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 フェリナという大剣使いは、マイペースな性格ばかり目立つが優れた洞察力を持っている。それに自分の剣の腕を全く疑っていない自信に満ち溢れた姿勢を崩さなかった。

 これに加えて、現在到達できる最奥の町に到着できていたことから、それなりの実力があるだろうとは思っていた。

 しかし、初めて彼女の戦いぶりを見て、予想した評価が低すぎたということを思い知らされた。

 ――強い。

 フェリナは長身の部類に入るが、身体つきは女性らしくがっちりしている印象は受けない。だが彼女は、その細腕のどこにそんな力があるのかと思ってしまうほど、大剣を軽々と振るっている。場合によっては片手で。

 彼女の使っている大剣は細めの刀身をしているものではあるが、それでも両手用の武器には変わりない。俺の剣よりも格段に重いはずだ。にも関わらずあれだけ振り回せるということは、重量のある武器を扱う術を熟知しているのだろう。


「ウガアァァァ!」

「ふん……」


 フェリナは戦いに対して全く恐怖を抱いてはいないようで、重武装のゴブリン衛兵が振り下ろした長剣を、一瞬の斬撃で遥か上空に弾き返す。


「ほら、今度はお前の番だぞ」


 こちらを振り返りながらふわりと飛び退く。そこに俺が飛び込んでも、ゴブリンはまだ硬直したままだ。鎧に覆われていない首元に《スラスト》を撃ち込むのは実に容易なことだった。

 俺ひとりでは、敵の攻撃を弾き返すのにクラフトの使用が大前提になり、自分と敵の硬直時間を考えれば加えられる攻撃は通常のものになってしまう。この世界に来てパーティーを組んだのは今日が初めてであり、組んでいる相手は協調性がなさそうなフェリナだが、戦闘に関してはソロよりも効率よく戦えていると言わざるを得ないだろう。そうでなければパーティーを組む意味がないが。

 ゴブリンの弱点部位に《スラスト》を撃ち込んだものの、わずかにHPが残ってしまった。クラフトの硬直時間が解けるのと同時に、軽く首元を斬り裂く。それで亜人のHPはきっちりなくなり、光となって消滅した。


「思っていたよりも歯ごたえがない相手だな」


 剣を振るった後に地面に突き刺すフェリナ。彼女の視線の先には、衛兵が護ろうとしていた王がいる。

 衛兵は確かに王に比べて弱いが、そのへんのモンスターより格段に強い。ゲームと同じかどうかは分からないが、おそらくここでしか出現しないレアモンスターだろう。にも関わらず歯ごたえがないように感じるのは、それだけ彼女の剣士としてのレベルが高いから、としか言いようがない。

 A、B、C、Dでそれぞれ呼ばれるリザウスをリーダーに統率された4パーティーが亜人の王の相手をしている。壁役2パーティー、攻撃役2パーティーと構成は悪くない。

 最初はE、F、G、H班が衛兵4体をそれぞれ相手する予定であった。だが偵察戦に出なかった嫌がらせか、俺とフェリナが急遽1体相手することになった。美人であるフェリナは、ピンチを救ってあわよくば……という思いから助けようと思われていたかもしれないが、俺に関しては死ぬなら死んでもいいと思われていたかもしれない。

 しかし、俺とフェリナはあっさりとゴブリン衛兵を葬って見せた。ボスのHPが1本減る度に衛兵は再出現する。このまま俺とフェリナが1体相手することになったため、余ったパーティーはボスのほうへ支援に回されることになったのだ。


「楽して金が手に入っているんだから、和菓子のために戦っているお前にはいいだろ?」


 金貨に関してはレイド全員で自動均等分配されるが、ボスや取り巻きのレアモンスターに分類される敵は大量の金貨を落とす。ひとりあたりにそれなりの収入があるのは間違いない。ドロップアイテムに関しては、倒したパーティーのメンバーだけが手に入れられる。手に入れられる可能性が高いのは、ラストアタックを決めた者だ。


「まあ、それはそうだ」

「それと次からお互いの役割を変えるぞ。いまのままじゃ効率が悪い」


 全身を鎧で固めたゴブリン衛兵の弱点部位は、首くらいのものだ。俺が使っている《片手直剣》は、基本的に《線》の攻撃だ。弱点を狙っても少しのズレで兜や鎧にかすってしまう。そうなれば与えるダメージは激減する。

 《点》の攻撃がしやすく、クリティカル率に補正がある《細剣》や《短剣》を使っていたならば、いまのままでよかったのだが……。片手剣と大剣の攻撃力は比べるまでもなく、大剣のほうが上だ。俺が敵の攻撃を弾き、フェリナが攻撃するというパターンに変えたほうが効率が良い。


「……お前にできるのか?」


 衛兵の一撃は、ただのゴブリンの攻撃よりも強烈。俺の剣で弾き返すことができるのか、と言いたげな挑発的な笑みを浮かべながら言うフェリナに、俺は淡々とした口調で言い返す。


「できないと思っているなら言わないさ」

「ふっ、いいだろう」


 フェリナは、笑いながら地面に刺していた剣を引き抜いた。

 ここで馬鹿力だな、とでも言おうものなら数倍返しで罵倒されることになるだろう。罵倒されて興奮するような性癖は持っていないため、言葉に出すことはなかった。


「失敗したとしてもお前がダメージを受けるだけで、モンスターは攻撃したことで硬直している。その隙に一撃入れればいいだけだからな」


 非情なことを言っているようにも聞こえるが、大剣のクラフトをもらえば大抵のモンスターは多少なりとも怯む。これを理解していれば、フェリナのいまの言葉は追撃を防いでくれると解釈できる。


「実に効率の良い考えだ。ぜひそうしてくれ」

「……お前は少し……いや、何でもない」

「いつもズバッと言うくせに、なんで誤魔化す?」

「うるさい。何でもないと言っているだろう」


 フェリナは、鋭く言い放って俺から顔を背けた。

 会話の流れから想像するに、俺は自分を大切にする感情が希薄すぎるといったニュアンスのことを言おうとしたのだろう。

 もし言われていたとしても、俺はこれといって反応しなかっただろう。自分が危険な策だとしても、最も効果的な策ならばきっと肯定する。感情だって増減しない部類なのだから。

 この世界に来る前は、生きているけど死んでいると言えそうなくらい無気力な部分があった。だがいまは、生きていると言える。

 モンスターと戦っていると、目の前に迫ってくる凶器に対する恐怖や、無事に戦闘を終えられたことに対する安堵感など様々な感情を抱くからだ。戦いで生を実感しているあたり、普通の奴と比べたらおかしいのだろうが……。


「再出現まで時間があるとはいえ、何をぼぅーとしている。私はお前を助けるつもりはないぞ」

「ん、ああそうしてくれ。自分のせいで誰かが……なんてのはご免だからな」

「……そうか。私がピンチのときは死んでも助けろ」


 死んだら助けられないだろ、と返そうかと思ったがやめておいた。リザウスたちがボスのHPを削ったことで、新たな衛兵たちが出現したからだ。

 ゴブリン衛兵たちはボスの救援に向かおうとしたので、それぞれ担当のパーティーが間に入る。邪魔者を排除しようと、亜人たちは咆哮を上げながら襲い掛かってきた。


「ウガァッ!」


 走って向かってくるゴブリン衛兵が右手の剣を左腰に据え、体勢を低くしていく姿を見た瞬間、俺の中に悪寒が走った。あの構えは――突進系クラフトか。


「…………ッ!」


 俺は反射的にクラフトを始動させる。ゴブリン衛兵と同様に右手の剣を左腰に据え、身体を転倒するギリギリまで倒す。そうしなければクラフトの構えだと認識してくれない。このクラフトに慣れていない頃は、顔面を地面にぶつけるのではないかと恐怖を覚えたものだ。

 地を這うような低さから、全力で踏み切る。片手剣基本突進技《クロウアサルト》。10メートルほどの距離を一瞬で詰めることができる技だ。ただ突進距離が優れている分、《ソニックエッジ》のように上空に放つことはできない。

 ほぼ同時にクラフトを発動させた俺と亜人は、お互いに向かって高速で接近し剣を振り抜く。


「ぐっ……」


 俺の剣と亜人の剣が交差するのを目撃した次の瞬間には、大量の火花が視界を包んだ。甲高い金属音が響き渡る中、俺と亜人は互いの剣技を相殺させて1メートル以上もノックバックした。

 こうして生じた間にフェリナが風の如くに入り込み、隙のある亜人へ向けて跳躍した。


「セアアッ!」


 気合の掛け声と共に赤い光を発する刃が亜人を一刀両断し、地面に衝突するのと同時に轟音を撒き散らす。

 単発重攻撃《グランドブレイク》。跳躍して最上段から振り下ろすだけの単純な技だが、防御力を低下させる効果があり、大剣のクラフトだけあって言うまでもなく威力は折り紙つきだ。その証拠に、兜に当たってダメージが減っているはずなのに、弱点部位に当てた俺の攻撃の4、5割ほど増したダメージを与えている。

 もう一度同じ工程をやってもいいが、予想以上にフェリナの一撃で敵が怯んでいる。残りのHPは全体の3割ほど。俺のクラフトでも充分に葬れる。走りこみながらクラフトを発動させ、亜人の首を斬りつける。


「良いとこ取り男め」

「今の奴のアイテムを取ったのは誰だ?」

「私だ」

「もう1回似たような工程をしたかったか?」

「私はできるだけ楽をしたい」

「だったら文句ないだろうが」




 現在の状況は、ゴブリン王の体力が4本あるHPバーの3本目。もう少しで最後のHPバーになるというところだ。取り巻きはすでに葬っているが、ボスの体力が最後のHPバーに突入したときに再度出現するだろう。

 これまでの戦闘でHPが黄色(半減)したのは壁役をしているパーティーのみ。俺たちの戦いは、順調過ぎると言えるほど無難に推移している。


「みんな! もうひと踏ん張りだ!」


 リザウスの声に野太い声が上がる。全体の士気は極めて高い。このまま何もなければ、きっと勝利することができるだろう。

 ボスと戦っているリザウスたちを眺めているが、目立ったミスどころか最大人数の隊に負けない速さで取り巻きを葬っていたためか、ガッツという男は視線をチラリと向けただけで文句を言ってくる気配はない。

 ゴブリン王のHPが最後のバーに突入し、予想してとおり取り巻きが出現した。だがこれまでと違ってジェネラルではない。分厚い鉄板を武器にしたような大剣を持っている亜人が1体だけだ。


「あいつの相手はわいらがやる! ジブンらは大人しくしとるんやな!」


 いまの言葉は、取り巻きを相手したパーティー全体に言っているようで、俺とフェリナに向けられたものだろう。

 レアアイテムに固執するタイプでもない俺と金が主な目的のフェリナにとって、ガッツの部隊が出現した亜人を葬るのは何の問題ない。何もないことを祈りながらも、何かあった場合に即座に動けるよう最低限の緊張を保ちながら見守ることにした。


「ウガ……」


 大剣を持った亜人はすんなり倒され、光となって消滅した。地面に亜人が持っていた剣がずしりと突き刺さる。見ていた限り、この亜人の強さは将軍以下だった。

 ゲームのときのボス戦と多少違った展開だったが、これといって問題ないようだな。そう思った矢先、ボスのHPバーが5割ほどになった。王は咆哮を上げながら両手斧を投げ捨て、対峙しているリザウスたちに背を向けて走り始める。


「逃げる気か!」

「待ちやがれ!」

「待て、迂闊に動くな!」


 逃走している、勝利を確信しての油断、ボスのドロップアイテムがほしい。そんな感情を抱いたと思われる6人の人間が、隊列を無視してボスのあとを追う。リザウスが制止をかけたが、全く意味がないようだ。


「――ッ」


 ボスの逃げている先に、先ほどの亜人が落とした大剣があることを確認した瞬間、強烈な悪寒が身体を走った。

 あのゴブリンは取り巻きにしては弱すぎた。あいつの本来の役割は、王に武器を渡すことだったのでないか。だとしたら……


「ウガゥ……」


 ゴブリン王は大剣を引き抜くと同時に、自分を追っていた人間たちのほうへ振り返りながら、どしっと腰を落として構えた。


「ウガアアアァァァ!!」


 強烈な雄叫びを上げながら、高速で人間たちに接近していく。血のように赤く染まった大剣が、なぎ払うように振るわれ、ゴブリン王を追っていた6人は宙に舞って地面に落ちた。

 突進技《ホークドライブ》。6人全員のHPを半分以上もっていった威力に脅威を感じられずにはいられないが、それよりも攻撃を受けた人間の頭の上に出現した、回転している黄色い光に目が行く。

 あれはスタン――。

 この世界にはブレブレ同様に毒や麻痺、盲目と数多くのステータス異常が存在している。スタンは最長で10秒ほど行動不能になる状態異常のはずだ。麻痺や盲目ほど恐ろしいものではなく、パーティーを組んでいるなら誰かが回復するまで繋げばいい。

 しかし、動ける者は誰もいなかった。

 俺とフェリナを除いたボス戦参加者は、偵察戦や事前情報を元に綿密な会議をしていたと思われる。これに加えて、作戦が見事にはまったことで戦闘の推移が順調すぎた。そこに強烈な攻撃を仲間がもらうところを見れば、抱く恐怖は何倍にも跳ね上がる。これが大抵の人間の身体を縛った理由だろう。

 俺は……動こうと思えば動けただろう。だがボスの間には、クラフトを使ったとしても詰められない距離があった。俺が動いたところで何の意味も成さないのは明白だった。


「ウガァ……」


 ゴブリンの王は、低い唸り声を上げながら巨大な剣を振り上げる。王は獰猛な笑みを浮かべ、再び血のような赤みを纏った剣を躊躇なしに振り下ろした。

 地面が砕けるような轟音が部屋中に響き渡る。巻き上がった土煙の中には、消滅のエフェクトである光が大量に見える。それが意味するのは、スタン状態だった人間たちがこの世界から消えたということだ。


「「「う……うあああああっ!!」」」


 ゴブリン王が歓喜の雄叫びを上げると、それに一瞬送れて悲鳴とも取れる叫び声がそこらじゅうから上がりボス部屋を満たした。

 ボス戦に参加しているメンバーのほとんどが、すがるように己の武器を見つけたり、へたれこんだりしている。冷静に現実を受け入れ、どう行動すればいいか考えている人間はそういないだろう。

 現実を受け入れてなお冷静でいるのか、現実をまともに受け入れていないだけなのかは分からないが、俺はパニックを起こしていなかった。意識は消えた人間ではなく、2つの選択肢のどちらを選択するかに向かっていた。

 1つ目の選択肢は、このまま戦闘を続行すること。戦える人間はごくわずかであり、厳しい戦いを強いられるのは間違いない。だがボスのHPバーは最後の1本で残量は半分しかない。やってやれないことはないはずだ。


「みなさん、私が時間を稼ぎます! 戦えない人は逃げてください!」


 もうひとつの選択肢は、セラが言ったように撤退。

 これは現状では、戦闘を続行するよりも危険かもしれない。いま俺たちがいるのは、ボス部屋の最奥側。入り口までかなりの距離がある。背中を見せて逃げ出せば、先ほどのように突進技をもらって追撃を受け、多くの人間が光になるかもしれない。

 囮役や壁役を置いて撤退する方法もあるが、後退する速度が遅いためじりじりとHPを削られてしまう。こちらを選んでも多くの人間が犠牲になる可能性が高い。

 ここで多くの人間が消滅すれば、二度と同規模の人間は集まらないかもしれない。そうなればこの塔の攻略は進まなくなり、この世界で一生を終えることになる。


「……な、なんで……なんでこうなるんや!?」


 絶叫に似た叫びをガッツが上げた。

 ボスのドロップ品がほしくて、LA――ラストアタックを狙ったからだろう。そう言ってやるのは簡単だ。だが言ったところで突っかかれるのがオチであり、ボスが咆哮を上げたため意識がそちらに向かった。

 ボスの声に反応したかのように衛兵が4体出現する。レイドメンバーたちの目に絶望の色が見て取れる。戦闘か撤退か、決める時間は刹那。


「どうする変態?」

「戦うか逃げるかしかないだろ変人」

「パニックは起こしていないようだな。……で、お前はどっちを選択するんだ?」

「……俺の意見を聞いてどうする?」

「今回限定とはいえパーティーだろう。だからお前が逃げるのら逃げる。戦うのなら」

「逃げる、か?」

「……本当に逃げるぞ」


 先に言われたのが不服だったのか、拗ねたように言うフェリナ。こいつは本当にブレない奴だ。

 ――俺もブレてばかりいないで、決断しないといけないな。

 決断することは《戦う》か《戦わない》かではない。現状から考えて、《戦う》しかないのだ。逃げれば高い確率で生き残れるだろうが、後ろ指を指される生活を送らなければならない。そんな生活は注目を浴びるより嫌だ。

 だから俺のみに出現しているスキル《二刀流》の使用について決断しなければならない。使ったことがないスキルとはいえ、セラの《聖槍》のように強力なスキルであると予想できる。少数で戦わなければならないことを考えれば、使えるものは全て使うべきだ。

 セラは再会したときから槍と盾を身に着けていた。つまりここまで《聖槍》を隠さずにいたということになる。周囲の人間の注目はセラに集まっているだろう。

 加えて《双剣》があるため、この状況で俺が《二刀流》を使ったとしても、さして注目を浴びることはないはずだ。


「何をしている?」

「本気を出そうかと思ってな」


 フェリナは、ほぅーと興味があるのかないのか分からない声を漏らした。俺は、剣を左手に持ち替えてウィンドウを呼び出し、空いているスキルスロットに《二刀流》をセットする。


「お前は先に戦っててくれ」

「……逃げる気か?」

「逃げるなら何も言わずに逃げてる」

「か弱い女にひとりで戦っていろと?」

「金髪の武人がとっくに戦ってるからひとりではないさ。まあお前ほどの天才ならひとりでもやれるんだろうがな」

「ふっ、よく分かっているじゃないか」


 長い金髪をなびかせながら敵のほうへと振り返り、フェリナは一瞬で加速して取り巻きの排除に向かった。笑みを浮かべながら敵へ向かう彼女の姿は、まるで勝利へと導く戦乙女のように華麗なものだった。絶望に沈みそうだった人間の瞳に、少し力が戻るほどに。


「さて……あと一仕事しておかないとな」


 取り巻きを相手しているフェリナはまだしも、ボスをひとりで相手しているセラは危険だ。いくら強力なスキルを持っているといっても、装備している盾は第1層で手に入る盾。ボスの攻撃は強力なため、受ければ貫通してダメージを負ってしまう。注意を引くために避けてばかりいられない以上、長引けば窮地に陥るのは免れない。

 仲間たちひとりひとりに声をかけて回っているリザウスに声をかける必要はない。リザウスの他に動けそうでリーダー役が務まるのは……あいつしかいないか。


「おいあんた、へたってる場合じゃないだろ」

「な……なんやと?」

「小隊のリーダーやってたんだから、せめてそいつらの命は護るのがあんたの責任だろ。腑抜けていたら消えていった奴らと同じ道を辿るだけだぞ」

「そ、そんなの分かっとる!」

「それだけ気力があるなら、取り巻きの相手くらいしてほしいもんだな。まあ無理ならさっさと逃げることだ」

「は……まさかそうやってわいを焚き付けて、ジブンは逃げようちゅうんか!?」

「逃げるなら黙って逃げてる。俺がやることはひとつ……」


 視線をガッツから亜人たちの方へと向け、右手に握る剣をしっかり握りなおす。


「――敵の殲滅だ」


 俺がやろうとしていることは、客観的に見れば自殺行為とも呼べそうなことだ。防御力の高い防具は身に纏わず、盾すら装備せず、たった数人の動けるメンバーと共にボス戦を終わらせようとしているのだから。

 だが俺の脳裏に、撤退するという考えは微塵もない。《二刀流》をスキルスロットにセットしてからというもの、炎にも似た何かが全身を駆け巡っている。自分のみに与えられた力を使ってみたい、と心のどこかでずっと無意識に思っていたのかもしれない。

 しかし、俺を最も駆り立てているものは戦うことで得られる《生の実感》だろう。

 この戦いほどの緊張感、恐怖、力を使うことへの喜びなどを感じた戦いは今までになかった。もしかしたら俺は笑みを浮かべているかもしれない。

 左手に剣を持ったままボスへと走り出す。その間も絶え間なく右手を動かし、ドロップ品である剣を装備。素早く《二刀流》のクラフト画面を呼び出し、始動できる一歩手前で止める。左手に持っていた剣を右手に握り直し、空いた左手は背中に出現した新たな剣を抜き放つ。


「ウガアァッ!」

「く……そこ!」


 ボスの大剣を受け止め、わずかな隙に軽めの突きを入れるセラ。防御主体の戦闘を行っていたせいで、残りのHPが5割を切っている。

 剣を振るったことでがら空きになっている側面から接近し、《シャイン・ブレイバー》というクラフトを発動させる。二振りの剣が白く発光し、発生したアシストによって俺の身体が自動で動き始める。

 右の剣を振り抜き、手首を返して勢い良く斬り抜く。そのあとを追うように左の剣で斬りつけて1回転し、身体を開くようにしながら左右の剣を振り抜く。続けて左の剣で斬り、右の剣を振るのと同時に先ほどと逆方向に回転。再度左右の剣で斬りつけ、二振りの剣を腰近くまで引き、同時に突きを放った。


「ウガァァア!」


 刹那の内に11回にも及ぶ斬撃の嵐を受けたゴブリン王は悲鳴を上げた。ボスは膨大なHPを持っているため、クラフトでもHPバーの変動はほんの僅かだ。だがいまの一撃で通常の3倍ほど減っている。

 二振りの剣を使うことから最初から使える基本技も連続技だとは思っていた。だが2桁にもなるとは想像もしていなかった。

 ――このスキルは強力過ぎる。

 そう心から思ってしまうほど、クラフト――いや《二刀流》への驚きを隠せなかった。もしも出現してすぐに使っていたならば、この力に酔いしれて自分の力だと思って慢心していた可能性が高い。


「ウガァッ!」


 攻撃対象を俺に変えた王は、薙ぎ払うように大剣を振るう。連撃の割りにクラフト後の硬直時間は短いようで、ボスの怯んでるうちに動けるようになった。迫り来る巨大な剣を確認しながら、後方へ思いっきり跳ぶ。


「ウガアア!」


 無事に回避して着地した瞬間、後方から別の雄叫びが聞こえた。視線を向けると、いまにも剣を振り下ろそうとしている衛兵の姿があった。受け止めようと身体を回転させようとした矢先、亜人の首に光を纏った矢が飛来した。


「…………」


 チラリと確認すると、感情の見えない顔で狙撃したと思われるルルの姿が遠目にあった。

 あの距離から注意を引くのが目的ではなく、狙って亜人の首を撃ち抜いたとすれば、尋常ではない腕前になる。もしそうならルルの腕前は、ゲームのときよりも格段に上がったということだ。

 ゲームだった頃は、ルルはあんなに冷たい顔をする奴ではなかった。気になりはしたが、いまは戦闘に集中しようと脳裏から消し去る。

 衛兵からの攻撃よりもボスからの攻撃を優先して防がなければならないため、視線をゴブリン王に戻す。こちらに向かって接近しようとしていたが、セラが側面から近づきライトエフェクトを纏った盾を思いっきり叩きつけた。クラフトをくらったゴブリン王はノックバックする。

 それを見た俺は、衛兵を葬ろうと身体を回転させる。


「せりゃ……」


 亜人の首目掛けて二振りの剣を振り抜こうとした瞬間、亜人は叩き潰されるように斬られた。消滅の光の収束と同時に現れたのは、涼しい顔をしたフェリナだった。


「ボスを前にしているのに私に見惚れるとは呆れるな。いや、それだけ私が美しいということか」


 見惚れている覚えはないが、こいつが美しいのは確かだ。ただそれは外見のみ。謙虚さのない心を美しいとは言えない。

 外見のことを言っているなら肯定するが、内面のことを言っているなら否定する。とでも返事をしようかと思ったが、フェリナよりもボス優先だ。ルルが援護しているようだが、セラだけで前衛をするのは厳しい。


「無視か」

「……はいはい、お前は美しいよ」

「なんだその感情のこもっておらず投げやりな言葉は。そんな風に言うくらいなら言うな、馬鹿者」


 言えと催促したのはあちらのはずなのに、なぜ馬鹿者と蔑まれなければならないのだろう。そもそも何でボスより俺に意識が向いているのだろうか。この女の考えはよく分からない。

 残りの衛兵たちは、どうにか持ち直したリザウスたちが相手している。無駄口ばかりたたいてないで、ボスに集中しなければ。先ほどのようにクラフトを始動できる直前までウィンドウを操作していく。


「無駄口をたたく暇があるなら、さっさとボスを倒してくれ天才」

「まったく、お前は人使いの荒い奴だな。それに素直に自分の女を助けて欲しいと言えばいいものを」

「あいつとお前の言うような関係になった覚えはない」


 早口でやりとりを終えた俺たちは、ボスへと向けて走り始める。セラは持ち前のスピードと盾でボスの攻撃を凌いでいる。攻、防、速など総合的な能力を見た場合、セラが最も安定かつ高い能力を持っていると言えるかもしれない。

 ボスが無防備にさらけ出している背中に接近すると、クラフトを始動させる。先ほど使った《シャイン・ブレイバー》よりも発動が早い。交差させるように左右の剣で斬りつける二刀流基本技《スラッシュ》。

 わずかに怯みを見せたボスに、フェリナがクラフトで追撃する。確かな威力を持った一撃に、ゴブリン王はさらに怯む。


「セラ、俺とこいつで支えるから回復しろ」

「はい。ありがとうございます」


 最も疲労しているはずなのに爽やかな笑みを浮かべて返事を返してきたセラに対して、まだまだ余力がありそうだと安心感を覚える。この金髪の武人は、今日もこれからも頼られる存在になることだろう。

 視線をボスに戻すと、飛来した矢をバックステップでかわしているところだった。ゴブリン王は両手で左腰近くに剣を構え、視線は俺やフェリナではなくセラを捉えているように見える。弱っているセラを真っ先に葬りたいようだ。

 剣しか持っていない俺は、クラフトを使って攻撃を弾くしかセラを攻撃から守る術がない。だが二刀流のクラフトに俺はまだ慣れていない。これまでに使ったクラフトは、発動するためのモーションは何となく覚えたが……。

 それを敵の攻撃クラフトに合わせられる自信は……なくもないが、どういう風にブーストをかければいいか分からないので、クラフトの威力を増すことはできないだろう。

 クラフトは多少体勢が崩れたくらいでは問題ないが大きく体勢が崩れる、または威力ブーストをかけようとしてミスをし、アシストを阻害すると止まってしまう。二振りの剣を持っているとはいえ、同時に斬りつけるようなクラフトでなければ大剣の一撃を相殺することはできないだろう。


「私がどうにかしてやる」


 フェリナは、俺の考えを見透かしたような一言を発するとゴブリン王と同じ構えを取った。精錬された大剣と無骨な大剣が真紅のライトエフェクトを発生させる。お互いに向かって高速で接近して行き、薙ぎ払うように剣を振るう。

 ゴオオォォン! というような凄まじい音がボス部屋を満たす。剣と剣の衝突とは思えない轟音だ。衝突の威力を物語るように、ボスは4メートル以上後方に下がり、フェリナに至っては車にはねられたように吹き飛んだ。


「なっ……!?」


 長身の割りに体重は軽めなのか、もの凄い勢いで飛来してくるフェリナ。生じた隙に攻撃を加えようと動き出そうとした瞬間だったために、回避することもできずまともにフェリナと衝突した。息が詰まるほどの衝撃を受け、俺はフェリナと共に後方へ吹き飛ぶ。


「シド殿、フェリナ殿!?」


 回復薬を飲み終えたセラが駆けつけようとするが、ボスへと向かっていった光を纏った矢を目撃したセラの視線は、迷いながらもボスのほうへと向いた。

 もしもセラがこちらに駆けつけていたならば、あの獰猛な亜人の王はまとめて消そうとしただろう。こちらが体勢を立て直す時間を作ろうと、冷静に対処してくれたルルには感謝しなければならない。その一方で、全く心配する素振りを見せなかったルルに違和感も覚えたが……。


「……ここで胸を鷲掴みにしていなかったり、私の股下に顔がないあたりラッキースケベではないようだな」


 何事もなかったかのように上体を起こすフェリナ。

 両手に剣を持っていたのに胸に手が行くわけがない。背中から俺に向かってきたのに、どうやったらお前の股下に顔が行くんだ、などと言ってやりたいところではあるが、まず最初に言わなければならないことがある。


「さっさと退け……重い」


 おそらくフェリナは、背丈や体型の割りに体重はないほうなのだろう。だが170前半あると思われる人間に乗られては、大抵の人間は重たいと感じるはずだ。腹部に座り込まれたら、そこに体重が集中するだけになおさら……。


「女に向かって重いなどと、お前にはデリカシーというものがないのか。あぁいや、すまない。お前は他人にひどいことを言って快感を得る変態だったな」


 緊迫している状況だというのに、この女はブレない。ブレなさ過ぎるといえるくらいブレない。

 女に対して手をあげるのは悪いものだと思ってはいるが、現状で人を変態扱いするこいつに対してなら顔面を殴っても許されるのではないだろうか。


「早く……」


 退け、と言おうとしたとき緑の液体が入った小瓶を口の中に入れられた。反射的にそれを飲み込むと、フェリナとの衝突で減少していたHPが少しずつ回復し始める。どうやら口の中に入れられたのは《ポーション》だったようだ。

 和菓子をねじ込まれたのを根に持っていたのか……。待てよ、この女の性格を考えると回復系アイテムでやり返すのには違和感がある。耐久度がなくなってゲキマズに味が変化した液体あたりが無難な線だ。

 ……まさかだが、俺のHPを減らしたことに対するこいつなりの謝罪なのか。もしこれが当たっているとなると、どれだけ素直に自分の気持ちを言えないんだってことになる。それとも、この女は一種のツンデレなのか?

 俺の気が逸れている間に、フェリナは立ち上がって服についた汚れを払い、ポーションを取り出して一気に飲み干す。戦闘中に衣服の汚れを気にするフェリナに呆れつつ、立ち上がりながら口を開く。


「払うのはあとでいいだろ」

「お前を待っていただけだ。それより……いい加減終わらせるぞ」


 フェリナの顔は無表情にも見えるが、微妙に引き締まったようにも見える。声もどことなく凛々しかった気がした。

 俺は一度深く息を吐き、意識をボスの殲滅だけに向けた。


「……ああ」


 両手に握った剣をしっかりと握り直した瞬間、フェリナが先に行動し始める。


「ウガアアッ!」

「女、下がれ!」


 ゴブリン王の咆哮が発せられていたが、フェリナの声はきちんとセラに届いたようで、彼女は大きくバックステップした。対象を失ったボスの剣は、床へと衝突。砕ける音と土煙を発生させる。

 フェリナは土煙に向かって跳躍し消える。赤い軌跡が見えたかと思うと、土煙が吹き飛ばされて怯んでいるボスの姿が現れた。

 視界にそれを捉えた瞬間、ボスの顔面に正確無比な6本の矢が突き刺さる。素早く矢を6連続で射る弓技《ゲイル・バレット》だろう。確認していないが、ほぼバラけることなく命中したことからルルが放ったもののはずだ。


「せりゃぁぁ!」


 気合の声を上げながらゴブリン王に接近したセラは、淡い黄色が混じった白く発光する槍を素早く5連続で突き刺す。最後に大きく後ろに引き、渾身の一撃を加える。命中と同時に槍に纏っていた光がボスを貫き、徐々に収束していった。


「シド殿!」

「ああ!」


 再び《シャイン・ブレイバー》を発動させると、白光を纏った二振りの剣が高速で亜人の王を斬り裂いていく。

 斬りつける中、ふと視線を上げると苦痛で顔を歪めているボスが見えた。亜人の王は、怒りと恨みが混じりあった瞳を真っ直ぐ俺に向けている。

 ――こいつはこの世界の支配者に作られた存在なのかもしれないが、俺と同様に生きている。

 瞳に感情を見て取った瞬間、いま行っている戦いが互いの《生命》を賭けたものなのだと強く感じた。剣を握る両手に一段と力が入る。


「は……ああぁぁッ!」


 同時に放った渾身の突きが、亜人の身体を深々と貫いた。ゴブリン王は巨躯を反り返らせながら、断末魔の悲鳴を上げる。それは身体が光になり始めても続いた。

 亜人の身体が消滅していくにつれ、部屋内が明るくなっていく。ボスは完全に消滅しても、怨念を感じさせるように断末魔は残響し続ける。

 しかし、いつまでも続くことはなく少しずつ収まっていく。俺はLAボーナスで手に入れたドロップ品には目もくれず、徐々に消えていく亜人の声に耳を傾けた。



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