四銃士
ルディー嬢と乗馬対決の約束をし、フィニくんと色々話した翌日、私は一人で登校していた。
姉妹で登校するのは悪くないけれど、あの二人と一緒だと必要以上に視線を集めてしまう。それに、いつもより早く行ってヴィクトリアとコミュニケーションを取りたかったから、今日は一人で行かせてもらうことにした。
シスコンな二人には泣き付かれたけど、最後は無理矢理ひっぺがして来ましたよ。
季節は春……といっても、ようやく雪が溶けたばかりで、早朝は少し肌寒い。マントの前を掻き寄せて、短いため息を吐いた。
まだ一週間も経っていないのか……。
前世の、何気なく過ぎていった日々とは違い、こちらでの記憶を思い出してからの日々が濃すぎる。心も体も疲労感が半端ない。
癒しを求めてジジジに触れようとしても逃げられるし。今日は久々に用務員のおじさんの所に行こうかな?でもそんなに頻繁に行ったら迷惑かも……そうだ!!今週末はあそこに行こう。ジュリアとジェシーには悪いけど、今回は一人きりで。
入学式があったのが土曜日で今日が木曜日だから、あと2日頑張ればいい。その前にルディー嬢との対決があるけどね。
楽しみが出来ただけで少しだけ足取りが軽くなった気がする。静かな小道を抜けて校門付近に出ると、私はフードをくいっと下に引っ張ってから歩きだした。
いつもより大分早い時間帯。こんな時間だというのにちらほらと登校している生徒がいるのは驚いた。皆眠くないのだろうか?私はちょっと眠い。
校門に近付くにつれ、視線を落として視界を狭める。前に校門でフィニくんがジェシーを待ち伏せしていたから、もしかしたら他の攻略対象も…と思って警戒するようにしているからだ。
一歩ずつ前に進む自分の足だけを見つめ、灰色のコンクリートだった道が明るいタイルに変わった所で方向を変える。この学園は校門前だけ、道がタイル張りになっている。だから下を見て歩いていても行き過ぎる心配は無い。
方向を転換した私は、そのまま真っ直ぐ校舎に向かって進むはずだった。
「ジーク!!」
まさか昨日の今日で彼に会うと思わないじゃん。こうなるならジェシーを連れてくれば良かったよ。
思わず反射的に顔を上げてしまったのは間違いだったのかもしれない。寝ぼけ眼には眩しすぎる髪色と笑顔に出会した。慌てて目線を反らし、目が潰れるのを阻止する。
何でだ、何で呼び止められた……。いくら人が疎らとはいえ、四銃士に声をかけられるのは人の目を引く。
「俺、今四銃士の仕事してんだ。時々こうやって校門に立って、風紀の乱れた奴を取り締まってんの」
「そ、そうですか」
落ち着けジーナ、呼び止めたのは用事があるからに決まってる。
「あの、どんなご用でしょうか?」
私は小声でフィニくんに尋ねてみた。
さっさと用事を聞いてヴィクトリアの所へ行きたい。そう思っていたのに、
「……用事?」
当の本人が不思議そうに首を傾げる。
いやいや、傾げたいのは私のほうだ。
「何か用事があるから引き留めたのではないのですか?」
「用…事…?」
もしかして、声をかけた瞬間に忘れてしまったのかな?私も時々あるよ、飲み物を飲もうとして台所に行ったのに、あれ?なんでここに来たんだっけ?みたいなことが。
暫く考える素振りを見せたフィニくんは、思い出したのか、ぁあ!と声を上げてこちらを見た。
一体何の用だと身構えた私に
「おはよう」
目を細め、満面の笑みを浮かべたフィニくんは、たったその一言だけを口にした。
「…は?」
昨日も彼に対して同じ反応をした気がする。フィニくんの突拍子もない言葉は敬語を忘れさせる効果があるらしい。
「まさかそれが用事だったなんて言いませんよね」
「そもそも俺、ジークに用事なんてねぇし」
ぽかんと口が開きそうになって、両手で顎を押さえる。
いつから、いつから私は無条件で挨拶を交わすほどフィニくんと仲良くなったんだ。まさか昨日ので懐かれた?……それともフィニくんの中では『話したことのある人は皆友達☆』なんだろうか?わんこ属性だもんな、あり得なくはない。
内心脱力しながら「では、私はこれで」と言って歩を進める。
すれ違い様、ぼそぼそとフィニくんが何かを呟いた。小さな声だったけれど確かに聞こえた、「頑張るから」と。
「私も頑張ってきます」
くいっと馬小屋を指差して、そそくさとその場を離れた。
だから、こちらを睨む鋭い視線に気付かなかったのも仕方はないと思うんだ。
*Side フィニ*
肩に乗っけた竹刀をリズム良く弾ませながら廊下を歩く。
「どうしたの?やけに機嫌いいじゃん」
隣を歩く、一歳年上のジュナイトがニヤニヤしながら聞いてくるほどには、俺は浮かれていたらしい。
「何か良いことあったんだ?」
「まーな」
実は今日の昼休み、ジェシーと仲直りをすることが出来た。突然頭を下げた俺に驚きつつも、「私も少し言い過ぎました」と笑って許してくれた。
「つか、お前のアドバイス何の役にも立たなかったぞ」
「まさか。女なんて、甘い言葉をかければす~ぐ落ちる、軽い生き物だよ。成功しなかったのは単にフィニの魅力不足でしょ」
そう言ったジュナイトの言葉には棘があった。俺にじゃない、女に対して。
なんでかは知らないけど、出会った当初からジュナイトは女を見下してて、そのくせ色んな女と遊んでる。意味わかんねー奴。
「ところで、今日はどんな用件だと思う?」
「俺が知ってるわけねぇだろうが」
放課後の廊下をジュナイトと二人で、三階の四銃士室まで歩く。前から思ってたけど、四銃士室って言いにくいよな。
今回みたいに、なにも知らされず突然呼び出されることは珍しくない。学園の風紀を取り締まる四銃士は実質、四銃士長と副四銃士長によって回されてるようなもんだ。
……少しは頼ってくれてもいいのにな。
放課後といってもついさっきHRを終えたばかり、校舎にはまだけっこうの人が残っている。その誰もが、俺達を見るなり慌てて廊下の端へ寄った。
女子はスカートやリボン、男子はネクタイを見れば学年がわかる。2、3年生が1年生の俺にもそんな態度を取ることからも、ここで"四銃士"が特別な存在なんだと実感させられた。胸元に付けている剣型のブローチが急に重みを増したように感じる。
……煩わしい。
いつもならそう感じて舌打ちの一つでもしてるとこだ。でも今日はいつもほど不愉快に感じない。昨日今まで溜め込んできた思いを吐き出せたからかも。
ジーク。ジェシーの一つ上の姉。
今日の俺の機嫌がいいのは、明らかにこいつのおかげ。
俺は一年だからまだよく知らねぇけど、先輩たちの話を聞く限り、変わった奴らしい。まぁ、初めて見た時は驚いたけどな。だって普通学校にフード付きの黒マント羽織ってくるか?魔女ってあだ名付けた奴は天才だと思うね。
だけど、昨日でわかった。ジークは良い奴。俺の勘がそう言ってる。
ジュナイトのいらない助言のせいで間違った方向に行ってた俺は、ジークの言葉で自分を取り戻した。そのノリで、他人には聞かれちゃ不味いことも言っちまったんだよな。でもジーク口固そうだし、後悔してない。むしろすっきりしたし。
あの時話した相手がジークじゃなかったら、きっとジェシーと仲直りも出来てない。本当、感謝してる。今度会ったら改めてお礼言わねーと。
そうこうしているうちに、黒塗りの扉の前に着いた。取っ手に手を掛け、豪快に扉を開く。
「遅い」
部屋の中に足を踏み入れる前に、中からそんな鋭い声が飛んできた。
四銃士室の中に居たのは二人、そのうちの一人が黒渕眼鏡を押し上げながらこっちを睨む。
「来るようにと伝えた時刻から、1分32秒の遅刻です。しかも何ですかそのだらしない格好は。ジュナイト、ボタンは第一ボタンまでしっかり閉めなさい。髪が長すぎる、前に切れと言ったでしょう?フィニは捲っている袖を下ろしなさい。全く……気が緩んでいるのでは?四銃士として生徒たちの上にたつということを自覚しなさい」
次の瞬間、マシンガンのように放たれる苦言の数々。
うん……俺、この人苦手だわ。秒数まで数えるとかどんだけだよ。
慌てて袖を下ろし、次いでにネクタイもきっちり閉める。ところが、隣のチャラ男は指摘された所を直そうとする素振りさえ見せない。
「おい、ジュナイトも直せよ!!」
俺が小声で促してやると、ジュナイトは少しだけ目を伏せた。
「悪いけど、俺は直さないよ。だってこのスタイルを変えたら……」
最後の方は声が小さすぎて聞き取れなかった。
ただ、そこから明確な拒絶を感じて、俺は口をつぐむ。指摘してきた人――副四銃士長もため息をつくが、強制させる気は無いらしい。早く話がしたいからさっさと席に着くように促した。
俺らが席に着くのを見計らい、副四銃士長がコホンと咳払いをする。
「今日の議題は風紀的問題児の更正、特に服装についてです。手元の資料を見てください」
俺らが来る前から用意されてたんだろう、机の上に裏返しに置いてあった一枚の紙。それを手にとって……思わず「うげっ」という声が漏れた。
そこに書いてあったのは何十項にも及ぶ服装のチェック表。所々ご丁寧に図説までされてある。
副四銃士長が頭カチカチのクソ真面目な人だってのは知ってた。でもここまでされると気持ち悪ぃ。
「……フィニ、何か文句でもありますか?」
「うぇっ!?べべ別になんもねぇよ!?」
「そうですか。眉根に皺が寄っていたので、てっきり不満でもあるのかと思いました」
「……っ、」
こええぇぇぇぇぇえ!!怖っ!
えっ、何こいつ、鋭すぎない?いや、俺がわかりやすすぎるだけかもしれねぇけど……。でもやっぱこういう奴苦手……
「そうですか、苦手ですか。ご安心を、私も貴方のような軽率で上に立つものとしての自覚の無い輩は好きではありませんので」
…………………。
なぁ、入学して間もなくで先輩から嫌われたんだけど、どうすればいい?ていうか、こいつは何者なの?俺の心が透けて見えてんの?
室内に突然吹き荒れたブリザードをなんとかしてもらおうと、机の下でジュナイトの脇腹を小突く。
「あー……クライドさん、本題に戻ろ~よ。俺も暇じゃないし」
「…そうですね。私としたことが、無駄な時間を使ってしまいました」
ナイスジュナイト!!お礼に後で食堂のBランチぐらいなら奢ってやるよ。
つか、副四銃士長ってクライドって名前だったんだな。クラウドだとずっと思ってた。
いつもの調子に戻った副四銃士長は胸ポケットから小さな黒い手帳を取り出した。表紙に『ブラックリスト』と書いてるそれをペラペラとめくり、とあるページでその手を止める。
「服装については、スカートを短くしているジュリア・リリーク、ボタンを開けている貴方たちアヴィレ兄弟など些細な違反が目につく生徒は度々いますが……」
副四銃士長は一瞬だけちらりとジュナイトを見て、すぐに手帳に視線を戻した。
そういえば、ジュナイトにはすげーそっくりな双子の兄が居るんだったな。名前忘れたけど。
そんなことを考えてたから、次に挙げられた生徒の名前に少しビビった。
「ジーナ・リリーク。彼女の違反行為は目に余る」
"ジーナ"その名前に今朝会った少女の顔が浮かびかけ、慌てて掻き消した。
いやいや、あいつはジークだもんな。ジークは確かに変わってるけど、副四銃士長に目付けられるほど悪い奴に思えねーよ。それにしても、超名前似てんな。一字違いかよ、紛らわしい。
必死に頭で否定し続ける俺は、手元の紙をちゃんと見てなかった。
副四銃士長の手帳を握る手に力がこもる。その力によって変形した手帳が悲鳴をあげてるように見えて、俺は目を反らす。
「ジーナ・リリーク……何度注意しても正そうとしないのですよ。私の監視下であれほど堂々と校則を破るなんて……」
『許さない』
副四銃士長が物騒な言葉を紡ぎ、奥歯をギリリと噛み締めるのと同時に、哀れな手帳は本来とは逆の方向へ反り返った。見てはないけど、ベコッという音が部屋の中に響いたから間違いないと思う。
いや、可哀想なのはジーナ・リリークの方か。
その後すぐに俺らは解散して帰路についた。結局、四銃士長は最後まで一言も話すことは無かった。
「なぁジュナイト、そのジーナ・リリークって奴はどんな違反をしたんだよ」
「……え、何でフィニ知らないの」
今朝校門のとこで話してたよね?とかぼそぼそジュナイトが呟いてるが、俺が話してたのはジークであってジーナじゃねぇ。
「まぁいいや、魔女っ子ちゃんが違反したのは、“第23項 無駄な装飾品や衣類の着用を禁ず”だったかな」




