棘の迷宮
遅くなって申し訳ありません(^-^;
やっぱり勉強に身が入らなかった。
頑張って板書は写したものの、今日の内容が全く頭に入ってこなかった。まるで脳が、もう容量がないと拒絶するみたいに。
最後の授業終了を知らせるチャイムが鳴り、先生が教室から出ていったところで、私は机に突っ伏した。
自分の体温よりもひんやりとした机が気持ちよく、頬やおでこを擦り付ける。
あ~、このまま寝れる。余裕で寝れる。寝ろって言われたら、世界最高記録の早さで眠れる自信がある。
本当に今日は辛い。おかしいな、昨日一気に騎士団の面々を見た時よりキツいぞ。
ぐったりとしていた私は、近付いてくる気配に気付いてはいたけど、反応することが出来なかった。
「リリークさん、大丈夫?」
聞き覚えのある声が、割りと近くからかけられる。
面倒な真似を……と思いながら、虚ろな目をラスくんに向けた。
机に臥している私に目線を合わせようとしているのか、普段は20㎝ほど高い位置にある綺麗な顔が同じ高さにある。
くそぅ、間近でみても綺麗な肌をしてらっしゃる。きっとニキビで悩んだことなんてないんだろうな。
ラスくんの問いに答えるのも億劫で、だからといって頭が痛いときに首を振るほどバカでもないので、んー という声にならない音を出した。
そんな私の様子に苦笑したラスくんは
「なら、僕の車で送ってあげようか?」
とんでもないことを言い出した。
一瞬で教室が静まりかえる。私も思わず勢いよく顔をあげてしまった。後悔した。
ちょっとラスくんは一回自分の立場について考えたほうがいい。
アナブル家の御曹司であり学園の騎士団であり生徒たちの憧れである自分の発言にどれだけ威力があるのかを。ほら、今もたくさんの視線が私に突き刺さってる。
ふぅ と小さく息を吐く。全く侮れないな、さすが対象者。しゃべることがいちいちフラグじみてる。だけどこんなところで負けるわけにはいかない。
眉を八の字にさせ、顔を俯かせる。
できる限り最大限の申し訳なさそうな表情を作り上げた私は、あの… と切り出した。
「ありがたいお話ですが、実は私…車に乗ると酔ってしまうんです。せっかくアナブル様に声をかけてもらったのに……すみません」
どうだ!こんな顔でこんなこと言われたら、さすがのラスくんでも諦めるだろう。
表の表情は崩さぬまま、内心では自分の頭の良さに笑いが止まらなかった。
大体、騎士団は明日の誓言の儀の準備があるはずだ。私に構ってないでさっさと……
「なら、ヘリを用意させようか」
名案でしょ?と 唇を引き上げ、穏やかな笑みを浮かべる彼に、私は言葉を失った。同時に冷や汗が背中を伝い、次の瞬間には鞄を引っ掴んで教室を飛び出していた。
冗談じゃない冗談じゃない冗談じゃない。
ヘリって何、ヘリって!?高校生が下校にヘリコプター呼ぶの?ありえない。こっわ、あの人マジ怖い。なんでそこまで私を気にかけるかな。余計なお世話だな!!
校舎の外に出て息を整える。思わず頭痛も忘れて走ってしまった。忌々しげに校舎の方を振り返り……その上空に黒い点のようなものを見つけて目を見開いた。…………う、嘘だ。
ブロロロロロとプロペラ音を辺りに響かせながらこちらに近づいてくる影。徐々にはっきりしていくその輪郭を捉えた私は、バラの迷路へと走り込んだ。
ヘリコプターにこんな恐怖を感じたことが未だかつてあっただろうか、いや無い。
さて、私が逃げ込んだバラの迷路。その名の通り、校庭にあるバラでできた巨大な迷路はこの学園の特徴の一つ。
高さは五メートル、四方八方をバラの棘に囲まれたここの別名は“棘の迷宮”。
複雑すぎる道順とリタイア不可能な様子からつけられた名前だが、実際に何人もの生徒が出られなくなり、庭師さんに助けてもらっている。今じゃ、ここに来るのは 何も知らない新入生か、ゴールへの道を知っている数少ない生徒のみ。
私はそんな迷宮をずんずんと進んでいく。分かれ道にも迷うことはない。なぜなら、私にはゲームの知識があるから。
乙女ゲームを、ただの恋愛シミュレーションゲームだと勘違いしてる人もいるかもしれないが、昨今の乙女ゲームの魅力はそれだけに留まらない。もちろんそれが主な内容だけど、他のゲームに差をつけるために乙女ゲームたちは独自の進化を遂げている。
その一つがミニゲーム。
作品に合わせたものやキャラと対戦できるものなど、種類は様々。中にはミニゲームとは思えないクオリティーで、ミニゲーム専用のソフトが発売されたものもあるほど。今や乙女ゲームにミニゲームは欠かせないと言ってもいい。
このゲームにももちろんあった。白馬を乗りこなしてタイムを競う乗馬ゲーム“馬上のお姫様”。攻略対象者たちと争うトランプゲーム “大富豪”。
そして、巨大なバラの迷路から脱出するゲーム“棘の迷宮”。
ネーミングが少し残念だが、どれもミニゲームにしておくのは惜しいほど面白かった。ゲームの名前がそのまま迷路の別名になってた時は驚いたけど。
もちろん私はこれらもやりこんだ。迷路なんて、目を瞑ってもゴールをできるようになるほどプレイした。
つまり、こんなものは私の障害じゃない。
この角を曲がって、真っ直ぐ進み、二つ目の角を左に…。画面越しに見慣れた光景を歩いて行く。
「……っ」
その前方に何やら気配を感じ、咄嗟にその場にしゃがみこんだ。
誰か、いる?
耳を澄まして、目を凝らす。無数の棘に阻まれて目視は出来ないものの、聞こえてきた声から男女二人だということはわかった。
女の方はよく聞き慣れた声で………。
ハッ!まさか、あのイベントか!?時期的にもピッタリだし、なによりこの場所。間違いない。
そう思った私は、もっと二人の声がよく聞こえるように少しだけ近づいた。




