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04

 町の中央には噴水広場がある。ここが夕方にボス攻略会議が行われる場所だ。中央に向かうにつれ低くなる段差がある造りをしているため、ある意味背もたれのあるイスがあるようなものだ。この場所を会議の場所にしたのは正解だと言えるだろう。

 俺はフェリナというマイペースな女と別れた後、やることもなかったためアイテムの買出しを済ませ、ホットドッグをひとつ買ってこの広場にやってきた。ホットドッグといっても、最下層だからかとても質素な作りをしている。具体的に言えば、焼いたパンにウインナーを挟み、ケチャップのようなものをかけているだけだ。

 いまは広場に腰を下ろし、ひとくちずつかじっていく。

 すでに日は傾き始めているが、まだ夕方とは呼べそうにない。最低でもあと1時間は会議は始まらないだろう。ホットドックを持っていない手で自分のステータスや所持アイテムを確認して時間を潰す。

 昨日町に到着してから戦闘は行っていないため、装備の状態やスキルの熟練度は確認しても意味がない。変化していないものを確認するだけ時間の無駄だ……時間を潰すためだからやってもいいのだが、無駄だと分かるとやる気が起きない。

 アイテムウィンドウに変化はあるが、買出ししたアイテムの個数が増えているだけなので、さらっと見るだけで確認できてしまう。


「……やることがないな」


 ホットドッグを食べ終えてしまった俺は、ため息をつきながら空を見上げる。視界に映るのは青い空に白い雲。これといって変わった雲の姿は確認できない。

 視線を落とすと、俺と同じように座っている人間の姿がちらほら見えた。ただ俺と違って複数人で座っている。ボスについて話していそうな真剣な顔つきの奴らもいれば、馬鹿話をしているのか笑っている奴らもいる。

 時間を潰す手段があることを羨ましく思う自分もいるが、見知らぬ集団に話しかけてまで時間を潰そうとは思わない。あちらとしても、俺が会話に参加しようとしたなら嫌な感情を抱くはずだ。俺がムードメーカーになれるような明るくて元気な性格をしているのなら違うのかもしれないが。

 空をゆっくりと流れる雲を見ながら時間を潰していると、周囲にいた男たちが何やら騒ぎ始めた。チラりと見て確認してみると、こちらのほうに視線が集まっている。

 俺が何か注目を集めることをしたかと考えるも、それはないなとすぐに判断した。ただ俺は空を見ていただけだ。話す相手がいないのか、気の抜けた性格をしているのかと思われはすれ、長時間視線を集めるほど注目されるはずがない。

 あの女が別れ際に時間を潰さないといけない、と言っていた。予想するにあの女も攻略会議に参加するつもりなのだろう。これに加えて男たちの視線が集まっている。あの女の外見は、男の視線を集めるほど端麗だ。俺の後方にあいつがいるのか?


「…………」


 顔や体つきを見るからに女性だ。背丈は女性の平均身長より少し高いと言ったところか。だがフェリナという女ではない。なぜ断言できるかというと、視界に映っている女性はあの女よりも頭半個分ほど低く胸も小さいからだ。小さいといっても、背丈に合ったサイズに見えるので発育が悪いという意味ではない。

 そもそもフェリナとは外見が違う。

 視界に映る女性は、青みがかった銀のショートヘアに、狩人を彷彿させる軽装。背中に大型の弓。腰には矢筒と近接用のダガーが確認できる。《弓》は両手を使用する武器のため、本来ならダガーを装備することができない。だが《弓》スキルの熟練度を上げていけば、《補助装備》という強化オプションを取得できるはずだ。それを取ることで彼女のように弓を装備したまま、近接用片手武器を装備できるようになる。

 人の強化の仕方に口出しするつもりはないが、あの強化オプションはそんなに取る必要はないもののはずだ。弓を使う人間の主な役割は後方支援。矢に資金がかかることもあって、パーティーを組む人間が大半のはず。彼女は弓使いなのにも関わらず、ソロで行動しているのか……俺が気にすることじゃないな。

 あの女を綺麗と表現するなら、この女性は可愛らしいという表現になるだろう。男たちが騒ぐのも理解できなくもない。俺は騒いだりしないが……。


「……あの~」


 再び空を見上げていると、広場のほうへ歩いてきていた女性が覗き込むように俺の視界に入ってきた。


「間違ってたら悪いんすけど、その格好――」

「邪魔なんだが」

「――……と無愛想な反応からして、もしかしてシドっちっすか?」


 見知らぬ女性に名前を知られるほど俺は有名ではない。この世界に来てから単独行動ばかりしていたのだから有名になっているほうがおかしいのだが。

 ただ、こいつはいま俺を知っているような発言をした。これは重要なヒントだ。

 俺の現在の格好は、《ブレイブブレイド・オンライン》のテストプレイでの第1層攻略時のものとほとんど同じと言っていい。髪色もそのときと変わらず黒のままだ。

 この世界に来た異世界人で黒髪の人間は珍しいほうだ。

 異世界に来る前に俺たちはゲーム用のアバターを作っていた。そしてログインと同時にこの世界に辿り着いた。ゲームのようなシステムが存在しているからか、プレイヤー名、髪色、初期の服装などは作ったアバターのものが反映されたらしく、金髪や銀髪、桃色や水色といったゲームならではの髪の人間が多いからだ。

 顔や身長は、現実の自分のものになっている。

 俺は髪型をいじっただけだったので問題は特になかったが、性別を変えてプレイしようとした人間たちは最初大変だっただろう。はたから見れば女装している男なのだから。男装している女性がいてもおかしくないが、ボーイッシュな女性だった場合は似合ってるだけなので問題はないだろう。

 俺の外見を指摘できるということは、この女と俺はテストプレイのときに出会っているということになる。無愛想という言葉からも、それなりに接する時間があったということだろう。

 テスト時にそれなりに接したことがある人をあだ名で呼ぶ弓使い。それにキャラ作りでやっているのか、特徴のある語尾。この条件からして……目の前にいるのはあいつなのか。


「お前……ルルか?」

「そうっす!」


 俺に当てられたのが嬉しかったのか、小さくガッツポーズをするルル。

 女性の中でも身長が高めの彼女は、大人っぽく見える。そのためいまのように子供らしいことをすると凄いギャップを感じてしまう。明るい性格なため似合っていないということはないが。


「いや~シドっちに覚えてもらえてるなんて光栄っすね~」

「妙なあだ名と独特の語尾がなかったら分からなかったがな」

「相変わらず素っ気無い反応……少しは女の子を喜ばせること言えないんすか。お前と再会できて嬉しいとか」

「俺が言ったら、お前は熱でもあるんすか? って言うだろ」


 そもそも、俺たちの関係なんてゲーム内で形成された希薄なものだ。オフ会をやったこともないため、顔を合わせたのも今日が初めてになる。そんな人間から会って嬉しいなんて言われても、普通異性は喜ばないと思うのだが。


「自分のこと分かってくれてるっすね~」

「名前くらいしか分かってないぞ」

「またまた~」

「とぼけるわけじゃない、事実だ」


 ルルは俺の返答に、しょんぼりとした顔を浮かべる。ゲーム内での短い時間しか付き合いがないが、こういうときのこいつは演技をしているだけだと知っている。すぐにまた笑顔になるだろう。


「シドっち、そんなんじゃ女の子にモテないっすよ」

「笑顔で言ったってことは、つまり俺にケンカ売ってるんだな?」

「う、売ってないっす! シドっちとケンカして敵うわけないじゃないっすか!」


 両手を振りながら必死に否定するルル。こいつは俺のことを町中で剣を抜くような人間だと思っているのだろうか。

 ルルの弓の腕前|(ゲームのときしか知らないが)は、テストプレイをしていた人間の中でもトップクラスだった。距離のある状態で戦えば、急所目掛けて放たれ続ける攻撃に剣士はなす術がないだろう。それに初期は矢代を稼ぐためにダガーを使っていたらしいので、純粋な剣士ほどではないが近接戦もそれなりにこなすと聞いた。敵わないなんて謙遜もいいところだ。


「シドっちの剣の腕前は、テストプレイヤーの中でもトップレベルだったんすよ。この世界はブレブレと大差ないっすから、必然的にシドっちはトップレベルの剣士。ケンカはしたくない相手っす」

「ここはゲームじゃない」

「それは分かってるっすよ」

「だろうな」


 そうでなければ、こんなに早く近接武器を装備できるようにするわけがない。

 ルルはテストプレイのとき、固定のパーティーに属してはいなかったが、金稼ぎやクエストを楽に行うために腕の立つ人間とパーティーを組むようにしていたはずだ。自分で言うのもなんだが、俺も腕が立つほうだったため、彼女と何度かパーティーを組んだことがある。

 ルルはソロよりもパーティーでの行動を好む人間のはずだ。それがこんなに早くソロでも行動できるようにしたのは、この世界を現実だと受け止め生存率を上げようとしたからだろう。

 ただ少し引っかかるところがある。《補助装備》を習得してソロで行動できるようにしたのは理解できる。だがルルの外見や弓の腕前を考えれば、パーティーに入らないかと誘う人間は多いはずだ。なのになぜソロで動く……常識的に考えてパーティーに入っていたほうが生存率はさらに高くなるはず。


「シドっち?」

「ん? ああ、別に何でもない」

「何でもないって……まさか自分と話してるのに、他の女の子のこと考えてんすか? 自分も女の子なんで、そうだったら気分悪いんすけど」

「俺とお前はそんな会話があるほど親密な関係じゃないだろ」

「はぁ……シドっちはつまらない反応ばかりするっすね」


 事実を言っているだけなのに、なぜつまらないと言われないといけないのだろうか。俺はお笑いに関わる人間でもないのだから、俺に面白い反応を求めるのは間違っているはずなのに。


「少しくらい悪いなって思って『……悪かった』とか、自分がシドっちに気があるんじゃないかって思って『それって……』みたいな反応をしてもいいと思うんすけど」

「そういう反応させたいなら、まずは俺に異性として意識させるんだな」

「え? ……自分のこと、異性として意識してないんすか?」

「してないからこういう会話になってるんじゃないのか? そもそも、お前を意識するようなきっかけがなかっただろ?」


 ルルは外見だけなら可愛らしい少女だ。だが会話してみると、まるで部活の後輩と話しているような気分になる。しかも会話すればするほど、性別関係なく分け隔てなく接するムードメーカーみたいな奴なので、異性としてではなく後輩感が強くなる。異性として見られなくなっても不思議ではないだろう。


「ひどい……それはいくらなんでもひどすぎっす。まるで自分には魅力がないみたいじゃないっすか」

「魅力? 例えば?」

「……が、外見とか」

「自分で言うか」

「傷口えぐるようなこと言わないでくださいよ~。自分でも分かってるんすから」


 ルルは視線を逸らしながら微妙な顔をする。

 それにしても、こいつはなんでずっと俺を見下げたまま話すのだろうか。こちらはずっと上を見上げたままだから首が痛くなってきたんだが。


「なあ、もう会話打ち切っていいか?」

「唐突にひどいっすね!?」

「俺はこのまま話し続けると、高い確率で寝違えに近い何かを起こす気がする。だからひどくはないと思う」

「……つまり」


 少し考え込んだ後、ルルは一歩横に動き、軽く前方に跳んだ。着地と同時に膝を曲げて勢いを殺し、地面に座り込む。


「こうして話したらいいってことっすね」


 隣に座り込んだルルはにこりと笑う。それに対して俺は、ルルがいないほうへ人ひとり分の横幅ほど横へとずれた。

 ルルは何度か瞬きをすると、こちらへ近づく。俺は再び横へずれる。それを数回度繰り返すと、ルルは顔を俯かせた。


「……なんで逃げるんっすか!」

「逃げてはいない。距離を置いてるだけだ」


 特別な間柄でもない相手が肩が当たるくらい真横にいるというのは、普通の人間は嫌な距離感だろう。俺の行動は至って問題ないはずだ。


「それは逃げてるのと変わらないと思うっす!」

「いや変わるな。というか、なんでお前は俺の真横に来る? そんな距離感の間柄でもないだろ?」

「それはその……人肌が恋しい的なやつっすよ」


 ルルはこちらから顔を背けながらぎこちない笑みを浮かべている。普通に考えれば本音ではなく、いま考えたことだろう。


「……実際のところは現状みたいな流れにできるから、といったところか?」


 俺の言葉にルルは一瞬硬直した後、苦虫を噛み潰したかのような顔をする。


「……シドっちあのですね、そういう風に無駄に鋭いと女の子からモテないっすよ。鋭くていいのは弱ってるときや、何かほしいときとかくらいが自分的にベストっす」

「モテそうな外見してるくせに、彼氏いない奴からその手の話をされたくないんだが」

「……ちょっと鋭すぎっすよ」


 ルルは顔を俯かせて丸まってしまった。身長はそれなりにある奴だが、こうやって見ると雰囲気も相まってか小さく見える。

 いつまでも見ていると謝ってくださいと促されそうだ。なのでルルが消えるように視界を動かすと、目を見開いてこちらを見ている男性陣の姿が見えた。

 冷静に思い返してみると、ルルとついゲームのときのように会話してしまっている。はたから見れば仲が良く見えたかもしれない。注目されたりするのは嫌なのだが……。

 いや待て。男性陣の視線はこちらを見ているようで、俺たちよりも後ろを見ているような気がする。ルルに注目していた人間たちが、こちらを無視して注目するものとはいったい……。


「……ぁ」


 風になびく長い金髪よりも、右手に持たれた爪楊枝に刺さっている物体と、左手に持たれている湯気の立っている湯飲みに目が行く。おそらくヨウカンとお茶だろう。

 西洋の人間に見える人物が和菓子とお茶を持っている姿……はいいとして、和菓子をひとくちで食べてお茶で流し込んでいる姿というのは何とも言いがたい光景だ。


「フェリナ殿、食べ歩きは行儀が悪いです」

「私は悪くない。悪いのは私に食べ歩きをして時間を潰せと言った男だ」

「それは責任転嫁が過ぎますよ」


 あのマイペース女の隣にいるのは、1週間ほど前に会った金髪の女性。槍と盾を装備していることからセラという記憶喪失の女性に間違いない。

 なぜあのふたりが一緒にいるかは分からないが、俺の顔を合わせたくない人物のトップが集結していることに変わりはない。できればこの場を通り過ぎるか、こちらに気づかないでほしい。


「お前はお堅いやつだな。別に誰にも迷惑はかけていないだろう」

「迷惑とかではなくてですね、あなたは女性でしょう。見た目だって誰もが羨むくらいお綺麗なのですから、女性らしく振舞われたほうがあなたにとっても良いことが多いと思います」

「私が綺麗なのは認めるが、女性だから女性らしくしろというのはいただけないな。世の中には見た目は女であっても心は男の人間だっている。お前のような考えを押し付けるのは良くないと思うのだがな」


 真面目に叱っているセラに適当に聞き流しながら和菓子を食べ続けているフェリナ。ふたりの性格を知らない人間がはたから見たら、あのふたりは仲が良さそうに見えることだろう。


「それに私のように美し過ぎると男が群がってくる。これ以上群がられては迷惑だ。いまのままでも迷惑だが。それと言っておこう、いまの私の振るまいを全く気にせずに会話する男はいる。つまり私が変わる必要はないということだ」

「あなたはどこまでマイペースな方なのですか……あなたほどになると気にしない人はいないと思うのですが」

「いると言っているだろう」

「はぁ……どこにいるというのですか?」

「……あそこだ」


 フェリナは和菓子を口にほうばり飲み込むと、爪楊枝を俺に真っ直ぐ向けてきた。それに誘導されるようにセラの視線もこちらへと向く。セラは何度か瞬きをした後、驚きの混じった笑顔を浮かべた。


「シド殿!」


 声を上げながら俺に向かって走ってくるセラ。逃げたい衝動に駆られたが、俺は座っている状態。あちらはすでに走っている。いまさら逃げてもすでに遅い。


「お久しぶりです」


 セラは俺を見下ろしながら、にこりと爽やかな笑顔を浮かべる。それを見た俺は、できる限り首を回してセラを見ないようにした。だが、セラは回り込むように俺の隣に降りてきた。


「シド殿?」

「人違いだ」

「え、いや……それはないかと」


 と言いつつも、セラは記憶を辿り始める。

 ため息を一度吐いてから、ここから少しでも離れようと動こうとするとルルの顔が視界に入った。そういえばこいつもいたんだった。


「シドっちも隅に置けないっすね~」

「お前のにやけ面は本当にむかつくな」

「いやいや、むかつくのはこちらのほうっすよ。リア充爆発しろ、みたいな」


 ルルは笑っているけど笑っていない顔をしている。俺は別にセラを彼女だなんて一言も言っていないし、仲が良いんだぞと自慢したわけでもない。それなのにむかつかれるのは心外だ。

 左にはセラ、右にはルル、正面には男性陣。消去法からして退路は後方しかない。


「ひどい……」


 後ろを振り向いたが、マイペース女が口に手を当てて座り込んで道を塞いでいた。ポーカーフェイスであるはずの彼女だが、いまは悲しそうな顔をしている。泣き真似をしているとも言えるだろう。


「私に、お前以外の女に興味はない。俺はお前だけ愛し、添い遂げる。って言ってくれたのに、他の女とイチャつくなんて……」


 ……俺は今までに誰にも告白した覚えはないし、この場にいる3人の中でいえば、こいつに1番興味がない。この女は何をほざいているのだろうか。


「シド殿……」

「見損なったって目で見るな」


 お前はさっき話していたのだから、この女の性格は分かっているはずだろう。こんな芝居に引っかかるお前を俺は見損なった。


「うわぁ……シドっちが性格はあまり良くないって分かってたっすけど、そこまで熱烈な告白しておいて自分たちと仲良くするとか最低っすね」


 ルルは顔から判断してマイペース女の作った流れに乗ったのだろう。こいつのノリの良さには先ほどのにやけ面と同様に腹が立つ。


「俺からすれば、人を貶めるような流れに乗るお前のほうが最低だ」

「他の女とばかり話す……あの愛のささやきはなんだったの?」

「お前もいい加減、その人を貶める下手な芝居をやめろ。正直言って全く面白くない」

「却下する。私はそれなりに面白い」


 目の前にいる女は、いつものポーカーフェイスではなく、口角が上がる程度の笑みを浮かべている。それが余計に気に触り、内に感じている負の感情が増加していく。

 もしこの世界がVR技術を用いたゲームだったのなら、町の中でも剣を抜いていてもおかしくなかっただろう。


「ふっ、やめておけ。私は強い」

「……いきなり何を言ってるんだ?」

「とぼけるな。お前は一瞬剣の方に視線を向けただろう。加えて右腕も動きかけた。これから判断するに私に勝負を挑もうかと思ったのだろう?」


 マイペース女は無表情で淡々と言った。俺は彼女に対して驚きと一種の尊敬の念を抱いた。

 何も考えていないように見えるが、いまのことから洞察眼は優れていることは分かる。洞察眼は対人戦でも対魔戦でも必要なものだ。

 この女は言動からナルシストなのではないか、と疑問を抱いてしまうが、剣の腕に関しては宣言どおりかなりの実力があるのかもしれない。


「ただのマイペース女じゃなかったんだな」

「そう褒めるな」

「フェリナ殿……」

「シドっちは褒めてないと思うんすけど」


 ボケるフェリナ。それに冷たい目線を送るセラにツッコミを入れるルル。この3人は、なんですんなりと会話できるのだろうか。人見知りというか、一定の距離感を取って話そうとは思わないのだろうか。


「ところで……さっきからいる変な語尾のお前は誰だ?」

「うわぁ、マイペースというか自分勝手な人だとは何となく理解してましたけど失礼な人っすね。人に名前を聞くときは、まずは自分からだと思うんすけど?」

「ふ……正直に言えば、お前に興味はない」

「だったらなんで名前聞いたんすか!?」


 フェリナとルルは口げんかのように聞こえる会話を始める。いまの隙に逃げようと動き始めた瞬間、誰かに肩をつかまれた。


「シド殿、どこに行かれるおつもりなのですか?」

「そのへん」

「そうですか、なんて言いませんよ。御二人を止めてください」

「断る。お前が止めればいい」

「断らないでください。シド殿はあの御二人と知り合いなのでしょう。私よりもシド殿のほうが適任のはずです」


 セラはまるで真面目なクラス委員のようだ。俺に注意している暇があるのなら、あいつらを注意すればいいと切実に思う。


「銀髪はまだ知り合いだと認めていいが、金髪に関しては断固認めない。それに俺があの女と話すと十中八九、面倒な展開にしかならないだろう。よって俺よりもお前のほうが適任だ」

「多分私が話しても面倒なことになりますよ。それに私は銀髪の方とは初対面です。場合によっては御二方から絡まれるじゃないですか!」

「お前の笑顔があれば大丈夫だ」

「私の笑顔であの御二人を止められるわけないでしょう。シド殿がやったなら可能性はありますが」


 俺がやったらというのはどういう意味だろうか。

 俺の知っている限りでは、笑顔で場を和ませることができるのは、好印象を与えられる人間や魅了できる人間。または毒気を抜くことができる天然の人間だけだ。俺はどれにも属していない。むしろあまり笑わない人間だ。


「それは驚いて固まるみたいな意味か?」

「べ、別にそういう意味では……」

「…………」

「……ちょっ、逃げないでください!」

「ちっ」


 セラにがっちりと腕をつかまれてしまった。

 こいつはどこか抜けているようで勘の良い女だな。もう少し気づくのが遅ければ逃げることができるというのに。

 そんなことを考える俺に、セラは厳しい目を向けてくる。だがすぐに彼女は顔を俯かせてしまった。腕を握っている力も弱まり、袖をつかんでいるだけだ。


「……フェリナ殿とは先ほど出会って町を歩いて回っただけなんです。私にはシド殿くらいしか知り合い……頼れる人がいないんです」


 セラの腕を振り払って逃げるのは容易なことだったが、俺は実行することができなかった。いや、弱々しい声で自分をひとりにしないでくれと言ってきた人間を冷たくあしられる人間はそうはいないはず。俺にだって最低限度の良心はある。


「あいつらはデキてるのか?」

「さぁ? でも雰囲気は悪くないっすね」

「お前はいいのか?」

「何がですか?」

「ん? お前はあの男の女じゃないのか?」

「とと突然な、何言ってんすか!?」


 あの女はこっちを弄りたいのか、ルルを弄りたいのか分からない奴だな。なんて思いながら漫才のようなやりとりを見ていると、誰かに袖を引っ張られた。


「あのシド殿、デキてるとはどういう意味なのでしょうか?」

「あの女の言い方からして、付き合ってるって意味だろうな」

「……えっと、それはその……男と女が…………」


 曖昧な聞き方だったが、言いたいことは理解できたので頷き返した。するとセラは顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 別に付き合っているという事実はないのだから、恥ずかしがる必要は皆無だと思うのだが……こう目の前で恥ずかしがられるとこちらも何だか恥ずかしさを覚えてしまう。そんなとき、攻略会議を始めるのかざわつきが起こった。




 50人。それがボス攻略会議へ参加することにした人間たちの総数だ。

 この世界に召喚された人間の数は、《ブレイブブレイド》の初回販売が完売していたことから数千人に及ぶはずだ。その中で現実を受け入れ、ある意味では受け入れていないため行動を起こしている人間が数百人ほどだろう。そのうち50人しか集まらなかったのは予想外だ。

 いや……いくら知識があり、ザコと称されるモンスターが相手だったとしても、勝率が100%の戦いなんてあるわけがない。相手がボスともなれば生存率はかなり下がる。ここに来なかった人間たちのほうが、生き残ることを本気で考えていると言えるかもしれない。

 この世界に酷似していたゲーム《ブレイブブレイド》。それでは1パーティーが最大で6人。それを10個まで束ねることができ、最大60人でボスに挑めていた。少し多いような気もするが、レベルが存在せずスキルのみというプレイヤースキルが頼りのゲームだったため、バランスは取れていたと俺は思っている。

 この世界もスキルは存在しているものの、レベルは存在していない。だがこの世界に来たばかりのときよりも、いまはHPの最大値が増えている。この世界はゲームのようではあるが現実だ。スキルの補助があるとはいえ、実際に武器を使って戦闘をする。身体が自然と鍛えられていても不思議はない。いや鍛えられているからHPが増加しているのだろう。

 話を戻そう。メニューウィンドウに関連するものが存在していることから、この世界にもパーティーを組むことができるようだ。いままでソロで行動していたため、最大で何人のパーティーを組めるのかはまだは分からないが……あのゲームに酷似している点が多い世界だから、ゲームと同じ設定になっているのだろうか。

 パーティーを組んだ経験がありそうなルルに聞こうかと思ったが、3メートルほど距離がある。セラはルルよりもやや近く、マイペース女とは5メートルほど距離が開いている。先ほどまで騒いでいたが、俺と同様にここまで単独行動をしていただけあって、他人とは距離を置くタイプのようだ。セラあたりは相手への遠慮からかもしれないが。

 視線をセラのほうへと向けようとしたとき、状況が動いた。手の平を打ち合わせた音が広場に響いたのだ。


「えーと、そろそろ攻略会議を始めようと思います! みんな、もうちょっと前――あと一段ずつ前に来てもらえるかな!」


 堂々と振舞う声の主は、長身を煌びやかな金属装備で固めている片手剣使いだった。

 広場中央にある噴水の縁に上るかと思ったが、騎士風の片手剣使いはこちらへと数歩近づいてきた。片手剣使いに視線が集まるのと同時に、一部の人間たちがざわついた。

 気持ちは分からなくもない。なぜなら目の前にいる片手剣使いは、テレビに出ているような世間から認められているイケメンと大差がないほど顔立ちが整っているからだ。

 片手剣使いは嫉妬めいた視線を浴びながらも気にした様子はなく、それどころか爽やかな笑みで全て反射しているようにさえ見える。


「今日は集まってくれてありがとう! 知っている人もいるとは思うけど、一応自己紹介をしとくよ! オレの名前は《リザウス》、オレの剣と盾でみんなを護ってみせる!」


 男の宣言に口笛や拍手が起こる。中には「よっ、我らが騎士様!」などと言っている者や黄色い声を上げている女性もいた。

 場が和むのは悪いことではないが、緊張感がなさ過ぎるのもダメだと思う。そのことは、リザウスという騎士も胸の内に抱いていたようで、笑顔から緊張感のある顔に切り替えた。


「さて、本題に入ろう。こうして集まってもらったのは他でもない」


 リザウスはさっと腕を上げ、迷宮区が存在している方角を指差した。


「今日、オレたちのパーティーが最上階への階段を発見した。つまり明日、遅くても明後日にはボスがいる部屋を発見できるだろう」


 どよどよ、と広場がざわつく。俺は他の人間とは違い、少々呆れの混じった驚きを覚えた。

 この町に来たのは、ここにいるメンツの中では最下位のほうだ。攻略会議が開かれると聞けば、すでにボス部屋を発見し、明日にでも挑むと考えてしまうのが道理だろう。順序としても部屋を発見してから会議のほうが正しいはずだ。

 ただ最初の攻略ということもあり、慎重に会議を重ねてから挑むという方針だったのなら文句は言えない。俺は遅れてきた新参者であり、この場のまとめ役でもないのだから。


「何の説明もなく、この世界に来てから一月以上経った。かなりの人たちが生きるために、それぞれ行動を起こしていると思う。だけどまだ《はじまりの街》にはが不安や恐怖を胸に抱いて何もできていない人たちもいるんだ」


 大声ではないが、リザウスの思いの詰まった言葉に誰もが耳を傾けている。先ほどまでの和んだ空気は霧散しており、誰しもが緊張感を持っているようだ。


「だからオレたちが見せないといけない! ボスを倒して2層に進む。そしていつかは塔の頂上に辿り着くって意志を!」


 手振りを混ぜながら力強く言い放つリザウス。周囲にいる人間の顔からして、彼の言葉に対して何かしらの思いを抱いている者は多そうだ。……ただフェリナという女だけは、何も思っていなさそうだ。正直こんなときまで淡々と食事をしているのは予想外すぎる。


「だけど死人は出しちゃいけない。この世界はゲームのようだけど、紛れもない現実なんだ! オレはさっきも言ったとおりみんなを護ってみせる! だけどオレひとり頑張っただけじゃダメなのは分かってる。だからみんな、どうかオレに力を貸してほしい!」


 広場に大きな喝采が湧く。リザウスが所属しているパーティーだけでなく、先ほど嫉妬めいた視線を送っていた男たちまで手を叩いているようだ。確かに彼の言った内容は文句のつけようがないほど立派だ。文句をつけようと考えるほうがおかしいのだろう。正直ほとんどモチベーションは上がっていないが、俺も拍手のひとつでも送っておくべきか――


「ゲームじゃなくて現実……」


 リザウスのその言葉が胸に残ったのか、ぼそりと漏らすセラ。それに対して俺は、無意識のうちに言葉を漏らしていた。


「……見方を変えればゲームさ」

「え?」

「この世界の支配者がゲームマスター。プレイヤーは俺たち……」


 実際に光になった人間たちがどうなったかは不明のままだ。もしかしたら元の世界に戻っているのかもしれない。だがそれが分からないままHPを0にする奴はいない。ただ復活しないだけなのかもしれないが、それはある意味死んでいるのと変わらない。


「これはプレイヤーの人生……いや生命を賭けて行われているデスゲームだ」



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