プロローグイベント(ジュリア視点)
ジーナが成功したと思い込んでるプロローグイベントのジュリア編です。
あたしは今、ものすごく急いでいる。
あたしは一年生の時に騎士団に任命された。
富豪の中でも選ばれた人間しか入学することを許されない学園の上に立つ騎士団。それは全校生徒の憧れの的だった。
女子で、庶民のあたしには全く関係のない存在だと思い込んでいた矢先、理事長 直々に指名されたものだから、さすがに驚いたよ。
でも、元々 仕切りたがる性格だし、金持ちの奴らに庶民なめんなって言ってやりたいし、何よりこれから入学してくる妹たちにカッコいいって言われたくて、その申し出を受けることにした。
あれから二年が経ち、今もあたしたちは入学式の後片付けをしている訳だけど。
あたしは一刻も早く帰りたかった。
なぜなら、目に入れても痛くないほど、命を投げ出しても惜しくないほど可愛い妹たちの様子がおかしかったから。
いつも真面目でお利口さんなジェシーの姿は入学式には無かった。今までジェシーは、体の調子が良くない時に保健室で休むことはあったけど、さぼりなんてしたことはなかった。
一応保健室を覗きにいったけど、そこにはいなかったから体調不良ではないはず。
それにジーナも、式中に頭を押さえてうずくまる時があった。ジェシーとは反対に大きなケガや病気を患ったことがないジーナだけに、とても心配。
早く二人に会って無事を確かめたいのに、後片付けという壁が邪魔をする。
だからあたしは黙々と作業をした。
手をフル回転させ、ただただひたすら物を片付けていく。
「退屈だな。おいジュリア、俺とチェスで勝負しろ」
「もしもし、レディ?パーティーのお誘いは嬉しいけど、俺は行けないんだ、ごめんね。代わりと言ってはなんだけど、今度 お茶でもしないかい?」
「ラスせんぱ~い、疲れました~」
「リーロはまだ教壇を水拭きすることしかしてないよね?」
…………………。
もう一度言う。あたしは急いでいる。
ものすごく、とっても。
なのにあんたらは何やっとんじゃい!!
思わず手の中にあった資料をぐしゃっと握り潰してしまった。もういらないやつだったから大丈夫だけど。
あたしの気など知らず、他の騎士団メンバーはマイペースに行動していた。
アダルはどこからかチェス盤を取りだし、シュナイザは女子に電話をかけている。
唯一まともに働いているラスは、今年から騎士団になったリーロに捕まり、あまりはかどっていない。
あぁ、頭痛がする。
なんでこの人たちはこうもフリーダムなんだろう。
まだラスとリーロは良しとしても、アダルとシュナイザ。完璧に手を止めてんじゃねーか。
今すぐにでもアダルのチェス盤でシュナイザの携帯を叩き割りたい衝動を理性で必死に抑え込む。
ダメだ。落ち着けジュリア。
ここであたしまで手を止めてどうする。ますます帰る時刻が遅くなるだけだ。ジーナとジェシーに会うための試練なんだこれは。
「ラス、これ 放送室に戻してきて」
半ば八つ当たりで近くを通ったラスに大型の放送機材を押し付ける。
ラスはまだ仕事をしてくれているほうなのに、申し訳ないとは思うよ?
でもアダルもシュナイザも、あたしが命令して動く人じゃないっていうのはこれまで一緒に活動してきてわかってるから、ついラスの優しさに甘えてしまうんだ。
今だって苦笑しながらも文句一つ言わず、重い機器を持ち上げている。
本当に、ラスが騎士団にいて良かった。
「それじゃあ、返してきますね。ジュリアさん、扉を開けてもらっても良いですか?」
「あ、うん」
両手が塞がってちゃ開けられないもんね。
あたしは入り口に駆け寄り、扉の取っ手に手をかけて思いっきり引っ張った。
ガチャン
ん?おかしいな。この扉は引くで合ってるはずなのに。
ガチャンガチャン
何回試しても、押してみたりもしたけど扉は開かない。
な、なんでっ!?どうして開かないの!?!?
まさか、閉じ込められたなんてことは……。
「ジュリアさん?どうかしました?」
「…開かない」
「え?おかしいな……ちょっと貸してみてください」
機材を床に下ろしたラスが挑戦するも、結果は同じだった。
「何かが取っ手部分に引っ掛かっているみたいですが、これじゃあ出れな……って、ジュリアさん?大丈夫ですか?」
体が震える。顔から血の気が引いていくのがわかる。
咄嗟に両手で自分の体を抱き抱えるも、震えは一向に止まらない。
……………嫌。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
脳内に暗くて狭いあの情景がフラッシュバックする。
まだあたしが小さい頃、父さんと母さんも生きていた時。あたしたち姉妹はかくれんぼをしていた。
その時はジーナが鬼で、何故か見つけるのがうまいジーナに絶対負けたくなくて、あたしは建物の中に隠れちゃいけないっていうルールを破った。
偶然、近くに見つけた廃墟となった工場の入り口が微かに開いているのを見て、僅かな隙間からあたしは工場の中へ潜り込んだ。バレないように、入ってきた少しの隙間も一生懸命 扉を動かして無くした。
ここならさすがのジーナも見つけられないだろうと意気揚々としていたのも最初だけだった。
どれだけ時間が経っても探しにこないジーナに焦りが募り、薄暗くて狭いその空間に段々と恐怖も感じてきた。
やっぱりここを出よう。そう思い、トタンでできた扉をさっきと同じように動かそうとするも、錆びたトタンは閉めた時のようにスムーズに動かなかった。
いくら力を込めても、ギギッという金属音がするのみで、光は差し込んでこない。
「嫌っ……たすけてっ!! パパ、ママ!ジーナ、ジェシー!」
あたしは叫び、小さな手で扉を叩き続けた。
一時間ほど、そうしていたのかもしれない。
涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃになり、拳には血が滲んだ。
あのあと、皆があたしを無事に見つけ出してくれたから助かったけど、それ以来あたしは閉じ込められるのが苦手だ。
どうしても、絶望に支配されたあの空間を思い出してしまう。一種のトラウマになってしまった。
「嫌だ……暗いよ、怖いよ……お願い、出して!助けてっ…………」
あたしは顔を手で覆ってその場に崩れ落ちる。
「ジュリア?どうした」
「ジュリアさん!?何があったの?」
「えっえ!?大丈夫ですかジュリア先輩!?」
騎士団の皆の声が聞こえる。こんな情けない姿、見せたくないのに。
ここはあそこじゃない。一人じゃない。
もう何年も昔のことなのに。なんで忘れられないの……。
あたしは弱い。いつも強がってるけど、本当はこんなにも女々しい。ずっと過去のこと引きずって……こんなんじゃ、妹たちに嫌われる。
こんな自分が、とてつもなく嫌だ。
うつむいて、耳を塞いで、ギュッと唇を噛みしめた。
「ジュリア」
シャットダウンしたはずの聴覚から、僅かにアダルがあたしを呼ぶ声が聞こえる。
お願いアダル。あたしに構わないで。
皆はこんなあたしをどう思っただろう?
惨めだとか醜いとか思われたら、あたしはもうここに居られない。
もしこのことが妹たちに知られて、嫌われたら、あたしはもう生きていけない。
外の音が耳に入ってこないようにキツく手で覆う。
そんなあたしの肩に、暖かい腕が回った。
ハッとして顔を上げると、すぐ近くに笑みを浮かべたアダルがいた。いつもの挑戦的な笑みじゃない。
「なんて顔してんだ、らしくねーぞ」
「………………え?」
な、んで普通に接してるの?なんで引かないの?
「そうそう、ジュリアさんはもっとどっしり構えてなきゃ」
「うひゃあ!」
シュナイザの大きな手があたしの頭をなで回す。
「僕らも居ますから、安心してください」
「そうだよ!絶対助かるよ!」
ラス、リーロまで……。
「あたしのこと、嫌いにならないの?」
「へ?なんでジュリア先輩のこと嫌うの?」
「まさか、弱いとこ見られたぐらいで皆に嫌われるとでも思ってたのか?」
リーロは不思議そうに首を傾げ、アダルは怪訝そうに眉をひそめてそう言うけれど、実際にあたしは嫌われると思った。
だから素直に頷くと、あからさまにため息を吐かれた。ちょっとムカつく。
「それくらいのことで嫌いになる人がいるわけないでしょう」
「ジュリアさんは自分のことを低く評価しすぎだよ」
笑ってそう言ってくれたラスとシュナイザの言葉に胸が暖かくなる。
本当にそう思ってくれてる?
なら、ジーナとジェシーもあたしのことを嫌わないで居てくれるのかな?
「みんな……あり、がと」
あたしは今日初めて、騎士団で良かったと思ったかもしれない。こんなに素敵な仲間たちがいるんだもの。
拒絶されると思ってたのに、皆は優しく受け止めてくれた。妹たちはどうだろう?
まだトラウマのことについて話すのは怖いけど、きっと二人なら騎士団の皆みたいに受け止めてくれるよね?
あぁ、早く二人を抱きしめたいな。
玄関の扉を開けたら、両手を広げて、ただいまって言ってみよう。
男勝りだけど誰よりも臆病なジュリア。
彼女にとって今回の出来事はとても大きな意味を持ったことでしょう。
そしてジーナ。ジュリアにも色々あったんだよ。
暑苦しいシスコンテンションで両手を広げてた訳じゃないんだよ。
今度は是非、ジュリアの胸に飛び込んでいってくださいm(__)m
ちなみに騎士団の皆はこのあと、シュナイザが持っていた携帯で助けを呼び、無事救出されました。




