攻略者
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あの猫、家で飼えないかジュリアに聞いてみようかな~。なんてことを考えながら、私は講堂へ走っていた。
一応教室も覗いてみたけど、もぬけの殻だったから皆もう集まっているんだと思う。
式が始まる前に着きたい。厳粛な雰囲気を破って登場!という目立つ真似は絶対したくない。
それに、ジェシーも私もいなかったらさすがにジュリアが心配するだろうし。
邪魔な前髪を振り払い、走ってきた勢いのまま講堂のドアノブに手をかける。
……しかし、それより僅かに早くドアが開いた。
現れた人物に私は息を飲み、相手も目を丸くする。
目の前の人物は超美形だった。
艶やかな黒髪と爽やかなオーラ。
そのサラッサラな髪、羨ましいっ!
顔のパーツは驚くほど整っていて、いい香りさえする。
私より頭一つ分大きいところから見下ろす黒い瞳も透き通っていて、なんとなく目が合わせられない。
でもこの人、どこかで見た気が……。
その人は私のリボンとスカートの色を確認し、
「…在校生?ちゃんと座ってないとダメだよ」
笑顔でやんわりと注意した。
澄んだ心地のいい声を聞いた刹那、大量の記憶と情報が頭の中に、洪水のように流れ込んできた。
「………っ…」
この人―――…攻略者だ。
二年生で騎士団所属。つまりジュリアの攻略者。
好きなものや趣味、イベントでどんな選択肢を選べば良いのかまで、彼に関する様々な事柄が脳内を駆け巡る。
………うっ!! …嫌なことまで思い出した。
「すみません」
目も合わさずに軽くお辞儀して彼から離れる。
講堂には私以外の在校生が全員着席していて、空いてる椅子を見つけて腰を下ろした。
関わらないと決めた早々、鉢合わせなんて運が悪い。しかも、よりによって彼なんて……。
原作で私は彼―ラスくんのストーカーだった。
ラスくんとはクラスメートで、誰にでも分け隔てなく優しいラスくんにジーナは惹かれた。
ゲームだとジーナのストーカーシーンが本っ当に怖くて、実の姉であるジュリアに嫉妬のあまり包丁を突きつけたところなんて、泣き出すファンがいたくらい。
ジーナの中身がわたしである以上、ラスくんに恋することはないはずだけど、それでも近寄りたくはない。
あぁっ、さっさとジュリアのイベントを発生させて、攻略者たちとの関係を断ち切りたい!!
私が頭のなかで考え事をしていると
ふと、周囲の空気が変わった。
そんな気がして辺りを見回すと、全校生徒の視線がステージの方へ注がれていることに気付く。
一体、何が…………。
周りにならうように視線を移動させ、そして後悔した。
たかが学校のステージとしては豪華すぎる装飾が施され、優しいライトの照明で照らし出されたそこに、五人の姿が浮かび上がる。
ここよりも数段高い場所からこちらを見下ろすその人たちは、同じ人間とは思えなかった。
…『騎士団』だ。
数名の息を飲む音が聞こえる。
目を離したいのに、離せない。何かの引力に引かれるかのように、ステージ上に注目することしか許してくれない。
中央に堂々と立っている藍色の髪をした男子生徒の黄金の瞳がすっと見開かれる。
「…っ!!?…ぅあっ…」
途端にさっきの比ではないほどの情報が脳内を支配する。なんたってジュリアとラスくんを外して三人分の全てが一気に押し寄せてくる。
私は頭痛のあまり、頭を抱えてうずくまった。
私の攻略対象者に関する記憶は、その人物を見ると思い起こされるみたいだ。
ただ、これはキツい………。
まるで試験前夜、必死に徹夜で教科を叩き込んだような……
はたまた長期休暇の宿題を最終日まで貯め、終わらせるために一日中机に向かうような……
そんな疲労感が襲ってきた。
今すぐお布団にダイブしたい。
「新入生共!この気高く歴史ある学園に入学したこと、誇りに思うがいい!」
頭痛で苦しんでる私の心配なんかするはずもなく、藍色の髪の人は偉そうにマイクに向かって叫んだ。
なんで?なんでマイクがあるのに叫ぶの!?
もはや私の頭をかち割るつもりとしか思えない。
「……だが、傲るなよ?もし粗末な振る舞いをすれば即刻退学、学業が基準を満たせなくなっても退学だ!!」
挑戦的な黄金の瞳が新入生たちに注がれる。
本来ならば腹立つような振る舞いなのに、彼に向けられるのは羨望や尊敬。時々 畏怖。
誰も怒りや侮蔑を表すことなんてできない。
彼こそが学園のトップである騎士団の頂点に君臨する騎士団長だから。
ゲームでは見た通り、俺様キャラだった。
貴族の中でも最上位の家柄で、常に、何事においても一番でなくては気が済まず、周りの人間を巻き込むことを当たり前だと思い込んでいる困った人だ。
能力だけで騎士団にやってきた優秀すぎるジュリアに対して何かと勝負を挑んできた。
なぜそんな困った人が騎士団の長を務められるかというと、彼には絶対的とも言えるカリスマ性があった。
今も、ほら……。
「学園の基準を越え、庶民の上に立つ資格がある者は、この アダル・リーヴァス 率いる騎士団が全勢力をもってして庇護してやろう」
その一言だけで、生徒たちの目にやる気がみなぎるのがわかる。
人の上に立つべくして生まれてきた者のオーラを彼は持っていた。
「それでは最後に改めて………入学、おめでとう」
祝いの言葉と不適な笑みを残し、騎士団の面々を連れて壇上を下りていく。
そのころにはもう、講堂は彼に支配されていた。