……。
「あの先輩!」
「ん?」
「好きです!」
「え」
っぎゃーーーーーーー!!!
違う違う違う、ちがくないけどちがーーーーう!!
勢いで言っちゃった! ロマンチックの欠片もなく言っちゃった!
「いやあのその! 好き……! なん、です、けど!」
退けない……、今更後には退けない……。
あかり、あたしちゃんとするよ……!
「その……、あたし、恋とかそういうのあんまりよくわかってなくて……。友達とかにもよくそれで怒られたりして。その、だから……」
ベッドのシーツをあらん限りの力で握りしめる。
今のあたし、リンゴくらいなら握りつぶせるよきっと。
「あたしが、ちゃんと恋できるようになる、まで。よかったら、その……、待っていて……くれませんか? っていうか、くれない、です、よね……?」
沈黙。
ながーい沈黙。
何分? 一分? 五分? いや、五秒ぐらいかも。
息ができない。
ちらり、と先輩の顔を見る。と、やっぱりあの素敵な王子様スマイルであたしを見ていてくれた。
「ぷっ、あははっ! そんな告白のされ方初めてだよ!」
屈託のない先輩の笑い顔。
あうー。壊れる、あたし壊れてしまうよっ!
「いや、やっぱりごめ――」
「待つよ。ぜひ初恋の相手に僕を選んでほしい」
ぼんっ。いや、この場合どっかーん、か。
とにかくあたしの中で色んな物がポップコーンのように弾けて飛んだ。
「――あ」
ふいに涙がこぼれた。それを荒城先輩が指で拭ってくれた。
この時ふと感じたんだ。
あたし、今から恋するんだなあって。
「はい、お疲れさーん」
ぽこむ。と間抜けな音を立ててペットボトルの紅茶で乾杯した。
旧校舎の奥の教室で、あかりと紗季の二人が向かい合って座っている。
「いやー、しかし迫真の演技だったね」
「ホントだよ。綾が両手怪我しちゃった時にはどうしようかと思ったもん」
「ちゃんと治ってたけどね、そこはさすがに魔法の鏡かな」
魔法の鏡、と言ってちらりと割れた手鏡を見る。
綺麗に破片を集め、一応形造られた鏡から加賀見の声がした。
「それはそうと、早く新しい鏡を見つけていただけませんかね」
「はいはい、急かさないの」
「どうせしばらくは誰もやってこないよ」
小さな破片から加賀見が恨めしそうに二人を見ている。
どうやら相当居心地が悪いようだ。
「それにしても願いを叶えるために色々苦労するんだねぇ」
「人の心を変えるのは、魔法でちょちょいとできることじゃありません」
「運命の人は簡単にみれるのに」
「運命なんてものは案外簡単に変わるんですよ。それこそ、人の心次第ですから」
ふうん。
と、加賀見が何やら腕だけ出してもぞもぞしている。
「何?」
「そこの紅茶、私にもいただけませんかね? 届かない……」
「あらあら、ほらー、ここよー」
あかりが加賀見の腕がぎりぎり届かないところでペットボトルをちらつかせている。それを見て紗季も意地悪な笑みを浮かべている。
「ちょっと、意地悪しないでくださいよ!」
「ほほほ、魔法の鏡にお願いでもしてみたら?」
「ひどい! あんまりだ!」
「あははは!」
誰もいない廊下には光が射し、騒がしい三人の声が響き渡っていた。
『魔法のカガミにお願い』 ‐おわり‐
これを読み終わったということは、あなたはマザーテレサ並みに広い心をお持ちだということですね!
皆さんから受け取ったバトンをスペースシャトルにぶち込み、大気圏の外までぶっ飛ばしました。ええ。
伏線? 流れ? ああ! 日本語って難しいですよね。
では言い訳。正直こうでもしないと終わらなかった‥。だってどうやったら物語が終わるのかすら想像できなかったんだもの(泣
物語を紡ぎ上げてきた叶愛夢さん、春野天使さん、神崎颯さん、finoさん、伊勢さん、せっかくの設定拾えなくてすいませんでした。
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。