学園にて(ラス視点)
あのパーティーから10年が経って、僕は高校生になった。
通う学園は決まってる。
アナブルを継ぐものとして、あの学園に入学することはもちろん、騎士団になることは当たり前。
学園はコネや七光りに全く屈しない、完全な実力主義なので、必死に勉強した。
アダルは一年早く合格している。
僕も認めてもらえたからには、無様な真似は出来ない。
寝る間も惜しんで勉強し、体を壊すぐらいには頑張った。その後しばらく母から勉強禁止令が出たけど。
その甲斐あってか、見事僕は合格、騎士団にもなれた。
ホッとはしたけど気は抜けない。油断していればあっという間に退学させられる、ここはそんな所だ。
入学して間もなく、僕は騎士団が集まる部屋のドアの取っ手に手を掛けていた。
まるで10年前を彷彿とさせるような緊張感が辺りを覆う。
それに、この中にはアダルがいる。
しばらく会っていないけれど、変わらずあの人を寄せ付けない、絶対的なオーラで王座に座っているんだろう。
「ラス・アナブルです」
軽くノックをすると中からどうぞと声がかけられた。
………今の、女の声だった?
いや、確かに女性の騎士団はいたけど、珍しい。
歴代でも片手で数えられるほどしかいないはずだ。
失礼しますとドアを開け、見えた風景に愕然とした。
「ちょっと!今のどういう意味!?あたしの妹を非難してると取っていいわけ!?!?」
「誰もんなこと言ってねーだろーがっ!!」
「じゃあさっきのは何っ!?」
「お前があんまり妹自慢するから黙れって言っただけ……ちょ、おい!何をする!」
「お前が黙れ!ジーナとジェシーの良さをわからない不届き者には正義の鉄槌を!!!!」
「何が正義の鉄槌だ、ただ首を絞めてるだけ……くっ、苦し」
僕は言葉を発することが出来なかった。
“あの”アダルが、女性と口喧嘩をし、首を絞められていたから。
繰り広げられる光景が信じられず突っ立っていると、女性がこちらを向いた。
正直言うと、少し怯んだ。あのアダルをこんな風に扱える人なんていなかったから、どんなに怖い人物なんだろうかと。
ところが彼女はアダルの首を絞めたまま、
「ラスくん…だっけ?ようこそ騎士団へ!!」
人懐っこい笑顔を浮かべた。
例えるならば、正に花が開いたような笑顔。
僕もきっと、彼女の腕の中でアダルが死にかけてなければ見惚れていただろう。
「あの、そろそろ離してあげたほうが…」
「へ?………うわぁぁあ!しっかりアダル!!」
ガクガクとその肩を揺さぶる彼女は、ただ者ではない。
だから彼女が庶民の出で、アダルを押さえて首席で入学したジュリア・リリークだと知った時は本当に驚いた。
ジュリアさんはすごい。
綺麗な茶髪を結い上げ、常に笑みを湛えている彼女は間違いなく美人なのに、その性格は男らしくて頼もしい。
身分の差や男女問わず分け隔てなく接するので、人望も厚い。
そして何より優秀過ぎる。
学業においても、運動においても、何もかも。
僕はアダルに敵うどころか、対等に張り合える相手さえ存在しないと思ってたのに、彼女はいつも僕らの予想を越えてきた。
アダルはよく勝負を挑んでいるけれど、勝ったところは見たことがない。
もっとも、アダルがジュリアさんに不利のないように勝負内容を選んでいるっていうのもあるけれど。
でも、完璧な人間なんてこの世にいないわけで……
ジュリアさんにも問題はある。
「でね~、その時ジーナったら何したと思う?雨に濡れてる仔猫を抱き上げて、家に連れてきたの!雨が止むまで面倒見みてもいい?って上目使いに……きゃぁぁあっ!!思い出しただけで鼻血出そう。もう可愛すぎるよね!優しすぎるよね!天使以外の何者でもない気がする。あっ、女神か。胸に抱かれてる猫が羨ましすぎてそのポジション変われ!って本気で思ったよ~まぁ、あたしが猫の位置にいたら絶対ジーナを襲っちゃうけどね!!!!!!」
……………この長文を一息で言い切った。
日に日にジュリアさんの肺活量が増えてる気がする。
そう、ジュリアさんはシスコンだ。
かな~り重度の。
見てるこっちが不安になるぐらい二人の妹さんを愛してる。
毎日その自慢話を永遠に聞かされるこっちの身にもなってほしい。
「ん?ジーナ……ってどこかで聞いた名前だなぁ」
僕と同い年で、これまた僕と同じく今年から騎士団になったシュナイザが書類から顔をあげた。
長い髪にチャラチャラしたその外見だけみれば、とても由緒あるこの学園の騎士団には見えないだろう。
顎に手を当てて唸ったシュナイザは暫くすると、あぁ と手を打った。
「1年生の魔女っ子ちゃんでしょ。なにかと話題の。ラスもわかるだろ?」
独特なゆったりとした話し方で僕に問いかける。
タレ目気味な目元は色っぽく、女子に囲まれるのも頷ける。
「ジーナ?……そういえばクラスメイトが話していたような」
「なぬっ!?」
僕が答えるとジュリアさんが食い付いてきた。
「とうとうマイエンジェルが大衆の目に晒されて……でも仕方ないか、ジーナの可愛さは溢れ出てるもんね!気づかれるのも時間の問題だよね」
と、ジュリアさんは言っているけど、全く違う。
ジュリアさんの妹、ジーナ・リリークは1年生の間じゃちょっとした有名人だった。
異常なほど長い黒髪に魔法使いのようなマントを羽織っていると聞く。その異様な容姿と人と関わりたがらない性格から、魔女と呼ばれ敬遠されていた。実際に僕は見たことがないんだけど。
「へぇ~?魔女っ子ちゃんはジュリアさんの妹かぁ」
「もしジーナに手出したら許さないよ、女好き」
意味ありげに口角をあげたシュナイザをジュリアさんは威嚇する。
「女性っていうのは、男に潤いを与えてくれる素晴らしい存在さ。そんな女神たちのために男ができることは?全力で愛してあげることだけだよね」
そんな圧力をものともせず、独自の恋愛観を語るシュナイザはふざけてるわけじゃない。
本人は本気でそう思っているらしい。
最初は僕も こいつ、頭大丈夫? って思ったけど。
それからシュナイザがジュリアさんに絞められたことは言うまでもない。
ジーナ・リリークの存在は気になっていたけど、結局その年は関わることができなかった。
黒いマントの後ろ姿しか見たことがない。
だから、2年生になって初めの自己紹介の時
「ジーナ・リリークです。よろしくお願いします」
初めて彼女の声を聞いた。
急いで振り向くと、長い髪をばっさりと切った彼女がいた。それでも十分長いけど。
露になった白い肌は髪色のせいか、より白く見え、そしてその肌は桃色の唇を際立たせる。
また、見えそうで見えない瞳がなんともいじらしい。
一年前の彼女のことを知っているのだろう周りの人間も、戸惑いを隠せないでいる様子だ。
怪訝そうに眉を寄せる者、興味深そうにみつめる者、驚いて目を見張る者……中には頬を染めている輩さえいる。
ジュリアさんは、自分の妹だから過大評価しているんだと思ってた。けど、そうじゃないのかもしれない。
無意識にみつめてしまっていたらしい。
顔を反らされてそのことに気付く。
魔女と恐れられるジーナ・リリークは、本当にジュリアさんの言うように優しい面を持っているのだろうか?愛らしい面を持っているのだろうか?
その前髪の下に、どんな顔を隠しているのだろうか?
……………っと。
騎士団ともあろう者が私的な感情で動いてはいけない。
僕は掻き立てられる探求心と好奇心に蓋をするように前を向いた。
なぜ自己紹介の時にラスはジーナちゃんを見てたのか……原因はジュリアでした~
そしてジーナ、残念ながらラスは君を見ていたよ(笑
平日はなかなか更新できないのでできるうちに更新しておきます。




