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05

 昨日行われた第1回ボス攻略会議は、結局実務的な内容が話されずに終わった。ボス部屋が発見されていないため、仕方がないといえば仕方がないのだが。しかし士気を高める効果はあったようで、最上階の攻略に多くの人間が参加しているようだ。

 俺も最上階を攻略しているが、ボス部屋の発見は他の連中に任せてモンスター狩りに勤しんでいる。ソロで行動しているため、パーティーを組んでいる連中に比べて攻略速度が遅いから任せよう。といった理由もあるのだが、ただ単純にボス部屋の発見よりモンスターと戦っていたいというのが1番の理由だろう。個人の戦闘スキルを少しでも高めておいたほうが、生存率が上がるのだから。


「……それに」


 広場に集まった人間のほとんどはパーティーを組んでいるようだった。ソロで行動していた俺は、おそらく余った人間とパーティーを組むことになるだろう。

 ボス戦には取り巻きがいてもおかしくないため、最大人数に達していない俺のパーティーは、そいつらの駆除という役割を与えられるはずだ。敵の体格や武器によって戦い方が違ってくるため、様々な敵と戦闘してボス部屋の発見を待ったほうが効率が良いだろう。


「……ん?」


 醜い顔をしている亜人型モンスター《ゴブリン・ソルジャー》を葬った瞬間、遠目にモンスターを倒した瞬間に発生する光のエフェクトが見えた。これだけなら気にする必要はないのだが、モンスターが消える直前に雷を彷彿させる剣閃が疾った気がしたのだ。

 通常攻撃でさえクラフトかと思わせる速度を出すセラかと思ったが、今朝あのマイペース女に捕まっていたのを見ている。迷宮に足を運んでいる可能性ももちろんあるが、食べ歩きがどうのと微かに聞こえたのを覚えている。あの女の食べ歩きがすぐに終わるとは思えないため、おそらくセラではない。

 凄まじい剣の腕前を持っていそうな剣士に興味を持った俺は、光が見えたほうに向かって薄暗い道を歩き始める。


「…………」


 謎の剣士は、長い刀を鞘に納め終えたところだった。

 ぱっと見た印象は細身でやや小柄。身に着けているのは、初期装備として選ぶことができる白を基調した和風の衣服。それのせいか、腰ほどまである長い漆黒の髪が際立って見える。うなじあたりでひとつにまとめているのは邪魔にならないようにするためだろう。

 初期装備と言ってもいい身なりをしているにも関わらず、第1層の迷宮区とはいえ最上階でモンスターを倒せることから剣の腕前は高いと判断できる。

 俺の足音に気づいた剣士は、こちらにゆっくりと顔を向けてきた。凛としている、と言える顔つきをしているが、俺を見る瞳と表情に感情はほとんど見られない。氷のような、という表現は目の前にいる刀使いのような人物に使うのだろう。

 初対面の人間の近くをうろつくわけにもいかないため、女性の横を通り抜けようと1歩踏み出す。


「――ッ!」


 その瞬間、目の前にいる女は左手の親指で長刀の鍔を押したのだった。抜刀されるかと思った俺は、反射的に背中にある剣の柄に右手をかけた。


「…………」


 刀使いは、しばらく俺を観察すると無言のまま刀を完全に鞘に納めた。彼女の顔に謝罪する意志は全くといって見えない。

 おそらく先ほどの行動は、これ以上こちらに近づくなという意思表示だったのだろう。俺のように考えない人間ならがみがみと文句を言っているだろうが。などと考えているうちに、刀使いは手に刀を持ったまま歩き始めた。


「……ちょっと待て」


 俺の発した制止の声に刀使いは足を止め、首を少しだけ回してこちらに視線を向けた。彼女の目は「何のようだ?」と言っているように思える。

 俺の視界には、人間とモンスターの反応がある。移動していないのに反応が出たということは、こちらに向かってきているということだ。人間の数は1、対するモンスターの数は……カーソルが重なりすぎてよく分からないため、マップを見ることにした。見た限り10数体といったところか。

 状況からして、宝箱型のトラップにでも引っかかってモンスターが大量に発生。自分ではどうすることもできずに、誰かにモンスターを押し付けるかもしれないというのに、それすら分からず逃げているといったところだろう。

 状況を予想しながらマップを見ていると、人間のカーソルが止まってしまった。おそらく転倒でもしたのだろう。迫り来る恐怖に腰が抜けてしまったのか、再度動こうとしない。


「はぁ……」


 気づいているのに助けないのは気分が悪い。それにどこかのパーティーに属しているとすれば、あとで何で助けを呼ぶなりしなかったんだ、と絡まれる可能性もある。すでに他は全滅しているという可能性もあるが……。

 道幅はどちらかといえば狭く、前方からだけ向かってきているため、立ち回りさえ気をつければ一斉に襲われることはないはずだ。

 ここで助けるような真似をするあたり甘いな。それとも似たような目に遭ったから感覚が麻痺しているのか、などと思いつつ、目の前にいる女に説明していては間に合わないと判断した俺は、背中にある剣に手を伸ばしながら走り始める。


「…………!」


 俺が敵対行動を取ったと勘違いしたのか、黒髪の女はこちらに身体を向けながら刀に手を伸ばした。

 女は長い刀身を物ともせず抜刀する。こちらが抜いたと認識したときには、もうすでに半分ほど距離が埋まっていた。

 抜刀術なんてスキルは聞いたことがない。神速と評価できるほどの剣速だ。


「――っ」


 刀身に意識が集中した瞬間、迫ってきていた刀の速さが遅くなった。いや、視界に映る刀だけでなく、自分の身体の動きすら遅く感じる。

 迫り来る刀目掛けて剣を振り抜こうとするが、苛立ちを覚えるほど意思に反して身体が動かない。

 そう思ったのもつかの間、視界に映る全ての景色と身体が加速した。刀と剣が衝突し、辺りに高い音を響かせる。


「……!?」


 女は防がれたのが予想外だったのか、初めて氷のように固まっていた表情を崩した。

 彼女の剣は凄まじく速い、が手が痺れるような重さはない。いまが決闘中だったなら追撃に移るところだ。しかし、いまの俺の相手すべき対象は女ではなく迫ってきているモンスターだ。

 競り合ったまま、女の隣を抜けるように移動する。横を抜ける際、女と視線が重なったが、俺がすぐに視線を前に向けると刀から伝わる力が弱まった。


「ウガァッ!」

「ひ……!」


 向かった先で目撃したのは、片手斧を振り上げている亜人と蹲ってしまっている人間だった。

 移動速度と距離から判断してこのままじゃ間に合わない、と判断した俺は突撃系のクラフトを発動させた。蹲った人間と振り下ろされる片手斧の間に入り込んだ俺は、斧目掛けて剣を振り上げる。


「ウガ……」

「……え?」


 突然の乱入者にゴブリンと男は困惑の声を上げた。

 男は死んでしまうと思っていたため、状況が理解できていないのか全く動こうとしない。戦えるのか戦えないのか分からなくては、どう行動するか決めることができない。


「おいあんた」

「へ……」

「戦えないのなら邪魔だ。さっさとどっかに行ってくれ」


 男は数回瞬きした後、俺に向かって噛みながら礼を言うと一目散に走り去って行った。

 これで邪魔者は消えた。あとは目の前にいる亜人軍団を葬るだけ。1対複数という状況に恐怖を抱かないわけではないが、立ち回りをミスしなければ1対1でやれるはずだ。

 俺は、右手に握った片手用の両刃直剣を身体の正中線に構える。

 その矢先、後ろから近づいてくる足音があった。チラりと視線だけ向けて確認すると、先ほどの刀使いが立っていた。


「…………」


 黒髪の女は、黙って刀を抜いて静かに構えた。視線の先に捉えているのは俺、ではなく亜人たちのようだ。


「加勢してくれるのか?」

「…………」


 俺の問いに女は無言で頷き返してきた。

 先ほど見た行動からして、彼女は他人を助けようと考えるようなタイプではないはず。俺は寡黙な刀使いがどういう理由で加勢してくれるのか想像が……もしかして攻撃したことに対する謝罪のつもりなのだろうか。

 個人的に一度の攻撃の詫びに10数体のモンスターを倒すのを手伝うというのは、どうにもつり合っていないと思う。


「ウガァァァッ!」


 獲物を逃されたことに怒ったのか、先頭にいた亜人が咆哮を上げながら攻撃をしかけてきた。

 女はどう動く、と一瞬迷ってしまったが、モンスターとの距離が近いのは俺のほうだ。俺の行動を見てから動くだろうと判断した俺は、襲いかかってくる斧に対して剣を振り抜く。

 攻撃を弾かれた亜人は、声を上げながら少し後退し硬直する。亜人が後退したことによって、俺と亜人との距離が開いた。人が一人分入ることができる。


「…………」


 刀使いは前に出るのと同時に、亜人を素早く2回斬りつけた。亜人が怯みを見せると、切っ先を亜人へと向ける。淡い青色のエフェクトが鍛えられ、研ぎ澄まされて出来上がっている刀身から発生する。


「……ッ!」


 動いた、と思ったときには彼女が放ったクラフト《閃牙》は終了し、亜人の首を切断し葬っていた。

 俺がかろうじて視認することができたのは、クラフト特有のライトエフェクトが描いた軌跡だけだ。技を出した際に発生する補助アシストだけでなく、彼女自身が技にブーストをかけている。そうでなければ、刀身が目視できないほどの――雷を彷彿させる速度に達するはずがない。


「…………」


 刀使いは顔色ひとつ変えず、迫り来る亜人たちの攻撃を、圧倒的な剣速や優れた技術を持って無効化していく。

 俺以上に無愛想に見える刀使いだが、剣の腕前から彼女は《剣》に全てをかけているように思える。俺も生き残るために《剣》に全てをかけている部類だ。どこか似ているように思える彼女に、いつの間にか例えがたいが悪くない感情を抱いていた。


「……突っ立ってる場合じゃないな」


 戦闘を任せっぱなしというのは、助ける義理はないのに加勢してくれた刀使いに申し訳ない。が、刀使いは高い戦闘能力を持っているので、彼女だけでも充分敵を倒せるだろう。加えて俺と彼女は連携を取ったことがない。互いの動きを邪魔しあう可能性は充分にある。

 客観的に見れば俺は刀使いがピンチになるまで傍観していたほうがいいのだろう。だが元々亜人たちと戦おうとしたのは俺だ。このままでは獲物を横取りされてるみたいで面白くない。優れた剣士である彼女に対抗心のようなものを抱いているのも否定はしない。

 刀使いがクラフトで敵を葬った瞬間、彼女とモンスターの間にできた間に飛び込み、1番近くにいた鈍い光沢の剣を持った亜人に斬りかかる。


「……ふッ!」

「ウガ……ガァァッ!」


 亜人は俺の放った上段からの斬り下ろしに怯みはしたものの、通常攻撃だったため怯んだんのは一瞬だった。すぐさま俺に目掛けて剣を振り下ろす。

 身体の向きを変えながら、剣を持っている亜人の腕目掛けて高速で剣を振り抜く。腕を切断され、悲鳴を上げた亜人から一瞬視線を外して1回転。地面を這うような軌道を描いていた剣先を上空へと跳ね上げる。


「ガ……」


 日頃から愛用している連撃技《バーチカル・クロス》をまともにもらった亜人は、微かな悲鳴を上げて光になりながら消え始める。光の収束と共に奥にいる亜人と視線が重なる。見開いていた亜人の目が、すっと細まる。それはまるで驚きから怒りへと感情が変わった人間のようだった。

 得物を握る力を強め、俺に襲い掛かろうとする亜人。怒りの咆哮を上げようと口を開いた――その瞬間、雷のような速さの刃に貫かれた。亜人は声にならない悲鳴を上げる。


「…………」


 何の躊躇いもなく黒髪の女は、手首を返しながら亜人を斬り裂き、刃が身体から抜けるとほぼ同時に再び手首を返した。容赦なく斬り裂かれた亜人は静かに消滅し始める。

 女は消え行く敵に何の興味もないのか、亜人ではなく俺へと視線を向けてきた。感情の見えない冷たい瞳ではあるが、俺には「もっとお前の剣を見せてみろ」と言っているように思えた。

 一度ゆっくり呼吸した俺は、右手にある愛剣をしっかりと握りなおして敵へと向かう。

 俺が敵を葬れば、できた間に刀使いが飛び込む。刀使いが倒せば、俺が飛び込んで次の敵と戦う。お互いの剣を見ながら、競い合うように敵を葬っていくとあっという間に周囲に敵の影はなくなった。

 刀使いの戦いを見たかったのか、もっと戦っていたかったという思いを強く抱いている。不完全燃焼で戦闘を終えたのは、これが初めてかもしれない。


「…………」


 刀使いは、一度深く息を吐くと愛刀を鞘に納めた。礼を待つようなタイプでもないため、すぐに立ち去るのだろうと思ったが、視線だけ俺のほうへ向けてきた。礼を言う必要はないと暗に言っているのだろうか……


「……あんたに聞きたいことがある」


 黒髪の女は礼を言った俺に、礼は必要ないと返すつもりだったのか、口を開きかけてすぐさま閉じた。


「……なに?」


 初めて聞いた彼女の声は、氷のような表情と同じように感情が希薄した声だった。だが鈴の音のように心地が良いものでもあった。彼女が感情を込めて歌ったなら、さぞ多くの人間が虜になることだろう。

 想像していた声とは大分違ったため、黒髪の女への返事が少し遅れた。


「……あんたは……どういう心意気で剣を振っているんだ?」


 常人ならぬ剣速の持ち主なのだから、何かしら心がけていることがあるに違いない。彼女の心がけていることが、俺に理解できることかは分からないが、聞いてみなければそれすら分からない。そもそも答えてくれるかが分からないが。

 すぐさま「別に……」といった無愛想な返事が来てもいいように心の準備をしていたが、刀使いは何かしら考えている様子だった。1分ほど経った頃、彼女は俺に視線を戻して口を開いた。


「……それはあたしが口にしていいことじゃない」

「……?」

「あたし……本職じゃないから」


 何の本職じゃないのか、と聞き返しそうになったが、話の流れから考えれば《剣士》というニュアンスの言葉になるだろう。

 剣士じゃないとすると、彼女は生産職か交易職が本業ということになる。その中で戦闘をする必要がある職業でパッと思いつくのは《鍛冶屋》だ。武器を製作するための素材集め、自分の作った武器の性能を試すと理由は充分にある。

 それによく思い返せば、彼女の手に持たれていた刀は、1番最初に手に入る刀の中で最も長い刀身を持つ《長刀》だ。だが市販されているものよりも輝きが強い印象を受けた。彼女が《鍛冶屋》だとすれば、その理由も説明がつく。


「……そもそもあなたには言う必要がないと思う」


 刀使いは俺が意味が分からずに考え込んでいると思ったのか、質問にきちんと答えなかった侘びなのか口を開いた。俺は考えることをやめて、彼女に耳を傾ける。


「あなたはその子のことをよく分かってる」

「その子? ……こいつのことか?」


 右手に持っている剣を少し上げながら返事を返すと、彼女はこくりと頷いた。

 剣を人のように扱う言葉を発したことから、彼女が《鍛冶屋》である可能性は高くなった。


「この世界が現実である以上、同じ種別の武器にも微妙に重さや切れ味に差がある。だけどほとんどの人は、見た目や攻撃力を重視して気にもしていない」

「……自分の身の丈にあっていない武器を選んでる奴が多いってことか?」


 この世界にはゲームのようなシステムが存在しているが、現実であることを意味するかのようにステータスに筋力値や敏捷値などは明示されていない。そのため武器や防具が装備可能なのかの境界が曖昧だ。

 細身の人間が重量のある両手用の武器を扱おうとすれば、全ての人間がとは言わないが大抵は武器に振り回されることにだろう。まともに扱えるのは補助アシストが発生するクラフトの間だけ。ソロならまだしもパーティーを組んでいる場合、武器を変えなければ批判に遭う可能性が高い。


「簡潔に言えばそう……それに適当に振っている人間も多い」

「……よくそういうことが分かるな」

「刃を見れば分かる。武器のことをちゃんと分かっている人間なら、あなたの剣のように刃こぼれする」


 彼女の言葉に誘導されるように愛剣に目を向ける。

 これまでのモンスターとの戦闘で、刀身の中央付近を中心に刃こぼれしていた。剣の腕が未熟な人間の剣は一部ではなく全体が刃こぼれする、とでも彼女は言いたいのだろうか。


「……話が逸れたけど、あなたは剣であり、剣はあなた。あたしはあなたからそういう心意気を感じた」

「…………字が違うが、人刃一体的なニュアンスの解釈でいいか?」

「人刃一体。良い表現だと思う」


 彼女は、本当にそう思っているのか疑問に抱かずにはいられない顔のままだ。

 会話が成立するとは思っていなかったため、会話が成立していることに喜びに似た感情を少なからず抱いている。だが独特な言い回しをされるせいで頭を捻りながら会話しなければならない。慣れなければ長時間の会話は疲労が溜まるだろう。……慣れる日が来るとは思わないが。


「でも、あなたは弱い」


 そこは「あなたはあたしより弱い」と言うべきだろう。単純で沸点の低い奴ならケンカになっててもおかしくない。

 俺は自慢ではないがそれなりに剣の腕があると思っている。だから彼女との実力差は理解している。彼女の言葉は、事実として受け止めるだけだ。


「そうだな」

「……認められるあたり、あなたはもっと強くなると思う。そのまま(,,,,)でも」


 立ち去りながら言われた言葉に、あのスキルのことを見透かしているようでドキッとした。

 俺にはセラと出会ってから出現したスキルがある。そのスキルの噂を全く聞かないので、いまのところ俺以外には出現していないと思われる。

 俺はあのスキルを使うどころか、スキルスロットにすら装備していない。無論、誰にもあのスキルの存在は話したことがないため、誰も知っているはずがない。だからこそ彼女の意味深な言葉の真意が気になる。


「おい、いまのはどういう……」


 刀使いを呼び止めようとした瞬間、後方間近にモンスターが出現したのか咆哮が聞こえた。振り返ると亜人の姿があった。出来る限り即行で葬り振り返ったが、もう刀使いの姿は迷宮の闇に消えていた。《索敵》スキルを使ってみたものの結果は同じ。

 今のままでも強くなれるが、《二刀流》を使ったほうが強くなれる。なぜあなたは力を与えられているのに、本気にならないの。

 彼女の最後の言葉に、そういう解釈をしてしまったため、心の中で渦が巻く。

 俺は昔から目立ちたいと思ったことはない。《ブレイブブレイド》のテスト時、剣の腕前で注目を浴びたりもしたようだが、それは戦闘を見られたからであって俺が自分から目立とうとしたわけじゃない。

 俺が《二刀流》を使わないのは目立ちたくないからなのか、と自問してみる。考えた末に、理由のひとつ、という答えが出た。

 最初は特別なスキルを持った記憶喪失の人間《セラ》と出会ったことで、何かしらのクエストが始まるのではないかと思い遠ざけようとした。だがセラは、俺に親しげに話しかけてくるが付きまとうようなことはしていない。クエストに関わっている人間は、ゲームで言うところのNPCのような行動しか取らない。セラは人間らしく行動していることから、俺の考えは違っていた可能性が高い。

 ……となると――。

 俺を召喚したこの世界の主に、特別なスキルの保持者に選ばれたということか。

 セラは武人と呼べそうなほどの身体能力がある。特別なスキルを与えられるのも理解できなくはない。

 だが俺はどうだ……俺よりも身体能力が高い人間なんてごまんといるはずだ。ゲームでの戦闘経験や蓄えた知識がなければ、いまごろ《はじまりの街》で動けないでいる可能性が高い。


「なあ……なんで俺なんだ?」


 迷宮に広がっている闇を見上げながら呟いてみるが、当然返事はない。しばらく立ち尽くして考えてみたが、考えること全てが堂々巡りしてしまい答えが出なかった。


「…………帰るか」



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