のどかな朝
「ジェシー、準備できた?」
「あっ、もう少し待ってくださ~い!」
慌ただしく登校の準備を整えるジェシーの様子を横目で見ながら、私は救世主様にイベントのお手伝いの報酬であるマタタビを渡していた。
あ、もう救世主様じゃないんだった。実は、昨日の夜に家族会議が行われ、猫の名前が正式に決まった。
その名も『ジジジ』。名付け親はジュリアだ。由来は三姉妹の名前の頭文字を取っただけという安直なもの。
正直言うと言いづらいし、ネーミングセンスを疑うよね。本人もあまり気に入ってはないみたいだし。
ジュリアに「あんたの名前はジジジだよっ!」って言われた時の救世主様の表情といったら……今思い出しても笑えてくる。
いつも自信に満ちているつり上がった目が死んでた。何も映していない濁った瞳で、私に助けを求めてきたから、顔を反らしてスルーさせてもらったよ。
まぁ、慣れるよそのうち。
「ほらジジジ、マタタビだよ」
わざと名前を強調して呼ぶと、ジジジは不機嫌そうに唸った。
暫く名前を連呼してからかっていたら、ジジジは爪をだして私を引っ掻こうと飛びかかってきた。
その小さな前足をひょいっと掴み上げ、巨体をプラ~ンと空中にぶら下げる。
それが気に食わなかったのか、毛を逆立ててこちらを睨み付けるジジジ。
私はその様子に思わず破顔した。
「あっははっ!!ごめんごめん」
両手でジジジを包み込み、ゆっくりと床に下ろす。
そして落ち着かせるように、優しく逆立った毛を撫でる。
「ジジジが可愛くて、つい」
そう言えばジジジは、照れたようにそっぽを向いた。
なんだろうこの人間くささは。
猫らしくはないけど、私的には血統書付きの高貴な猫よりもジジジが愛らしく見えた。これがブサカワってやつなのだろうか?
ジジジのもふもふを堪能していると、ドタドタと階段を人がかけ降りてくる音がした。
「お姉様お待たせしました!準備完了です!!」
綺麗な金髪を振り乱しながら現れたジェシーに苦笑を漏らす。それのどこが準備完了なの。
私はジェシーに近寄り、乱れた髪を手櫛で整え、縦結びになったリボンを結び直してあげた。
割りとしっかりしてるジェシーには珍しく、今朝彼女は寝坊した。昨日遅くまでジジジの名前を決めるために起きてたからかなぁ?
ジュリアは今日も騎士団の役割があるらしく、いつもより数十分早く登校していった。最後まで あたしも二人と一緒に行くの! って駄々をこねてたけど、なんとか追い出した。
「ほら、これでOK」
「あ……ありがとうございますお姉様」
「明日は寝坊しないようにね」
頬を赤らめてお礼を言う妹に釘を刺しておくと、ジェシーは勢いよく頭を縦に振った。
あまり激しく振るとまた髪が乱れちゃうよ。
特に私やジュリアと違って、緩くだけどふわふわした猫っ毛のジェシーは、髪が絡まるとなかなか取れなくなるんだから。
ちなみにジーナの黒髪はサラサラツヤツヤなストレートヘア。いつもマントのフードで隠してるけど、ちゃんと天使の輪も出来る。
前世が赤みがかった茶髪でひどいくせ毛だった私は、この髪に櫛を通す度にテンションが上がる。寝癖がつかないってどういうこと?櫛が一回も引っ掛からないってあり?
……っと、こんなにのんびりしてる時間ないんだった。
私は壁に掛けてある時計で時刻を確認し、テーブルの上の鞄を手に取った。
「ジェシー、そろそろ行くよ?」
「は~い!ジジジ、行ってきますね」
私の声に返事をしたジェシーは、一生懸命マタタビを頬張るジジジに笑顔で手を振った。それに一旦顔を上げ、 いってらっしゃい とでも言うように鳴くジジジ。
私もジェシーのように手を振ると、何故かプイッとそっぽを向かれた。姉妹なのに、なんだろうこの差は。ヒロイン補正ってやつ?それともジジジはさっきからかったことを根に持ってるとか?
私を無視してマタタビにかぶりつく姿を横目に見ながら、もう一度「いってきます」と言って出た。
……なんか悔しいぞ。これから一緒に暮らす存在に懐かれないってのはけっこう寂しいものがある。
待ってなさいジジジ!帰ってきたら、『ジジジに懐いてもらおう作戦』を決行してやるんだから。
そう固く決意し、春の道をジェシーと二人で歩いた。
バスも学園の近くまで行くものがあるらしいけど、家は経済的に厳しいから基本徒歩で登校している。それなりに距離があるから最初はしんどかったけど、一年も歩いたらさすがに慣れた。
人も車もあまり通らないような小道が私たちの通学路。ジュリアが見つけた学園への近道なんだけど、自然に囲まれていて静かなこの通りは、私のお気に入りの場所でもある。
木々の間を縫うように作られた、細い道。
頭上からは鳥のさえずりが聞こえ、足元には綺麗な花々が咲き乱れる。
誰も手入れしてないのに、これだけ美しい姿を保ってられるのって凄い
ま、実はここイベントが発生する場所だから、当たり前といったら当たり前なんだけど。誰ルートの時だったかなぁ?ここでヒロインと攻略対象者がバッタリ鉢合わせするんだよね。その時の背景がこことそっくりだったし、間違いないと思う。
それから二人はここでこっそり逢うようになっていくんだけど……あーあ、そのイベントが発生したら、暫くここには来られなくなるんだよね。大通りを通っていくと遠いし、騒がしいからあまり好きじゃないんだけど。
柔らかな風が森を通り抜け、私たちの肌を撫でていく。砂利を踏む小気味いい音が自然の中に吸い込まれて消えていく。
初めてここを通るジェシーは、興味深そうにキョロキョロしながら私の後をついてくる。
「お姉様!素敵な所ですね!!」
キラキラと輝く瞳でジェシーが言った言葉に、私は心の底から頷いた。
主人公はセンスないと言ってますが、作者はジジジって名前、けっこう気に入ってたりします。
ただ言いづらい(笑