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06

 謎の刀使いと出会ったその日、ボス部屋を発見したらしく、急遽夕方に2度目の攻略会議が開かれた。

 ボス部屋を発見したのはリザウスのパーティー。大胆なことにボス部屋に入り、その部屋にいる住人を見てきたという。

 ボスは、身の丈2メートル弱のゴブリン。その亜人の名は《ゴブリン・キング》、使う得物は両手斧に該当するものらしい。取り巻きに金属製の鎧に身を包み、剣と盾をたずさえた《ゴブリン・ジェネラル》が4体いるそうだ。

 あのゲームでは王のHPゲージが1本減るたびに将軍たちが再度出現していた。だがこの世界は、あのゲームに酷似しているだけであって現実だ。ゲームでは第1層のモンスターはほぼ決まった動きをしていたが、この世界のモンスターの動きには個体差があった。

 それを思えば、ゲームではボス部屋の扉は開いたままのため逃走できたが、この世界では開いたままかどうか分からなかったのだ。リザウスたちの行動は一種の賭けと言える危うい行動だ。

 だが無事に帰還できたことから、扉は開いたままだということだろう。これは偵察戦を行える証明にもなるため、ボス攻略に参加する者にとってはボスの情報よりもありがたい情報だ。もしかしたらリザウスたちは、参加する人間の不安を少しでもなくすために危険を承知でやったのかもしれない。勇者か、ただの自己犠牲精神のバカか……それともこの世界のことを知っている人間か。

 そう考えたとき俺の思考は、リザウスから刀使いへと対象を変更した。

 あの女は、なぜあの意味深な言葉を言ったのか。彼女はいったい何者なのか。俺はあのスキルをどうするのか。

 刀使いと別れてからずっと考えているが、はっきりとした答えが出ていない。《二刀流》に関しては《使う》か《使わない》か、このふたつの選択肢しかないのにだ。

 使うことを選択すれば、俺の腕次第ではあるがトップレベルの戦闘力を手に入れることができるだろう。生存率も大きく高まるはずだ。だが純粋にパーティーに誘う人間はまだしも、自分のパーティーのブランドを高めるために誘う者。嫉妬めいた感情を抱く者などたくさんいるだろう。対人関係が面倒になるのは目に見えている。

 そう考えれば使わないという選択をすればいいだけ……なのだが、《死》に直面したときのことを考えると躊躇ってしまう。あのスキルを素直に使っておけば、こんなことにならなかったのではと後悔しながら死んでしまいそうだからだ。死ぬことを考えたくはないが、死ぬときは悔いがないように死にたい。他人が寄って来ないようにできるなら、あっさりと決められるのだが……。

 そんなことを2日ほどぐだぐだ考えているうちに、ボス攻略のための偵察戦が終わってしまった。偵察戦は敵の戦力や対処法、パーティーの連携を確認するために必須だ。攻略戦に参加する者なら絶対と言っていいほど参加すべきだっただろう。

 だが終わってしまったものは仕方がない。元々ボスの情報は、《ブレイブブレイド》で情報屋として活躍していたプレイヤーがゲーム時のものではあるが無料で公開している。公開しているといってもパンフレットのようなものを店に置かせてもらっているだけだが。

 このパンフレットは、念のために俺も全て手に入れている……有料で。無料配布のもらえばいいと毎度思っているのだが、あいつは店に置く前に俺の元を訪れて直接くれるのだ。情報を真っ先に手に入れられることを考えると、お金を払うこともやぶさかではないという気持ちになる。情報に間違いがないか確認に使われている感も否めないが。

 耳にした偵察戦を行った人間たちの会話からして、ボスたちの戦力や対処法はゲームのときと同様で問題ないらしい。それなら俺も参加して問題ないと思い、今日行われるボス攻略に参加することにした。いまは迷宮区へと向かっている。


「偵察戦をサボった奴が、よくもまあ堂々と参加できるものだ」


 俺の隣を歩いているのは、マイペース女ことフェリナ。なぜこいつが隣を歩いているかというと、俺はこいつとボス戦限りのパーティーを組んでいるからだ。

 セラやルルと他にも組める人間はいたはずなのだが、この女と組むことになったのには理由がある。


「同じようにサボっていたお前にだけは言われたくないな」

「ふっ、そう褒めるな。照れるだろう」


 褒めていないし照れていないだろ、とツッコミを入れるのも面倒になるマイペースさだ。

 ボス戦参加人数で、最大人数でパーティーを組むと8パーティー組めて2人余る。考え事で偵察戦をサボった俺と、マイペースな生活を優先してサボったこいつが余りの2人になったということだ。俺たちに与えられた役割は、予想してとおり取り巻きの排除だった。


「お前ほど気楽に生きられたら楽だろうな……」

「おい、人をバカみたいに言うな。私は色々と考えている」

「まあそうだな……お前のおかげで、少し思考の泥沼から抜け出せたからな」


 するとフェリナの頬に赤みが差した。日頃無表情なのに加えて、肌の色が白人のように白いため赤くなっているのがはっきりと分かる。


「べ、別にそんなつもりでやったのではない」


 フェリナは、照れたのか顔を背けた。そして常備していると思われる和菓子を取り出し、やけ食いのように食べ始める。

 こいつの食べる姿は何度か目撃しているが……和菓子しか食べていないような気がする。こいつはまともな食事を取っているのだろうか。取っているのだとすれば、何でこれだけ甘いものを食べて体型が変わらないのだろう。

 この世界は、ゲームのような使用になっているせいか敵の攻撃を受けても赤いエフェクトが出るくらいで、これといって痛みは感じない。おそらく腕を切断されたりしても、HPが減っていくだけで血は出ないだろう。腕がないのを見て、精神に異常をきたす可能性はあるが。

 痛覚を鈍らせたり、部位破損しても戦えるようにしているあたり、俺たちに配慮されているのだろう。しかし、いくら現実離れした仕様であっても現実に代わりはない。なぜこの女は太らないのだろうか。


「何をジロジロ見ている」

「せめてジロジロって表現は訂正しろ。いままで会話していただろうが」

「誤魔化さなくていい。私に欲情してしてしまうのは仕方がないことだ。だがこの時間帯から欲情するとは、見た目の割りにとんだ性欲魔人だな。はっ……最後列を歩いているのも、隙を見て私を押し倒し、嫌がる私を無理やり……」


 訂正させたい内容だが、言っても聞かないことはこれまでのやりとりから目に見えている。いままでどおりの対応ではダメだろう。


「あんた想像豊かだが……欲求不満なのか? それともそういう性癖か?」


 俺の言葉に、フェリナは演技の途中で固まった。徐々に腰にある剣に手を伸ばし、素早く首を回して鋭い視線をこちら向ける。


「そういうことを言えば私が慌てるとでも思ったのか?」

「まさか。普通の女なら恥ずかしがって言えないことを平気に言うお前が、あれくらいで慌てるわけないだろう」

「それは私はどんな汚下劣な言葉でも平気言う変態だ、と言っているのか?」

「安心しろ、俺は別に変態とは思っていない。変人だとは思っているが」


 抜剣されそうな雰囲気が出始めていたため、返事を返しながら対フェリナ用に使えるかと思って買っておいたヨウカンを取り出す。それをいまにも罵倒の嵐を言おうとしているフェリナの口にねじ込んだ。


「……女の口に無理やり入れるとは変態だな」

「ヨウカンを挟んで言え。それだけ聞かれたら誤解されるだろうが」

「お前のような奴は誤解されればいいのだ」


 ふてくされたように言うフェリナであるが、ヨウカンの味が好みだったのか表情は上機嫌に見える。和菓子さえ貢げば、この女はデートのひとつくらいしてくれるのではないだろうか。今までにデートをしたことがない男性のために、情報屋あたりにこのことを流してみてもいい気がする。俺個人のストレス発散にもなるだろうから。


「ボス戦前ちゅうんに緊張感のない連中やな」


 目の前にいたパーティーのひとり、20代後半から30代前半と思われる坊主頭が話しかけてきた。

 背丈は俺より頭一つ分ほど低い。160前後といったところだろう。やや小柄な印象を受けるが、肉体はがっちりしているように思える。そのため背中にあるやや大振りの曲刀にも違和感はない。だが頭につけているヘアバンドに関しては、バンダナのほうが山賊っぽくて似合うのではないかと思う。


「ええか、ジブンらはサポート役や。あんまでしゃばった真似はせんでもらうで」


 表情と声色から推測するに、偵察戦に出ていない俺たちは無知者。役に立たないから大人しくしていろ、という解釈でいいはずだ。

 俺は男の言い分に反論するつもりはない。ボス攻略会議に出席しておきながら、最も死ぬ確率が高い偵察戦に出ないような奴を信用できないのは当然だ。過去に俺やフェリナの剣の腕を見ているなら違っていたかもしれないが。かくいう俺もフェリナの剣の腕は知らないが。

 男が言いたいことを全部言うまで黙ったまま聞き流そう、と思っていた矢先、隣にいた人物が口を開いた。


「いきなり話しかけてきてぐだぐだと……。私たちのことを気にする暇があったら、まずは自分の頭の心配でもしたらどうだ? というか、そもそもお前は誰だ?」


 無愛想と呼ばれる俺でも、何もなしにここまでひどい返事はできないだろう。マイペースな性格に加えて毒舌……この女、外見以外はダメなんじゃないか。


「……ねぇちゃん、見た目はえらいべっぴんやけど中身は最低の部類やな。まあわいのほうが大人やさかい流したる。それと一応名乗っといたる。わいの名前は《ガッツ》や」

「うし……ぅ!?」


 せっかく面倒ごとにならなかったのに、「後姿で判断すれば、大人に見えるのは私のほうだ」とでも言った後、お前は私よりもチビだからな。またはガッツ? おかしな名前だな。まあお前に興味はないからどうでもいいが。などと言いそうになったフェリナの口に、再度俺はヨウカンをねじ込んだ。

 これで対フェリナ用の残弾は0になったので、早急に会話を打ち切りたい。


「……いきなり何をするこの」

「ちょっと黙ってろ。話が進まん」

「……ほんま緊張感のない連中やな。命かかっとるって分かっとるんか分からんで。とにかく、ジブンらは大人しくわいらの討ち漏らした雑魚だけ相手しとれ」


 強い口調で言い切ったガッツは、ようやく身を翻してジブンのパーティへと戻っていった。

 自分が発端ではないのに面倒ごとに巻き込まれるというのは、実に体力やら精神力を使うものだ。パーティーのメンバーがフェリナではなく、セラかルルだったならこういったことにはならなかっただろう。やっぱりソロが気楽でいい……。


「はぁ……」

「おい、この人にものを無理やり突っ込むことでした興奮しない変態。ため息をつく前に私に一言謝れ」

「悪かった」

「…………」


 もしかすればむせていた可能性もあるので素直に謝ったのだが、フェリナは不服そうな顔を浮かべた。

 この女、俺とのしょうもないやりとりを楽しんでたのだろうか……まさか俺以上にソロを貫いていた奴だけど、本当は人と接することに飢えている寂しがりぼっちとでも言える奴なのだろうか。


「なんだその同情しているような目は。あんなに言われて何も言い返せない腰抜けに同情される覚えはないぞ。むしろ私がお前のチキンっぷりに同情する」

「あいつからすれば俺たちは信用できない人間だ。お前みたいにケンカを売るように返すほうが間違っている」

「言い訳とは男らしくないな」


 こいつは前に男女差別は良くない、という内容の言葉を言っていた気がするのだが……本当にマイペースな奴だ。

 口で言っても同じようなやりとりが続くだけだと思った俺は、背中にある剣に軽く触れながら言った。


「……なら俺が腰抜けかどうかは、口じゃなくてこいつで語ることにしよう」

「ほぅ……」


 フェリナは少し目を見開いた後、にやけているとも表現できるような笑みを浮かべて声を漏らした。胸の下で手を組みながら続ける。


「そういえば……聞いた話になるが、お前はブレブレとかいう現実と大差がないゲームで、トップレベルの剣の腕を持っていたらしいな。じっくり見せてもらうとしよう」

「あまり期待されるのも困る。人の話なんて尾びれがつくものだからな」

「ふ……それもそうだな。まあ本当は腰抜けで、いまだけ強がってみせていたとしても私は気にしないがな」

「自分ひとりでやれると?」

「無論だ。私は天才だからな」


 照れも何もない、ただ当たり前のことを言うようにさらりと言ってのけるフェリナ。こいつほど淡々と自分を天才と言う奴は、テスト時のブレブレにもいなかった。

 ふと思ったが、いまこの女は《ブレイブブレイド》のテストプレイヤーではなかった、と取れるセリフを言った。それなのにここまで自分や自分の剣の腕に自信があるということは、元の世界では客観的にも認められている天才だったのかもしれない。


「なら全面的に任せるか」

「バカかお前は。それでは何のためについてきたという話になるだろう。私に何もさせずに倒すくらいの意義込みでやれ」

「……お前、本当は楽したいんだろう」

「当たり前だ」


 ここでそのセリフは、決してドヤ顔で言うことではないはずだ。そんな感情を込めた視線を送ってみたが、フェリナは気にした様子を見せずドヤ顔のままだ。


「私が上層に行く目的は、さらに美味い和菓子を食べるためなんだからな!」

「……あんたらしい」

「ところで、お前あのヨウカンどこで買った?」

「ああ、それは」

「やっぱりいい。口で言われても分かりにくい。案内しろ、いますぐ」


 店に案内するくらい問題ないことだが、相手がこの女だと話が変わってくる。この女は内面はダメだが、外見だけなら誰しもが認める美人だ。はたから見られるとデートしているようにも見えなくない。他人の視線が気にならない鈍感タイプではないで、町の中をこいつと歩くのはご免だ。

 だがそれ以上にまず言わなくてはいけないのは


「せめてボス戦終わってからだろ……」



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