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ミッションクリア?

 バカだ私。いけないことをした。

あそこで逃げるのはどう考えても得策じゃなかった。


 階段に座り込み、乱れた呼吸を整える。随分遠くまで来たから、あの場にいた人たちに見つかることはないだろう。

 後ろをチラッと振り返り、ため息をつく。


 憧れの騎士団様二人に挟まれて視線を向けられるだなんて、そこらのお嬢様が泣いて喜ぶようなシチュエーションだけど、私には耐えられなかった。元々、注目されるということに耐性がない。

 仕方ないよね。前世はぼっちで今は悪役だもん……。

 あれ?自分で言っておきながら泣きそうだ。

 

 それにしても、女子からの八つ当たりだなんて…。ゲーム中にそんなシーンはなかったけれど、案外ジーナも苦労してたのかもしれない。

 苦労して悪役扱いだなんて……ますます同情する。ゲームスタッフはジーナになにか恨みでもあったのだろうか?転生した人の身にもなってほしい。


 呼吸が正常に戻ったところで重い腰をあげ、ラストミッションを成すべく階段を下りる。正直、もう目立つようなことはしたくないけど、ジェシーを手伝ってジュリアは手伝わないっていうのも、ね。


 ジュリアのイベントのお手伝いは、もちろん騎士団を閉じ込めること。これは誰かに見つかりさえしなければ猫を捕まえるよりよっぽど楽だし。


 階段を下り終えると、ちょうどよく目の前に用具室を見つけた。恐る恐るドアを開けると、いつもいるはずの用務員のおじさんはいなかった。

 工具や資材が置かれている用具室内を見回すと、前世の学校にもあったような庶民的な箒が目に入った。

 こんなきらびやかな金持ち学校には似つかわしくない代物だけど、この箒や用務員のおじさんの手によって清潔な校舎が保たれているんだと思うと、なんだか嬉しくなった。

 是非ともお金持ちの方々には、こういった庶民のおかげで自分たちが暮らせてるんだってことを忘れないで欲しいね。


 私はそんな箒を一本手に取り、

すいませんおじさん!絶対に後で返しに来ますから!!

 と内心断りを入れ、こっそり拝借した。


 講堂近くの茂みに隠れ、ラスくんと副騎士団長がやってくるのを待つ。イベントは全員揃ってないと意味ないからね。

 二人が来るまでの時間が、妙に長く感じる。


 …………何をしてるのかな?もしかして私が逃げた後になにかあったんじゃ…。

 と、ドキドキしていると、少し拗ねた様子のラスくんと、笑ってる副騎士団長が走ってきた。


っ、きた!

 私はギュッと箒を握りしめる。


 二人が中に入り、講堂の扉がしまったことを確認してから飛び出す。

 扉の取っ手部分に素早く箒を差し込んで任務完了。

 随分アッサリと終ったけど、まだ安心はできない。誰かに見られたら困るから、一刻も早く立ち去らないと!!


 私は茂みに置いていた鞄をひっ掴み、自分とは思えないほどのスピードで学校から駆け出した。今 50m走のタイムを計っていたら、体育の成績2という残念で微妙な評価はついていなかったと思う。



「おかえりなさいお姉様。……どうかしたのですか?」


 私より一足早く帰宅していたらしいジェシーは、息切れしながら家に駆け込んできた私に目を丸くした。


「だ、いじょう…ぶ……ゲホッゲホッ……だ、よ」


 全然大丈夫じゃないけどね。

息苦しいし、生理的な涙出てきてるし、心臓バクバクしてるし。

 ……私、死なないよね?


 話すことも難しい私の状態を見て、ジェシーは無言で席を立ち、台所からコップ一杯の水を汲んで持ってきた。なんていい子なの。

 椅子に座り、冷たい水を渇いたのどに流し込む。一滴残らず飲み干して、空のコップをテーブルに置く。ふぅ、生き返った。

 

 ジェシーはそんな私の様子をおかしそうに笑いながら、向かい側の椅子へ腰を下ろした。


「お姉様が慌てて帰ってくるだなんて、なにかいいことでもあったのですか?」


 いいこと? むしろ良くないことばかり……強いて言うなら、プロローグイベントを無事終えることができたことかな。

 いいことがあったのは私より、ジェシーのほうでしょうよ。


「特にこれといったことは……それより、ジェシーはどうだったの?学校生活一日目は」


 平然を装って問いかけるも、本当は興味津々だ。

イベントのことを探るのは無理かと思っていたけれど、この流れなら上手くいけば聞き出せるかもしれない。

 手元のグラスをいじりながら、チラリと視線をジェシーに送る。


「そうですね……まず、お友達が出来ました。皆さんとても良い方ばかりです」


 私の探るような視線に気付かないジェシーは、嬉しそうに今日の出来事を話し出した。


「担任の先生も素敵な方でしたし、何よりお姉様たちと一緒に登校出来るので、これからとても楽しみです!」


 登校が楽しみって……。恋をしたら、姉妹たちのシスコンは治るのだろうか?別に不快ではないけど、二人の将来が心配だから攻略対象者には頑張って欲しい。


「そう。でも、あまり無理しないようにね。あなたは私やジュリアと違って、体が強くないんだから」

「それなら大丈夫です!!」


 私が言うと、ジェシーは胸を張って答えた。


「今後、何回もお世話になるかもしれないので、既に保健室の先生への挨拶は済ませてあります」


 その言葉に思わずヅッコケそうになった。

ジェシーは昔から体が弱く、中学時代はいつも保健室で授業を受けていた。大分改善はしたものの、今でも突然貧血で倒れたりする。

 だからって保健室に挨拶にしに行くとは……。姉としては、あまりお世話にならないようにして欲しいものだけれど。

 

「他には、どんなことがあったの?」


 ちょっと話が逸れたけど、というより私が逸らしたんだけどさ……。目的の事柄がまだジェシーの口から出ていない。


「他には……う~んと」


 顎に手を当て、考えるように目を伏せたジェシーは、しばらくして あぁ! と顔を輝かせ、テーブルの下から何かを取り出した。


 どすん、と置かれる、毛むくじゃらの物体。


「こ、これは?」

「今日、入学式の前に偶然拾ったんです」


 入学式……。毛むくじゃら……。ま、まさかね!

私は指先で物体をつんつんとつついてみた。

 

「ぶなぁ?」


 猫とは思えない低く、可愛いげのない声をあげ、不機嫌そうに私を一瞥してから、再び前足に顔を埋める毛むくじゃら。

 このふてぶてしさは間違いない。


「…………救世主様」

「へ?何か言いました?」

「う、ううん。なんでもない!それより、どうしたの。これ」


 ジェシーはよくぞ聞いてくれましたと表情を煌めかせ、嫌がる救世主様を無理矢理腕に抱いた。

 

「最初は助けてあげるだけのつもりだったのですが、抱き上げた瞬間、この子には運命を感じたんです。ぜひ家で飼いたいと思い、連れてきちゃいました」

「そうなんだ……。姉さんが良いって言うなら良いんじゃない?」


 まさかそこまで救世主様を気に入るなんて予想外だ。ゲームでもイベントの猫を飼い始めることなんて無かったし、それにどうせ飼うなら大きい無愛想な猫よりももっと小さくて可愛い猫を……あ、ごめんなさい。嘘なんで救世主様、そんなに睨まないでください。


「えっ!?じゃあお姉様はこの子を飼うことに賛成してくださるのですか!?」

「う、ん。いいと思うよ」


別にどうでも。っていうのが本音だけど。

 まぁ、動物好きで妹をこよなく愛してるジュリアがダメって言うはずもないんだろうけど。

 ジェシーはもう 名前は何にしようかな~ なんて言ってる。

 猫の名前決めの際にはぜひ救世主様っていうのを提案してみようか。……いや、理由を聞かれたらまずいから却下。きっと二人が素敵な名前をつけてくれるだろう。


「ねぇ、その猫を拾った時に……」


 話を促そうとすると、それを遮るように玄関の扉が大きな音をたてて開いた。


「ただいまっ!!会いたかったよ、我が妹たちよ!」


 オレンジ色に染まってきた太陽の光を背に受けながら、ついていけないテンションでジュリアが帰ってきた。両手を広げているけど、まさか飛び込めと?


「おかえりなさいっ!!」


 そして私を置き去りにし、まさかのことをやってのけるジェシー。どうしよう。ジュリアが期待のこもった眼差しを向けてくるよ。


「姉さん、おかえりなさい。……そうだ!この子を家で飼ってもいいかな?ジェシーが拾ってきたんだけど」


 さすがにまだシスコン劇場に乗り込んでいく勇気は無いから、救世主様を使わせてもらった。二回も助けられるなんて、本当に救世主だ。


「猫じゃん!!か~わいいっ!猫を抱いてるジーナも、野良猫を拾ってきちゃうジェシーも可愛い!!もちろん飼ってもいいよ。名前はどうしようか?」


 え、ジュリア……。救世主様が可愛いって本気で言ってる?……ごめんなさい。嘘ですから威嚇しないでください。


「お姉様、今日は少し帰りが遅かったみたいですが、何か騎士団のほうであったのですか?」


 威嚇する救世主様を私から回収しながら、ジェシーが思い出したように言った。私は思わぬ幸運に手を握りしめる。

 ジェシーナイス!!これでジュリアのイベントのことを聞けるかもしれない!私は早る気持ちを抑えながら、ジュリアの反応を待った。


ところが


「………あぁ、うん。別に、大したことはなかったよ」


ジュリアから帰ってきたのは、はっきりとしない返事だった。

 もしかすると、妹たちに自分の弱い一面を話すのは気が引けるのだろうか?責任感が強く、人に頼りたがらないジュリアなら、ありえる。

 ジェシーの話も、もう聞ける雰囲気じゃないし。あーあ、やっぱりイベントの情報を集めるのは無理かぁ。心配しなくても成功してるとは思うけどね。むしろあれだけ頑張って成功してなかったら悲しいよ。


「ぶなぁあ!!」

「ひゃっ、どうしたの猫ちゃん!?」


 いきなり大きな声で鳴いた救世主様に、何事かと目を向ける。救世主様は、ご飯よこせ とでも言いたげにお腹を自分の肉球でポンポンと叩いていた。……おっさんか。

 猫らしくない仕草に少し吹き出し、席を立つ。


「猫にも催促されたことだし、そろそろ夕飯の準備するね」

「あ、お姉様、私も手伝います!」

「じゃああたしも手伝う!!」


 姉妹三人揃って台所に立つ。じゃかいもを一つ手に取りながら、私はプロローグイベントを終えた達成感と静かな生活への期待で胸を満たしていた。


 ジーナ・リリーク、ミッションクリア!!!

 

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