プロローグイベント(ジェシー視点)
ジーナが成功したと信じているプロローグイベントの真実。まずはジェシーから。
私は期待に胸を膨らませていた。
だって、新生活の始まりは誰しもドキドキするものでしょう?私の場合、それがお姉様たちとの学園生活の始まりも意味するのですから、尚更です。
「ジェシーちゃん?」
無意識のうちに頬が緩んでいたみたいです。入学式の会場である講堂に向かう途中、仲良くなったばかりのリアちゃんに不思議な顔をされました。
いけないいけない。気を引き締めないと!
すぐに通常スマイルを作り出し、 なんでもないです と言おうとした。
「にゃあぁ~ん」
でもその瞬間聞こえた鳴き声に、ハッと開きかけた口を閉じた。
瞬時に周囲を見回すと、胸を張りながらこちらを見ている、大きな体躯の猫を発見した。
首輪も付けず、綺麗とは言えない毛並みをしていながら、ここで堂々とこちらを見据えている猫に胸を打たれました。
周囲に敬遠されながらも自分を貫く姿が、私のよく知る人物と少しだけ重なったから。
私が尊敬する、大好きな人。
――――ジーナお姉様に。
「まぁ、汚らわしい」
うっとりと猫を見つめていた私は、割りと近くから聞こえたその声に一気に現実に引き戻された。
「どこから浸入したんだ」
「どなたか、さっさと追い出してくださいよ」
そうか。ここの人達にとっては野良猫は馴染みのない存在なんでした。
でも、そんな言い方……。
私はたまらず、猫の方へ足を踏み出した。
「ちょっと、ジェシーちゃん何してるの!?」
リアちゃんが私の肩にかけた手を優しく振り払いながら、 大丈夫です と微笑む。
何だか、放っておけないんです。
お姉様と似ているなんて考えてしまったせいでしょうか?
「猫ちゃん、おいで」
私が一歩近づくたびに、猫が警戒を強めていくのがわかる。それでも慎重に距離を縮めていった。
「すぐに外に出してあげますからね」
そう言ってゆっくり手を伸ばす。毛を逆立て威嚇する猫ちゃんは今にも逃げ出しそう。
お願い、逃げないで!!
ところが願い虚しく、あと僅かで手が届くという距離を残して猫は素早く逃げ出した。
「あ、待って!!」
咄嗟にその姿を追いかける。
入学式のことが頭を掠めるも、私は足を止めようとはしなかった。
この子を追いかけないといけないと本能的に感じたんです。何故でしょうね?まるで運命の糸に導かれるかのように、必死に猫の後を追いかけました。
「……っ、ハァ」
苦しいっ……。ちょっと無理しすぎましたかね?さすがに入学一日目で病院行きは嫌ですよ。
私は激しく脈打つ心臓を押さえ、浅い呼吸を繰り返す。
誤算でした。まさか猫ちゃんがあんなに素早く、アクロバティックなんて。
木の上や 花壇の中、校舎の狭い隙間などをスルスルと通り抜ける猫ちゃん。あの巨体であんな身軽な動きが出来るだなんて恐るべし。あれはそんじょそこらの猫の動きじゃなかったですよ!?普通の猫の数倍良い動きでした。私もつい、ムキになりました。
でもその鬼ごっこももうおしまい。
「観念しなさいっ!!」
柔らかそうな芝生の上で寛ぐ、完全に油断しきった猫ちゃんを後ろから抱き上げた。
抵抗されるかと身構えていましたが、案外すんなりと抱かれてくれました。
やっと捕まえたっ!!あとは外に逃がしてあげるだけ。
猫捕獲という偉業?を成し遂げた私は、意外とさわり心地の良い毛に顔を埋めた。そして硬直した。
バッと顔を上げ、まじまじと猫ちゃんを見つめる。うん、見たことない。初対面です。
なのに……なんで?
私は再びもふもふに顔を埋める。
間違いない。よく嗅ぎなれた、大好きな匂い。
どうして?どうしてこの子からジーナお姉様の香りがするの?
私たち姉妹はみんな同じ洗剤やシャンプーを使っている。でも三人とも微妙に香りが違うんです。自分のはよくわからないけど、ジュリアお姉様とジーナお姉様の違いは嗅ぎ分けられます。おまけに、どんな人混みの中でも二人の香りはわかる自信がある。
……そこ、気持ち悪いとか言わないでください。シスコンなのは自覚しています。
そんな私が、お姉様の香りを間違えるはずがありません。この猫ちゃんからは猫独特の匂いに紛れて、微かですが確かにジーナお姉様の香りがします!でも、どうしてこの子からその匂いがするのかまではわかりません。
私は猫ちゃんと目線を合わせ、 あなたは何者なの? と尋ねるも、返ってくるのは ぶなぁ という可愛いげのない鳴き声ばかり。
さっきも私は、この子にお姉様の姿を重ねた。そしてこの匂い。もう運命としか言い様がない。猫ちゃんを追いかけないとと感じたのも、全て運命だったから?
なら私は、この子を簡単に手放していいんでしょうか。いえ、そんなはずありません。家に帰ったら、この子を飼えないか聞いてみましょう。
ジュリアお姉様はともかく、ジーナお姉様は反対するかもしれませんが。
私はギュッと猫ちゃんを抱きしめる。
あぁ……早く本物のお姉様にこうして抱きつきたいなぁ。ジーナお姉様は柔らかくて温かくて、抱きつくととても気持ちがいいんですよ。
ジュリアお姉様はジーナお姉様に比べると筋肉が多めで女の子にしては少し固いです。体が弱い私にとって、ジュリアお姉様は憧れの的ですが、抱きしめるのはジーナお姉様のほうが私的に好きです。
……っと、これ以上語ると本当に変態以外の何者でもなくなってしまうのでやめておきますか。若干 腕の中の猫ちゃんにも引かれてる気がします。これからはたくさんの人と関わらないといけないし、お姉様トリップするときは気を付けないといけませんね。
猫ちゃんについた葉っぱを払ってあげ、元いた場所に帰ろうと辺りを見回しますが………。はて、ここはどこでしょう?
この学園はとにかく大きいです。
どれくらい大きいかと言うと、私のお姉様たちへの愛の1/10くらいです。
……ごめんなさい、伝わりづらいですね。とにかく、大きいんです。
敷地内には巨大なプール施設やテニスコートはもちろん、何故かバラの生け垣で作った迷路やヘリポートまであります。庶民の私には常識外れの学園なんです。
そんな所を猫を追って無我夢中で駆け回ったものですから、完全なる迷子ですよ。
困りました。今日は入学式が終わったら保健室の先生へ挨拶しに行って、家に帰ったら今日がご飯当番のジーナお姉様に代わって、何か作ってあげたいと思ってたのに。これじゃあ目的を果たすどころか、無事 帰宅出来るかもわからないじゃないですか。
どうしようと途方に暮れていた時、後方から複数の足音が聞こえてきた。
「誰だ」
おそらく私にかけられただろう驚くほど良い声に、猫ちゃん共々 振り返った。
そこには、四人の男の人が立っていました。制服を見るとこの学園の生徒のようです。ネクタイの色はまちまち。胸元につけられた剣の形をした金色のブローチはなんでしょう?あれの王冠型ならジュリアお姉様が付けていた気がしますけど……。
ところでこの方たち、凄く美形ですね。
そのうちのオリーブ色の髪をした背の高い人が、私のネクタイを指差した。
「お前、新入生か。入学式はどうした」
低くてよく響く声。さっき私に声をかけたのはこの人ですね。
それより、おいかけっこに夢中で入学式の存在をすっかり忘れてました。
「ごめんなさい、忘れてました」
素直にペコリと頭を下げる。
「入学初日にサボリだなんて感心しないですね。名前を言いなさい」
「……え?」
懐から手帳のような物を取り出した黒縁眼鏡の人が冷たい声でいい放つ。
私は嫌な予感がして、思わず聞き返した。面倒くさそうに鋭利な瞳が細められる。
「不良行為を見逃す訳には行きませんので。生徒ポイントを3ポイントほど引かせてもらいます」
あぁ、嫌な予感的中です。
生徒ポイントとはその名の通り、学園の生徒一人一人に割り振られるポイントのこと。良い行いをすれば加算され、悪い行いをすれば減点される。
このポイントが基準であるラインを下回れば退学になるとお姉様から聞いたことがあります。まさか、初日から引かれるだなんて……。
「………ジェシー、リリーク…です」
名乗る声に力が無くなるのも無理ないです。
もしお姉様たちと違う学園に通わないといけないなんてことになったら私……。
うつ向いていると、スッと長い指が頬に触れた。頬を伝った指は私の顎にかかり、そのままクイッと上を向かされた。
視界いっぱいに映る、美しいお顔。
焦げ茶色の少し長めな髪をリボンで纏めた、タレ目な美形。
その双眸が愉快そうに歪む。
「へぇ? なかなか美人じゃん」
……なんでしょうか、そのナンパするチンピラみたいな台詞は。ただ美形なので恐ろしく妖艶ですがね。
あ!妖艶といえば昔、ジュリアお姉様が異国の浴衣という衣装を着たことがありまして、その艶やかなことといったらもうっ……あれ?またお姉様トリップしてました?
「なんで美人が入学式にこんなとこに?まぁ俺はちょっと悪な女も好きだけどな?良かったら今夜相手してやっても…うわっ、なんだこいつ!」
何か不穏なことをいいかけた男の人に、猫ちゃんが飛びかかる。ナイスです!!
小さくガッツポーズをしながら、毛を逆立てる猫ちゃんの額を撫でる。
「講堂へ向かう途中でこの子を見つけて、見たところ野良猫みたいなので外に出してあげようと思ったんです。追いかけてるうちに夢中になっちゃったんですけどね」
私がクスクスと自嘲気味に笑うと、四人は多様な反応をした。
背の高い人と眼鏡の人は感心したように ほぅ と呟き、変態さんは楽しそうに口角を吊り上げ、今まで会話に加わってこなかった金髪の人は頬を朱に染め上げた。
……ん?最後の金髪の人は見覚えがあるような。………………あっ
「フィニくん!?」
思いがけず大きな声が出た。名前を呼ばれた男の子は赤い顔のまま肩をビクッと震わせた。
やっぱりフィニくんでした!
フィニくんは私と同じクラスの男の子です。綺麗なお顔をしているので、女子たちが騒いでました。
でも、なんでフィニくんが上級生の人たちと一緒にいるのでしょう?それにフィニくんも新入生なのに彼は入学式に出席しなくてもいいのでしょうか?
そんな心情が表情に出ていたのかもしれません。おもむろに口を開いたフィニくんが説明してくれました。
「俺は“四銃士”だからいいんだよ」
「四銃士?」
馴染みのない単語に首を傾げる。
すると、何故か皆さんに驚いた顔をされました。
「まさか貴方、四銃士を知らないのですか」
「はい」
眼鏡さんに訝しげに問いかけられましたが、本当に知らないので即座に首を縦に振った。
途端に 信じられない! という顔をする皆さん。そんなにその四銃士とやらは有名なのですか?
「四銃士ってのは学園の風紀を守る組織だ。企画や運営を担う騎士団とは違う。んで、これは四銃士の証」
そう言うとフィニくんは胸元のブローチを指差した。
学園の風紀を守るって……同じ一年生なのに凄いなぁ。
「フィニくん凄いんですね!!」
これは本心です。初めてお姉様たち以外にこの言葉を使いました。
羨ましいなぁ、私もそういう組織的なものに入りたいです。体が弱いせいで、昔から部活動や委員会活動に参加してこれなかったから、憧れます。
前を見ると、耳まで赤くしたフィニくんと目が合いました。
その様子を見たタレ目さんがクスッと笑う。
「フィニ、お前わかりやすすぎ」
「っ!!うっせーな!ジュナイトは黙ってろよ!」
「へぇ?先輩にそんな態度取るわけね。ふ~ん?」
「…………あ、今の取り消し」
二人のやり取りに和む。仲が良いんですね。仲の良さなら私たち姉妹も負けませんけど!
って、こんなことしてる場合じゃありませんでした!!私は猫ちゃんを急いで抱え、彼らに早口で捲し立てた。
「あの、保健室の方へ案内してもらえませんか?大至急お願いします!!できる限り最短ルートで!」
「あ、あぁ。それならこっちだ」
戸惑いながらも道を指差し、歩き始めたオリーブさんの後ろを小走りでついていく。
それから保健室の先生への挨拶を早々に済ませ、なるべく急いで帰ってきたのに、部屋に鞄を置いてリビングに戻ってきた直後にジーナお姉様が帰ってきてしまいました。
あぁ、お姉様に楽をさせてあげる計画が……。仕方ないのでお手伝いで我慢しますか。
それにしても、久々に三人揃って台所に立つのって良いですね!エプロン姿で料理を作るお姉様たち。眼福すぎて私は幸せです。
ジーナ、お姉様の努力を無駄にすることなく、見事に出会いを成功させてました!
ただ本人の頭の中は100%お姉様。
あれれ?こんな変態じみた子じゃなかったはずなのにw
ジェシーの特技はお姉様トリップですね。
ちなみに猫からジーナの匂いがしたのは直前までジーナが抱いてたからです。